第158話 コロナガルーダ

 

 外が暗くなってから、私はライトン侯爵に呼び出された。

 私を呼びに来たメイドさんが、随分と焦りを滲ませていたので、競歩で廊下を移動する。


 そして、会議室に到着すると、ツヴァイス殿下、バリィさん、カマーマさん、ライトン侯爵の四人が集まっていた。

 流水海域の裏ボスを攻略した際に、主力を担っていたメンバーだね。


 この人たちを待たせているとなったら、メイドさんが焦るのも納得だよ。

 ツヴァイス殿下は精神的に疲れているみたいで、少しだけ表情に陰りがある。他の面々はいつも通りかな。


「アーシャさん、久しいですね。色々な情報の提供に、心から感謝します」


 ツヴァイス殿下は気さくな笑みを浮かべて、私にお礼を言った。


「恐縮です。……それで、私が呼ばれた理由をお聞きしても?」


「ええ、実は……可能であれば、力を貸していただきたいのです……。これは命令ではなく、お願いなので、断ってくれても構いません」


 彼の人柄を考えれば、本当に断っても大丈夫そう。

 でも、普通なら王族からのお願いって、実質命令だよね。


「とりあえず、詳しい話を聞かせてください。それから判断したいです」


「あちきも早く聞きたいわぁ。いきなりお呼ばれしちゃったから、事情がサッパリ分からないのよねん」


 帝国南部で起こった大事件。それに関係するお願いだって、私には見当が付いているけど、カマーマさんはそれすら分かっていないみたい。

 多分、彼女は帝国南部での戦いに、参加していなかった。

 この人の身長は三メートルもあって、物凄く目立つ厚化粧のオカマなんだ。しかも、パッションピンクの長髪を垂直に逆立てている。

 そんなカマーマさんが従軍していたら、どこかでスラ丸の視界に入っていたはずだよ。


「一先ず、ワタシの愚兄であるアインスが、帝国南部で行った所業から、お聞きください」


 ツヴァイス殿下はそう前置きして、私が報告した内容をなぞるように、諸々の事情を説明した。

 その後、私が知らなかった情報も付け加えられる。

 帝国南部で爆誕した怪鳥の魔物。奴の名前は『コロナガルーダ』で、持っているスキルは九つ。


 【冷水弾】【火炎連弾】【冷雨針】【炎刃鳥】【爆炎球】

 【大噴火】【振動熱射】【光熱吸収】【天地陽光】


 一つ目から順番に、水の弾を撃つ魔法、炎の弾を連射する魔法、針みたいに刺さる雨を降らせる魔法、刃みたいな翼を持つ炎の鳥を放つ魔法、フィオナちゃんの十八番の魔法、地面から溶岩を噴射させる魔法。


 この六つまでは、人間の常識の範疇に収まる魔法らしい。


「七つ目の【振動熱射】は、ワタシには上手く説明出来ません。コロナガルーダの情報は、ルチア殿から聞いたのですが……なんでも、対象を振動させて、熱を発生させるとか……」


「んんん? あちきはそんなスキル、聞いたことがないわねん。振動させて、熱を発生……? 要するに、身体を温めてくれるのかしらん?」


「俺も知らないスキルだが、体内を直接攻撃するような、危ないやつじゃないのか?」


 ツヴァイス殿下のざっくりした説明に、カマーマさんが首を捻り、バリィさんは概ね察したよ。

 ちなみに、私は正確に理解した。要するに、電子レンジでチンする魔法でしょ?


 ……最悪だ。絶対に戦いたくない。


「八つ目の【光熱吸収】は、周辺一帯から熱を吸収して、自分の魔力に変換するスキル。九つ目の【天地陽光】は、広域に膨大な光熱を浴びせる大魔法で、その影響は三日三晩続くそうです」


 ツヴァイス殿下の話を聞き終えて、私は頬を引き攣らせた。

 帝国南部でコロナガルーダが使ったスキルは、【光熱吸収】と【天地陽光】で間違いないと思う。

 あのときの全身が焼かれる痛みは、二度と経験したくない。


 コロナガルーダが持っているスキルや、身体的特徴など。それらを小声で反芻して、カマーマさんは眉間に皺を寄せる。


「体長が三百メートルもあって、それだけのスキルを持っているなんて、厄介極まりないわねん……。空を飛べることまで考えると、一匹のシャチよりヤバイかしらん……?」


 シャチは体長が五百メートルもあって、無限に水と氷の弾幕を張れる魔物だったけど、私もコロナガルーダの方が厄介だと感じた。

 でもまぁ、流石にシャチの群れと比べたら、まだマシだと思うけどね。


「ブヒィ……。ツヴァイス殿下、件の魔物がアクアヘイム王国に流れてくる可能性は、あるのですかな?」


「今のところ、コロナガルーダはアインスの誘導によって、帝国南部を荒らし回っています。ただ、帝国南部が壊滅したら、次にどこへ向かうのか、見当が付きません」


 ライトン侯爵の問い掛けに、ツヴァイス殿下は苦虫を噛み潰したような顔で答えた。ここで一つ、私も気になったことを尋ねてみる。


「あの、アインス殿下はどうやって、あんな魔物を誘導しているんですか……?」


「帝国南部の各地に、大量の火の魔石を積み上げて、釣り餌にしているようです。コロナガルーダはそれを食べながら、鬱陶しい虫けらを駆除するように、【天地陽光】を使って人々を殺戮しています」


 なるほど、と私は納得した。スラ丸の中に入れられていた火の魔石は、そういう用途だったんだ。

 スラ丸が盗んだ分は、氷山の一角だから、被害を食い止めることは出来なかった。

 釣り餌にしている火の魔石が尽きたら、コロナガルーダは誘導出来なくなる。

 その後の展開は、この場にいる誰もが、予想出来ていない。


「アインスって、結局どうなったのかしらん? コロナガルーダに殺されていると、嬉しいんだけどねん」


「ゲートスライムを使って、王国西部に撤退しましたよ。その後は、ワタシとの話し合いにも応じず、あちらに引き籠っています」


 カマーマさんとツヴァイス殿下は、お互いの顔を見遣って、心底残念そうに溜息を吐いた。

 この話を聞いて、バリィさんが訝しげな表情を浮かべる。


「ゲートスライムへの進化条件は、どこから洩れたんだ? その情報を知っているのは、ツヴァイス殿下、俺、相棒、北東南の侯爵、それから六人の魔物使いだったはずだが……」


「わ、私は違いますよ!?」


「ブヒィ!! 吾輩も違いますぞ!!」


 いきなり容疑者になっちゃったから、私とライトン侯爵は慌てて否定した。

 審問官という職業には、嘘を看破するスキルがあるので、それを使って貰っても構わない。

 そう提案しようと思ったんだけど……この場にいる面々は、私たちのことを最初から疑っていなかった。


「俺も違うし、殿下も違う。六人の魔物使いはどうだ……?」


 バリィさんが容疑者として挙げたのは、ゲートスライムを使役している人たちだよ。全員、ツヴァイス殿下の子飼いらしい。


「彼らには審問官が確認しましたが、潔白でした」


 ツヴァイス殿下の話が本当なら、容疑者は北か東の侯爵しか残っていない。

 でも、真偽を判別するスキルがあるなら、真偽を誤魔化すスキルもありそうだし……。そもそも、私の【過去視】みたいなスキルがあったら、情報なんて抜き放題だよね。

 情報がどうやって洩れたのか、それを考えるのは不毛かもしれない。


 私は早々に、考えることを放棄したけど、カマーマさんは話を続ける。


「あはぁん……? 消去法であれば、北か東の侯爵から、情報が洩れたのねん?」


「えっと、偶然ということも、あり得ますよ? 私がその偶然で、進化条件を見つけた訳ですし……」


 犯人を絞り込もうとしたカマーマさんに、私は重要なことを伝えておいた。

 コレクタースライムから、ゲートスライムに進化させるための条件は、空間転移という現象を経験させること。


 スラ丸の場合は偶然、聖女の墓標にあった転移の罠を踏んだことで、その条件を満たしたんだ。

 魔物使いの職業スキル【従魔召喚】も空間転移だし、何も知らずに条件を満たす人が現れても、全然おかしくない。


「なんにしても、愚兄はゲートスライムを使える。それさえ覚えておけば、十分でしょう」


 ツヴァイス殿下はそう締め括って、容疑者探しの話を終わらせた。

 コロナガルーダが帝国に齎す被害次第では、王国が内乱をする余裕が生まれる。

 アインスが【転移門】を利用出来るとなると、いつどこで内乱が勃発しても、不思議じゃない状況だね……。


 色々な情報が出揃ったので、私は改めて、殿下のお願いを拝聴させて貰う。


「ツヴァイス殿下……。それで、私にお願いというのは……?」 


「……今現在、コロナガルーダと交戦中の帝国軍に、助力していただきたいのです」


 ツヴァイス殿下は真摯な眼差しで、思った以上に厳しいお願いをしてきた。

 

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