第152話 アインスの動き
──ツヴァイス殿下が率いている軍勢は、アクアヘイム王国に帰還した。
そして、ルチア様が率いている帝国軍は、帝都を目指して侵攻を開始したよ。
彼女は帝国南部方面軍を連れて行ったので、帝国南部は兵士が殆どいないという、隙だらけの状況になっている。
無論、ツヴァイス殿下は荒らしに行ったりしない。彼は約束を守る人なんだ。
王国軍司令部の面々は、狐につままれたような顔をしていたけど、結果良ければ全て良しということで落ち着いた。
それから、何事もなく二週間が経過して──サウスモニカの街に、冒険者たちが帰ってきたよ。
再び私のお店も繁盛して、これで一件落着。
……そのはず、だったのに、おかしい。
スラ丸五号が、よく分からない軍勢に同行しているんだ。
王国軍は解散したのに、どういうことなのかな?
「スラ丸、そこはどこ? 何をしているの?」
私は自分のお店のカウンター席に座りながら、例の如く【感覚共有】を使って、スラ丸五号の視界を覗き見している。
この子は王都にあるお城で、メイドさんたちのお手伝いをしていたはずだよ。
それなのに、今は見知らぬ軍勢に同行して、物資を輸送するという仕事を押し付けられている。
ちょっと前まで、王国軍に同行していた四号と、同じ仕事だね。
「!!」
スラ丸五号が何かを訴え掛けるように、荷台の上でぴょんぴょん飛び跳ねた。
その視線の先には、王国軍の旗が見える。
東を指し示す方位磁針の意匠、王国東部のイーストモニカ侯爵家の旗。
南を指し示す方位磁針の意匠、王国南部のサウスモニカ侯爵家の旗。
それから、王族が従えている軍勢の証、祈りを捧げる聖女の意匠の旗もある。
この軍勢は移動中で、現在地は乾いた荒野の上だよ。
スラ丸が周辺を見渡しても、湿地帯が全く見当たらないから、アクアヘイム王国の土地ではなさそう。
「うーん……? ライトン侯爵って、自分の騎士団と一緒に、凱旋したばっかりなんだけど……」
ゲートスライムがいれば、軍勢なんて幾らでも移動させられる。
そのため、凱旋した直後に再び遠征するのは、全然難しいことじゃない。
でも、だとしたら、どこに遠征しているの?
王国軍は一体、何を考えているのか……。今はスラ丸四号が王城にいるので、この疑問を解消するために、情報収集をして貰おう。
「スラ丸、お願いね。やり方は任せるから」
私は四号に指示を出した後、経過を見守り──しばらくして、幾つかの事実が判明したよ。
どうやら、ツヴァイス殿下と王国軍は、王都から動いていないみたい。ただし、動いていないのは王国軍第二師団で、第一師団が行方不明になっていた。
それと、アインス殿下も行方不明なので、王城は慌ただしくなっている。
王城にいる人たちは、アインス殿下と第一師団の消息を掴めていないんだ。
──ええっと、それじゃあ、スラ丸五号は王国軍第一師団と一緒にいるのかな?
でも、第一師団って、アインス殿下に与する勢力だよね。
そこに、王国の東と南の侯爵の旗があるのは、とても不自然なことだよ。
東の侯爵のことは知らないけど、南はライトン侯爵なんだ。今更、ツヴァイス殿下を裏切るとは、到底思えない。
誰が何を画策して、どう動いているのか、私の頭では理解が及ばないかも……。
「アーシャよ、スラ丸が何か、言いたげではないかの?」
ウンウン唸りながら、私が考え事をしていると、隣に座っているローズが話し掛けてきた。
「ん……? あ、本当だ。どうしたの?」
ローズの視線は私の足元に向けられていて、そこにはスラ丸一号の姿があった。
この子は私の足に、纏わりついているんだけど……もしかして、甘えたいの?
私がそう問い掛けると、スラ丸は身体を左右に揺らした。どうやら、違うみたい。……それなら、進化したいとか?
魔物使いのレベルは30目前だから、もう少し待ってね。と思ったけど、これも違うらしい。
「スラ丸、分かんないよ。何が言いたいの?」
「!!」
スラ丸は何かを訴えるように、高速でプルプルと震えた。
それから、ポヨン、ポヨンと飛び跳ねて、裏庭の方へ向かう。
しばらくして──私のもとへ戻ってくると、再びプルプルと震えたよ。
「な、なんだろう……? 本当に何が言いたいのか、サッパリ分からないんだけど……」
「妾には分かったのじゃ! スラ丸っ、其方はアーシャを裏庭へと、連れて行きたいのであろう!?」
ローズの言葉を聞いて、スラ丸は大きく縦に伸縮した。
「なるほど、そうだったんだ。それじゃあ、行こっか」
私がスラ丸と一緒に、裏庭へ移動すると──この子は突然、大量の魔石を吐き出した。もうね、小さな山みたいになっているよ。
大小様々だけど、全てが火の魔石だ。ユラちゃんのために買い集めた分は、もう残っていなかったし、その後に入手した憶えもない。
「……まさかとは思うけど、盗んだ訳じゃないよね?」
「!!」
冗談めかした私の質問に、スラ丸は身体を縦に伸縮させることで答えた。
「そうだよね、盗む訳ないよね。……って、いやいやいや、えっ、盗んだの!? 縦に伸縮ってことは肯定したんだよね!?」
私はスラ丸に跳び掛かって、プニプニモチモチと尋問を開始する。
その結果、判明したことは──これらの火の魔石が、王国軍第一師団の手によって、スラ丸五号の【収納】に詰め込まれたという事実だった。
私は【感覚共有】を使って、スラ丸五号に少し気になったことを尋ねる。
「周りのコレクタースライムたちにも、火の魔石は沢山詰め込まれたの?」
スラ丸五号は縦に大きく伸縮して、この質問にYESと答えた。
最近、火の魔石が高騰していたけど、王国軍が買い集めていたことが原因だったのかな。
だとしたら、この魔石を軍から預かったスラ丸が、私に横流しする意図が分からない。
基本的に、私の命令もなく、悪さをするような子じゃないんだ。
「うーーーん……。もしかして、王国軍は魔石を使って、悪いことをしようとしているの? スラ丸はそれを阻止するために、魔石を盗んだとか……?」
私がぽつぽつと漏らした推測を聞いて、スラ丸は『それそれ!! それだよ!!』と言わんばかりに、何度も上下運動を行った。
私はずっと覗き見している訳じゃないので、何か重要な場面を見逃したらしい。
「誰がどんな悪事を企んでいるのか、私に伝えられる?」
私の問い掛けに対して、スラ丸五号は暫し身体を捻じり、それからコソコソと行動を始めた。
王国軍は移動中で、私としては兵士たちのダラダラした歩みが気になる。
ツヴァイス殿下が率いていた軍勢は、もっとキリキリしていたからね。
しばらく待っていると、スラ丸の視界に豪奢な神輿が映った。
それはミスリル製の神輿で、下品なほど無数の宝石があしらわれており、十人もの騎士たちが力を合わせて担いでいる。
その上に乗っているのは、超肥満体型の人物、アインス殿下だ。
彼の周りには、ウェストモニカ侯爵を筆頭に、王国西部の貴族たちが集まっている。……他の地方の貴族は、一人も見当たらない。
「おーい、まだ到着せんのか? 吾は疲れたぞ。もう一歩も動けん」
どこからどう見ても、アインス殿下は一歩も動いていない。
それなのに、随分とふざけた文句を言い出した。
これを嘲ることも訂正することもしないまま、ウェストモニカ侯爵は揉み手をして、媚びるような笑みを向ける。
この人も豪奢な服を着ているけど、ただのオジサンって感じだよ。
顔付きはどこか陰険だけど、普通の人間の域を出るような特徴は何もない。
「もうすぐっ、もうすぐでございます!! この労を以って、アインス殿下は国王になられるのです!!」
ウェストモニカ侯爵の言葉を聞いて、アインス殿下は何を考えているのか分からない顔付きで、ウンウンと大きく頷く。
「そうか、そうか。吾には難しいことは、さーっぱり分からーん。王になれるなら、なんでもいい。国中から美女と美食を搔き集めて、酒池肉林の宴を開くぞ」
「ハッ! 喜んでお手伝いさせていただきますとも!! 付きましては、宰相の座をワタクシめにいただければ……」
「いいぞ。吾は難しいことはしない。したくなーい。王とは、享楽に耽るのが役目だからな」
彼らの会話だけで、ハッキリと分かる。
アインス殿下──いや、アインスは、とんでもない駄目人間だ。もう敬称なんて付けたくない。
ウェストモニカ侯爵は、アインスを傀儡にする気満々に見えるよ。嘸かし操りやすいだろうね。
まぁ、王国にはツヴァイス殿下がいるから、アインスが王様になることはない。
残念でした、と私が内心で吐き捨てたところで、アインスのもとに伝令がやって来たよ。
「──アインス殿下! 大きな農村が見えて参りましたが、如何致しますか!?」
「若い女を捕らえて、残りは皆殺しにしろ。金品の略奪は許すが、女は全て、吾に差し出せーい。……ああ、それと、食糧を奪い尽くし、田畑と井戸には毒を撒け」
「か、畏まりました……!!」
私は自分とスラ丸の聴覚を疑った。
聞き間違いじゃなければ、アインスがとんでもない命令を下したよね。
一体、どこの村を襲おうとしているの……?
私が頭の中を疑問符でいっぱいにしていると、ウェストモニカ侯爵が伝令に対して、幾つかの命令を付け加える。
「殺した連中は磔にしておけ。滅ぼした村には、東と南の侯爵家の旗を立てろ」
少し経ってから、王国軍は大きな農村に到着した。
そこにいる村人たちは、訝しげに王国軍の様子を窺っているけど、『また王国軍が来た』『紳士協定があるんだ。放っておけ』など、口々に囁き合っている。
察するに、ここは帝国南部の農村なんだろうね。
──この先の出来事は、絶対に見ない方がいい。
「スラ丸、王国軍から離脱して。加担したなんて、思われたくないから……」
私は震える声で、そう命令した後、自分の心を守るために、【感覚共有】を切った。
それから、この出来事をバリィさんに報告するべく、ステホを手に取る。
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