第151話 同盟

 

 超大国の玉座と、帝国随一の美女。

 この二つを目の前にぶら下げられても、ツヴァイス殿下は跳び付かない。

 そして、彼はルチア様を疑わしげに見据えながら、次の質問をする。


「……貴方がワタシに、同盟者として望む支援は?」


「わたくしにとっての最善は、帝位を簒奪するに当たって、貴殿がわたくしと共闘してくれることです」


「却下ですね。一連の流れが、王国軍に大打撃を与えるための謀略、という可能性がある」


 なるほど、と私は殿下の話に納得した。そうだよね、罠かもしれないよね。

 ルチア様は断られることが分かっていたみたいで、特に残念そうな様子は見せずに、淡々と喋り出す。


「それでは、次善の提案です。帝国南部から奪った物資を返還していただくこと。それがあれば、現皇帝に対して、わたくしはより大きな軍勢を差し向けることが出来ます」


「却下ですね。貴方が本当に内乱を起こすという保証は、どこにもない。故に、こちらが先に損をする提案は、全て却下します」


 ツヴァイス殿下は次善の提案も素気無く断って、落胆したように溜息を吐いた。

 ルチア様の提案って、信頼関係がなければ、到底受け入れられないものなんだ。

 折角奪った物資を帝国軍に返還したら、そのまま王国軍との戦いで、使われる可能性があるからね。


「では、最後の提案です。わたくしの簒奪の成否が分かるまで、帝国南部への攻撃をやめていただきたい」


「それは、今回の戦争を引き分けで納める……ということですか?」


「はい、仰る通りです。ロバートはわたくしに忠誠を誓っているので、王国軍が帝国南部に攻めてこないのであれば、わたくしと共に帝都を攻める手筈となっております」


 ロバートさんって、何もかもが馬並みの男、スレイプニル辺境伯のことだよね。

 多分だけど、この提案が、ルチア様の大本命なんだと思う。


「その提案を受け入れた振りをして、ワタシが帝国南部を攻める可能性もありますが……」


「ロバートとの紳士協定を守ったこと、そして貴殿の人柄を観察した結果、信じるに値すると判断しました。わたくしは帝国南部に到着してから、ずっと貴殿を観察していたのです」


 ルチア様の告白を聞いても、ツヴァイス殿下の表情に驚きはない。

 彼女が【千里眼】を持っていることは、事前に知っていたからね。


 殿下は毎日、兵士たちに気を配っているし、『優しくて頼りになる』という印象を持たせるために、物凄く努力しているんだ。

 従軍中は一兵卒と同じものをずっと食べて、手が空けば物資の管理や兵士の調練など、下の者に任せてもいい仕事まで行う。

 そんな彼の人柄が信じられるというのは、私も同感だよ。


「……いいでしょう。三つ目の提案を受け入れます」


 元々、王国軍は帝国南部から、撤退するつもりだった。そのため、ルチア様の提案を受け入れても、なんの損もしない。

 ツヴァイス殿下はそう考えて、同盟を受け入れたのかな。


 話が纏まったし、これでお開きかと思ったけど……ルチア様は少し言い淀んでから、意を決した様子で口を開く。


「ツヴァイス殿……。次善の提案を再考していただけませんか? 兵糧さえあれば、わたくしは二十万の兵力で、帝都に攻め込めるのです」


 ルチア様は帝国中から、食糧を掻き集められる。けど、それはあくまでも、『王国軍と戦うために必要』という体で、寄付して貰っているんだ。

 これが内乱を起こすためとなったら、彼女が幾ら人気者でも、出し渋る村は多そう。


「こちらが先に損をする提案は、全て却下すると伝えたはずですが……」


「今この場で、わたくしの誠意を示そうと思います。それが、信頼に足るものであれば、どうか再考していただきたい」


「はぁ……。信頼とは、そう簡単に築けるものではありませんよ?」


 ルチア様の言葉を聞いて、ツヴァイス殿下は呆れ果てた。後ろにいるバリィさんも、すっかり呆れ顔だよ。

 でも、男性二人とは違って、私の脳裏には嫌な想像が過ってしまう。


 まさかとは思うけど、『誠意』という名の色仕掛け……?

 本体を使わずに、分身で枕営業とか……。帝国随一の美貌があれば、ツヴァイス殿下もバリィさんも、メロメロになってしまうかもしれない。

 私がそんな疑念を抱いていると、彼女は予想外のことを言い出した。


「宜しければ、刃物を貸していただけませんか? 誠意を示すために、必要なのです。無論、ツヴァイス殿に危害を加えようという意思は、一切ありません」


 ツヴァイス殿下は訝しげな表情を浮かべながらも、自分の懐から一本の短剣を取り出した。

 刃は鉄製じゃなくて、大きい獣の牙を鋭く研いだものに見える。柄は黒色が基調で、所々に濃いめの青い筋が入っているよ。


「何に使うつもりなのか、知りませんが……どうぞ」


「感謝します。では──」


 ルチア様は一呼吸置いてから、その短剣を自分の片手に突き刺した。

 鮮血が飛び散って、彼女は脂汗を滲ませながら、痛みを堪えるように唇を噛む。


「な──ッ!? ば、馬鹿な……っ、まさか!?」


 ツヴァイス殿下は驚愕して、椅子から腰を浮かせてしまう。

 ルチア様は短剣を手のひらから引き抜き、その傷痕を殿下に見せ付けた。


「貴殿の反応から察するに、わたくしの職業とスキルをご存知ですね?」


「え、ええ……。観測者の職業スキル、【遍在】によって生み出した分身は、負傷すると消えるはず……」


「はい、仰る通りです。要するに、貴殿の目の前にいるわたくしは、正真正銘、本物のルチアなのです」


 この事実には、私もスラ丸もバリィさんも、ビックリ仰天だよ。

 帝国軍の総大将が、たった一人で武器も持たずに、王国軍の陣地内へとやって来たんだ。

 狂っている。正気じゃない。物凄く豪胆で、途轍もなく愚かだと思う。


 私なら、こんな総大将の下に付くのは、絶対に嫌だ。もっと慎重な人がいいに決まっている。


「一応、貴方のステホを確認させて貰えますか? ワタシが集めた【遍在】に関する情報が、間違っているかもしれない」


「構いません。未来の夫に、わたくしの全てをお見せします」


 ルチア様はあっさりと、ツヴァイス殿下に自分のステホを差し出した。

 このときに、血が付着したままの短剣も返したよ。

 ここで、スラ丸は痴れっと、殿下の肩の上に乗り、ルチア様のステホを覗き見する。


 ルチア=ダークガルド 観測者(46)

 スキル 【千里眼】【完全記憶】【読唇】【遍在】

     【鷹の目】【未来予測】

 

 一つ目から順番に、千里先まで見通せるスキル、五感から得た情報を完全に記憶するスキル、唇の動きから言葉を読み取れるスキル、自分の分身を生み出すスキル、俯瞰視点を得られるスキル、把握している情報から高度な予測を行うスキル。



 ──なるほど、これが観測者のスキルなんだね。

 事前に判明していた通り、【遍在】による分身は軽度のダメージでも受けたら、消えてしまうことが分かった。

 ちなみに、分身は自発的に動く訳じゃないらしい。

 あくまでも、本体が操作する人形みたいな扱いなんだとか。

 つまり、本体と分身を同時に動かすには、並列思考が必要になる。


 ルチア様は最大で、五十人まで分身を動かせるそうだよ。

 思考を増やすスキルを持っている訳でもないのに、五十の思考を持っているなんて……どう考えても、天才だと思う。

 私なんて、スキル【光輪】に頼らなかったら一つだけで、頼っても四つが限界なんだ。頭の出来が、余りにも違う。


「宜しければ、今この場で、わたくしの分身をお見せしましょうか?」


「ええ、是非ともお願いします」


 ルチア様は、この場で実演までしてくれるみたい。彼女がポンと手を叩くと、分身が音もなく全裸で現れた。

 私もスラ丸もバリィさんも、再びビックリ仰天だ。ツヴァイス殿下だけが、物凄く真剣に分身を凝視しているよ。

 ルチア様は周りの反応を気にせず、自分の分身を殴り付けて、その身体を霞のように消滅させた。


 ……これは余談だけど、彼女はアーマードレスを身に着けている状態でも凄いのに、まさかの着痩せするタイプで、脱いだらもっと凄かった。

 私はルチア様に、頭も身体も負けている。顔は引き分けということにして、二敗一引き分け……。降参だよ。


 ツヴァイス殿下はルチア様の誠意に参ったみたいで、色々な感情がごちゃ混ぜになったような、とても深い溜息を吐く。


「ふぅー……。確かに、大きな誠意を受け取りました……。ところで、観測者という職業は、どうやって選べるように?」


「わたくしの【千里眼】は、先天性スキルなのです。これを使っていたら、いつの間にか……」


 ルチア様は事も無げに、自分の手札をどんどん晒していく。

 彼女は生まれたときから、この【千里眼】が原因で、見たくもない悪逆非道を沢山見てきたらしい。


 帝国は貧富の格差が尋常ではなく、犯罪率が王国の比ではない。

 貴族は平民を玩具のように扱い、欲望の捌け口にしている。

 中でも現皇帝は、『出来るだけ多くの人間を殺す』ということに、大層ご執心な異常者だとか……。


 ルチア様が帝位の簒奪を決意した理由は、現皇帝が他国を征服出来るタイミングで、まだまだ余力があるにも拘わらず、自軍を撤退させたからだ。


「──他の理由で、征服出来ない事情があったということですか?」


 ツヴァイス殿下が疑問を挟み、ルチア様は頭を振って否定する。


「いいえ、違います。帝国は大陸に覇を唱えていますが、現皇帝には実際のところ、大陸を統一する意志など、微塵もないのです」


「それは……つまり、どういうことでしょう?」


「あの異常者は、帝国が敵に囲まれている現状を維持し、絶え間ない戦争によって、大勢の人間を殺したいと考えています……ッ!!」


 敵味方を問わず、とにかく人間を殺したい。それが、帝国の現皇帝の趣味。

 なるほど、確かに異常者だね。表舞台に存在しちゃいけない奴でしょ。

 ……もしかして、アクアヘイム王国も、現皇帝がその気になれば、いつでも潰せたのかな?


「事情は理解しました。正直に言えば、貴方の話を一から十まで信じることは、まだ難しい。……ですが、帝国南部から奪った物資は、お返ししましょう」


「ほ、本当ですか!?」


「ええ、本当ですよ。ワタシが裏切られる可能性も、考慮しましたが……貴方の誠意に対して、これくらいのリスクは負っても構わないと、そう判断しました」


 ツヴァイス殿下の譲歩に、ルチア様がパッと表情を明るくした。

 斯くして、ツヴァイス殿下とルチア様は、同盟を結ぶことになったよ。

 この二人は、ステホでフレンド登録まで済ませて、いつでも連絡を取り合える関係になる。


 結果的に、王国軍は戦果を失い、帝国軍は大量の物資を得たんだ。

 これで、ルチア様に裏切られたら、いっそ清々しい気分になるかも……。

 自分の身を危険に晒しながらも、結局は片手の負傷だけで、帝国南部の全ての物資を取り返したんだから、歴史に残る偉業だよね。



 ……あっ、違う。全てじゃない。

 私が盗んだスレイプニル家の隠し財産、返してないよ。

 黄金はブロ丸が食べちゃったから、返そうと思っても返せない。

 【巨大化】のスキルオーブだけでも、返しに行く……?

 いやでも、独断でやったことだし、私が処罰を受けるかもしれない。


 うーん……。だ、誰にもバレてないし、私の懐に入れたままでも、大丈夫かな……?

 

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