第173話 顔合わせ

 

 スイミィ様とリヒト王子。この二人の面倒を見ることが決まったところで、スイミィ様から一つ注文があった。


「……スイ、もう貴族ちがう。……姉さま、気安くして」


「気安く……? それじゃあ、スイミィちゃん……?」


 私が呼び方を変えると、彼女はコクコクと首を縦に振った。

 今後はスイミィ様改め、スイミィちゃんと呼ばせて貰おう。

 最初に出会ったときは、侯爵令嬢だなんて知らなかったから、『スイミィちゃん』って呼んでいたんだよね。なんだか懐かしい。

 

「ぬぅ!? 我にも気安く接して欲しいのだ!! 何故ならっ、友達だから!!」


「そうだね。リヒトくん、でいいかな?」


「うぬっ! それで構わぬ!! 採用!!」


 リヒト王子改め、リヒトくん。彼の呼び方も改めたところで、ローズが私の肩をトントンと叩く。


「アーシャよ、一気に二人も同居人を増やすつもりかの? 家が随分と、手狭になってしまうのじゃが……」


「あ、そっか……。お金はあるし、そろそろ新居を買う頃合いかもね」


 以前は表通りに面した家じゃないと、防犯の面で不安があったけど……従魔たちが頼もしくなったので、今なら立地条件には拘らなくてもいい。

 スラ丸がいれば、お店と新居の行き来は簡単だから、冒険者ギルドの近くじゃなくても大丈夫だよ。


「嫌にゃあああああああっ!! 可愛いメスは大歓迎にゃ!! でもっ、そっちのオスは嫌にゃあああああああああああっ!!」


 突然、今まで黙って成り行きを見守っていたミケが、癇癪を起こしてジタバタし始めた。

 私はお馬鹿なミケを無視して、腕を組みながら思案する。


「うーん……。もういっそ、みんなで住めるお屋敷が欲しいなぁ……」


 私、ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュート、ミケ、スイミィちゃん、リヒトくん。

 そこに従魔たちが加わって、かなりの大所帯になるけど、白金貨が百枚もあれば、十分な大きさの家を買えると思う。

 早速、みんなを集めて、不動産屋へ行ってみよう。

 私はステホでルークスと連絡を取り、仲間たちを集合させることにした。



 ──夕方になってから、冒険者ギルドの表通りで、ニュートとスイミィちゃんが感動の再会を果たしたよ。


「スイミィ!? ここで何をしている!?」


「……兄さま、おひさ」


 スイミィちゃんが両腕を広げながら、抱き着くためにトテトテと駆け出した。

 ニュートは驚愕しながらも、大切な妹を抱き締める準備をして──何故か、スイミィちゃんはシュヴァインくんに、ギュッと抱き着く。


 いや、何故も何も、彼女はシュヴァインくんに惚れているんだ。

 しばらく会えなかった兄よりも、意中の男の子の胸に、飛び込みたかったんだろうね。


「……シュヴァイン、会いたかった」


「す、スイミィちゃん……!! ぼ、ボクも……その、会えて嬉しい、よ……?」


 シュヴァインくんは顔を真っ赤にして、スイミィちゃんを抱き返そうとした。

 しかし、彼の後ろからヌルっと、フィオナちゃんが顔を覗かせる。


「シュヴァイン……。あんた、あたしの目の前で、他の女とイチャイチャするつもり……? フフ、フフフ……。いい度胸ね……?」


 フィオナちゃんの怒気と呼応するように、彼女の全身から灼熱の魔力が迸った。

 街中で魔法をぶっ放されたら、洒落にならない。

 シュヴァインくんは『ひぃっ!?』と悲鳴を上げて、スイミィちゃんの背中に回す予定だった両手をあげる。ホールドアップ、降参だよ。


「……フィオナ、おひさ。ばいばい」


「ばいばいはしないわよ!! あんたは相も変わらずのっ、泥棒猫っぷりね!?」


「……スイ、泥棒ちがう。……フィオナ、シュヴァインと別れた」


 スイミィちゃんの言う通り、フィオナちゃんはシュヴァインくんと別れたんだ。


 でも、まだまだ相思相愛らしい。シュヴァインくんの浮気性を治すために、フィオナちゃんは恋の駆け引き的なやつを仕掛けて、一時的に『友達以上、恋人未満』という、私には理解出来ない高度な関係を保っている。


「シュヴァインっ!! 今日から縒りを戻すわよ!! いいわね!?」


「う、うん……っ!! わ、分かった……!!」


 フィオナちゃんがシュヴァインくんに、怒った顔を急接近させて、メンチを切りながら復縁を迫った。

 シュヴァインくんは一も二もなく頷いて、めでたく恋人同士に戻ったよ。

 どうせこれからも、破局と復縁を繰り返すんだろうなって、私はなんとなく察しちゃった。


「……シュヴァイン、スイも。……スイも、恋人なる」


「う、うん……っ!! わ、分かっ──」


「分かるなぁっ!! シュヴァイン!! あたしの許可なくっ、新しい女を作るんじゃないわよッ!! あたしが認めているのは、アーシャだけよ!? それを忘れないで!!」


 スイミィちゃんも痴れっと、恋人の座に収まろうとしたけど、フィオナちゃんが透かさずブロックした。

 シュヴァインくんのハーレムは、正妻であるフィオナちゃんの許可制らしい。

 どういう訳か、私が認められているけど、そこに入るつもりは一切ないからね。


 男性視点だと、羨ましいであろう三角関係。

 それが繰り広げられている横で、ニュートは雨の日に捨てられた猫みたいな顔になっている。……雨、降ってないんだけどね。


 大切な妹であるスイミィちゃんと、再会の喜びを分かち合うはずが、酷くあっさりした挨拶で終わってしまったんだ。落ち込むのも無理はない。

 余りにも居た堪れないので、私が声を掛けてあげよう。丁度、渡さないといけないものもあるし。


「ニュート、これを受け取って」


「──ッ!? ど、どうして、アーシャがこれを持っているんだ……!?」


 私が一刺しの凍土を差し出すと、彼はハッとなって詰め寄ってきた。


「ええっと、ライトン侯爵から貰ったんだけど……手紙を読んで貰った方が、早いかな」


 私は一刺しの凍土と一緒に、ライトン侯爵から貰った手紙をニュートに押し付ける。

 彼はそれを読んで、諸々の事情を把握した後、『今後はワタシが妹の面倒を見る!!』と啖呵を切った。

 そうだよね、お兄ちゃんだもんね。


「アーシャ、そっちの子は誰なの?」


 そう尋ねてきたルークスの視線の先には、私の背中に隠れているリヒトくんの姿があった。

 普段の快活な彼は鳴りを潜めて、すっかりと人見知りを発症させている。


「この子はリヒトくん。元王子様で、今は普通の庶民だよ。私が面倒を見ることになったから、仲良くしてあげてね」


「そっか、分かった! オレはルークス、よろしく!」


「う、うぬ……。よろしくしてやらないことも、ないのだ……」


 リヒトくんは少し前まで、友達が皆無だった。

 『王子』という大きな肩書もなくなったし、いきなり同年代の子供たちに囲まれて、接し方が分からなくなっているっぽい。

 どうやって、フォローしたものか……。

 私が悩んでいると、トールが突っ掛かってきた。


「オイっ、アーシャ!! また男を拾いやがったのか!? クソ眼鏡を拾ったときと、同じパターンじゃねェか!!」 


「人聞きが悪いから、男を拾ったって言い方、やめてね」


「事実だろォがッ!!」


 まぁ、確かに事実だけど、邪な気持ちは皆無だよ。

 新年祭でトールとの蟠りを解消したので、私はお友達として、物怖じせずにお願いする。


「トール、リヒトくんを気に掛けてあげて。頼れる兄貴分になってくれたら、私は嬉しいよ」


 リヒトくんは身分と父親を同時に失って、不安で堪らないはずなんだ。味方は一人でも多い方が、彼も心強いと思う。

 私の真剣な眼差しに、トールはたじろぎながらも、渋々と承諾してくれた。


「うっ……くっ、チッ! わーったよ!! オイっ、リヒトとか言ったかァ!? テメェっ、俺様のことは兄貴って呼べ!!」


「い、いきなり何を言い出すのだ……? ハッ!? ま、まさかっ、我らは物心が付く前に生き別れた兄弟!? 生まれたばかりの兄貴は魔物に攫われて、成長した我は兄貴を探す旅に出た。そして、旅の途中で伝説の剣を手に入れ、勇者として魔王を倒す使命を授かる。勇者リヒトの旅の果てに待ち受けていたのは、恐ろしき魔王となっていた兄貴だった……!! 悲しき運命の物語が、幕を開けて──」


 リヒトくんが中二病の発作を起こして、あり得ない妄想を展開させたけど、トールの拳骨を食らって中断させられる。


「意味分かンねェこと、ペラペラ囀ってンじゃねェぞ!! テメェ、冒険者登録は済ませたのか!?」


「ま、まだなのだ!! 兄貴!!」


「ンじゃァ、俺様が色々と教えてやるぜ!! 付いて来いやッ!!」


 トールはリヒトくんを引き連れて、冒険者ギルドへと向かってしまった。

 これからみんなで、新居を選びに行く予定だったんだけど……まぁ、いいか。あの二人は抜きでも。


「アーシャ、オレもトールたちに付いて行くよ。また後で合流しよう!」


 ルークスはそう言い残して、トールたちの後を追い掛けて行った。

 これで、新居を選びに行くメンバーは、私、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュート、スイミィちゃんの五人になったよ。

 

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