第145話 強襲作戦

 

 ──開戦前夜。私は戦争の行方が気になって、中々寝付くことが出来なかった。

 眠くなるまでの間、スラ丸四号に王国軍の陣地内を見て回って貰おう。


「スラ丸、動哨している人たちに、紅茶を配ってきて」


 私が指示を出すと、スラ丸はすぐに行動を開始してくれた。

 王国兵は大半の人が、まだ起きているよ。紳士協定を結んだとは言え、夜襲の警戒は必要なんだろうね。


 スラ丸が紅茶を配りながら、あちこちを見学していると、魔物使いの部隊を発見した。

 彼らが直接従えている魔物は、やはりと言うべきかスライム系が多い。

 大半はコレクタースライムだけど、ゲートスライムも少し交ざっている。


 統率個体によって、間接的に従えている分も含めると、狼と白鳥の魔物が物凄く多い。群れが幾つも存在しているんだ。

 全部合わせたら、二千匹くらいはいるかな。

 王国軍の場合、百人以上の魔物使いが力を合わせて、これだけの戦力を用意している。

 スレイプニル辺境伯は、たった一人で六千匹……。『馬並みの男』を自称するだけあって、本当に別格だ。


 ちなみに、スレイプニル辺境伯が従えているような、体長が五十メートル以上もある魔物は、王国軍の中には見当たらない。

 最も大きい個体で、十五メートル程度。その従魔を見た感じ、王国軍の中で最も強い魔物使いは、レベル40くらいだと思う。

 魔物使いの戦力だけを見たら、大きく負けているね。


 でも、我らが王国軍には、ツヴァイス殿下、バリィさん、ライトン侯爵など、他にも強そうな人たちが複数いる。

 ツヴァイス殿下とライトン侯爵の上級魔法を使えば、エンペラーホースなんて簡単に倒せそうだし、全くと言っていいほど負ける気がしない。


「うーん……。盲信し過ぎかな……? いやでも、あの二人の魔法に敵うとは、到底思えないし……」


 日の出と共に、【雷雲招来】と【破壊光線】をぶっ放して、王国軍が呆気なく勝利しても、全然不思議じゃないよ。

 切り札は他にもあるので、これは流石に勝ち戦だよね。


 そんな風に分析していたら、徐々に眠くなってきた。

 そろそろ寝ようかな、と思ったところで、王国軍の陣地内が騒めき出す。

 なんらかの問題が起こったというより、なんらかの準備をするべく、全員が動いている感じだ。


「スラ丸、元の場所に戻って。なるべく急いでね」


 スラ丸は私の指示に従って、輸送部隊と思しき一団のところへ戻り、他のスライムたちに紛れて台車に乗った。

 しばし待機していると、王国兵が幾つもの隊列を作って、スラ丸以外のゲートスライムたちの前に集合したよ。

 それから、ツヴァイス殿下が先頭に現れて、キリッとした表情で口を開く。


「──では、我々はこれより、作戦行動を開始する。諸君、迅速かつ静かに、移動するように」


 彼の合図によって、ゲートスライムたちが【転移門】を使った。……これ、どこに繋がっているんだろう?

 まだ日が昇っていないのに、どこかへ奇襲を仕掛けるつもり?


 そんな私の疑問を他所に、王国軍は対面の帝国軍を放置して、大移動を始める。

 王国兵が駆け足で、続々と【転移門】を通過していくよ。身体が大きい従魔たちは、スキルかマジックアイテムによって、一時的に身体が縮んでいた。


 ゲートスライムの数は十匹程度だから、全軍が移動するのに時間が掛かるかと思ったけど……ここに集まっているのは、専業の軍人だけ。

 そのため、見事な練度と統率で、迅速に移動出来た。

 スラ丸が紛れ込んでいる部隊も、当然のように付いていく。


 こうして、転移した先は──サウスモニカの街よりも、見るからに栄えている大都市だった。


「て、敵襲だああああああああああああああああああッ!!」


「キャアアアアアアアアァァァァァァッ!!」 


「逃げろおおおおおおおおおおおおおおッ!!」


 街中が大混乱に陥って、市民たちが大慌てで逃げていく。

 スラ丸に周辺の様子を窺わせると、都市の中央に大きなお城が見えた。

 その天辺には、八脚馬の紋章が縫い付けられた旗が立っている。


 あの意匠は、南方六色騎兵団が掲げていた旗と、全く同じもの……。

 つまり、この都市はスレイプニル辺境伯家の本拠地、帝国南部の首都スレイプニルで、間違いない。

 この都市の広さは、サウスモニカの街の二倍くらいある。

 中央に建っているお城は、アクアヘイム王国の王城と、同程度の大きさだよ。


 夜明け前に、突如として現れた王国軍。その兵士たちは、東西南北の大通りにズラリと整列して、お城を見据えている。

 そのまま直立不動で、不気味なほどの沈黙を保っており……張り詰めた様子で、闘気を立ち昇らせているんだ。


「こ、こいつら、何をやっているんだ……?」


「なんで動かねぇ……!? おれたちは、悪い夢でも見てんのか……!?」


 恐慌状態に陥っていた市民たちは、ニ十分ほどが経過してから、ある程度の冷静さを取り戻した。

 王国軍が微動だにしていないから、恐怖が薄れたんだろうね。

 殺戮も、破壊も、略奪も、一切しないまま、その軍勢は静かに整列しているだけだよ。


「お、オイラたちの街からっ、出て行けーっ!!」


「こっ、こらっ、やめな!! 刺激しちゃいけないよ!!」


 市民の子供が、王国兵に石を投げた。けど、結界にぶつかって弾かれる。

 母親と思しき女性が、すぐに子供を抱き締めて、震えながら王国軍の様子を窺った。



 …………無反応。



 王国兵はただの一人も、市民を一瞥すらしない状態で、辺境伯家のお城を見据え続けている。

 この都市に残された帝国軍の予備戦力は、どうしたらいいのか分からずに、右往左往しているよ。


 私は、なんとなく察した。ツヴァイス殿下は紳士協定を守って、日の出を待つつもりなんだ。

 帝国軍を国境付近に誘導してから、敵の本拠地を強襲する。これが、ツヴァイス殿下の作戦であり、ゲートスライムの使い方……。


 たった一匹のゲートスライムが、敵の本拠地に忍び込めれば、いとも容易くこの状況が成立してしまう。

 もしかしたら、エンペラーホースより、よっぽど恐ろしい魔物かも……。


「これって、スレイプニル辺境伯は、どうするんだろう?」


 自室で布団に潜っている私は、ウトウトしながら疑問を抱いた。

 辺境伯は正々堂々と、正面衝突をする気満々だったから、とっても怒るよね。

 でも、ツヴァイス殿下は紳士協定を守るみたいだし、スレイプニル辺境伯から約束を破ることは、まず出来ないと思う。


 愛馬への誓いとやらが、どれほど重たいのか知らないけど、馬、馬、馬と煩かったから、結構な重みでしょ。

 となると、帝国軍が王国軍を無視して、アクアヘイム王国を荒らしにくる可能性は、あんまり高くない。


「私が辺境伯の立場だったら、慌てて首都に戻るけど……」


 帝国軍は規模が大きいから、足並みを揃えて戻るとなると、結構な時間が掛かりそう。到着が遅れたら、当然だけど本拠地は落とされる。

 かと言って、少数精鋭で急行したら、戦力差がある戦いを強いられるんだ。


 考えれば考えるほど、ツヴァイス殿下の作戦が有効だと思えるよ。

 民間人に手を出さないという姿勢も、本当に素晴らしい。



 ──そして、翌朝。遂に日が昇る。

 ツヴァイス殿下はバリィさんの結界に乗って、上空へ移動すると、拡声器を使いながら号令を下した。


「我らの攻撃目標は、敵城ただ一つ!! 紳士協定は厳守せよッ!! 全軍突撃ッ!!」


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」


 大都市の隅々にまで響き渡る雄叫びと共に、王国軍がお城へ向かって突撃した。

 怒濤の勢いで城門を粉砕し、邪魔をする帝国兵は鎧袖一触で蹴散らす。


 非戦闘員の使用人は丁重にお帰り願い、大量の物資と財宝を奪い尽くして、瞬く間にお城を瓦礫の山へと変えてしまったよ。

 ツヴァイス殿下のスキル【雷雲招来】と、ライトン侯爵のスキル【破壊光線】は、お城にぶっ放していた。


 敵の主力が出払っているんだから、王国軍はやりたい放題だ。


「我々の勝利だッ!! 勝鬨を上げろッ!!」


「「「えいっ、えいっ、おーーーッ!!」」」


 早朝の清々しい青空に、王国軍の勝鬨が吸い込まれていく。

 初戦の大勝利はニュース速報として、全ての王国民のステホに届けられた。

 この後、ツヴァイス殿下は都市を占領することなく、奪った財宝を現地の民間人に迷惑料としてばら撒き、次なる都市への強襲準備を始めたよ。


 帝国は四方八方に敵を抱えているので、軍事費を工面するために、民に対して重税を強いている。そのため、ツヴァイス殿下が行った財宝のばら撒きは、民衆に大喜びして貰えた。

 食糧や武具といった軍事物資は、王国軍が奪ったままだから、帝国軍は動き難くなるだろうね。


「うーん……。帝国軍は奪われた分の物資を補填するために、民から徴発するのかな……?」


 その徴発が必要になる諸悪の根源は、間違いなくアクアヘイム王国なんだけど……民衆の不満って、自分たちから搾取しているように見える為政者に、どうしても向いてしまう。

 国民の大半が知識人だった日本ですら、増税が必要になる諸悪の根源は他国にあると、理解していない人が多かった。……いや、理解していても、自分の国の為政者に、石を投げる人が多かった。人間って、そんなものなんだ。


 帝国の為政者と民衆を反発させること。それが、ツヴァイス殿下の真の狙い、なのかもしれない。

 紳士協定を結んだのは、優しさでも甘さでもない。その事実を察して、私は大いに感心させられた。

 

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