第171話 第五階層
暗闇に飛び込んだスラ丸の分身は、気が付けば大地の上にいた。
地平線の彼方まで続く荒野と、眺めているだけで精神が病みそうな、鮮血色に染まった空。これが、第五階層のフィールドらしい。
そして、荒野のあちこちには、無数の屍で形成された塔が建っている。
高さは三百メートルくらいあって、無数の屍が蠢きながら、不気味な呻き声を上げているんだ。
全ての屍の塔の天辺には、豪奢な白い法服を纏った痩躯のゾンビが、静かに佇んでいる。多分、こいつがボスだね。
そのゾンビは宝石で彩られた黄金の冠と、ドス黒いオーラを宿した権杖を装備しているよ。
第四階層のゾンビは司教だったので、第五階層のゾンビは教皇かもしれない。
「うーむ……。この階層には、一体どれだけのゾンビが存在するのじゃ……?」
「百万匹とか……? いや、もっと多いかも……」
ローズと私は首を捻りながら、覗き見を続ける。
教皇ゾンビたちはスラ丸の分身を視認すると、悍ましい叫び声を上げて、一斉に権杖を掲げた。
すると、その先端からドス黒いオーラが立ち昇り、真っ赤な空に漆黒の魔法陣が描かれる。
──ぽつり、ぽつりと、黒い雨が降ってきた。
私は不吉な予感に身震いしたけど、スラ丸の分身に悪影響はないらしい。
攻撃じゃないとしたら、一体なんなの? そう疑問に思っていると、屍の塔を形成している無数のゾンビたちに、異変が起こり始めたよ。
あるゾンビは身体が筋肉質になり、体長が五メートルを超える巨漢のゾンビへと進化した。
あるゾンビは身体がブクブクと太って、今にも爆発しそうなガスを溜め込み、風船みたいなゾンビへと進化した。
あるゾンビは手足が長くなって、蜘蛛の如く動き回り、飛蝗の如く跳躍するゾンビへと進化した。
あるゾンビは腹部から長すぎる大腸が飛び出して、そこから汚い汁を噴射するゾンビへと進化した。
あるゾンビは腐肉が剥がれ落ちて、骨が赤黒くなったスケルトンへと進化した。
それらのスケルトンは、様々な装備を手に入れており、戦士や魔法使いのような姿になっている。
まだまだ他にも、色々な進化形態のゾンビがいるんだけど……教皇ゾンビが使ったスキルって、ゾンビを進化させる魔法……?
「じ、地獄絵図なのじゃ……!! 今のスラ丸でもっ、これは勝てないであろう!?」
「うん、無理だね。私が常に聖水を供給しても、物量に押し潰されるよ」
ローズとそんな話をしている間に、教皇ゾンビたちは権杖を振り下ろして、進化ゾンビの群れに命令を下した。
その命令とは、侵入者を圧殺することだ。
無数の屍の塔が一斉に崩れて、進化ゾンビの群れが津波の如く、スラ丸の分身へと向かって押し寄せる。
第五階層の情報は得られたので、スラ丸の分身はここで退場させよう。
「あそこは要するに、超大規模な集団戦を行う階層なのじゃな……」
「第四と第五階層で、難易度が雲泥の差だよ……。あれを攻略するのは、諦めた方がいいかな」
必殺の切り札でも手に入らない限り、個人での攻略は不可能だと思える。
あんなの、金級冒険者のバリィさんとか、カマーマさんでも無理でしょ。
とりあえず、進化したスラ丸の検証は、これで終わりにしよう。
「アーシャよ! 気を取り直して、次はいよいよ、妾の進化かの!?」
「いや、ローズは基本的に店番だから、他の子を優先したいかも……」
「うぐぅ……っ!! た、確かに、そうするべきかの……」
シルバーボールのブロ丸、アイアンボールのテツ丸、ミストゼリーのユラちゃん。この三匹が戦闘員なので、先に進化させよう。
ブロ丸は進化させるだけじゃなくて、【巨大化】のスキルオーブを使う予定だから、検証することが多い。これは後回しにして、テツ丸かユラちゃんの二択になる。
私はコイントスを行って、ユラちゃんから進化させることに決めた。
進化後に、身体が大きくなり過ぎると困るので、事前に私のスキル【従魔縮小】を使っておく。これは名前の通り、従魔の身体を小さくするスキルだよ。
──私はユラちゃんに水の魔石を沢山ご馳走して、ローズとミケに店番を任せ、自室でお昼寝をすることにした。
夢の中で、暗闇に浮かぶ道の上に立ち、早速だけど看板を確認する。
分岐している道の数が三本だから、看板は三枚だね。
左から順番に、『ゼリーリーダー』『レイクゼリー』『セイントゼリー』と書いてある。
ちなみに、セイントゼリーに進化させるための道の手前に、どういう訳か聖なる杯が置いてあるよ。この杯は、聖水を生成するためのマジックアイテムなんだけど……どうして、夢の中にこれが?
「うーん……。とりあえず、左から調べてみよう」
私が進化先の詳細を知りたいと望むと、手元にステホが現れた。これを使って、看板を撮影していく。
『ゼリーリーダー』──クラゲの魔物の統率個体で、自分と同種かつ下位の個体を従えることが出来る。頭が良いと現れる進化先。
統率個体をテイムしておけば、私は間接的に下位の個体を従えられる。
クラゲの魔物だったら、餌は水だけで十分だから、飼育も楽なんだよね。
欠点と言えば、ユラちゃんに万が一のことがあると、下位の個体が一斉に反旗を翻すことかな。
『レイクゼリー』──巨大なクラゲの魔物で、湖に生息していることが多い。水の魔石を沢山食べると現れる進化先。
水の魔石は我が家だと食べ放題なので、この進化条件を満たすのは簡単だった。
スキル【水の炉心】に追加されている特殊効果が、水の魔石を生成出来るというものだからね。
強力な水属性のスキルを取得しそうだし、悪くない進化先だと思う。
『セイントゼリー』──神聖を宿したクラゲの魔物で、聖なる杯を所持していると現れる進化先。
この魔物に進化させると、聖なる杯がユラちゃんと同化するらしい。
聖水はスラ丸の武器であり、ポーションの素材でもあるので、なくなると困ってしまう。
ユラちゃんが聖水を出せるようになるなら、別に構わないんだけど……そうじゃない場合、聖水が調達出来なくなる。
「さて、ユラちゃんはどれに進化したい?」
私が問い掛けると、ユラちゃんが揺蕩いながら姿を現した。
この子は甘えるように、霧の身体で私に纏わり付いてくる。
進化先に関しては、特に意見がないらしく、私に一任するみたい。
……そういうことなら、セイントゼリーにしよう。
かなり希少な魔物だろうし、好奇心を抑えられないよ。
私は従魔を退化させることが出来るので、進化先が微妙だったら、聖なる杯を取り戻せるかもしれない。
「それじゃあ、ユラちゃん。進化してきて」
私が指示を出すと、ユラちゃんはユラユラしながら、進化の道を辿って行った。
──起床。まだまだお日様の位置が高いので、少ししか眠っていなかったみたい。
早速、ユラちゃんの姿を確かめると、キラキラと光る白い霧状のクラゲになっていた。なんだか、神聖な気配を感じなくもない。
今の大きさは一メートル弱だけど、【従魔縮小】を解除した際の大きさは不明。
ステホで撮影してみると、種族名はきちんと『セイントゼリー』になっていた。
持っているスキルは三つで、【冷水弾】【霧雨】【聖杯】となっている。
新スキルの【聖杯】は、自分が使う水属性のスキルに、聖なる力を付与するというもの。
これによって、【冷水弾】が聖水になるので、聖なる杯を失ったことは問題にならなくなった。
「ええっと、【霧雨】も聖水になるなら……そこにゾンビが突っ込むと、どうなるのかな……?」
もしかしたら、ゾンビに対する必殺の切り札に、なってくれるかもしれない。
だとすれば、第五階層を攻略出来そうだけど……手始めに、第四階層で試し撃ちさせてみよう。
私は買い出しに行って、大きな羊皮紙と液体ミスリルのインクを購入し、スキル【従魔召喚】を使うための魔法陣を描いた。
これは、ユラちゃんを召喚するための魔法陣だよ。
スラ丸一号の【収納】を経由して、この羊皮紙を二号に取り出して貰えば、ユラちゃんは一瞬で聖女の墓標へ行けるんだ。
こんな手間とお金を掛けなくても、スラ丸のスキル【転移門】を使えば、簡単に行き来させられる。
けど、聖女の墓標って、途轍もない悪臭が満ちているダンジョンだからね。あっちの空気をこっちに流入させたくない。
「ユラちゃん、無理はしないで。自分の命が最優先だよ」
私がそう伝えると、ユラちゃんは触手で敬礼してから、聖女の墓標に転移した。
私は【感覚共有】を使って、ユラちゃんの視界を覗き見する。
そして、【魔力共有】と【水の炉心】を併用することで、水属性の魔力を絶え間なく送り込んでいく。
現地では、ユラちゃんが本来の大きさを取り戻した。体長は三メートルくらいで、進化前より大きくなっている。
そんなユラちゃんは、全力で【霧雨】を連発して、第四階層を濃霧で満たし始めたよ。
新スキル【聖杯】のおかげで、バッチリと聖なる力が付与されているから、この霧もキラキラと光り輝いている。
程なくして、アグリービショップの断末魔の叫びが、階層全体から続々と聞こえてきた。
聞こえた傍から途絶えて、また聞こえて、また途絶えて──それが、幾度も繰り返されている。
三十分ほど経過すると、第四階層は完全に濃霧で満たされ、清らかな静寂に包まれた。
確認のために、スラ丸とユラちゃんには、第四階層を歩き回って貰う。
すると、何処も彼処も、ドロップアイテムが残っているだけで、魔物の姿は見当たらなかったよ。
ダンジョン内の魔物は倒しても再出現するけど、ある程度は時間が掛かるので、この階層はしばらく安全だね。
「……い、行ける!! これは行けるよ!!」
第五階層にいた百万匹以上の進化ゾンビたちも、この戦法なら殲滅出来ると思う。
私は意を決して、スラ丸とユラちゃんに、第五階層へ挑むよう指示を出した。
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