第149話 観測者

 

 私はカウンター席に座りながら、【光輪】と【感覚共有】を使って、スラ丸たちの視界を見させて貰う。

 二号は聖女の墓標で、順調に狩りを続けているよ。

 その最中、アグリービショップの魔物メダルと、見るからに呪われていそうな、人皮装丁本がドロップした。

 どっちもレアドロップだけど、回収するのはメダルだけでいいよね……。


「スラ丸、本は拾ったら駄目だよ。……あ、そうだ。ものは試しに、聖水をぶっ掛けてみて」


「!!」


 スラ丸が私の指示に従って、人皮装丁本に聖水をぶっ掛けると、装丁だけが塵になって消滅した。

 後に残されたのは、古びた紙束のみ。もう呪われた代物には見えないよ。


「それなら拾っても……いや、どうしよう……。一応、【浄化】を使ってから【収納】に入れて」


 スラ丸が古びた紙束に【浄化】を使っても、これ以上はなんの変化もなかった。

 安全確認、よし! これなら、触っても大丈夫だと思う。

 私は手元にいる一号から、古びた紙束を取り出して、ステホで撮影してみた。


 これは、『入信誓約紙』というマジックアイテムだと判明。

 この紙に自分の血を使って、自分の名前を書いた人物は、この紙の所有者を盲信するようになるみたい。

 どう考えても、厄ネタだ。余りにも危険すぎる代物だよ。

 この紙の存在を独裁者が知ったら、是が非でも大量に集めて、出来るだけ多くの人に名前を書かせるんじゃないかな。


「も、燃やした方が……いやでも、いつか役に立つかも……」


 どうしても信頼出来ない危険人物に、裏切り防止で名前を書かせるのは、そう悪くない案な気がする。

 まぁ、そんな危険人物は殺っちゃう方がいいけど、私は甘ったれだからね。

 同情の余地がある人とか、エンヴィみたいな子供とか、殺せない人は今後も出てくると思う。


 一匹のアグリービショップから、入手することが出来た入信誓約紙は、全部で十三枚。一枚に付き、一人の名前しか書けないらしい。

 これは、スラ丸の【収納】に仕舞っておいて、絶対に盗まれるなと厳命しておく。


 

 ──スラ丸三号は、今日もルークスたちと一緒に冒険中。

 フィオナちゃんのリュックの中から、チラっと顔を覗かせて貰うと、現在地は無機物遺跡の第二階層だと分かった。

 普段は混雑している狩場だけど、今は大勢の冒険者が従軍中だから、貸し切り状態だよ。

 十三歳未満で、この場所を狩場にしている人なんて、滅多にいないみたい。


「ウオオオオオオオオオォォォォォォッ!!」


 アイアンゴーレムとアイアンボールの群れに、一行が遭遇した瞬間、トールはスキル【鬨の声】を使って、雄叫びを上げながら攻勢に出た。

 このスキルは味方の士気を上げながら、自分よりも弱い敵を怯ませる。


 アイアンゴーレムたちは、既にトールよりも格下らしく、怯んで初動が遅れた。

 トールは立て続けに、スキル【強打】を使って鈍器を振り回し、二匹のアイアンゴーレムをスクラップにしたよ。


「猟犬、暴れすぎだ。ワタシの分も残しておけ」


 ニュートはトールに文句を言いながら、短杖を使って【氷塊弾】を連発し、アイアンボールたちを凍結させていく。

 これは、どうでもいいことだけど……彼のトールの呼び方が、少しずつ変化しているね。最初は野良犬、次は狂犬、その次が番犬で、今は猟犬なんだ。

 トールもニュートも、お互いを認め合っているし、そろそろ名前呼びになりそう。


「ふぅ……。楽勝だったけど、ここの敵は血が出ないから、結構困るなぁ……」 


「る、ルークスくん……。その台詞、少し怖いよぅ……」


 ルークスがスキル【鎧通し】を使って、最後のアイアンゴーレムを暗殺し、戦闘は呆気なく終了した。

 彼が持っている武器は、渇きの短剣というマジックアイテムで、美しい銀色の刃には、吸血効果が付いている。

 しかも、吸血すると刃の耐久度が回復するから、血を流す敵と戦えば手入れ要らずという、とても便利な代物だよ。


 シュヴァインくんがルークスの発言に怯えたけど……正直、私もちょっとだけ、怖かった。

 ルークスってば、渇きの短剣に対して、最愛の人を心配するような、熱を帯びた眼差しを向けていたからね。

 妙な空気を入れ換えるべく、フィオナちゃんが軽く咳払いを挟んで、プリプリしながら口を開く。


「んんっ、こほん! 全くもうっ、あたしとシュヴァインの出番が、今回もなかったわね! 無機物遺跡の第二階層なんて、もう楽勝過ぎない?」


「あァ、俺様も同感だぜ。レベル上げも金稼ぎも、随分と順調だがよォ……こうも楽勝だと、欠伸が出ちまう」


 トールは愚痴を零しながら、スラ丸を引っ張り出して、アイアンゴーレムたちの残骸を仕舞っていく。ここでは、ドロップアイテムにしないみたい。


 アイアンゴーレムのレアドロップは、ランダムな特殊効果が付いている鉄の防具。

 アイアンボールのレアドロップは、ランダムな特殊効果が付いている鉄の武器。

 どっちも大金に化ける可能性があるけど、これらを狙うよりも残骸を持ち帰った方が、金銭効率が良いんだって。


「ここの第三階層へ行きたいという話なら、ワタシは反対させて貰おう。推奨レベルは30だからな」


「オレも、この下は嫌だよ。どうせ下に行っても、血が出ない魔物しかいないし」


 ニュートとルークスが反対して、みんなは最後に、シュヴァインくんを見遣る。


「ぼ、ボクも反対……!! あのっ、べ、別に、怖くないよ……? ただ、レベル不足だから……!!」


「まあ、そうよね。あたしも言ってみただけだし、別にいいわ! さっ、ここでガンガン稼ぐわよ!! 次はあたしがドカンと殺るんだからっ、トールは『待て』よ!! 待て!!」


「俺様を犬みたいに扱うンじゃねェ!! ブッ殺されてェのか!?」


「お座り!! じゃなかった、お黙り!!」


 フィオナちゃんがトールを調教しようとして、あっさりと失敗した。

 トールはフィオナちゃんに、デコピンをしようとしたけど、こちらも失敗。

 シュヴァインくんが透かさず、二人の間に割って入ったからね。

 いつも通り、みんなが元気そうで何よりだよ。


 

 ──スラ丸四号は、ツヴァイス殿下が率いる王国軍に同行中。

 我らが王国軍は、帝国南部の諸侯の本拠地を軒並み荒らし終えたので、今後の作戦会議を行っている。


 今現在、スラ丸はお茶汲み係として、会議中のツヴァイス殿下たちのもとで、仕事をしている真っ最中だ。

 物凄く馴染んでいるけど……その潜入技術は、一体なんなの?


「さて、帝国の南部方面軍と、帝都から来た大軍勢が、遂に合流したようです。数は五万と十万、合わせて十五万になりました」


 朗らかな表情を浮かべているツヴァイス殿下は、十数名の司令部の面々を見回して、軽い口調で事実を伝えた。

 王国軍は二万人しかいないのに、彼からは恐怖も気負いも感じられない。とっても心強いね。


「ブヒヒッ、敵の総大将は帝国の皇女ですぞ!! 嘸かし美人で有名だとか! 是非とも、お目に掛かりたいですなあ!」


「サウスモニカ侯爵……。今の台詞は老い先短い儂が、しっかりとリリア殿に伝えておきますぞい」


「ブヒィ!? ノースモニカ侯爵!! そ、それだけはご勘弁を!!」


 八十代くらいのお爺さんが、悪戯でもするような笑みを浮かべて、ライトン侯爵を揶揄った。

 このお爺さんは、アクアヘイム王国北部の纏め役、ノースモニカ侯爵だよ。

 スラ丸の調べによると、彼は過去に起こった帝国との戦争で、愛する息子さんを全員亡くしてしまったらしい。だから、こんな高齢になっても、未だに当主のまま戦場に出ているのだとか……。


 ちなみに、王国の東西南北の侯爵家は、イースト、ウェスト、サウス、ノースの後ろに、モニカが付くみたい。

 南と北、二人の侯爵のやり取りに、ツヴァイス殿下は口元を綻ばせる。それから、軽く手を叩いて注目を集めた。


「帝国の皇女、ルチア=ダークガルド。調べてみたところ、彼女は様々な二つ名を持っていました。そこから、人物像を把握しておきましょう」


 帝国軍の総大将は、スレイプニル辺境伯から、ルチア様とやらに変わったらしい。

 敵国とは言え、相手は皇女様だから、私は心の中で敬称を付ける。

 さて、そんなルチア様の二つ名だけど……これがなんと、五つもあるそうだ。



 『慈愛の聖女』──これは、万民に対する優しさから、付けられた二つ名であり、職業とは関係ないみたい。

 帝国貴族は基本的に、民に対して傍若無人なんだけど、ルチア様は例外なんだって。

 そんな訳で、彼女は帝国の民衆に好かれている。

 当人は戦闘職じゃないから、戦闘力という面では下の下だけど、一軍の将としての素質はある。それが、ツヴァイス殿下が下した評価だよ。



 『帝国の美姫』──これは、人口が多い帝国において、随一の美貌を持つことから、付けられた二つ名だとか。

 ルチア様は、今年で二十四歳。老いも若きも、帝国に住む全ての男性が、彼女を妻にしたいと願っているらしい。

 皇女という身分であれば、この類の話は箔を付けるために広め放題だし、話半分に憶えておこう。



 『観測者』──これは、ルチア様が選んだ職業が、そのまま二つ名として付けられたもの。

 とても珍しい職業で、ルチア様以外に選択出来た人がいないから、彼女の代名詞になったそうだ。

 遥か彼方まで視認出来るスキル【千里眼】と、自分の分身を生み出すスキル【遍在】が、有名なんだって。


 ……意図せず、ネタバレを食らってしまった。

 言わずもがな、観測者は私が選んだ職業だよ。

 どんなスキルを取得出来るのか、ワクワクしていたのに……いやまぁ、別にいいけどね。


 

 『粛清の魔女』──これは、強すぎる正義感と、目的のためには手段を選ばない性格から、付けられた二つ名。

 この二つ名でルチア様を呼ぶ人は、主に政敵や犯罪者だとか。

 下々に好かれて、権力者には嫌われるという、典型的なタイプかな。



 『遍在の皇女』──これは、観測者のスキル【遍在】が、余りにも大きなインパクトを持っていたから、付けられた二つ名。

 遍在というのは、どこにでも存在するという意味だよ。

 ルチア様の分身は、帝国のあちこちに現れるみたい。

 分身はダメージを受けると消えるけど、見聞きした情報は本体に入るらしい。

 これが、観測者という職業の目玉スキルだと思う。

 

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