六章 聖女の墓標攻略編
第167話 遍在
水資源がとても豊富で、清涼な川や湖があちこちにある国、アクアヘイム王国。
その南部に位置する水の都、サウスモニカの街。
周辺が美しい湿地帯に囲まれており、街中に水路が張り巡らされているこの場所では、今日から新年の始まりを祝うお祭りが開催されていた。
──季節は春。陽気な日差しに照らされながら、街中の人々が暴飲暴食を繰り返し、これでもかと遊び惚けて、盛大に羽目を外している。
つい先日、この国の第二王子であるツヴァイス殿下の訃報が、国中に知れ渡ったけど……大半の庶民にとって、それは雲の上のお話だった。
故人を悼んで、一時はしんみりした空気が漂ったものの、すぐに忘れ去られる程度の出来事でしかない。
小さな雑貨屋を営んでいるアーシャこと私は、ツヴァイス殿下とお友達だったので、他の人たちみたいに羽目を外そうとは思えない。
かなりショックを受けているから、何かをしようという気力が、全然湧いてこないよ。
でも、私の気持ちなんて関係なく、時はどんどん流れていくんだ。
何れ、第一王子のアインスが国王になるはずなので、暗黒時代が到来するのは目に見えている。
彼は国のことなんて気にせず、我欲を満たすことを優先する人物だからね。
そんな訳で、私は暗黒時代を乗り越えるために、行動を開始した。
とにかく、色々な事態に対応出来るように、手札を増やそう。
「まずは新スキルの検証、なんだけど……」
今現在、私は自分のお店の二階にある部屋で、もう一人の自分と睨めっこをしている。
着用している衣服が違うだけで、その他の差異は全く見当たらない。
まるで、鏡を見ているかのような気分だよ。
その様子を傍から眺めていたフィオナちゃんが、呆れ半分、感心半分の溜息を吐く。
「はぁ……。あんた、まーた変なスキルを取得したわね……。それ、【土塊兵】とは違うスキルなんでしょ?」
「う、うん……。【遍在】っていうスキルだよ」
私が取得しているスキル【土塊兵】は、土の人形を作る魔法なんだ。
その人形は、単調な作業を自動で行ってくれるから、ポーション作りなんかで重宝している。
先天性スキル【他力本願】の影響によって、人形の姿を私と瓜二つにするという、特殊効果が追加されているけど、質感までは変化しない。
私は目の前にいる私──ややこしいので、『イーシャ』と命名しよう。
あいうえお順で、私はアーシャだから、次はイーシャだよ。
改めて、私はイーシャの頬を摘まんでみる。
すると、普通に柔らかかった。肌はスベスベで、生物特有の温かさも感じる。
これは、観測者の職業レベルが、20になったときに取得した新スキル、【遍在】によって生み出した私の分身なんだ。
この分身には自我がなくて、機械的に動いてくれる仕組みもない。
そのため、私の思考を使って、操作する必要がある。
身体が一つ増えたから、脳味噌も一つ増えている訳だし、思考も増やして欲しかった。でも、残念ながら、そんな優しい仕様じゃなかったよ。
とりあえず、本体と分身を同時に動かす練習をしよう。
それが出来て、初めて本領を発揮出来るスキルだからね。
「──あんたたち、動き方が怪し過ぎるわよ。夜中に遭遇したら、新手の魔物だと思って、ドカンと殺っちゃうかもね……」
私が行っている【遍在】の練習は、フィオナちゃんから酷評を受けた。
手足がグネグネしたり、首がカクカクしたり、確かに怪しい動きになってしまう。ホラー映画のお化けみたいだよ。
「うーん……。このスキル、使いこなすのが難しいなぁ……」
ダークガルド帝国の第三皇女、ルチア様も【遍在】の使い手なんだけど、彼女は百体くらいの分身を同時に操作出来るらしい。
私は一つの分身を動かすことすら、こんなに苦戦しているのに……これが、天才と凡人の格差……。
ちなみに、私の【遍在】には【他力本願】の影響で、特殊効果が追加されているんだ。それは、『存在強度を本体と同等にする』というもの。
……正直に言おう。意味が、分からない。
ステホで調べたら、そう表記されていたんだけど、そもそも存在強度ってなんなの?
「フィオナちゃん、存在強度ってなんだと思う?」
「何って……存在の強さ、つまりレベルのことじゃないの?」
「ああ、なるほど。あり得るね」
フィオナちゃんの予想に納得した私は、イーシャの身体で自分の魔力を意識してみた。
アーシャ 魔物使い(30) 聖女(10)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】
【水の炉心】【光輪】【治癒光】【過去視】
【従魔縮小】【遍在】【聖戦】
従魔 スラ丸×7 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸 ユラちゃん
ヤキトリ
私の現在の強さは、こんな感じ。
魔物使いも聖女も、レベルが上がると魔力が増える。合計レベル40なら、それなりのものだよ。
つまり、イーシャが私と同じレベルなら、魔力を持っているはずなんだ。
しかし──感じ取れない。イーシャの身体には、極僅かな魔力すら、宿ってはいなかった。
「フィオナちゃん、存在強度はレベルじゃないみたい」
「ふぅん……。それなら、あたしにはサッパリ分からないわ。というか、【光輪】を使ったら、簡単に動かせるんじゃないの?」
「あっ、そうだね! その手があったね!」
フィオナちゃんに指摘されて、私は早速試してみることにした。
スキル【光輪】は、対象の頭の上に光の輪っかを浮かべて、知力上昇のバフ効果を付与するというもの。これは、私自身も対象に出来る。
追加されている特殊効果は、並列思考。これによって、思考の数が四つになったので、私は本体とイーシャを問題なく動かせるようになった。
なんなら、ウーシャとエーシャも追加して、本体+分身三体を同時に動かせるよ。
「「「「フィオナちゃん!! 見てっ、成功だよ!!」」」」
「ちょっ、四人同時に喋らないで!! なんか怖いわよ!?」
フィオナちゃんには不評だったから、ウーシャとエーシャは消しておく。
消そうと思えば、私の意志で簡単に消せるんだ。出すときは、魔力と体力をそれなりに消耗する。
それと、分身を維持するためには、分身に十分な食事や睡眠をとらせる必要があるらしい。
「きちんと動かせるようになったし、イーシャはどういう目的で使おうかな……?」
私が悩んでいると、フィオナちゃんが何か思いついたみたいで、ポンと手を打った。
「ねぇっ、あたしたちの冒険に連れて行くとか、名案じゃない!?」
「いや、連れて行ってどうするの? 分身って、少しダメージを受けると消えるはずだし、職業とかスキルもないんだよ」
「それならっ、分身をお店に残して、本体が冒険に行けば解決ね!」
いやいやいや、嫌だよ。私は首を左右に振って、フィオナちゃんの提案を突っ撥ねる。
私が冒険に行かない理由って、店番のためじゃないよ。
危ないから、行かないんだ。必要に駆られれば、こっちからお願いして、みんなの冒険に付いて行くんだけどね。
「荒事には向いていないから、楽器の練習でもさせようかな……」
分身で練習すれば、その経験値は本体にも蓄積される。
その点が、【遍在】の最も優れている部分かもしれない。
ちなみに、分身の感覚はオンオフが可能だよ。
私は態々、痛みなんて感じたくないので、痛覚をオフにしておく。
こうして、【遍在】の活用方法を思い付いたところで、我が家の二人目の居候、猫獣人のミケが、私とフィオナちゃんを呼びに来た。
「にゃあ! ご主人のお友達が、遊びに来たのにゃ! 一緒にお祭り、回ろうって!」
「アーシャっ、行くわよ! 小難しいことを考えるのは後にして、今日はドカンと遊びましょ!!」
元気にそう言って、フィオナちゃんはイーシャの手を取り、グイグイと引っ張る。
「そっちは本体じゃ──」
ないよって、私が声を掛けようとしたら、イーシャが転んでしまった。
フィオナちゃんは大慌てで、イーシャが怪我をしていないか確かめる。
「ご、ごめんっ!! 大丈夫!? 怪我は!?」
「本体じゃないから、全然大丈夫だよ。落ち着いて」
イーシャは膝を擦り剥いて、少しだけ血を滲ませていた。
痛そうだけど、痛覚をオフにしているので、本当になんともない。
よかったぁ……と思った矢先、私の脳裏に疑問が降って湧く。
分身って、少しでもダメージを受けると、消えるんじゃなかったっけ……?
一先ず、スキル【治癒光】を使って、イーシャを治しておく。
──このとき、ふと私は閃いた。
「存在強度を本体と同等にするって、まさか……!? 職業もスキルもない状態の私と、同じになるってこと!?」
【遍在】に追加されている特殊効果に、当たりを付けたところで、次々と新しい疑問が降って湧く。
イーシャも神聖結晶に触ったら、職業を選べたりするのかな?
本体と同じように、レベル上げが出来る?
その場合、スキルはどうなるんだろう?
イーシャを消したら、本体に引き継がれたりするんだろうか?
駄目だ、気になってお祭りどころじゃない!
みんなには悪いけど、私は先に教会へ行かせて貰うよ。
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