第147話 鳳雛
ブロ丸は、どうしても金の延べ棒を食べたいらしい。私に身体を擦り付けて、おねだりしてくる。
その身体は銀の塊で、なんの意外性もなく硬いだけだから、こんなおねだりで私の心が揺さぶられることはない。
「……あ、もしかして、進化したいから食べたいの?」
私の問い掛けに対して、ブロ丸は肯定するように上下運動したよ。
ブロンズ、シルバーと来たら、次はゴールドだもんね。
「私がレベル30になるまで、進化はさせてあげられないけど……進化条件を満たしておくだけなら、いいのかな……。よしっ、許可! 必要な分だけ、食べていいよ!」
ブロ丸は大喜びで、金の延べ棒をモリモリ食べて、食べて、食べ続けて──最終的に、一本だけを残して、他は全て平らげてしまった。
明らかに、自分の体積を上回る量の金塊を食べたのに、ブロ丸の見た目は全く変わっていない。流石は魔物、ファンタジーな生物だね。
「あんなにあったのに、持ち帰れるのが一本だけ……。ちょっと、釈然としないかも……」
私が愚痴を零すと、ブロ丸は申し訳なさそうに身体を揺らした。
いいよいいよ、怒ってないよ。立派な進化を遂げてくれたら、私はそれで満足だからね。
ここで大量の黄金を入手出来ていなかったら、ブロ丸の進化条件を満たすのは難しかった。この幸運に感謝だよ。
それじゃあ、帰ろうかな……と思ったところで、ユラちゃんが触手をブンブンさせて、『こっちこっち!』とアピールしてくる。
「ユラちゃん、どうかしたの?」
私が問い掛けると、ユラちゃんは自分の身体を壁の隙間に押し込んで、得意げな雰囲気を醸し出した。……もしかして、隠し部屋でも見つけたのかな?
だとしたら、大量の金の延べ棒よりも、隠したいものがあるってこと?
なにそれ、とっても気になる。
「それなら、また霊体化で──」
私が壁を擦り抜けると、その先には小部屋があった。
なんの飾り気もなくて、出入り口の扉すら存在していない。
「んんん……? なんだろう、これ……?」
部屋の真ん中には、鉄の箱が一つだけ置いてあった。五十センチ程度の大きさで、鍵が掛かっている。
この箱には鍵穴があるから、ブロ丸のスキル【変形】を利用して、身体の一部で鍵を作って貰った。
そうして、箱を開けてみると──その中には、手のひらサイズの宝玉が入っていたよ。それなりの輝きと、灰色の象形文字が内包されている代物だ。
これは、紛うことなき、スキルオーブだね……。
箱の中には、一枚の手紙も入っていたから、読んでみよう。
『馬並みの子々孫々に告げる。スレイプニル子爵家に、大難が降り掛かったとき、この宝玉を使うべし』
「あれ、子爵家……? 辺境伯家じゃなくて……?」
まさか、子爵家だった頃から、保管していた代物かな?
だとしたら、盗むのは流石に申し訳ない。そう思いながら、ステホでスキルオーブを撮影してみると、【巨大化】というスキルが内包されていた。
これは、身体の大きさが五倍になるという、常時発動型のスキルらしい。
「うん、没収! こんなの使わせられないよ」
五十メートルのエンペラーホースに、このスキルを取得させたら、二百五十メートルになってしまう。
大きいということは、強いということだ。それでも、王国軍が負けるとは思わないけど、被害が出ないとも思えない。
野生の魔物とは違って、従魔の場合、人間が使う様々な支援スキルの恩恵を受けられる。そのため、相乗効果で脅威度が跳ね上がるんだ。
「スラ丸に預けておくけど……これ、勝手に使ったら駄目だからね? 絶対の絶対だからね?」
「!!」
私はスラ丸にスキルオーブを預けて、よくよく言い聞かせておいた。
スラ丸は大きく縦に伸縮したけど、魔石を摘まみ食いしたという前科があるから、かなり心配だよ。
一号から七号まで、全員にきちんと言い聞かせておこう。
「このスキル、誰に取得させようかなぁ……」
まず、私自身が取得するのは、あり得ない。
常時発動型のスキルで、身体の大きさが五倍って、日常生活に支障を来してしまう。
必然的に、従魔の誰かになるけど、今の家だと飼えないね。
スラ丸なら、自分の身体を小さく出来るので、家のスペースは問題にならない。
でもなぁ、この子の大きさを五倍にしても……。
スラ丸は、確かに強くなった。大きくすれば、もっと強く、頼もしくなる。
しかし、所詮は──って言ったら失礼だけど、攻撃系のスキルを持っていない魔物なんだ。そんなスラ丸に、強力なスキルである【巨大化】を取得させるのは、豚に真珠、猫に小判だと思えてならない。
ティラに取得させると、食費が激増するだろうから、どう考えても論外。
大きな庭付きの家を買った後に、ブロ丸かテツ丸に取得させるのが、一番いいかな。どれだけ大きくなっても、食費が掛からないし。
「──あっ、閃いた! 大きくなったブロ丸かテツ丸に、【変形】で家になって貰おう!」
侵入者がやって来ても、そこは私の従魔の体内。これって、安全性が各段に増しそうだよね。
しかも、スキル【浮遊】があるから、空を飛ぶ家になる。緊急時に、家ごと飛んで逃げられるって、物凄く心強い。
黄金の塊になるであろうブロ丸。この子を大きくするよりは、テツ丸を大きくした方が目立たなくて良い。
……でも、ブロ丸って、レアな魔物なんだよね。進化させるのが非常に難しいから、希少性は折り紙付きだよ。
折角のスキルオーブは、レアな魔物に使いたいかも。
うーん……。まぁ、とりあえず、保留にしよう。
怪盗アーシャの出番は、これで終わり。私はスラ丸七号を首都スレイプニルに残して、自宅へと帰ってきた。
幾ら敵国からとは言え、盗みを働いたなんて、吹聴するようなことじゃない。だから、黙って日常に戻ったよ。
ローズにはこっそりと、全部教えておいたけど、そこで話を止める。
同居人のフィオナちゃんとミケにも、内緒にしておこう。
──この後、私たちと入れ違いになって、帝国軍が首都スレイプニルに帰還した。
スラ丸は物陰からひっそりと、スレイプニル辺境伯の慟哭を耳にする。
「な、なんたることだ!! 某の……ッ、馬並みの城が……ッ!! 物資も財産も、祖先から受け継がれてきた宝玉までもが奪われて……ヒ、ヒッ、ヒエエエエエエエエェェェェェンッ!!」
馬面のおじさんのギャン泣きなんて、見たくなかった。
そして、泣きっ面に蜂。スレイプニル辺境伯のもとに、次々と悲報が舞い込んでくる。
「閣下っ!! 大変です!! ヤラレータ子爵の本拠地が落とされました!!」
「王国軍は現在っ、カテナーイ子爵の本拠地を攻撃中!!」
「奴らは帝国南部を荒らし回っておりますが……っ、幸いにも、紳士協定は守られている様子!!」
「うわあああああああああああっ!! もう馬並みにヤダあああああああぁぁあぁああぁあっ!! こ、こうなったら、帝都に救援要請だッ!! 某が馬車馬の如く働いてもっ、こんなの手に負えんッ!!」
スレイプニル辺境伯は、すぐに自分のステホで、誰かに連絡を取った。
帝都に救援要請を送るみたいだから、大軍勢がやってくるかもしれない。
でも、今は恐ろしく寒い冬なので、大軍勢の動きは鈍いと思う。
こうして、まだまだ王国軍は、スレイプニル辺境伯を泣かせることになる。
──帝国南部はゴタゴタしているけど、私の日常は緩やかに流れて、冬も半ばに差し掛かった頃。
我が家では、新しい生命が誕生しようとしていた。
夜、裏庭にて。フィオナちゃんが就寝前に、フェニックスの卵に魔力を注いでいると、パキッと罅が入ったんだ。
「た、大変よ!! アーシャっ、卵が割れちゃったわ!!」
「お、落ち着いてフィオナちゃん! これは異常じゃなくて、正常だと思う! きっと孵化するんだよ!」
火属性の魔力を注げば、孵化が早まると思って、前々からフィオナちゃんに頼んでいた。彼女は快く引き受けてくれて、最近の日課にしていたんだけど、それが功を奏したみたい。
「ふおおおおおおおっ!! つ、遂に妾の子供が……っ、爆誕するのじゃな!? わ、妾が一児の母になろうとは……っ、感慨深いのぅ!!」
「親鳥の役目って、卵を温めることだけど……ローズの場合、卵に温められていたから……」
果たしてそれは、親と呼べるのだろうか?
私はそんな、途中まで出ていた疑問を喉の奥に押し込んで、ローズに生暖かい目を向けた。
彼女の喜びに、水を差す必要なんてないんだ。末っ子のこと、みんなで大切にしてあげようね。
「ねぇっ、あたしは何をすればいいの!? ぶ、ぶっ放す!? とりあえずっ、景気付けにドカンとやっちゃう!?」
「いやいやいやっ、テイムするんだからドカンはやめて! あ、でも、テイムに失敗したらドカンで!」
あわあわしているフィオナちゃんが、テンパって危険なことを言い出した。
私は彼女を落ち着かせてから、自分も心の準備を完了させる。
卵はどんどん割れて──その中から、ひょこっと顔を出したのは、太っちょな赤色のヒヨコだったよ。魔物だから、その大きさは四十センチくらいあるけど、見た目は間違いなくヒヨコだ。
橙色の瞳と目が合った瞬間に、私は透かさずテイムを試みる。
目に見えない繋がりを伸ばすと、過去最速でテイムに成功した。
「ピヨピヨ! ピヨピヨ!」
ヒヨコは嬉しそうに、短い翼をパタパタさせている。
「「「……か、可愛い!!」」」
私たちは三人揃って、ヒヨコの可愛さに胸をやられてしまった。
卵から面倒を見ていたので、愛情も一入だね。
「フィオナちゃんが魔力を注いでくれたから、髪と瞳の色が受け継がれたのかな? それとも、元々こういう色?」
「そんなのどうだっていいわよ!! 可愛いッ!! それが全てでしょ!! それでそれでっ、名前はどうするの!?」
「わ、妾の特徴も、受け継いで欲しかったのじゃ……」
ヒヨコとフィオナちゃんのカラーリングが、全く同じなんだけど、当人は全然気にしていない。
ローズは大分、羨ましそうにしている。
「ここはローズとフィオナちゃんに、名前を決めて貰おうかな。二人が卵の面倒を見てくれた訳だし」
私がそう伝えると、ローズが真っ先に手を挙げた。
「な、ならば妾が!! 名前は妾に決めさせてたもっ!! 色はフィオナに取られたから!!」
「まあ、ローズも頑張って、卵を磨いていたのよね……。いいわ! 名付け親の座は、あんたに譲ってあげる!」
フィオナちゃんに譲って貰って、ローズはヒヨコの名前を考え始めた。
私はその間に、この子をステホで撮影する。
……種族名は、なんと『カラーヒヨコ』。お祭りで売っていそうな名前だよ。
持っているスキルは、【鳳雛】【火達磨】の二つ。
【鳳雛】──自分が死んだ際に、一度だけ完全な状態で復活出来る。復活後に、このスキルは失われるみたい。
これが、フェニックスの卵から誕生した証かな。
一度も死なせるつもりなんてないから、あってないようなスキルだけど、保険があるのは有難い。
【火達磨】──自分自身を燃え上がらせる。
自傷ダメージはないらしいので、遠慮なく焚き火の代わりに使えるよ。
ちなみに、このヒヨコは体温がとても高いから、抱き締めているだけでも寒さを凌げる。
「いよぅし、決めたのじゃ!! 妾の子供の名前は、ヤキトリ!! ヤキトリにするのじゃよ!!」
「あんた、ネーミングセンスが終わってるわね」
ローズの決定に、フィオナちゃんが冷静なツッコミを入れた。
そうだよね、ヤキトリはあんまりだよね。
私はローズに再考を求めようとしたけど、ヒヨコはその名前が気に入ったのか、ピヨピヨと上機嫌に鳴いている。
「この子がそれでいいなら、名前はヤキトリにしよっか……」
「あーあ、大人になったらグレるわね……」
フィオナちゃんが不吉なことを言ったけど、愛情を注いで育てれば、きっと大丈夫だよ。
みんなで沢山、可愛がってあげよう。間違っても、非常食としては扱わないようにね。
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