第157話 アラサーテイマー

 

 ──私はスラ丸七号を森の中に隠した後、七号と一号の間に【転移門】を繋いで貰って、侯爵家のお屋敷へと戻ってきた。

 リヒト王子とスイミィ様が、客室で私を出迎えてくれる。


「ぬおおおおおおおっ!! ど、どこへ行っていたのだ!? まさかっ、世界の命運を掛けた最終戦争に参加するよう神託を受けて伝説の英雄たちと共に暴食の邪神に挑んだのではあるまいな!? この我を差し置いて!!」


「……姉さま、げっそりしてる。……スイのおやつ、食べる?」


 リヒト王子が早口で捲し立てた内容は、半分も聞き取れなかったよ。

 スイミィ様は私に、クッキーを差し出してくれたから、お言葉に甘えて一枚だけいただく。


「甘い……。ありがとう、スイミィ様。元気が出ました」


 お屋敷の料理人たちも成長しているみたいで、適度に甘いお菓子を作れるようになったらしい。

 美味しいクッキーを味わった後、私はスイミィ様たちを残して、再びライトン侯爵のもとへ向かった。あの怪鳥のこと、伝えた方がいいよね。


 帝国南部にて、アクアスワンにドラゴンの魔石を食べさせるという、余りにも非道なテロ行為。

 これは、十中八九、アインスの仕業だと思う。彼が命令した現場を見た訳じゃないけど、状況証拠が揃っているんだ。


 今年の春、サウスモニカの街では、ソウルイーターという魔物が大暴れする事件が起こった。

 その魔物は、マンティスがドラゴンの魔石を食べて、進化した個体だよ。

 王国中の金級冒険者の助けがあって、ソウルイーターは無事に討伐されたけど……あのときの戦果は、アインスが横取りしたはず……。

 ドラゴンの魔石も、彼が回収していたと見て間違いない。だから、それをテロに利用したのだと、察しが付く。


「──と、そんな訳で、帝国南部は悲惨な状況になっていました。それと、滅んだ村に立てられていた旗は、お返ししておきます」


 私はライトン侯爵に、全ての事情や推測を伝えた後、侯爵家の旗を返還した。


「ブヒィ……? 東と南の侯爵家の旗しか、見当たらないが……? 北の侯爵家の旗は、一本もなかったのか?」


「見落としはなかったはずなので、これで全部だと思います」


 王国北部のノースモニカ侯爵は、ツヴァイス殿下の味方だから、アインスが罪を着せようとしてもおかしくない。

 しかし、滅ぼされた村でも、アインスが率いている王国軍でも、ノースモニカ侯爵家の旗は見なかった。


「ブヒィ……。まあ、王位継承争いにおいて、ノースモニカ侯爵の影響力は、微々たるものだ。敵でも味方でも関係ないと、見做されたのやもしれん……」


「あれ? 影響力、ないんですか? 王国北部は帝国と隣接しているので、とっても重要な土地の侯爵様だと、思うのですが……」


 私が疑問符を頭の上に浮かべると、ライトン侯爵は親切に事情を説明してくれる。


「ブヒヒッ! ツヴァイス殿下のお気に入りとは言え、まだまだ思慮が浅いな。いいか? 両殿下が、お互いの戦力をぶつけ合う内乱に発展した場合、ノースモニカ侯爵はどちらの味方であっても、戦力を貸し出せないのだ」


 ライトン侯爵曰く、ノースモニカ侯爵の終生の敵は、王国内の情勢がどうなろうと、帝国になるらしい。

 長年、帝国との戦争の矢面に立たされて、愛する息子たちを戦争で亡くしているので、王国北部の戦力を帝国以外に向ける気が、微塵もないんだって。

 恨み骨髄に徹す、というやつだね。


 そういう事情があるから、アクアヘイム王国の王位継承争いに、ノースモニカ侯爵は影響を及ぼせない。


「なるほど、勉強になりました。感謝します、侯爵閣下」


「ブヒッ! 一先ず吾輩は、怪鳥の話をツヴァイス殿下にお伝えしよう。其方はまた、客室で待っていてくれ」


「はい、分かりました。それでは、失礼します」


 私はライトン侯爵の執務室から出て、今度こそ肩の荷を下ろした。

 帝国の村人を助けた訳だけど、冷静になって振り返ると、満足と後悔が半々で湧き上がる。

 辻ヒールで済ませる予定だったのに、余りにも予想外な展開が起こったので、色々な手の内を晒してしまった。

 これが予想だにしない形で、私に不利益として返ってくるかもしれない。


 ……いや、折角人助けをしたんだから、ネガティブに考えるのはやめよう。

 私は立派なことをしたんだ。偉いよアーシャ、凄いよアーシャ。

 雑に自分を褒めてから、コソコソとステホを確認してみる。


 視力が向上したので、観測者のレベルが上がっているはず……。もしかしたら、レベル10になっているかもしれない。


 アーシャ 魔物使い(30) 観測者(17)

 スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】

     【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】

     【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】

     【水の炉心】【光輪】【治癒光】【過去視】

     【従魔縮小】

 従魔 スラ丸×7 ティラノサウルス ローズ ブロ丸

    タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸 ユラちゃん

    ヤキトリ


 観測者のレベルが、予想を大きく上回っていた。

 地獄と向き合って、しっかりと直視したから、それが経験値になったのかな?

 あるいは、あの怪鳥が爆誕する瞬間を目撃したことが、大きな経験値になった可能性もある。


 それと、私の本職である魔物使いのレベルも、きちんと上がっていた。


「やった……っ!! 遂に目標達成……っ!!」


 レベル30の大台に乗ったのは、物凄く大きな進歩だよ。

 これで私は、立派なアラサーテイマーだ。

 プラシーボ効果かもしれないけど、従魔たちを進化させても大丈夫だと、感じられるようになった。


 ……あ、ティラは駄目だからね。

 以前、状況に流されて仕方なく、二段階目の進化を許しちゃったけど、三段階目はまだ怖い。


 とりあえず、新スキルの確認をしよう。

 まずは、観測者の職業スキル【過去視】──これは、私が視認している場所の周囲限定で、過去の出来事を覗き見出来るスキルだった。

 【他力本願】の影響で追加されている特殊効果は、私と目を合わせた生物の過去を覗き見出来るというもの。


 著しく、人のプライバシーを侵害するスキルだ……。私だったら、こんなスキルを持っている人とは、目を合わせたくない。

 まぁ、倫理観の問題を無視するのであれば、非常に便利なスキルだと思う。他人の悪事とか、簡単に見破れるからね。

 ルチア様に、観測者の職業スキルをネタバレされたけど、これは彼女が持っていないスキルだから、ちょっと嬉しい。


 お次は、魔物使いの職業スキル【従魔縮小】──これは、従魔の身体を小さくするスキルだった。

 私か従魔自身の意思で解除出来るけど、小さくなっている間は弱体化してしまう。

 追加されている特殊効果は、退化。従魔の進化段階を下げられるみたい。

 進化させた後に後悔したら、このスキルを頼ろう。


 有難いことに、従魔が家のスペースを圧迫する問題は、これで解決した。


「……もしかして、従魔を小さくしたら、食費も安くなるのかな?」


 だとすれば、魔物使いとして上を目指す場合、このスキルは必須な気がする。

 今後、どんどん従魔たちを進化させていったら、五十メートルとか百メートルとか、そういう怪獣サイズになるんだ。そうしたら、飼育スペースも食費も、手に負えなくなるからね。


 お屋敷の客室に戻ってから、試しにティラを小さくしてみたら、子犬サイズまで縮めることが出来たよ。

 スイミィ様がこれを見て、ジト目をキラキラと輝かせた。


「……わんわん、かわいい。……姉さま。スイも、わんわん、欲しい」


「魔物使いになった後、ヤングウルフをテイムするんですか?」


「……丸ちゃんと、同じ子も、欲しい」


「うーん……。ブロンズボールとヤングウルフなら、最初は後者がお勧めですよ。懐きやすいし、テイムも簡単なんです。前者はちょっと強いので、レベル10にならないと難しいかも……」


 ちなみに、昨今ではクリアスライムも、非常にお勧めだね。

 すぐにコレクタースライムに進化させられるし、スキル【収納】の利便性はいつまでも健在なんだ。

 私が先輩風を吹かせて、お役立ち情報を得意げに教えると、スイミィ様は尊敬の眼差しを向けてくれた。大変気分が良い。


「……姉さま、すごい。……なんでも、知ってる」


「えへへ……。こう見えても、アラサーテイマーですから」


「……スイ、スライムも、欲しい。……あと、ペンギンも」


「欲しい子だらけですね。テイム出来る数には、限りがあるので、絞っておかないと駄目ですよ」


 私たちが魔物使い談議に花を咲かせていると、リヒト王子が疎外感を抱いてしまったのか、寂しそうに私の腕を引っ張ってくる。


「アーシャ……。その、我は魔剣士になりたいのだが、助言をくれてもいいのだぞ……?」


「魔剣士の助言ですか……。とりあえず、属性に特化した魔法使いを経由した方が、良いと思います」


 普通の魔法使いは、器用貧乏なんだ。

 無属性の魔力って、どんな魔法にでも使える便利なリソースだけど……属性に染まっている魔力と、それに対応する魔法を揃えた方が、やっぱり強い。

 マジックアイテムが、五つまでしか装備出来ないことも加味すると、猶更一芸に特化させるべきだよ。


「ほほぅ! では、何属性がお勧めなのだ!?」


「どの属性にも、強みはありますけど……ツヴァイス殿下と同じ雷属性とか、とっても強いし格好いいと思います」


「ぬっ、父上と同じ属性か……!! あれは確かに格好いいが、とても希少な職業で、我が選べるかどうか……」


 魔法使いは頭がよくないと、選べない職業だって言われている。リヒト王子はお馬鹿なので、難しいかもしれない。

 仮に、『頭が良い』という前提条件を満たしていたとしても、各属性の魔法使いは、そこに別の要素が加わるはず……。私は最初の職業選択で、各属性の魔法使いを選べなかったからね。


 属性魔法を使うことで、その属性の魔法使いが選べるようになることは、もう知っている。

 でも、フィオナちゃんは火の魔法使いになるまで、火属性の魔法なんて、使ったことがないらしい。

 つまり、才能が関係しているんだろうけど、それで納得するのは、凡人として少し寂しい。


「リヒト王子、静電気って知っていますか?」


「せい、でんき? んー、知らぬ! 聞いたことがないのだ!」


「それでは、職業選択の儀式に臨む日まで、毎日欠かさずに、やって貰いたいことが──」


 私はリヒト王子に、静電気や雷が発生する仕組みを教えて、実際に静電気をいっぱい体感して貰うことにした。

 これで、雷の魔法使いを選べる可能性が、上がるかもしれない。

 髪を乾燥させて、帯電しやすい布でゴシゴシすれば、すぐにバチバチと静電気が発生する。


「ぬおおおおおおおおおおおっ!? か、髪が逆立っているのだ!! これが、伝説の猛る雷神の力……ッ!! ま、不味いっ、このままでは魔人の力が暴走してしまうッ!!」


 リヒト王子は大興奮で、中二病を全開にしながら静電気を楽しんでくれた。

 この分なら、毎日やってくれそうだよ。


「……リッくん、すごい。……姉さま。スイも、スイもやる」


 スイミィ様も興味津々だから、気が済むまで参加させてあげた。

 こうして、私たちは夕方まで遊び──このお屋敷に、ツヴァイス殿下がやって来たのは、夕日が沈む直前だった。

 

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