第144話 馬並みの男

 

 アグリービショップのドロップアイテムは、大きな闇の魔石が一つだけだった。

 バスケットボールくらいのサイズだから、従魔の進化に役立つかな。

 スラ丸には食べさせずに、仕舞っておいて貰う。


「──あっ、やった! レベルが上がった!」


 自分のステホを確認してみると、魔物使いのレベルが24になっていたよ。

 格上の魔物は経験値が美味しいので、レベル30くらいまでは、あっという間に上がりそう。


 スラ丸二号の狩場は、しばらく第四階層にする。第五階層へ向かわせる勇気は、流石にないんだ。

 もしかしたら、そっちも簡単に攻略出来るかもしれない。けど、急ぐ必要はないよね。


「アーシャよ、レベル30になる前に、別荘を用意するべきではないかの? 妾たちを進化させたら、この家は手狭になるかもしれないのじゃよ」


「うん、そうだね。折角だし、別の街に別荘を用意する?」


「むっ、ううむ……。スラ丸の【転移門】を使えば、行き来は苦にならんが……住み慣れた街から離れるのは、ちと不安かのぅ……」


 私はローズと、あれやこれやと話し合った。


 王国南部に、局所的な大地震や寒波が発生する可能性もあるし、遠くに別荘を用意した方がいい。

 私はそう考えたけど、ローズには別の心配事があった。

 人語を喋る魔物と、猫獣人のミケは、他所の街で受け入れて貰えるのか……。


 そして何より、住む場所を増やすと人間関係が広がるから、私の特異性が露見する可能性は高くなってしまう。

 私たちの実力が、大抵の困難を跳ね除けられるほど上がれば、こんな心配はしなくてもいいんだけど……難しい問題だね。


「うーん……。確かに、かなり不安かも……。いっそ、人里から離れた場所に、新しい拠点を作るとか?」


「いや、それならサウスモニカの街で、よかろう? 人里から離れた場所は、何かと物騒なのじゃ。野生の魔物とか、盗賊とかの」


「待って待って。拠点を一か所に纏めると、災害が怖いよね?」


「生活が立ち行かなくなったら、殿下に泣き付くのじゃよ。アーシャのお友達であろう?」


 ツヴァイス殿下は既に、私の特異性を幾つか把握しているので、万が一のときは頼るのも悪くない。

 諸々の事情を加味して、新居を用意してくれそうだもの。

 勿論、相応のお願いはされるだろうけど、無茶な要求はしてこないと思う。

 今回の帝国南部への侵攻作戦にも、巻き込まれなかった訳だし。


 ──熟考の末、私はローズの意見に賛成した。


「それじゃあ、しばらくは貯金だね」


「うむっ! レベル30になる前に、貯まればよいの」


 こうして、私とローズは今後の方針を決定したよ。




 ──数日後、私のステホに大きなニュースが流れてきた。

 遂に、アクアヘイム王国軍が国境を越えて、ダークガルド帝国に侵入したらしい。

 まぁ、戦争をすることも、王国軍が移動中だったことも知っているから、私は驚かなかったよ。


「ちょっと怖いけど、戦争の様子を確かめておこうかな……」


 職業、レベル、スキルという超常の力が、個々人に備わっているから、滅茶苦茶なことになるのは間違いない。

 商人の私はともかく、冒険者のルークスたちは、戦場に立つ日がくるかもしれないんだ。情報は一つでも多く、集めておいた方がいいよね。

 私は緊張しながら、スキル【感覚共有】を使って、スラ丸四号の視界を覗き見する。


 王国軍は現在、凍り付いている湿地帯ではなく、帝国南部の荒野に布陣していた。

 薄っすらと雪が積もっている土地で、対面には帝国軍も布陣済み。

 お互いに壁系のスキルを並べて、陣地を構築したみたい。


 戦力は王国軍が二万人くらいで、帝国軍が五万人くらい。

 帝国軍の方が倍以上多いのに、相手は帝国南部の貴族連合しか、集まっていないのだとか……。


「スラ丸、紅茶を大量に送るね。それを王国兵に配りながら、味方の陣地を回ってみて」


 私はスラ丸一号から四号に、【収納】経由で紅茶を送り、それを兵士たちへの差し入れにして貰った。

 こうすれば、スラ丸が陣地の中を徘徊していても、気が利く魔物使いに頼まれたとしか、思われないはず……。



 ──私の思惑通りに事が運び、兵士たちの雑談を盗み聞きして、どんどん情報が集まってくる。


 帝国軍の大将は、ロバート=スレイプニル。

 対アクアヘイム王国戦となると、近年では毎回この人が出張ってくるらしい。

 彼は帝国南部に広大な領地を持つ辺境伯で、年齢は三十代前半。

 獣人かと見紛うほどの馬面らしいけど、純血の人間なんだって。


 何よりも特筆すべき点は、彼が推定レベル60の魔物使いで、エンペラーホースという馬の魔物を六匹も使役していること。

 スラ丸が敵陣に目を凝らすと、体長が五十メートル以上もある馬の魔物が、確かに六匹も見える。

 同じ種族名だけど、別々の進化経路を辿ったみたいで、見た目が全員違うよ。


 火、水、土、風、光、闇の六属性を網羅しているっぽい。

 王国兵曰く、全てのエンペラーホースが、【眷属召喚】と【統率個体】という、二つのスキルを持っているのだとか。

 これによって、エンペラーホースは下位の眷属を千匹も召喚して、意のままに従えられる。


 つまり、スレイプニル辺境伯は間接的に、合計で六千匹もの馬の魔物を使役出来るんだ。

 それらの魔物に、精鋭を乗せて結成されたのが、『南方六色騎兵団』。



 十五年前、王国軍はこの騎兵団に、いいようにやられている。

 当時のエンペラーホースと騎兵団を従えていたのは、先代のスレイプニル辺境伯だったらしいので、厳密に言えば同じ騎兵団ではないけど……その強さは、今と昔で同程度。


 ちなみに、十五年前の南方六色騎兵団と戦ったのは、ツヴァイス殿下ではなく、アインス殿下が率いる王国軍だ。

 当時の王国軍は、壊滅状態になるまで追い詰められ、敗走してしまった。

 王国軍の殿を務めた宮廷魔導士が、風属性の大魔法を使って、先代のスレイプニル辺境伯を討ち取ったから、帝国軍の追撃はなかったみたい。


 もしも追撃されていたら、アクアヘイム王国は今頃、滅んでいたと言われている。

 件の宮廷魔導士は、間違いなく英雄だね。

 


 ──スラ丸は大変優秀なので、エンペラーホースの眷属の詳細も、聞くことが出来たよ。


 炎を纏った赤色の馬の魔物、ボンバーホース。

 体長は五メートルくらいで、自分の足元を爆発させながら、その衝撃を利用して走るらしい。

 猪突猛進かつ凄まじい馬力があるので、騎兵団の先頭に配置されている。

 この魔物が千匹もいるから、その突撃の跡には人間どころか、雑草すら残らないと思う。



 魚の背びれ尾びれを持つ青色の馬の魔物、ケルピー。

 体長は四メートルくらいで、陸地でも水中でも、素早く移動出来るらしい。

 更に、集団で周辺の水を操作して、大洪水を発生させ、その流れに乗ることも可能だとか。

 アクアヘイム王国に侵攻されると、この魔物が湿地帯を利用して、大暴れすることになる。でも、今は冬だから、あんまり脅威じゃないかな。



 全身が岩石の鎧に覆われている茶色の馬──というか、ロバの魔物?

 足が短いから、ロバにしか見えない。その名前は、ハードスキンホース。

 体長は六メートルくらいで、『馬の魔物の面汚し』と言われるほど足が遅いけど、防御力は非常に高いらしい。

 この魔物の攻撃手段は、背中から太い砲身を生やして、岩石の砲弾を飛ばすというもの。



 背中に左右一対の翼が生えている黄緑色の馬の魔物、ペガサス。

 体長は四メートルくらいで、風を操って空を飛ぶらしい。

 この世界の戦争にも、制空権の概念があるんだ。

 王国軍は白鳥の魔物、アクアスワンの進化個体を使って、ペガサスに空中戦を挑むみたいだよ。



 額に一本の光る角が生えている白銀の馬の魔物、ユニコーン。

 体長は三メートルくらいで、回復魔法を使うみたい。その効力は、高品質の下級ポーション並みだって。

 戦場を縦横無尽に駆け回る衛生兵。それが、千匹も同時に現れる。

 南方六色騎兵団の中で、ユニコーンの部隊が、一番厄介な存在かもしれない。



 全身に血肉がなくて、骨だけの身体に暗雲と襤褸を纏っている馬の魔物、ナイトメアホース。

 体長は四メートルくらいで、精神攻撃を仕掛けてくるらしい。その嘶きを聴くと、正気度が下がってしまうのだとか。

 厄介そうだけど、実際は格下殺しに特化した魔物で、自分よりも強い相手には殆ど何も出来ない。戦闘職かつレベル25以上なら、奴の精神攻撃は効かないみたいだよ。



 ──ちなみに、これら六種類の魔物の見た目を凶悪にして、身体を十倍以上大きくしたのが、各種エンペラーホースの見た目だった。

 食糧の供給が、物凄く大変そう……。粘り強く戦っていれば、帝国軍は従魔の餌不足で、敗走するんじゃないかな?


 折角だから、王国軍の魔物使いの部隊も、見てみたい。

 私がそう思っていると、帝国軍の陣地から、土属性のエンペラーホースが出てきた。ロバみたいなやつね。


 その背中の上には、馬獣人なのか馬面なのか分からない、屈強な肉体を持つ男性が乗っている。

 彼は黒を基調にした詰襟の軍服を着ていて、左胸に大量の勲章を付けているよ。


「聞けぇいッ!! 某は、ダークガルド帝国所属、南部方面軍総司令官──何もかもが馬並みの男ッ!! ロバート=スレイプニル辺境伯であるッ!!」


 ざわざわと、王国軍の陣地に動揺が走った。

 『本当に馬面だ!!』『あれが人間の顔か!?』と、驚く声があちこちから聞こえてくる。……失礼だから、やめようね。

 私が内心で、王国兵たちを窘めていると、スレイプニル辺境伯は拡声器みたいなマジックアイテムを使って、更に言葉を続けた。


「ツヴァイス殿!! 馬並みの某は、紳士協定を結びたいと願っているがッ、貴公の返答や如何に!?」


 そう問い掛けられて、王国軍の陣地からは、ツヴァイス殿下が出てきたよ。

 彼はバリィさんの結界に乗って、スレイプニル辺境伯と目線を同じ高さに合わせる。こっちも、拡声器みたいなマジックアイテムを持っているから、割とメジャーな代物っぽい。


「紳士協定は、願ってもないことです。民間人の命と財産には、決して手を出さないと、建国の聖女に誓いましょう」


「ヒヒンッ!! 馬並みに話が分かる御仁だ!! 馬耳東風にならず、安心したぞ!! こちらも同様のことを愛馬に誓おう!!」


「それでは、明日の日の出と共に開戦、ということで、如何ですか?」


「構わんッ!! 馬並みに受けて立つ!! ヒヒーーーンッ!!」


 スレイプニル辺境伯は上機嫌に嘶いて、エンペラーホースと共に自陣へ戻った。

 なんというか、馬並みにキャラが濃い人だね……。

 まぁ、紳士協定を結んでくれたから、悪い人ではないと思う。

 

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