第153話 報告
「──ああもうっ、繋がらない! こんなときに!!」
バリィさんと連絡が取れない。嘘でしょ、と私は頭を抱えてしまった。
彼はツヴァイス殿下の護衛依頼を受けているので、暇じゃない時間の方が多い。
会議の場にも同席するし、ステホを使ってお喋りすることが出来ない場面なんて、幾らでもあるんだ。
「どうしよう……っ、どうしよう……!?」
焦りすぎて、頭の中がごちゃごちゃしている。
ええっと、何がどうなっているんだっけ?
スキル【光輪】を使いながら、頭の中を整理しよう。
まず、アインスが王国軍第一師団を率いて、帝国南部に侵攻している。
それから、紳士協定を無視して、農村で非道な行いをするらしい。
同行しているのは、王国西部の貴族たちだけど……軍勢が掲げている旗は、王国東部と南部の侯爵家の旗だよ。
そして、肝心の王国東部と南部の侯爵は、姿が見当たらない。
アインスは滅ぼした村に、その二つの旗を立てると言っていた。
後は──王国軍第一師団が、火の魔石を大量に輸送しているんだ。
「そ、それで、私はどうしたら……っ」
今この瞬間にも、虐殺が行われているかもしれない。
……いや、実際に行われているよね。『かも』で目を逸らせる段階は、とっくに過ぎている。
止められるものなら止めたいけど、私一人じゃ絶対に無理だ。軍隊と戦うための手段なんて、持ち合わせていない。
軍と軍、兵士と兵士がぶつかり合うのは、特に何も感じないけど……民間人が虐殺されるのは、胸がズキズキと痛んでしまう。
私の心の中に、『見ず知らずの人を助けたい!』という使命感は、全くと言っていいほどない。ただ、私は自分の心を傷付けたくないだけなんだ。
どんな結果になったとしても、『出来ることはやったよ』って、言い訳出来るようにしておきたい。
「スラ丸四号に【転移門】を開いて貰って、私が王城に乗り込むとか……?」
そうすれば、ツヴァイス殿下と直接話せるかもしれない。
でも、スラ丸四号は仕事を放り出して、情報収集を行っていたので、メイドさんのお説教を受けている。
このタイミングで、私が王城に侵入したら、兵士に捕まって牢屋行きだと思う。
『ツヴァイス殿下に会わせて!』と騒いでも、末端の兵士には聞く耳を持って貰えないかも……。
「──あっ、そうだ! ライトン侯爵!!」
ライトン侯爵なら、ツヴァイス殿下と連絡を取れてもおかしくない。だから、まずは彼に伝えよう。
お店から飛び出した私は、颯爽とティラの背中に乗って、侯爵家のお屋敷へと向かった。
街中で大きな従魔に乗るのは、罰金が科せられる違反行為だけど、緊急事態だから許して貰いたい。
「──アーシャ殿、随分と急いでいますね。スイミィ様のもとへ行くのですか?」
「いえっ、侯爵様とお話がしたいんです!! 大至急っ、お伝えしたいことがありまして!!」
私は顔馴染みの門番に、切羽詰まっていることが伝わるよう、可能な限り声を張り上げた。
「侯爵様に……。分かりました。すぐにお取次ぎしましょう」
見張り付きだけど、すんなりと通して貰えたよ。
こうして、私は面会したライトン侯爵に、全ての事情を伝えた。
スラ丸五号のことも含めてね。あの子がいれば、【転移門】を使って現地へ行けるんだ。
これで、ツヴァイス殿下の選択肢が増えるはず……。
「──と、そんな感じの状況です!」
「ブヒィ……。それは一大事だ。あい分かった、吾輩から殿下にお伝えしよう」
「ありがとうございます!!」
「ブヒヒッ! 礼を言わねばならんのは、吾輩の方だ。殿下との話し合い次第で、其方を呼び出すことになるかもしれん。しばらくは、客室で待機していてくれ」
ライトン侯爵との面会が終わり、私はメイドさんに客室まで案内して貰った。
これで、ようやく一息吐ける。アインスの恐ろしい凶行は、私の手から離れた案件だよね。
「ふぅ……。あの村、どうなったんだろう……?」
華美な客室で一人になった私は、フカフカのベッドに跳び込んで、うだうだと悩み始める。
やるべきことはやった。そう自分に言い聞かせて、満足出来れば良かったんだけど……襲撃された村の様子が、どうしても気になってしまう。
ただ、【感覚共有】でスラ丸五号の視界を覗き見するのは、流石に勇気が湧かない。
「ナハハハハハッ!! アーシャっ、どうしたのだ!? 随分と元気がないではないか!!」
「えっ!? そ、その声は──リヒト王子!? 一体どこに……!?」
突然、部屋の中でリヒト王子の声が聞こえた。
私はぐるりと室内を見回したけど、彼の姿はどこにも見当たらない。
「ここなのだ! 我はこの、暗黒空間の中にいるのだぞ!!」
ゴトゴトと、部屋の隅に置いてある大きな壺が揺れた。
割れたら一大事になりそうな、見るからにお高い壺だよ。
恐る恐る中を覗き込むと、すっぽりと収まっているリヒト王子の姿を発見。
「あの、そんなところで、何をしているんですか……?」
「スイミィとかくれんぼ中だったのだ! それより、アーシャから今にも闇堕ちしそうな、陰鬱とした波動を感じたが……」
「あー……。それは……その、物凄く恐ろしいことがあって、私は目を逸らしてしまったので、自己嫌悪というか……」
アインスの所業なんて、子供に聞かせるようなことじゃない。だから、私は大分ぼかして、事情を伝えたよ。
リヒト王子は私のぼんやりした話に、大きく首を傾げてしまう。
「ぬぅ……? 事情は分からぬが、自分を嫌いになるくらいなら、とことん向き合うべきなのだ! 自分が自分を好きなままなら、他はテキトーでも、楽しく生きていけるのだぞ!!」
「な、なるほど……。まぁ、一理ありますね……」
能天気なリヒト王子の言葉に、私は思わず頷いてしまった。
しかし、どうやって大虐殺と向き合えばいいんだろうか?
結局、私には止める力なんて、ない訳だし……。嵐が過ぎ去った後に、生き残りがいたら、辻ヒールでもしに行く?
そうすれば、自己嫌悪を薄めることが出来るかもしれない。と、私がそんな偽善を考えていたら、背後から誰かに抱き着かれた。
「……姉さま、おひさ」
「スイミィ様、別に久しぶりではないですよ。こんにちは」
私に抱き着いてきたのは、スイミィ様だった。
彼女は壺の中のリヒト王子を発見して、かくれんぼの勝者となり、改めて私と向き合う。
「……姉さま、スイと遊びにきた?」
「いえ、今日は侯爵様に野暮用があったんです。ちょっと、遊んでいる余裕はないかも……」
私が正直にそう伝えると、スイミィ様はしょんぼりしてしまった。
罪悪感に駆られて、私は彼女の頭をナデナデする。ごめんね、遊ぶのはまた今後ね。
「スイミィ! 詳しい事情は分からぬが、アーシャは何やら、思い詰めているのだぞ!」
リヒト王子の余計な言葉を聞いて、スイミィ様が耳をピクっと動かした。
「……姉さま、ピンチ? ……スイ、助ける。なんでも言って」
「い、いや、助けを借りられることでは……」
「……なんでも、言って。……スイ、がんばる」
スイミィ様はすっかりその気になって、私にしがみ付いた。
まだ職業選択もしていない子供の力なんて、当てに出来る訳がない。
困ったなぁ……と私が口をヘの字に曲げていると、リヒト王子までしがみ付いてきたよ。
「アーシャは友達だから、我も助けてやるのだ! 光栄に思え!!」
「う、うーん……。お気持ちは、とっても嬉しいんですけど……それじゃあ、手を握っていて貰えますか?」
私のお願いに、リヒト王子とスイミィ様は、二人揃って首を傾げた。
それになんの意味があるのか、私は詳しい事情を説明しないままベッドに座って、二人を自分の左右に配置する。そして、左右の手をそれぞれ握って貰ったよ。
「ぬぅっ!? 我が封印されし魔人の力を使って、一体何を企んでいるのだ!?」
「勇気を分けて貰うだけですよ。きちんと握っていてくださいね」
「う、うぬ……? まあ、勇気なら幾らでも分けてやるのだ! 我、勇者みたいなところもあるし!」
リヒト王子は私の要望通り、ギュッと手を握ってくれた。
魔人とか勇者とか、彼の中二病設定には色々あるらしい。
「……姉さま、これでいい? スイ、役に立ってる?」
「ええ、とても役に立っています。ありがとう、スイミィ様」
スイミィ様も、ギューーーッと手を握ってくれたけど、普通に痛い。
この子、儚げな見た目に反して、力が強いんだ。これだけの筋力があれば、戦士の職業も選べそうだよ。
彼女の近い将来が楽しみだと思いながら、私は【感覚共有】を使って、スラ丸五号の視界を覗き見した。
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