第172話 追放

 

 ──聖女の墓標の第五階層。そこで、ユラちゃんは【霧雨】を連発して、濃霧を広げていく。

 私は硝子のペンを握り締めながら、いつでも【従魔召喚】で呼び戻せるように、自室で待機中だよ。


 教皇ゾンビたちは再び黒い雨を降らせて、夥しい数のゾンビを進化させた。

 そして、屍の塔が崩れ、津波のように進化ゾンビたちが押し寄せてくる。

 奴らは濃霧の中に突っ込むと、瞬く間に身体が焼け爛れて、苦悶に満ちた悲鳴を上げながら溶けていった。


「おおーーーっ!! 凄い凄いっ、楽勝だよユラちゃん!!」


 余りにも簡単に、進化ゾンビを駆逐出来ているので、私は思わず大きな声を出してしまった。

 教皇ゾンビたちは濃霧から逃げて、怒涛の勢いでゾンビを召喚しているけど、無駄な抵抗だろうね。

 まぁ、第五階層は見るからに広いので、濃霧で満たすには時間が掛かる。しばらくは、放っておこう。


 次はテツ丸を進化させる予定だけど、もう全然眠くない。

 そんな訳で、午後はイーシャのレベル上げを始める準備でもしよう。

 そう決めて、一階の店舗スペースに下りると、見知った顔の二人がいた。


「……姉さま、やっほ」


「ここが、アーシャの居城なのだな……!? 尋常ならざる魔の気配を感じるのだ……ッ!!」


 サウスモニカ侯爵家のご令嬢、スイミィ様。

 それから、この国の王族であるリヒト王子。

 二人とも、大きな布袋を背負っている。ぬいぐるみや枕がはみ出しているので、お泊りセットかもしれない。


 スイミィ様は常にジト目で無表情という、感情を表に出すのが苦手な女の子だ。

 髪は青色で、立っている状態でも毛先が床に届きそうなほど長い。

 少しだけクルクルしている癖っ毛で、お手入れが大変そうなのに、相も変わらず隅々まで艶々だよ。

 瞳の色は右が灰色、左が金色のオッドアイで、肌の色は雪のように真っ白。

 本日の服装は、群青色のローブとトンガリ帽子で、なんだか魔女っ娘みたい。


 リヒト王子は艶のある亜麻色の髪と、やや色素が薄い亜麻色の瞳を持っている。

 髪型はポニーテールで、子犬の尻尾に見えなくもない。

 やや垂れ目なのに、柔和なイメージを抱き難い顔立ちをしている。これは、根拠のない自信が、彼の表情に現れているからだ。俗に言う、ドヤ顔かな。

 服装は庶民の冒険者然としていて、右手には手袋を嵌めている。

 王子様がする格好じゃないと思うけど……そういえば、死んでしまったツヴァイス殿下は、リヒト王子のお父さんなんだよね。


 リヒト王子の今の立場って、どうなっているんだろう?


「こんにちは、お二人とも。どうしたんですか? 護衛の人が見当たりませんし、随分と大荷物ですね……?」


「……スイたち、追放された。……もう、貴族ちがう」


「えっ、追放!?」


 スイミィ様から齎された衝撃の事実。それを聞いて、私はギョッとしてしまった。

 ここで、リヒト王子が独特な高笑いをしながら、お馬鹿なことを言い出す。


「ナハハハハハッ!! 我らは追放されたが、最強の冒険者になって無双するのだ!! 帰って来てと言われても、もう遅いのだぞ!!」


「追放モノの流行に、無理やり乗ろうとしないでください。笑い事じゃないですよね? これから、どうするんですか?」


「どうもこうも、冒険者として自立するのだ! 我は雷の魔法使いになったからっ、大活躍は間違いなし!!」


 スイミィ様とリヒト王子は、新年を迎えて六歳になっている。

 つい先ほど、職業選択の儀式があったみたいで、職業とスキル、それからステホを授かったんだって。

 私はリヒト王子に、雷が発生する仕組みとか、静電気を発生させる方法を教えて、日常的に静電気を体感するようアドバイスを送っていた。

 その甲斐があったのか、それとも天性の才能があったのか、雷の魔法使いという強力な職業を選べたらしい。


「それはおめでとう、なんですけど……とりあえず、追放された理由を教えて貰えますか?」


「……これ、父さまから。……姉さま、読む」


 私が問い掛けると、スイミィ様は一枚の手紙を差し出してきた。

 どうやら、私宛みたい。差出人の名前は、ライトン=サウスモニカ。

 スイミィ様の父親で、アクアヘイム王国の南部を纏めている侯爵様だね。


『ツヴァイス殿下が亡くなられて、吾輩はアインス殿下の軍門に下った』


 読み始めから、かなり暗い内容でゲンナリしてしまう。

 筆圧の強さと、涙が滲んだような跡から、ライトン侯爵の無念が伝わってくるよ。


『現国王陛下は、もう余命が幾許もない。そのため、近日中に、アインス殿下が国王として即位する』


 いよいよ、暗黒時代の幕開けだ。他所の国に移住するという手もあるけど、この街を捨てるのは乗り気になれない。

 良い思い出も、悪い思い出も、それなりに詰まっている故郷だから……。


『絶対的な権力を握ったアインス殿下は、手始めに貴族の若い娘を集めて、淫蕩な生活を送っている。このままでは、スイミィも狙われるので、家から追い出すことにしたのだ』


 スイミィ様はまだ子供だから、現時点では狙われないと思うけど……時間の問題だったのかな。


『最初は教会に預けようと考えていたが、どうしてもキミのところへ行きたいと駄々を捏ねたので、許可を出した。可能であれば、一人前になるまで面倒を見てやってくれ。謝礼も用意してあるので、娘から受け取るように』


 ここまで読んで、私はスイミィ様がこの場にいる理由を把握した。

 彼女は友達なので、面倒を見るのに謝礼なんていらないけど、貰えるものは遠慮なく貰っておく。

 ちらりとスイミィ様を見遣ると、彼女は背負っている袋の中から、一本の細剣を取り出した。


「……これ、父さまが、姉さまにって」


「な──ッ!? こ、これは……!? 一刺しの凍土!?」


 それは、今にも折れてしまいそうな、儚くも美しい細剣だった。

 刃には凄まじい冷気が宿っており、見ているだけで身体が震えてしまう。


 この細剣の名前は、一刺しの凍土。

 伝説級のマジックアイテムであり、英雄だったリリア様が愛用していた武器だよ。


 彼女の死後、息子であるニュートに受け継がれたんだけど、彼は侯爵家から追放されたので、そのときに没収されたんだ。

 この武器には、突き刺した対象を凍結状態にする効果と、氷属性のスキルの威力を三倍にする効果が備わっている。


 ライトン侯爵……。これ、私の手からニュートの手に渡るって、絶対に分かっているよね?

 私とニュートが仲間であることなんて、少し調べれば簡単に判明することだ。

 そして、私の甘っちょろい人間性も、ライトン侯爵なら察しが付いているはず……。なんだかんだで、多少の交流があったからね。


 ニュートの母親の形見。それを彼以外に渡すなんて、私には考えられない。

 だから、これを私に対する謝礼にするのは、ちょっと異議ありかも。

 ……まぁ、ニュートが強くなるなら、普通に嬉しいけどね。うん、手紙の続きを読もう。


『スイミィは魔物使いになりたいと言っていたが、魔剣士を目指せと吾輩は厳命した。リリアの血を引いているだけあって、スイミィには並々ならない剣術の才能がある。故に、そのように導いてやってくれ』


 ライトン侯爵としては愛娘が心配だから、可能な限り強く、逞しく育って欲しいんだろうね。

 この手紙とスイミィ様の顔を交互に見遣って、私は少し残念に思いながら、確認を取る。


「スイミィ様、魔物使いになれなかったんですか……?」


「……むねん。スイ、水の魔法使い」


 スイミィ様はしょんぼりして、水の魔法使いになったのだと教えてくれた。

 この国では他の魔法使いより、評価が低い属性だけど……それしか選べなかったのか、あるいは別の理由があるのか……。


「今は私も、水の魔法使いなので、一緒にレベル上げをしましょう」


「……姉さま、いっしょ。がんばる」


 私とスイミィ様はキャッキャと手を取り合い、これから頑張ろうねって励まし合った。

 それを傍から見ていたリヒト王子が、おずおずと手を伸ばしてくる。


「わ、我も仲間に、入れて欲しいのだ……!! 同じ魔法使いだから、仲間……!!」


「いいですよ。はい、手を繋ぎましょうね」


 私たちはリヒト王子とも手を繋ぎ、改めてお互いを励まし合う。

 壁師匠を使って、まずはレベル10を目指そうかな。

 一頻り、三人でキャッキャした後、私は手紙の最後の文章を確認した。


『リヒト王子は王位継承権を剥奪されて、王族の家系図から名前が抹消された。吾輩が面倒を見ていると、あらぬ疑いを掛けられる可能性が高いので、スイミィと共に追放することになった。多くは望まないが、彼の面倒も見てくれると有難い』


 第二王子派だったライトン侯爵が、リヒト王子を匿っていると、彼を神輿にしてアインスに反旗を翻すことが出来る。けど、それはやらないみたい。

 ツヴァイス殿下が死んでしまったから、ルチア様との同盟もなくなり、王国と帝国の関係は最悪の状態に戻った。


 帝国南部を火の海に変えたアインスが、正式に国王になった場合、ルチア様は黙っていられないはず……。

 帝国南部方面軍を纏めて、王国に攻め込んでくるのは、容易に想像が付く。


 こんな情勢で、ライトン侯爵が反旗を翻したら、王国の滅亡を後押しするようなものだ。

 リヒト王子という火種は、手放すしかない。そういう侯爵の考えが、よく分かったよ。 

 

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