第156話 再来

 

 ──道に迷っている剣士たちが、森の奥へと進んで、ユラちゃん以外の魔物に襲われ始めた。

 大きな針鼠とか、鋼鉄の鎧を纏っている熊とか、森の風景と同化している狼とか、野生の魔物は多種多様だ。

 ユラちゃんの攻撃と相まって、かなり体力が削れ、生傷もどんどん増えていく。


 程なくして、片一方の剣士が野生のトレントの根っこに貫かれ、今までの奮闘が嘘だったかのように、呆気なく事切れた。

 背中を守ってくれる人がいなくなって、もう一人の剣士も立て続けに、後ろから針鼠に刺されて死亡する。


 よしっ、一件落着! 私が心の中で、そう締め括った直後、村人の女性が目を覚ました。

 彼女は周囲を見回してから、弟くんを庇うように抱き締めて、私と従魔たちを警戒する。


「あ、あの……貴方は、一体……?」


「一応、貴方たちの恩人です。見返りを求めるつもりはないので、ただの『お節介な人』だと、認識して貰えれば……」


 お姉さんを怯えさせないように、私は愛想笑いを浮かべたけど、彼女の頬は引き攣っている。

 村が燃やされて、王国兵に追われ、今度は得体の知れない魔物使いと出会ったんだもの。警戒されるのは、当たり前かもしれない。


「な、なるほど……。それでは、まずは感謝ですね……。ありがとうございます、小さな恩人さん。わたしの名前は──」


「ストップ! お互いに名乗るのは、やめておきましょう。会うのはこれが、最初で最後だと思うので」


 お姉さんは私にお礼を言ってから、自己紹介をしようとした。

 でも、それを聞くのはやめておく。彼女たちに明かすつもりはないけど、私はアクアヘイム王国の人間だからね。

 軍人じゃないとは言え、恨みを向けてくると思う。

 敵対する可能性がある以上、お互いに自己紹介なんて、やめた方がいいに決まっているよ。


「そうですか……。それで、わたしたちは、これからどうすれば……?」


 お姉さんは滅びた村を暗い目で眺めながら、やや呆けた様子で問い掛けてきた。


「どう、と私に聞かれても……。行く当ては、ありますか?」


「行く当て……。最寄りの街に、わたしの婚約者が……」


「街……? もしかして、それはあっちの方角だったり……?」


 確認のために、私が指差した方角には、王国軍が通った無数の足跡が見える。

 お姉さんは小さく頷いて、更にどんよりと瞳を濁らせてしまった。隣で座り込んでいる少年も、彼女と同じような状態だよ。

 アインスが街を見過ごすとは思えないし、このお姉さんが婚約者と合流するのは、絶望的かもしれない。


「わたし、行きます……。行かないと……!!」


「姉ちゃんっ、駄目だ!! 今度こそ殺されちまうよ!!」


 お姉さんが覚悟を決めるも、弟くんは大反対した。

 王国軍に見つかったら、何をされるか分からないし、私はそこまで付き合えない。

 申し訳ないけど、水と食糧とポーションだけ渡して、ここでお別れかな……。


 冷淡な対応なのは理解している。でも、何かの切っ掛けで、私が王国の人間だって、露見しそうなんだよね。

 それを考えると、早めに別れるのが正解かも。

 そう思って、スラ丸の中を漁っていると──突然、最寄りの街がある方角の上空で、赤系統の色彩が入り乱れる閃光が迸った。


「──ッ!? な、なに!?」


 かなり遠いけど、観測者の職業レベルが上がっているのか、私の目にはハッキリと見えてしまう。

 空を飛んでいる王国軍の魔法使いが、アクアスワンの口に無理やり、魔石を捻じ込んでいるんだ。

 その魔石が、閃光の発生源……。私には、見覚えがある魔石だった。


「う、嘘でしょ……ッ!? あの魔石は──」


 私の言葉が最後まで続く前に、アクアスワンが魔石を呑み込んでしまう。


 そして、身体が爆発的に膨張し、急速な進化が始まった。


 激しく燃え盛る炎の赤色と、激しく波打つ水の青色が、主導権を奪い合うように羽毛を染め上げていく。


 全身に真っ赤な亀裂が走って、そこから赫灼の炎が噴き出し始めた。


 体長は瞬く間に百メートルを超えて、脚が三本、目玉が四つ、翼が六枚という怪鳥の魔物になる。


 まだまだ大きくなり、今度は二百メートルを超えて、羽毛の色が炎の赤色に呑み込まれた。


 怪鳥は『もう限界だ!!』と泣き叫ぶような、悲痛に満ちた鳴き声を上げている。でも、進化を止めれば、体内で暴れている熱エネルギーによって、身体が爆散しそうだよ。


 生死の境目で、苦しくても生きることを選んだのか、怪鳥は慟哭しながら無理な進化を続けた。


 最終的に、その大きさは三百メートルにまで達して、脚が四本、目玉が六つ、翼が十枚という、余りにも巨大な怪鳥に至る。

 頭部には、捻じれた二本の角が生えており、それらは焼けた鉄の如く、真っ赤な熱を帯びている。

 背中には、自分の身体よりも一回り大きい、焔の車輪を背負っている。まるで、その車輪は太陽の輪郭のように見えて、途轍もなく眩しい。


 怪鳥の目玉の一つは、瞳孔が金色で縦に割れており、爬虫類を彷彿とさせるものになっている。あの目は、間違いなく──


「ドラゴン……ッ!! どうして……!?」


 身体の内側にドラゴンを宿している怪鳥は、空中で力を溜めるように十枚の翼を折り畳み、背中にある焔の車輪を回転させ始めた。

 すると、周辺一帯の温度が急激に下がって、焔の車輪が燦々と輝きを増していく。まるで、熱を吸収しているみたいだ。


 私は寒さを感じて──このとき、今までに経験したことがない感覚に襲われた。

 体内の熱を無理やり引っこ抜かれているような、ゾッとする感覚……。怪鳥が存在しているのは、数キロも先なのに、奴のなんらかのスキルの影響が、ここまで及んでいるの?


 ティラに寄り添って貰っても、熱が発生した傍から奪われてしまう。

 この子の身体も、徐々に冷たくなってきた。


「ね、姉ちゃん……っ、寒い……!! 身体が、動かないよ……!!」


「なに、これ……? か、身体っ、くっ付けても……さ、寒い、まま……」


 弟くんとお姉さんは、必死に身体をくっ付けながら、ガクガクと震えている。

 このままだと不味い。寒すぎて、意識が朦朧としてきた。


「スラ丸っ、【転移門】で逃げよう……!!」


 私はそう指示を出したけど、スラ丸の動きが鈍くなっている。プルプル震えていて、身体が思うように動かないんだ。

 そして、スラ丸が【転移門】を使うよりも早く、怪鳥が全ての翼を一気に広げた。


 すると、焔の車輪の中に、幾何学模様の魔法陣が浮かび上がり──次の瞬間、怪鳥の真上にある空から、太陽光を極限まで束ねたような、光熱の柱が降ってきた。

 天文学の分野において、最も光度が高い物理現象、『ガンマ線バースト』を彷彿とさせる柱だよ。


 目を瞑っても、手で覆い隠しても、瞼の裏の眼球が焼かれて、私は失明してしまった。それから、尋常ではない熱気に襲われて、肌が焼け焦げてしまう。


「──ッ!!」


 激しい痛みに苛まれ、悲鳴を上げようとしたけど、一呼吸で喉まで焼けた。


 ……音が聞こえない。不気味なほどの静寂の中で、途轍もなく強烈な光熱だけが、私たちを蝕んでいる。


 私と従魔たちには、【再生の祈り】のバフ効果があるので、痛みに耐えていれば死ぬことはないと思う。でも、弟くんとお姉さんは別だ。

 私は自分に【微風】を使ってから、女神球を作って頭上に浮かべた。


 【微風】は魔法使いが取得出来るスキルの中で、一番の大外れだと言われている。

 けどね、一番ショボい魔法だから、魔力と集中力が殆ど必要ないという、大きなメリットがあるんだ。


 こういう激痛に苛まれているとき、集中力が乱れて他の魔法が使えなくなっても、【微風】だけなら普通に使えるよ。

 私の場合は【他力本願】の影響によって、鎮静効果が追加されているので、集中力を無理やり取り戻せる。


 ──女神球を浮かべた後は、【土壁】でみんなを囲った。

 これで光を遮ることは出来たけど、壁の中も物凄く熱い。

 まぁ、肌が焼け爛れるほどじゃないから、すぐに身体が再生して、正常な状態に戻る。


 見えるようになった目で、みんなの安否を確認すると、全員が辛うじて生きていたよ。

 一瞬で蒸発しそうなユラちゃんは、ブロ丸が容器になって守ることで、一命を取り留めていた。

 弟くんとお姉さんは、余りの苦しみにギャン泣きし始めたけど、泣き喚く元気があるなら問題ない。


「よし、みんな大丈夫そうだね……。スラ丸、七号のところに【転移門】を繋いで」


「!!」


 スラ丸五号は了承して、今度こそ【転移門】を使う。

 七号の詳しい現在地は不明だけど、帝国南部でコソコソしているのは間違いない。

 みんなで【転移門】を跨いでから、私は硝子のペンを使って魔法陣を描き、スキル【従魔召喚】によって五号を手元に呼び戻した。


 スラ丸は自分の身体を門にする関係上、自分が門に入ることは出来ない。

 そのため、こうして呼び出さないと、置き去りになってしまうんだ。


「あ、ああぁ……っ、そ、空が……!!」


 お姉さんが震えながら指を差す先には、緋色に染まっている空と、光熱の柱が見えた。局地的だけど、かなり広範囲だよ。

 十中八九、さっきまで私たちがいた場所だと思う。

 目測で、数百キロは離れているかな。それでも目視出来るほどだから、あの辺りにあった街や村は、全て焼けているだろうね……。


 アインスが巻き込まれていれば、憂いが一つ減るんだけど、ゲートスライムを使って逃げた可能性が高い。

 ツヴァイス殿下は、ゲートスライムへの進化条件を秘匿して、アインスの耳には入れていないはず……。

 それでも、アインスが率いている軍勢には、ゲートスライムが存在すると考えていい。そうじゃないと、アインスと王国軍第一師団の消息が不明になるなんて、あり得ない話だからね。


「ブロ丸、上空から街か村を探して」


 早いところ、弟くんとお姉さんを安全な場所に連れて行きたい。

 そんな訳で、私はブロ丸を上空に行かせて、【感覚共有】を使いながら人里を探し──あっ、不味い!!

 遥か北の上空から、千の騎馬兵がこちらに向かって来ている。


 馬はペガサスで、乗っているのは帝国兵だ。その集団の真ん中には、ペガサスの進化個体と思しきエンペラーホースと、ロバート=スレイプニル辺境伯の姿が見えるよ。

 彼はルチア様と一緒に、帝都へ向かっていたはずだけど……きっと、王国軍の侵攻を聞き付けて、戻って来たんだ。

 私は大慌てでブロ丸を戻らせ、弟くんとお姉さんに別れを告げる。


「私はここで、お別れです! お二人は帝国軍の兵士たちに、保護して貰ってください!」


「えっ? えっ、あの……?」


「では、さようなら! お達者で!!」


 私は一旦、スラ丸七号と六号の間に【転移門】を繋ぎ、自宅の裏庭に七号とティラ以外の従魔たちを送った。

 それから、七号を抱えてティラに跨り、【光球】を上空へ飛ばしてから、全速力でその場を後にする。


 これで、弟くんとお姉さんは、帝国軍に見つけて貰えるよね。

 私は帰還する前に、七号を帝国南部のどこかに隠さないと。

 この通路が、ツヴァイス殿下の役に立つかもしれないし……。

 

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