第146話 隠し財産

 

 ──王国軍が帝国軍を出し抜き、首都スレイプニルを陥落させた。

 その速報が広まって、サウスモニカの街はお祭り騒ぎだよ。

 そんな最中、私の眠気は限界に達してしまう。目を瞑った私と入れ替わるように、隣でフィオナちゃんが起床した。


「ちょっと、アーシャ! あんた、滅茶苦茶眠そうだけど、きちんと寝たの?」


「ううん、徹夜しちゃった……。今から寝るぅ……」


「徹夜なんてお肌に悪いんだからっ、気を付けなさいよね!」


 六歳でお肌の心配をするなんて、フィオナちゃんの美意識には頭が下がるよ。

 私は適当に相槌を打ってから、スヤスヤと眠りに就いた。


 そして──意識が沈んだとき、予期せぬ事態に見舞われる。

 どういう訳か、暗闇の中に道が浮かんでいて、その上に私自身が立っているんだ。


 これは、進化の夢だと思う。でも、だとしたら、誰の進化かな?

 進化の予定があった従魔は、いないはずだけど……目の前には、分岐している二本の道があって、それぞれの道の手前に、一枚ずつ看板が立ててある。

 書いてある文字は、左が『分裂』で、右が『メニースライム』だった。


「スライム……? ということは、スラ丸!? まさかっ、魔石を食べちゃったの!?」


 アグリービショップを狩りまくっているから、【収納】に闇の魔石がどんどん溜まっている。それを摘まみ食いしたんだろうね。

 聖女の墓標を探索中の二号には、食べないように言い含めたけど、他のスラ丸には何も言っていなかった。


「はぁー……。失敗したなぁ……」


 もう何度も選んでいる『分裂』は、ステホで確認しなくても分かる。

 問題は、もう一つの選択肢だよ。ステホで看板を撮影して、詳細を確かめてみよう。


 『メニースライム』──どこにでもいるスライム。好奇心旺盛で、非常に賢いスライムに現れる進化先。

 説明がこれだけだから、よく分からない。


 スラ丸が好奇心旺盛になったのは、私が色々と経験させているからだと思う。

 非常に賢いというのは、最初からだね。スラ丸は野生の頃に、『転がる』という移動方法を編み出した天才スライムなんだ。

 普通のスライムは、ナメクジみたいに這って移動するだけだよ。


 進化条件を満たしているのは、納得出来た。

 でも、進化後の『どこにでもいるスライム』って、どういうことなんだろう?

 具体的に、どんなスライムになるのか、皆目見当が付かない。


「うーん……。うん、今回は分裂にしよう。スラ丸、行って」


 私がそう決めると、隣にスラ丸が現れて、メニースライムへの道を──って、


「ちょっと待った!! スラ丸っ、何してるの!? そっちじゃないでしょ!?」


「!!」


 スラ丸を捕まえて引き留めると、この子は駄々を捏ねるように、身体をプルプルさせた。

 『自分はこの道を進みたいんだ!』と、言外に全身全霊で訴え掛けてくる。

 

「いやいやいや、駄目駄目っ!! スラ丸はこれで、三段階目の進化だよ!? 絶対に駄目っ!!」


「!!」


 スラ丸は『大丈夫だよ!』と訴え掛けるように、私の足元に縋り付いてきた。けど、駄目なものは駄目。


「せめて私が、レベル30になってからにして! 聖女の墓標へ送り込んで分かったけど、スラ丸も結構強くなっているからね? そろそろ反抗期が怖いでしょ?」


 こればっかりは譲れない。石橋は叩いて渡るって、決めているんだ。

 私はスラ丸を無理やり転がして、『分裂』の道を進ませる。これで、スラ丸は七匹目だね。


 七と言えば、七福神。この世界には存在しないけど、前世が日本人だった私にとっては、縁起の良い数字だよ。

 ご利益がありそう。そんな風に思っていると、意識が徐々に浮上して──起床した頃には、もう夕方だった。


「にゃにゃっ!? ご主人! 全然起きにゃいから、とっても心配したのにゃ! 身体は大丈夫かにゃあ?」


「大丈夫だよ。具合が悪い訳じゃなくて、寝るのが遅かっただけだから」


 一階に下りると、ミケが駆け寄ってきて、心配しながら私の身体をペタペタと触り始めた。

 異常がないか、確かめているんだろうけど……手付きがちょっと、エッチかも。


 私はミケを引き剥がして、半日遅れの日課を熟す。

 スラ丸をプニプニしたり、ティラをモフモフしたり、ブロ丸とタクミを磨いたり、ゴマちゃんを愛でたり、ローズとグレープとユラちゃんに聖水を与えたり、魔物使いの一日は大忙しだよ。


「アーシャよ、遅かったの。今日は街が、大賑わいだったのじゃ」


「うん、知ってるよ。王国と帝国の戦争が始まって、初戦は王国軍が勝ったからでしょ?」


「うむっ、その通り! 他所の店は何処も彼処も、戦勝祝いで商品を安くしておったから、妾たちの店でも真似したのじゃよ」


 ローズが機転を利かせて、全ての商品を二割引きにしてくれたみたい。ナイスな判断だね。

 こういう祝い事で、周りのお店が割引しているのに、このお店だけが割引していなかったら、印象が悪くなってしまう。

 おかげ様で大盛況だったらしく、商品棚はスッカラカンだ。


 ローズと一緒に、商品の補充を始めて──ふと、疑問が湧く。

 スラ丸は私の手元に一匹。これは、一号だよね。

 後は、お店の倉庫役を担っている六号がいる。


 ……家のどこを探しても、これ以上スラ丸は見つからない。


「七号って、どの個体から分裂したんだろう……?」


 私は首を傾げながら、スラ丸七号に【感覚共有】を使ってみた。

 すると、新入りは首都スレイプニルにいたよ。

 瓦礫の山になったお城の跡地。誰もいないその場所で、夕日を背景にしながら黄昏れている。


 どうやら、四号が分裂したらしい。

 王国軍は既に去っていて、帝国軍はまだ戻ってきていない。

 四号は引き続き、王国軍に同行しているから、七号は一人ぼっちだね。


「ローズ、スラ丸七号が帝国南部の首都にいるんだけど、どういう指示を出すべきかな?」


「ううむ……? 呼び戻しても、仕事はないからのぅ……。そのまま帝国で、待機させておくのはどうじゃ? いつか、妾たちが国外逃亡するかもしれんし」


「そんな心配、しなくても大丈夫じゃない?」


「妾もそう思うが……備えあれば憂いなし、であろう?」


 今回の戦争で帝国の戦力を削って、ツヴァイス殿下が王様になる。そうすれば、アクアヘイム王国はしばらく安泰だよ。

 国外逃亡なんて、する日がくるとは思えない。


 ……まぁ、他に七号の使い道は思い付かないし、ローズの意見を採用しよう。

 帝国はゲートスライムの存在を警戒するはずだから、出来るだけコソコソして貰わないとね。


「頑張れ、七号。そっちで強く生きるんだよ」


「!!」


 私が指示を出すと、スラ丸七号は大きく縦に伸縮して、了承の意を示した。

 その後、お城の跡地から離れようとして──突然、ガラガラと瓦礫が崩れる。

 スラ丸が様子を確かめると、謎の地下通路が露わになっていたよ。

 緊急避難用の隠し通路か、あるいは下水道かな?


 スラ丸は少し逡巡してから、好奇心に駆られて地下通路へと跳び下りた。

 かなり暗いので、【光球】を送ってあげよう。

 照らされた地下通路の中は、埃っぽいだけで水は流れていない。この分だと、下水道ではなさそうだね。


 冒険者気分のスラ丸が、コロコロと転がって一本道を進むと、割と早い段階で大きな扉を発見した。

 鋼鉄の扉で、物凄く頑丈そうだよ。もしかしたら、大事なものが隠されているのかも……。


「何が隠してあるにしても、他人のものだけど……。ローズ、どうしよう?」


 私はローズに現状を説明して、アドバイスを求めた。


「どうもこうも、敵のものなら奪うのじゃよ! そうすれば、味方が助かるかもしれん!」


「だよね! うんっ、その通りだよ!」


 ありがとう、ローズ。そういう大義名分を求めていたんだ。

 私はすぐに、お馴染みの外出メンバーを引き連れて、裏庭へと向かった。

 そして、スラ丸六号と七号の間で、【転移門】を繋いで貰う。

 たったの一跨ぎで、帝国南部の首都スレイプニルに到着したよ。


「さて、鍵穴は見当たらないけど……とりあえず、押してみようかな。みんな、お願いね」


 従魔たちに指示を出して、鋼鉄の扉を押して貰った。でも、微動だにしない。

 引いても駄目だし、横にスライドもしないし、これは困ったよ。


「うーん……。どうしようかなぁ……あっ!! 閃いた!!」


 私はスラ丸の中から、彷徨う亡者の外套を取り出して、自分で装備した。

 これによって、身体が霊体化したことで、私の影は消えてしまう。

 すると、その中に潜んでいたティラが、強制的に外へ出された。


「クゥン……」


 体長が四メートルもあるティラは、狭い通路の中で悲しげに喉を鳴らす。

 よしよし、ごめんね。ちょっとだけ、外で待っていてね。

 私はティラを宥めてから、恐る恐る前へと進んだ。なんの抵抗もなく、鋼鉄の扉に身体が入っていくよ。


「お邪魔しまぁす……。罠とか、ないよね……?」


 鋼鉄の扉を擦り抜けると──その先には、再び鋼鉄の扉があった。

 肩透かしを食らったけど、同時に期待感が高まる。二重の扉って、それだけ大事なものがある証拠だよね。

 ドキドキしながら、二枚目の鋼鉄の扉を擦り抜けると──その先の部屋には、金の延べ棒が大量に置いてあった。


「うわぁ……っ!! か、隠し財産……!?」


 そこそこ広い部屋の中に、高々と積み上げられた無数の金の延べ棒。

 金貨にしたら、何枚分になるのか分からないけど、途轍もない金額だと思う。

 私は胸を高鳴らせながら、硝子のペンを使って魔法陣を描き、スキル【従魔召喚】を使った。

 スラ丸、ティラ、ブロ丸、ユラちゃん。お供の四匹を呼び出したら、今度は安全確認だよ。


 逸る気持ちを抑えて、スキル【土塊兵】を使い、土の人形を作る。

 この人形を適当に歩かせて、罠がないか調べ──カチッと、感圧式の罠を踏んだ。

 足元から飛び出した槍によって、人形が串刺しにされてしまう。


「せ、セーフ……!! スラ丸、金の延べ棒を回収して──って、えぇぇ!? ブロ丸っ、なんで食べてるの!?」


 私がスラ丸に、指示を出そうとしたタイミングで、ブロ丸が金の延べ棒を食べ始めた。

 この子、別に飲食は必要ないのに……!!

 

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