第161話 天地陽光
万全の状態になったロバートさんに、私は【風纏脚】を使って、バフ効果を付与する。
帝国軍にも支援スキルの使い手がいるみたいで、既に同様のバフ効果が掛かっていたけど、私のスキルの方が強力だから上書きしたよ。
「ロバートさんっ、貴方の脚を速くしました!! 馬並みに頑張ってください!!」
私の声援が届いたのか、彼はコロナガルーダを見据えながら、こちらにグッと親指を突き出した。
「誰だか知らんがっ、馬並みの支援に感謝ッ!! これで馬力千倍だッ!! もう遅れは取らんぞォッ!!」
ロバートさんが嘶きながら地上を爆走して、コロナガルーダに突撃する。
ドラゴンは業火の熱線を連射して、ロバートさんを撃ち抜こうとした。
けど、彼は自分の足元を爆発させることで、急加速と急停止を繰り返し、荒々しく熱線を掻い潜る。
あれは多分、火属性のエンペラーホースのスキルだね。
コロナガルーダは憤慨しながら、ロバートさん、バリィさん、カマーマさん、私、首都スレイプニルの方角を順番に睨み付けた。
それから、僅かな逡巡の後、高々と飛翔して身を翻す。
奴は背を向けたまま、焔の車輪の中に魔法陣を描き、まさかの逃げ撃ちを始めたよ。
【爆炎球】と【炎刃鳥】だけじゃなくて、【大噴火】も使っている。
大地のあちこちが隆起して、大量の溶岩が噴き出し、コロナガルーダの流血と相まって、周辺が赫灼に染まっていく。
「あの鳥野郎ッ、逃げ撃ちなんて湿気た真似しやがって……ッ!!」
「あんなの強者の戦い方じゃないですよね!? 卑怯です!!」
バリィさんと私が文句を言っていると、カマーマさんがこちらに戻ってきた。
彼女の髪型がアフロになっているけど、バリィさんは笑っていない。……そうだよね、今は笑う場面じゃないよね。我慢しよう。
「バリィちゃんっ、ロバートを追い掛けるわよん!!」
「ああっ、急いで辺境伯の後ろに付くぞ!! 相棒は回復に専念してくれ!!」
「りょ、了解ですっ!!」
カマーマさんは再びエンジンの役割を担って、結界を高速移動させた。
バリィさんは結界を軽く動かして、進行方向を調整している。
私は指示通り、【治癒光】をロバートさんの背中に当て続けるよ。後先を考えている余裕はないから、湯水のように魔力を使う。
こうして、各々が自分の役割を全うしていると──不意に、バリィさんが訝しげな目で、前方のコロナガルーダを睨んだ。
「鳥野郎の必殺技っぽいスキル、【天地陽光】とやらは、いつ使ってくるんだ……?」
「あれはきっと、【光熱吸収】を使った溜めが必要なんです。そのときに隙が生まれるから、ロバートさんに絡まれている間は、使えないのかも……」
コロナガルーダは【光熱吸収】を使うときに、翼を折り畳んで身体を丸める。
あんな無防備な姿を見せたら、ロバートさんに蹴り殺されるよね。
「だったら、敵が使えるスキルの数は……実質、五つってことか……」
バリィさんの呟きを聞いて、私は深々と頷いた。
「そうですね。どう見ても、水属性の魔力は持っていないでしょうから……」
一応、コロナガルーダの後ろ姿をステホで撮影して、奴が持っているスキルを再確認する。
ツヴァイス殿下が教えてくれた通り、スキルの数は九つだよ。
【冷水弾】と【冷雨針】は、水属性の魔法だから、使ってこないと考えよう。
【光熱吸収】と【天地陽光】は、使えるような隙がない……と思ったけど、後者に関しては事情が違った。
これは本来、自分の魔力を全て注ぎ込んでも使えない大魔法で、足りない分は自分の魂をリソースにして補うらしい。
一度でも使うと、魔力欠乏症になるスキルだね。
でも、コロナガルーダには【光熱吸収】がある。これで膨大な魔力を確保して、魂を消耗させることなく、【天地陽光】を使っていたんだ。
これらのことを伝えると、バリィさんは苦虫を噛み潰したような顔をした。
「──つまり、溜めがなくても魂を消耗させれば、一度は使えちまうってことか」
「そうなりますね……。降ってくる光熱の柱は、直撃したらバリィさんの結界でも、耐えられるかどうか……」
私が村人の姉弟を助けた際に浴びたのは、【天地陽光】の余波だった。
光熱の柱そのものは、想像を絶する熱量だと思う。
「それを使われたら、俺と相棒の複合技で、どうにか出来ないか?」
「うーん……。どうでしょう? 試して駄目なら、そのまま死んじゃいますけど……」
「そう、だな……。そのときは辺境伯を見捨てて、逃げるべきか……」
バリィさんと話し合いながらも、私はコロナガルーダのスキルについて考えながら、頭の中を整理する。
魂をリソースにしてまで【天地陽光】を使われたら、スラ丸の【転移門】で逃げるしかない。
門になってくれる七号の回収が、間に合うか分からないけど……駄目だったら、初めてのスラ丸の死を受け入れよう。
他に敵が使ってくるスキルは、【火炎連弾】【炎刃鳥】【爆炎球】【大噴火】【振動熱射】の五つ。
【火炎連弾】は気にしなくていい。他のスキルを連発した方が、強いはずだもの。
【振動熱射】は動きながらだと、使えないみたい。コロナガルーダが立ち止まったら、バリィさんの【消音結界】で口元を覆えば、それで解決する。
残りの三つであれば、ロバートさんが被弾しても私の回復魔法があるので、全然問題ない。
現状、コロナガルーダは深手を負っており、夥しい量の血を流している。このまま追い掛けていれば、何れは力尽きそうだよ。
その後、ドラゴンが奴の身体の主導権を奪うはずだけど、そこでバリィさんの【規定結界】を使えば、私たちが勝利するんだ。
「後はもう、敵が【天地陽光】を使うかどうか、それ次第よねぇ……。あちきのロバートは、大丈夫かしらん……?」
カマーマさんはエンジンの役割を継続しながら、ロバートさんの背中を心配そうに見つめた。
そのときが来たら、彼を回収している暇はないと思う。見殺しにする覚悟、決めておかないとね。
……実はまだ、私には【巨大化】のスキルオーブという、切り札が残っている。
これをロバートさんに返せば、彼の身体の大きさが五倍になって、コロナガルーダを簡単に倒してくれそう。
当然、ロバートさんは生還出来る。
それでハッピーエンドになるなら、私は喜んでお返しするんだけど……後に、彼の存在はアクアヘイム王国にとって、コロナガルーダやドラゴンよりも、大きな脅威になるかもしれない。
どう考えても、ロバートさんは王国を恨んでいるはずだもの……。
帝国南部の惨状を見渡せば、その恨みは王国を滅亡させるまで、晴れない気がするよ。
スキル【巨大化】を取得した後のロバートさんは、体長が一キロメートルを超えてしまう。ルチア様が、そんな彼の手綱を握れるか分からない以上、スキルオーブは返せない。
王国が更地にされる可能性と、ロバートさんの命。この二つを天秤に掛けたら、私が後者を選ぶことは出来ない。
「──なぁ、なんか妙じゃないか?」
コロナガルーダとロバートさんの追走劇が続く中、バリィさんがふと、そんなことを呟いた。
「妙、とは? 良い感じに、追い詰めていると思いますけど……」
「追い詰めているのは、間違いないんだが……コロナガルーダの飛んでいる経路が、なんか引っ掛かるんだよな……」
正直、私には引っ掛かるものなんてない。
しかし、こと戦闘において、私の直感なんて全く当てにならない。
ここはバリィさんの直感を信じて、考えを巡らせてみる。
──私が真っ先に危惧したのは、コロナガルーダが王国へと向かっている可能性だった。けど、これは違う。
奴は首都スレイプニルの近郊から、決して離れないように、円を描いて逃げ回っているんだ。
「…………あっ、円を描いて?」
私はボソッとそう呟き、総毛立つほどの恐怖を感じた。
コロナガルーダは、自分の溶岩みたいな血液を大地に落として、巨大な魔法陣を描いている……の、かも、しれない……。いやまさか、と否定したい気持ちで、胸がいっぱいだよ。
でも、魔法陣を描くのに最適な塗料って、自分の血液なんだよね……。
嫌な予感が拭えない。最悪を想定するべきだと考えて、私はバリィさんにそれを伝えようとした。
──次の瞬間、大地のあちこちから、緋色の輝きが立ち昇る。
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