第168話 聖女が来た

 

「──そんな訳で、ごめんね。お祭りは午後から、一緒に回らせて」


 お店の外では、ルークス、トール、シュヴァインくん、ニュートの四人が待っていた。いつもの仲良しメンバーだね。

 私は彼らに事情を説明して、教会へと向かう旨を伝えたよ。

 すると、ルークスがのほほんと微笑んで、優しい提案をしてくれる。


「教会、オレたちも一緒に行こうか? アーシャは神父様とか聖騎士とか、あんまり好きじゃなかったよね?」


「確かに好きじゃないけど、適当に対応出来るから大丈夫だよ。折角のお祭りなのに、私の好奇心に付き合わせるのは申し訳ないから、先に楽しんでて」


 教会関係者は欲望に塗れており、貧乏人を毛嫌いしている人が多い。そういう部分が、私は嫌いなんだ。

 今でこそ、商売が繁盛して裕福になったけど、一年前までの私は貧乏な孤児だった。

 あの頃に、溝鼠みたいな扱いを受けたこと、結構根に持っているからね。


「オイ、アーシャ……。なンかあったら、ステホに連絡を入れろよ」


「うん、分かった。ありがとう」


 いつもツンツンしているトールが、珍しく気を遣ってくれた。

 彼も成長しているんだと、私は微笑ましく思ったよ。

 ここで、シュヴァインくんが首を傾げながら、余計な疑問を挟む。


「あ、あれ……? トールくん、師匠とフレンド登録、してたっけ……?」


「「──ッ!?」」


 私とトールは同時に目を見開いて、素早く自分のステホを確認した。

 ステホにはフレンド登録という機能があって、登録した相手と通話が出来るようになる。

 当然、仲間内では登録し合っていたと思うけど……私のステホには、トールの名前だけがなかった。


 なんで? と疑問に思って、過去を振り返ってみる。


 ──ああ、そうだ。昔のトールはいじめっ子で、私が被害者だったから、孤児院を卒業した直後は、フレンド登録していなかったんだ。

 そのまま登録する機会がなくて、今日までズルズルと来てしまったみたい。

 この一年で、トールの良いところを沢山見せて貰ったし、私への態度にもデレが混ざるようになったので、もう根に持っていないんだよね。


「トール……。その、私とフレンド登録……」


「待てや……!! 俺様に、ケジメを付けさせろ……ッ!!」


 私がおずおずとステホを差し出すと、トールはこれを押し返して、酷く真面目な顔をしながら『ケジメ』なんて言い出した。


「えっ、そ、それって……小指を切り落とすつもりじゃ、ないよね……?」


「発想が怖ェよ!! ンなことするワケねェだろッ!! そうじゃなくて……後で、少しだけ、時間を寄こせ……」


 トールの要求を呑んで、私はこくりと頷く。どうやら、彼は過去を清算したいらしい。

 きちんと仲間思いになってくれて、私は──いや、私たちは、感無量だよ。

 私、ルークス、シュヴァインくん、フィオナちゃんの四人が、トールに生暖かい眼差しを向けていると、ニュートが少し寂しそうに口を開く。


「ワタシだけ、話に付いて行けないが……」


 ニュートは元貴族で、途中から仲間に加わったので、私たちが孤児院で暮らしていた頃の事情を知らない。

 疎外感を抱かせることになって、ちょっとだけ申し訳なく思う。


「ニュートっ、あたしが色々と教えてあげるわよ!! トールの赤裸々な過去っ、全二十四話!! あることないこと、吹き込んでやるんだからっ!!」


「ざけンなボケ!! あることだけ吹き込めやッ!! テメェは一年経っても、なンも変わらねェなァ!!」


「良い意味でね!!」


「悪い意味に決まってンだろォがッ!! 勝手に付け加えてンじゃねェぞ!!」


 フィオナちゃんとトールが、いつもの言い争いを勃発させた。

 この辺の成長は、全く感じられないね……。

 お店の前でみんなと別れてから、私はイーシャと護衛の従魔たちを引き連れて、教会へと向かう。


 ゲートスライムのスラ丸、チェイスウルフのティラ、シルバーボールのブロ丸、ミストゼリーのユラちゃん。

 街中では過剰戦力だと思うけど、一応ね。

 ちなみに、従魔たちは近々進化させる予定なので、戦力は更に大きくなるよ。


 道中、表通りにある装飾品店で、イーシャ用の伊達メガネを購入してみた。

 ついでに、床屋に立ち寄って、イーシャの髪を切って貰う。

 ショートカットで伊達メガネまで掛けていれば、私との差別化は十分かな。


「──お嬢様方、教会へようこそ。本日の用向きをお伺いしても、宜しいでしょうか?」


 節制とは無縁の煌びやかな大聖堂の前で、門番を務めている聖騎士から、お決まりの質問をされた。

 私はイーシャの身体を使って、これに答える。


「お祈りに来ました。それと、私は転職を希望しています」


「左様でしたか。本日は新年祭なので、神父様はお一人しかいらっしゃいません。聖堂にお姿がなければ、奥にある扉の方へ、お声掛けしてください」


 特になんの問題もなく、通行を許可して貰えたよ。

 私は【光輪】を使っている状態なので、頭の上を少し不思議そうに見つめられたけど、これに関しての質問はされなかった。

 逆に、私から気になった質問をしてみる。


「神父様が、一人しかいない……? あの、他の方たちは、どうしたんですか?」


「新年祭を楽しまれております。この日だけは、教会関係者でも俗世を満喫することが、許されておりますので」


 聖騎士が教えてくれた事情を聞いて、私は内心で困ってしまった。

 堂々と欲望を解放出来る日に、大聖堂で働いている神父って、品行方正なんじゃないかな……? 


 いつもは欲望に忠実な神父を探して、その人に賄賂を渡すことで、誰にも見られないように転職しているんだ。

 それが出来ないとなると、面倒なことになるかもしれない。


 日を改めるべきかも……。いや、一先ず神父と会ってみて、それから決めよう。

 私がイーシャと一緒に、大聖堂へ足を踏み入れると、誰の姿も見当たらなかった。

 日本では新年と言えば、初詣に行く人が多かったけど、この国ではそういう文化はないみたい。


「今なら、勝手に触れる……?」


 大聖堂の奥には、縦横が五メートルほどもある板状の結晶が置いてある。

 透明だけど、光の当たり方次第で極彩色に見える結晶だよ。

 あれが、転職に必要な道具、神聖結晶。


 触れば事が済むから、こっそりと──って、そんな考えが私の脳裏を過った。

 でも、スキルかマジックアイテムによって、守られているかもしれないので、迂闊なことはやめておこう。


「ごめんくださーい! 神父様、いらっしゃいますかー!?」


「はいはい、只今そちらに参ります。何か御用で──ッ!?」


 私が声を掛けると、奥にある扉から壮年の神父が姿を現した。

 坊主頭で細身な彼は、私と目を合わせるなり、何度も自分の目を擦って、頻りに私の顔を見直す。

 それから、カクンと顎を落として──唐突に跪くと、祈りを捧げるポーズを取ったよ。


「え、な、なんですか……?」


「聖女様のご尊顔を目にする栄誉に預かれたこと、恐悦至極に存じますッ!!」


「はぇっ!? い、いやっ、ち、違います!! 神父様っ、大いなる勘違いをなさっていますよ!!」


 いきなり職業を言い当てられて、私の全身から冷や汗が噴き出した。


「わたくしめは、司祭のスキル【職業鑑定】を持っております。このスキルを使うと、視認している人物の職業が分かるのです。貴方様は、紛れもなく聖女であると、そういう鑑定結果が……」


 神父の話を聞いて、私は内心で悲鳴を上げてしまう。

 そんなスキルがあるなんて、知らなかったよ!

 このままだと、権力者に体の良い神輿にされて、お金稼ぎの道具にされるかもしれない。

 目撃者は一人だけだし、口封じ……乱暴は嫌だから、穏便に……よしっ、いっそ突っ切ろう……!! 


 私は咳払いを挟んでから、スキル【再生の祈り】を使って、自分の背後に女神アーシャを出現させる。


「こほん、よくぞ見抜きましたね。敬虔な神のしもべよ」


 私が緩やかに両腕を広げると、女神アーシャが私の頭上に手を翳して、優しくも神々しい光を浴びせてくれた。

 これによって、身体が再生するというバフ効果が貰えるんだ。

 ただのスキルの演出だけど、これを見た神父は感極まって、ブワッと涙を溢れさせる。


「おお……っ!! 主よ……!!」


「私は確かに聖女ですが、表舞台には出られない事情があるのです。なんかこう、使命的なやつで」


「そ、それはどのような……!? わたくしめがっ、全力でお手伝いさせていただきます……ッ!!」


「事情は誰にも明かせません。これは、聖女に与えられた試練なのです」


 神託なんて与えられていないし、神様とは会ったこともないけど、私はつらつらと嘘を吐いた。

 大聖堂でこんな嘘を吐くなんて、とんでもない不敬だと思う。

 神父が咽び泣いているから、罪悪感で胸がいっぱいだよ。


「おおおぉおぉぉ……っ!! 主よ……!! ではっ、ではわたくしはっ、一体どうしたら!?」


「今から私は、神聖結晶を使います。その際に見たことは、全て他言無用にすること。それが、貴方の使命です」


 そうだよね? と、私が背後の女神アーシャを見遣ると、彼女は微笑みながら首を縦に振った。


「畏まりましたッ!! 全身全霊を懸けてッ、他言無用と致しましょう!! 悪魔に腸を引き裂かれようともっ、決して喋らないと誓いますッ!!」


「敬虔な神のしもべよ、感謝します。これは、心ばかりのお礼です」


 私は感謝の気持ちを籠めながら、スキル【治癒光】を使って、神父に柔らかい光を浴びせた。

 この光は、私の手から照射されるんだけど……狙いが甘くて、神父の頭部に直撃してしまう。


 ハゲが、光ってる……!!


 私ね、こんな悪戯みたいなこと、するつもりじゃなかったの。

 腰痛とか肩凝りとか、なんでもいいから、治してあげたかっただけなんだ。

 私が心の中で、ごめんなさいと謝罪した瞬間、神父の頭部からモサっと金髪が生えてきた。


「うっ、うおおおおおおおおおおおおおおッ!! は、ハゲが治ったぁ!? こ、これが主の奇跡……ッ!?」


 神父は諸手を挙げて、大喜びで舞い上がっている。


 【他力本願】の影響によって、【治癒光】に追加されている特殊効果は、スキルやマジックアイテムとは関係ない病を治すこと。それが、作用したっぽい。

 ハゲは病じゃなくて個性だって、私はそう思うけど……ま、まぁ、結果良ければ全てヨシ!

 

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