第160話 ロバート
コロナガルーダは潰れた目から、溶岩みたいな血を流して、大きな悲鳴を上げた。
バリィさんはすぐに結界を遠ざけたけど、結界の外側にいるカマーマさんに、奴の血が降り掛かってしまう。
「カマーマさん!! 大丈夫ですか!?」
「この程度のぬるま湯っ、どうってことないわよぅ!! あちきの女子力を舐めないでよねん!!」
心配する私に、カマーマさんはウィンクを飛ばす余裕を見せてくれた。とは言え、普通に火傷を負っているよ。
私はここで、各種支援スキルを使って、バリィさんとカマーマさんにバフ効果を付与した。
本当は突撃前に、やっておきたかったんだけどね……。
カマーマさんは結界の中に入らず、私たちの上で仁王立ちしながら、コロナガルーダを見据えている。
その間に、バリィさんがスキル【規定結界】を使って、コロナガルーダを囲った。
──しかし、結果は芳しくない。
「チッ、駄目だ! 効いてないぞ!!」
バリィさんが舌打ちするのと同時に、コロナガルーダは結界を突き破り、高々と飛翔してしまった。
【規定結界】は内部の空間に、自分が設定した法則を追加するという、とんでもないチートスキルだよ。
バリィさんが設定したのは、『ドラゴンの気力が湧かなくなる』という、怠惰の法則。これによって、前回はドラゴンを眠らせられたのに、今回は違うみたい。
どうしてなのか、私の推測を伝えておく。
「前回はソウルイーターが瀕死で、身体の主導権をドラゴンが握っていましたよね……? 今回も同じような状態にしないと、駄目なのかも……」
未だに、身体の主導権を握っているであろうコロナガルーダは、上空へと逃れてから、憎悪に満ちた五つの眼で私たちを睨む。
その中の一つ、ドラゴンの瞳だけは、明確に私とバリィさんのことを注視していた。
「あの野郎っ、俺と相棒のことを憶えていやがるな……ッ!!」
バリィさんが闘志を漲らせると、ドラゴンの瞳が忌々しげに細められたよ。
『また貴様らか……ッ!! 鬱陶しい!!』って、思われているみたい。
奴の瞳を見ていると、シュヴァインくんが殺された瞬間のことを思い出す。
あのときは、もっともっと、自分に出来ることがあったはずだって、絶望しながら後悔したんだ。
今の私には、権力者の魔の手から逃れるための手段が、幾つかある。
新天地で生活することになっても、従魔たちと一緒なら大丈夫。
──そんな訳で、出し惜しみはなしにしよう。
「もう二度と、同じ後悔はしない……ッ!!」
ロバートさんの巨躯はボロボロで、見るからに満身創痍だった。
この人の存在は、どう考えても勝敗に影響するから、全力で支援しよう。
私がスキル【再生の祈り】を使うと、女神アーシャが宙に現れて、ロバートさんに優しい光を浴びせた。
すると、彼はカッと目を見開いて、女神アーシャを凝視する。
「ヒヒィン!? そ、某のもとに、女神が……!? まさか、貴方は亡き父上の愛馬っ、エリザベスが擬人化した存在……ッ!? 天国から態々、某の応援に来てくれたのか!?」
全然違うけど、その思い込みでパワーアップ出来るなら、訂正しなくてもいいかな。女神アーシャもそう考えたみたいで、不満げな様子を見せることなく、にこやかに手を振って消え去った。
こうして、ロバートさんの身体が再生し始める。
「……あらぁん? メスガキちゃん、ロバートの再生が遅くないかしらん?」
「で、ですね……。どうしてでしょう……?」
ロバートさんの身体の再生速度が、見るからに遅い。
以前、バリィさんの片腕がなくなったときは、あっという間に生えてきたのに……。何故? と私が疑問に思っていると、バリィさんがその理由を推測する。
「恐らく、スレイプニル辺境伯の身体が、大き過ぎるんだ。実際のところ、傷口の再生速度は凄まじいぞ」
ロバートさんの身体の傷は、毎秒で数十センチくらい再生している。
通常サイズの人間が負った傷であれば、どれだけ重たいものでも、あっという間に完治するような速度だよ。
……ああ、そっか。その再生速度が、そのままロバートさんの巨躯に適用されているんだ。
「バリィちゃん!! くるわよんッ!!」
カマーマさんはコロナガルーダを見上げながら、大声で警告してくれた。
奴が背負っている焔の車輪の中に、緋色の魔法陣が無数に描かれていく。
そして──三十メートルくらいの【爆炎球】が、上空に数百個も生成された。
全部合わせれば、コロナガルーダの巨躯よりも大きくなるね……。
そんな滅茶苦茶な魔法からは、奴の溢れんばかりの殺意と、鬼気迫る必死さが感じられたよ。
よく見ると、コロナガルーダも傷だらけで、溶岩みたいな血を全身から流しているんだ。ロバートさんとの激闘は、軽傷では済まなかったらしい。
「辺境伯っ、あんたまで守ってやれる余裕はない!! そっちはそっちで対処してくれ!!」
「ヒヒンっ!? 貴様らは何者だ!? ルチア様の隠し玉か!?」
「ああ、そんなところだ!! 細かいことはいいから、今はあいつを倒すことに集中するぞッ!!」
バリィさんはそう言って、私たちを七重の【対魔結界】で囲ったよ。これは、魔法攻撃に滅法強い結界だね。
カマーマさんも今回ばかりは、結界の中に入っている。
それから、数秒の間を置いて、【爆炎球】が一斉に地上へと降り注いだ。
一発一発が、フィオナちゃんの【爆炎球】よりも遥かに強力で、次々と大爆発を巻き起こし、瞬く間に爆炎が私たちの視界を埋め尽くした。
バリィさんの結界に、思いっきり罅が入ったけど……セーフ! 七枚も一気に割れるようなことは、心配しなくてもよさそう。
これなら、一枚割れても一枚張り直すことで、余裕を持って防げるね。
「流石ですっ、バリィさん!! この調子でどんどん防いでください!!」
「あぁん!! イイわぁッ!! すっごくイイ!! バリィちゃんの成長をビンビン感じちゃうぅぅッ!!」
「王国内に限って言えば、今の俺はカマーマのおっさんの次に、レベルが高いはずだからな。これくらいは対処出来るさ」
私とカマーマさんが称賛すると、バリィさんは得意げな笑みを浮かべたよ。
コロナガルーダの攻撃はド派手だけど、攻撃力ならソウルイーターの方が上だった。あっちは防御力を無視するスキルを持っていたからね。
爆炎が晴れると、体表が岩のようになっているロバートさんの姿が見えた。
彼はスキル【岩石皮膜】を使って、やや負傷しながらも耐えたみたい。
「ヒヒイイイイイイイイィィィィンッ!! ジェニファーっ!! 某の背に、馬並みの翼を授けてくれぇいッ!!」
嘶くロバートさんの背中に、巨大なペガサスの翼が生えた。
多分だけど、風属性のエンペラーホースが、『ジェニファー』という名前なんだろうね。
気炎を揚げたロバートさんは、その巨躯からは信じられない速度で飛翔し、上空のコロナガルーダをラリアットで撃墜する。
あれは、飛行速度が上昇するスキル、【天翔け】を使ったのかも。
「辺境伯、馬鹿みたいに強いな……。相棒の支援スキルだけあれば、俺らは必要なかったんじゃないのか?」
「無礼者ォ!! 某は馬鹿ではなく馬だッ!! 鹿を入れることなどっ、断じて許さんッ!!」
バリィさんの呟きが聞こえたみたいで、ロバートさんはコロナガルーダに馬乗りになりながら、大声で文句を飛ばしてきた。
結界がなかったら、鼓膜が破れているくらいの大音量だよ。
「ロバートっ!! 危ないわよん!!」
カマーマさんの注意と同時に、コロナガルーダの胸部を内側から突き破って、熱エネルギーで形成されているドラゴンの顎が出現した。
そして、そこから放たれた業火の熱線が、ロバートさんの胸を貫く。
「グハァ──ッ!?」
彼は吐血して、攻撃の手を止めてしまった。
コロナガルーダはその隙に、超高音の奇声を上げて、周辺の物体を振動させる。
「ぐっ、あああああああああああああああああああああっ!?」
ロバートさんが頭を抱えて絶叫し、次の瞬間には彼の目玉が破裂した。
次第に、身体のあちこちに水ぶくれが出来て、それらも立て続けに破裂していく。
「なっ、何が起こっているのよぅ!? バリィちゃんっ!! 結界がビリビリしてるけどっ、大丈夫なのかしらん!?」
「こっちは問題なさそうだが、このままだと辺境伯が死んじまうぞ……ッ!!」
カマーマさんとバリィさんは、何が起こっているのか分かっていない。
私には分かるよ。十中八九、これが電子レンジでチンの魔法なんだ。
「バリィさん!! コロナガルーダに近付いて、口元だけ【消音結界】で覆えませんか!?」
「口元だけなら、なんとかなりそうだな……!! 任せとけ!!」
スキル【消音結界】は、内部の音を消して、魔法を使えなくするという効果がある。
魔力の消耗が激しくて、大きさにも強度にも難があるけど、一先ずはコロナガルーダの奇声を止めることに成功した。
しかし、ロバートさんは瀕死の重傷を負ったままだ。
早く治れ、と私たちが願っていると──彼の額から、大きなユニコーンの角が生えてきたよ。その角は光り輝き、彼自身を癒し始める。
どうやら、私と彼の回復魔法は、効果が重複するらしい。……それでも、完治には時間が掛かりそう。
コロナガルーダはロバートさんを蹴飛ばして、身体の自由を取り戻し、再び夜空へと舞い上がる。
そして、眼下のロバートさんに、ドラゴンの顎を向けて──
「ヤラせねぇぞッ!! ゴォラアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
結界の中から飛び出したカマーマさんが、コロナガルーダのもとへ駆け上がっていく。
彼女には【風纏脚】のバフ効果があるので、宙を踏み締めることが出来るんだ。
【強打】+【十連打】の複合技。エンペラーペンギンすら瞬殺した攻撃で、カマーマさんはドラゴンの顎を下から殴り付けて、無理やり閉じさせた。
その状態で、ドラゴンは業火の熱線を放ち、盛大に自爆する。
──それが良かったのかどうか、私たちは判断に困った。
「おいおいおいっ、洒落にならない威圧感だな……ッ!?」
コロナガルーダの胸部が破裂して、その内側からドラゴンの頭が出てきてしまったんだ。例の如く、この頭も熱エネルギーで形成されているよ。
ソウルイーター戦のときよりも、ドラゴンが放つ威圧感は、格段に増している。
火の魔石を沢山食べたことで、力を取り戻したのかも……。
信じ難いことに、ただそこに存在するだけで、世界が軋んでいるような音が聞こえてきた。
バリィさんが自分の胸を押さえて、ドラゴンの威圧感に耐えている最中、私はロバートさんに向かって、スキル【治癒光】を使う。
「お願いっ、もっと早く治って……!!」
このスキルによって放たれる光は、ユニコーンの角から放たれている光と、同質のものだった。
つまり、ユニコーンが使っているのも、【治癒光】なんだと思う。
【再生の祈り】と【治癒光】×2が合わさって、ロバートさんの身体は急速に回復していく。でも、完治を待ってくれるほど、コロナガルーダは甘くない。
奴は焔の車輪に、新たな緋色の魔法陣を描いた。
そして、上空に無数の【炎刃鳥】を生み出し、カマーマさんに殺到させる。
「あぁんもうっ!! 邪魔よぉん!!」
彼女がその攻撃の対処に追われている隙に、ドラゴンは再びロバートさんを狙って、口を大きく開けた。
「相棒っ!! あれは俺の結界じゃ防げない!! あのときの壁で、なんとかならないか!?」
「無理ですっ!! ロバートさんを守れるほどの面積がありません!!」
私の【再生の祈り】+【土壁】の複合技──新・壁師匠。
あれは防御力こそ凄まじいけど、大きさは数メートルしかないんだ。
「だったら──」
バリィさんが次の提案をしようとしたところで、首都スレイプニルがある方角から、膨大な量の水で形成された龍が飛んできた。
竜じゃなくて、龍。蛇みたいに長いやつだよ。
大きさが百メートルほどもある水の龍は、ドラゴンの頭に直撃して、コロナガルーダの巨躯を押し流す。
「うわぁっ!? な、なんですか今の!?」
「帝国軍の魔導士だろうな。良いタイミングでの援護だ」
バリィさんに言われて思い出した。そういえば、帝国軍がいるんだったね。
水の龍は多少のダメージを与えられたみたいで、コロナガルーダもドラゴンも怯んでくれた。
これによって、必要な時間を稼げたので、ロバートさんが完全復活する。
「ヒヒイイィィィィィンッ!! 某は馬車馬の如くッ、まだまだ戦えるぞォ!!」
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