第139話 ピザ
──副料理長から持ち掛けられた提案。私はそれに、乗っかることにした。
ライトン侯爵には悪いと思うけど、レアな魔物の卵は見逃せない。
きっと中身の魔物も、侯爵の胃袋に収まるより、私にテイムされたいよね。
「さて、なんの料理を教えようか……」
料理人たちには、相応の料理を伝授してあげたい。
私は厨房にある食材と調味料を見せて貰って、しばし熟考する。……みんなの期待の眼差しが、ちょっとだけ鬱陶しい。
新しいレシピとは言っても、侯爵家の人たちが普段から何を食べているのか、私は知らないんだよね。だから、どんな料理が『新しい』に分類されるのか、よく分からないんだ。
食材と調味料は、かなり豊富だけど……あれ? ケチャップがない。
「料理長、どうかしましたか? 何か足りないものでも?」
私が小首を傾げていると、副料理長がおずおずと尋ねてきた。
「ええっと、ケチャップがないなぁ、と思いまして……」
「けちゃっぷ……? なんですか、それは?」
「トマトケチャップですよ。トマトで作る調味料なんですけど、知りませんか?」
「はて……? 寡聞にして存じませんが……お前たちはどうだ?」
副料理長が若い料理人たちに問い掛けるも、全員が首を横に振った。
そういえば、街中でトマトケチャップって、一度も見たことがないかも……。
一般的に知られていないのだとすれば、トマトケチャップを使った料理は、全て新しいものになる。
厨房には、立派な煉瓦のオーブンがあるから、ピザでも作ろうかな。
「よし、決めました! みなさん、手伝ってください!」
「「「はいっ、喜んで!!」」」
料理人のみんなには、パン生地作りと玉ねぎの微塵切りを任せる。
私は厨房にある普通のトマトを齧って、厳しい表情で味見をした。
「むむむ……。普通に美味しいけど、不合格!」
私の舌は、トマトに関しては煩いよ。普段から家で食べているトマトが、とっても美味しいからね。
そんな訳で、スラ丸のスキル【収納】の中から、六十センチもあるトマトを取り出す。
この巨大なトマトは、大きな口と鋭い牙を持つ魔物、ファングトマトの死体だよ。私の家庭菜園で収穫出来るんだ。
ファングトマトの方が、普通のトマトより十倍くらい美味しい。だから、こっちを使ってケチャップを作ろう。
雑に切り分けて、大きな寸胴鍋に投入する。ここに、砂糖、塩、お酢、たまねぎ、にんにくを加えて、後はじっくりと煮込むだけ。
「料理長……!! 味見をしても構いませんか!?」
「いいですよ。熱いので、気を付けてください」
煮込み終わった後、料理人たちが我先にとケチャップに群がり、スプーンで掬って味を確かめた。
それから、『これは……っ!?』と一様に慄き、どんな料理に合う調味料なのか、真剣に討論を始める。
ピザまで作らなくても、このケチャップのレシピだけで、卵の対価としては十分な気がしてきた。
「……まぁ、私も久しぶりにピザが食べたいし、最後まで作るけどね」
パン生地を丸めて伸ばし、その上にケチャップを塗りたくって、適当な魚介類とお肉、それからチーズをトッピングする。
後はオーブンに入れて、様子を見ながら完成を待つよ。
煉瓦のオーブンなんて使ったことがないから、失敗しても被害が少なくて済むように、小さい生地を沢山用意した。
最初の数枚くらいは、失敗するかと思ったけど──無事に完成!
一枚も無駄にすることなく、上手に焼き上げることが出来た。
ケチャップの話題で盛り上がっていた料理人たちが、スキルでも使ったのかと思える速度で、ピザに急接近する。
「料理長っ、これはなんという料理なのですか!?」
「ピザです。ちょっと洒落た言い方をするなら、ピッツァ」
「ピッツァ……!! し、試食をしてもっ、宜しいでしょうか!?」
「いいですよ。熱いので、気を付けてください」
料理人たちが、我先にとピザに手を伸ばして、熱々の伸びるチーズに苦戦しながら、いざ実食。
熱い熱いと騒ぎながらも、彼らは手と口を止めずに食べまくるので、私は追加でどんどん焼いていく。ブロ丸が手伝ってくれるから、その作業は簡単だった。
私の家にはオーブンがないので、ピザはここでしか作れない。
折角だし、多めに作ってスラ丸の中に仕舞っておこう。
「スラ丸たちにも、食べさせてあげるね」
私は従魔たちに、ピザをお裾分けしてあげた。
私のスキル【感覚共有】を使えば、味覚という機能が備わっていない子たちでも、ピザを味わうことが出来るんだ。
みんな、ピザがお気に召したのか、大喜びで燥いでいる。家でお留守番をしているローズたちにも、持って行ってあげよう。
「料理長!! 本当に、ありがとうございました……っ!! これほどのレシピを託してくださるなんて……っ、料理人一同、感無量です!!」
「それはよかった。それじゃあ、レアな魔物の卵を貰えますか?」
「はいっ!! 少々お待ちください!!」
副料理長は食糧庫の奥から、漆塗りの高級感がある木箱を持ってきた。大きさは一メートルくらいある。
蓋を開けて中身を確認すると、緩衝材の藁に守られた赤い卵を発見。
こっちの大きさは五十センチくらいで、全体に燃える炎のような模様が入っているよ。微かに橙色の輝きを放っており、触ってみると結構温かい。
ステホで撮影すると、『フェニックスの卵』という代物だと判明した。
「フェニックス……!? なんか凄そう!!」
「実際に生まれてくるのは、雛鳥の魔物です。フェニックスに進化させるための条件は、残念ながら誰も知りません……。なので、進化させてもヒクイドリのユニーク個体になるのが、精々かと……」
「あ、そうなんですね……。でも、ユニーク個体だって嬉しいですよ! この卵は有難く頂戴します!」
副料理長は少し申し訳なさそうに、私の期待を削いできた。
彼曰く、フェニックスをテイムしている人は、見たことも聞いたこともないらしい。
うーん……。一応、雛鳥には色々な経験を積ませて、フェニックスへの進化条件を探ってみよう。可能性はゼロじゃないはずだからね。
この後、私はスイミィ様とリヒト王子、それからお付きの人たちにもピザを振る舞って、みんなとの親睦を深めた。
ここにいる人たちが味方になってくれたら、この街では怖いものなしだ。ご機嫌取りをしておいて、損はないと思う。
ちなみに、ケチャップは子供の味覚に突き刺さったみたいで、スイミィ様とリヒト王子が、空前絶後の大絶賛をしていたよ。
「それでは、私は用事が終わったので、お暇させていただきます。さようなら」
「ぬっ!? 我に必殺技を教えてくれる約束は、どうしたのだ!?」
私が岐路に就こうとしたら、リヒト王子に引き留められた。
そういえば、彼を剣術ごっこに誘うとき……必殺技を伝授してあげるって、言ったかも……?
こほん、と一つ咳ばらいを挟み、私は姿勢を正して、尤もらしいことを伝える。
「基本こそ究極の奥義です。人型壁師匠から伝授された一挙手一投足が、リヒト王子の必殺技なんですよ」
「──ッ!? き、基本こそ、究極の奥義……ッ!? かっこいいのだ!! 今世紀最大の名言なのだぞ!!」
私の教えに感銘を受けたリヒト王子は、『もうジッとしていられない!』と言わんばかりに、再び剣術ごっこを始めた。
人型壁師匠は貸してあげるから、是非とも立派な魔剣士になって貰いたい。
──侯爵家のお屋敷からお暇して、私は自分の家に帰ってきた。
ローズは相も変わらず、蕾の中に引き籠って、寒さに震えている。
「ローズっ、フェニックスの卵を貰ってきたよ! これっ、肌身離さず持っておいて!」
「お、おふぅ……。なんじゃ、これは……!? 温かいのぅ……!!」
見るからに萎れていたローズだけど、卵を抱き締めると徐々に元気を取り戻して、数分と経たずに復活した。
「どうかな? 一先ずはこれで、冬を凌げそう?」
「うむっ、これならなんの問題もないのじゃ! アーシャよ、でかした!!」
いぇーい、とハイタッチを交わして、私たちは一息吐く。
ローズが店番を再開出来そうだから、私は明日から何をしようかなぁ……?
竪琴と魔笛の練習か、新商品を開発するか、ルークスたちの修行に付き合うか、あるいは冒険を覗き見するか──本当に色々と、選択肢がある。
なんにしても、生活には余裕があるし、何も焦る必要はないんだ。
余裕綽々で生きていられる幸せを噛み締めて、今日のところは惰眠を貪ることにしよう。スローライフ、万歳!
こうして、今の自分が如何に幸せなのか、認識したところで──
「……そういえば、マリアさんは元気にしているのかな?」
ふと、孤児院にいる育ての親のことが、気になった。
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