第175話 スイミィ

 

 ──私たちは新居を買ったその日に、家具も買い集めて、引越しを終わらせた。

 そして、夜。お屋敷での生活が始まってから、私、フィオナちゃん、スイミィちゃんの三人で、お風呂に入ることになったよ。スラ丸一号と三号も一緒だ。

 浴場の広さは六畳くらいで、十分に伸び伸び出来る。


「……姉さま。スイも、スラ丸ほしい。……フィオナだけ、ズルい」


 仰向けで湯舟に浮かんでいるスイミィちゃんが、突然そんなことを言い出した。

 湯船に肩まで浸かり、全身を弛緩させているフィオナちゃんは、そんな彼女に胡乱な目を向ける。


「ぼーっとしているあんたに、スラ丸のお世話が出来るの? こう見えても、スラ丸は繊細なんだから、お子ちゃまには無理だと思うわよ?」


「……スイ、お子ちゃまちがう」


 スラ丸って、繊細だったんだ。知らなかったよ。

 私はスラ丸をプニプニしながら、暫し考えてみる。


「うーん……。スイミィちゃんとリヒトくんはレベル1だし、パーティーを一軍と二軍に分けた方がいいよね? 二軍にもスラ丸が必要だから、スイミィちゃんにお世話して貰おうかな」


 新米冒険者がルークスたちに付いて行くのは、どう考えても難しい。

 だから、スイミィちゃんとリヒトくんは、黎明の牙の二軍メンバーだ。

 この機会に、ミケも冒険者になって貰って、二軍に入れよう。


「……姉さま、ありがと。好き」


「どう致しまして。このお屋敷にも、スラ丸を常駐させたいから、増員しないと……」


「あたしは三号と一緒がいいわ! 取り替えるんじゃないわよ!?」


 フィオナちゃんは三号を抱き締めて、絶対に離れないという強い意思を見せた。

 私も一号は手元に置いておきたいし、気持ちは分かるよ。


 一号は私の荷物持ち、二号は聖女の墓標、三号はフィオナちゃんの荷物持ち。

 四号はスイミィちゃんの荷物持ち、五号はお屋敷に常駐、六号は雑貨屋に常駐。

 七号は帝国に滞在、八号は王都に滞在。


「──よしっ、これで決まり! これなら、一匹増やすだけで済むね」


 私がパパッと決めたところで、フィオナちゃんがスイミィちゃんの身体を押して、こっちに流してきた。


「ねぇ、アーシャ。二軍って大丈夫なの? スイミィとリヒトだけって、かなり不安じゃない?」


 フィオナちゃんの危惧は尤もなので、私は深々と頷く。

 それから、スイミィちゃんの身体を押し返して、言葉も返した。


「不安だから、ミケとイーシャ、それからスラ丸以外の従魔も一匹、入れるつもりだよ」


「えっ!? イーシャはあたしたちと一緒じゃないの!?」


「一軍は戦力が整っているから、別にいらないと思うなぁ……」


「戦力の問題じゃないのよ! あんたと一緒に、冒険したいって話でしょ!」


 私とフィオナちゃんが言葉を交わす度に、スイミィちゃんは水面をユラユラして、私たちの間を行き来している。

 彼女はジト目で無表情だけど、楽しげな雰囲気を醸し出しているよ。


「もっと並列思考に慣れるまで、分身は増やしたくないかも……」


「じゃあ、本体で来なさいよね。それで、丸っと解決なんだからっ」


 どうしても私と一緒に冒険したいらしく、フィオナちゃんはグイグイと詰め寄ってきた。

 前にも言ったけど、その要求を呑むのは躊躇われる。私は安全圏で、のんびりしたい系の女子なんだ。

 ……とは言え、あんまり無下にするのも、申し訳ない気持ちになってしまう。


「一軍にはスラ丸三号とテツ丸を貸しているから、私たちの心はいつも繋がっているんだよ」


「そんな言葉じゃ、誤魔化されないわよ? 肩を並べて一緒に冒険するのと、覗き見して一緒に冒険した気になるのって、全くの別物じゃない」


「うっ、鋭い指摘だね……。まぁ、従魔たちを進化させたら、私の安全性も増すだろうし……うん、たまには本体で付き合うよ」


 一先ず、これでフィオナちゃんには納得して貰った。


 ちなみに、私、イーシャ、スイミィちゃん、リヒトくんの四人は、しばらく冒険じゃなくて、修行をする予定だよ。

 レベル10までは、修行で上げられるからね。

 修行方法を考えるために、スイミィちゃんとリヒトくんのスキルを確認しておきたい。

 お風呂から上がった後、私がお願いしてみると、スイミィちゃんはなんの躊躇いもなく、自分のステホを見せてくれた。


 スイミィ 水の魔法使い(1)

 スキル 【予知夢】【生命の息吹】【冷水連弾】【水壁】


「す、スキルが四つぅ……!? レベル1なのに、四つ!! あんたっ、ちょっと生意気じゃない!?」


 フィオナちゃんがスイミィちゃんの肩をガシッと掴んで、ガクガクと激しく揺さぶる。


「……姉さま、たすけて。……フィオナ、スイのこと、いじめる」


「フィオナちゃん、駄目だよ。可哀そうだから、やめてあげようね」


 私はスイミィちゃんを助け出した後、スキルの詳細を確認させて貰った。



 【予知夢】──このスキルは、睡眠中に見た夢が、現実でも起こるというもの。

 スイミィちゃんの先天性スキルであり、任意で使うことは出来ないんだ。

 彼女は自分が殺される夢を見て、一時は死の運命に囚われていたけど、それは超克済み。

 未来は頑張れば変えられるので、どんな悪夢を見ても、絶望することはない。



 【生命の息吹】──このスキルは、どんなモノにでも、自分の生命力を分け与えられるというもの。

 元々はドラゴンが持っていたスキルで、条件さえ整っていれば、死者を蘇らせることも出来る。

 竜殺しを成し遂げたリリア様が、スキルオーブを手に入れて、スイミィちゃんがそれを使ったんだ。



 【冷水連弾】──このスキルは、連続で冷たい水の弾丸を放つというもの。

 下位のスキルに【冷水弾】があって、そっちがセミオートの拳銃だとしたら、【冷水連弾】はフルオートの機関銃かな。

 スイミィちゃん曰く、ライトン侯爵から貰ったスキルオーブを使って、これを取得したらしい。


 この国に生息している魔物の多くは、水属性の攻撃が効き難いので、水の魔法使いは人気がない。けど、こんなスキルオーブがあるなら、水の魔法使いから始めても、全然いいと思う。



 【水壁】──このスキルは、動かせる水の壁を出すというもの。

 スイミィちゃんが職業を選択した際に、レベル1で取得したスキルだよ。

 流水海域の魔物、セイウチが同じスキルを使ってくる。物理攻撃を完全に防ぐことは難しいけど、動かせるというメリットは大きい。


 ここまで確認して、フィオナちゃんが勝ち誇ったように、フフンと鼻を鳴らした。


「これなら、あたしの方が強いわね! スキルの数では負けたけど、火力ならあたしの方が断然上よ!!」


「……スイ、フィオナに負けない。……これ、持ってる」


 スイミィちゃんはそう言って、ババーン!と一冊の本を掲げた。

 それは、高級感溢れる代物で、藍色の装幀が施されている。表紙絵には、海面から跳ね上がるシャチの、勇ましい姿が描かれているよ。


「そ、それは……っ、伝説級のマジックアイテム!?」 


「……そう。父さま、スイにくれた」


 私は慄きながら、頭の中でスイミィちゃんの戦闘力を上方修正した。

 この本は、流水海域の裏ボスのドロップアイテム、シャチの戦術指南書。

 魔導書という武器種で、水属性と氷属性の魔法の威力が二倍になり、消耗する魔力が半減するんだ。


 しかも、水属性と氷属性の魔法を使った際に、得られる経験値が二倍になって、戦局に応じて使うべき魔法が、直感的に分かるようになる。

 スキルオーブと魔導書。この二つをプレゼントするなんて、ライトン侯爵の愛を感じるね……。

 この後、フィオナちゃんとスイミィちゃんが、『ズルい!』『ズルくない』と言い争ったけど、私は放置して立ち去る。


 次はリヒトくんのスキルを確認させて貰おう。

 そう考えて、彼の姿を探してみるも──お屋敷の中には見当たらない。

 部屋にいないのに、窓が開いているので、心配になってしまった。誘拐とか、されてないよね?


「プライバシーの侵害かもだけど、ちょっと失礼して……」


 私はスキル【過去視】を使って、この部屋で起こった過去の出来事を覗き見してみる。

 すると、リヒトくんが自分で窓を開けて、お屋敷の壁を伝い、屋根の上へと向かったことが分かったよ。


 もう夜なのに、一体何をしているのか……。

 また中二病を拗らせて、変なことをしている可能性が高い。少しだけ、様子を見に行こう。

 私が窓から飛び降りると、透かさず影の中からティラが飛び出して、背中に乗せてくれた。合図がなくても、この程度は阿吽の呼吸で出来る。私たちは、心が繋がっているからね。


「ティラ、屋根の上まで跳んで」


「ワフっ!!」


 チェイスウルフのティラは、体長が四メートルもある黒い狼の魔物だよ。

 そんな巨体なのに、屋根の上まで一回の跳躍で辿り着けるんだ。

 

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