第137話 人型壁師匠

 

 ──私はスイミィ様たちと一緒に、侯爵家のお屋敷へと向かった。

 道中、スイミィ様はブロ丸との再会を喜んで、それからユラちゃんを不思議そうに見つめる。


「……丸ちゃん、おひさ。……そっちの子、おはつ?」


「そうですね、スイミィ様とは初対面です。この子はミストゼリーのユラちゃん、仲良くしてあげてください」


「……ユラちゃん、かわいい。……姉さま、スイも魔物使い、なりたい」


「おおー、なれるといいですね。そうしたら、先輩の私になんでも聞いてください」


 私が先輩面をして微笑み掛けると、スイミィ様は無表情ながらも嬉しそうに、むふーっと鼻を鳴らした。

 ちなみに、彼女が付けていた眼帯は、メイドさんに預けたよ。左目を隠したまま歩いたら、危ないからね。

 侯爵家のお屋敷に、もうすぐ到着するというところで、メイドさんが私にヒソヒソと話し掛けてくる。


「アーシャ様、宜しければ暫くの間、屋敷に滞在していただけないでしょうか?」


「えっ、どうしてですか……?」


「今現在、侯爵閣下がご不在でして、スイミィ様の奇行──もとい、不可思議な行動を誰も止められず、使用人一同は難儀しております。アーシャ様のお言葉であれば、スイミィ様も素直に聞き分けてくださいますので……」


 メイドさん曰く、使用人がどれだけ言い聞かせても、スイミィ様は眼帯を手放さなかったらしい。

 それなのに、私の一言であっさりと手放したから、そこに希望を見出したみたい。


「私にもお店があるので、滞在するのは流石に……」


「ではせめて、定期的に遊びに来ていただく訳には……」


「まぁ、それくらいなら……。あの、スイミィ様一人に、そこまで手を焼いているんですか?」


「いえ、問題児──もとい、手の掛かるお方が、もう一人……」


 メイドさんの言葉を聞いて、私はきょとんとしてしまった。

 スイミィ様以外に、今の侯爵家に上位者はいないはずだけど、『手の掛かるお方』って誰のことだろう?


 ──それは、お屋敷に到着してから、早々に判明する。


「ナハハハハハハッ!! アーシャっ、アーシャではないか!! ここで逢ったが百年目!! 我と遊ぶのだぞ!!」


「あれ、リヒト王子? 帰ってなかったんですか?」


「うぬっ! 我はしばらくの間、侯爵家でお世話になると決まったのだ! 光栄に思え!!」


 お屋敷の玄関で待ち構えていたのは、ツヴァイス殿下の息子であるリヒト王子だった。

 彼は艶のある亜麻色の髪と、やや色素が薄い亜麻色の瞳を持っている少年だよ。

 髪型はポニーテールで、その長さは毛先が背中に届く程度。

 やや垂れ目だけど、あんまり柔和な感じではない。

 根拠のない自信に満ち溢れていて、自分ならなんでも出来るという思い込みが、表情から滲み出している。


 ツヴァイス殿下が次期国王になるって、殆ど決まったようなものだから、リヒト王子は次の次の王様になる可能性が高い。

 私みたいな庶民が、気安く接していい人じゃないんだけど……どういう訳か、懐かれちゃったんだよね。


 ちなみに、侯爵家の敷地内は春のような気温で、雪が完全に溶けていた。多分だけど、局地的に気温を安定させるような、スキルかマジックアイテムが存在しているんだと思う。


「……リッくん、たいへん。……悪魔の封印、解かれた」


「なっ、なん、だと……!? い、一大事ではないか!! 我が魔界から取り寄せた最終封印は、どうしたのだ!?」


「……姉さまが、ダメって言った。……だから、もう付けない」


「くっ、それでは我が魔人の右手と、其方の悪魔を封じた左目が共鳴して……ッ!! 不味いっ、このままでは世界が……ッ!! 終わる!!」


 スイミィ様とリヒト王子のやり取りを見て、私は全てを察してしまった。

 スイミィ様が中二病を発症した原因は、間違いなくリヒト王子にある。


「……姉さま、たいへん。……世界、終わっちゃう」


「いや、終わりませんよ……。リヒト王子、スイミィ様に変なことを吹き込むのは、やめてください」


「アーシャはノリが悪いのだ!! 我はスイミィが暇そうにしていたからっ、楽しい遊びを教えてやっただけに過ぎぬ!!」


 リヒト王子は右手にのみ手袋を嵌めていて、それが魔人の右手だと言い張っている。

 中二病設定を盛り込んで、然も凄い右手を持っているかのように、振る舞っているけど……実は、そこには悲しい真実が隠されているんだ。


 王族には生まれつき、身体の一部が急速に老化するという、酷い呪いが掛けられている。

 直接見た訳じゃないけど、リヒト王子は右手にその呪いが掛けられていると見て、間違いないよ。


 ……この呪い、私なら簡単に解けるんだよね。

 でも、現時点でリヒト王子の呪いを解いた場合、私の秘密がアインス殿下に露見するかもしれない。リヒト王子って、隠し事が出来るタイプには見えないし。

 ツヴァイス殿下が王様になった後なら、あの人が万難を排してくれるだろうから、リヒト王子の解呪は追々にしよう。


「遊びなら、もっと楽しいことをしましょう。この私が、とっておきの遊びをご用意します」


「なぬ!? と、とっておき……だと……ッ!? それは一体、どんな遊びなのだ!?」


 私の提案に、リヒト王子が瞳を輝かせた。

 結局のところ、彼は暇だから変な遊びを始めるんだ。それなら、変じゃない遊びを教えてあげればいい。


「リヒト王子は、魔剣士になりたいんですよね? だったら、剣術ごっこで遊びましょう。必殺技を伝授してあげますよ」


「け、剣術ごっこ!? 必殺技ぁ!? やりたいっ!! やりたいのだ!! 我はそういうっ、刺激的な遊びを求めていたのだぞ!!」


 リヒト王子の並々ならない食い付きに、私はニンマリと笑みを浮かべる。

 男の子はそういう遊び、大好きだもんね。

 これで剣術ごっこに打ち込むようになったら、問題児を卒業してくれるんじゃないかな。


「ちなみに、リヒト王子は剣を握ったことって──」


「ナハハハハハハッ!! ない!!」


「無駄な高笑い、ありがとうございます。それでは、良い感じの木の棒を探しましょう」


 ここで、お付きの人たちが、『そんな危険な真似はさせられません!』って、大慌てで私に訴え掛けてきた。

 気持ちは分かるけど、過保護なのはリヒト王子の心身に、悪影響があると思う。

 小さい男の子なんて、暴れさせてなんぼだよ。


 それにね、私はこう見えて、四人もの孤児仲間を一人前の冒険者にした実績があるんだ。師匠としての辣腕には、ちょっとした定評があるので、大船に乗ったつもりで任せて貰いたい。


 お付きの人たちを説得した後、侯爵家の庭にある森で、私とリヒト王子が木の棒を探し始めると、


「……姉さま、スイも遊ぶ。……剣、やってみる」


 スイミィ様まで、やる気になってしまった。これは想定外だよ。

 まぁ、侯爵令嬢であっても、適度な運動をするのは悪くないかな……?


「分かりました。でも、無理はしないでくださいね」


「……ん、分かった。……スイ、無理しない。やくそく」


 話が纏まってから、私たちはそれぞれ、良い感じの木の棒を見つけた。

 軽く手入れして、木刀と呼べる状態にした後、私は自慢の新技をお披露目する。


 地面に両手をつけて、グッと魔力を籠めながら使うのは──


「出でよっ、人型壁師匠!!」


 【土壁】+【土塊兵】の複合技、人型になった壁師匠だよ。


 私が取得している全てのスキルは、【他力本願】という先天性スキルの影響で、特殊効果が追加されている。

 そして、私が散々お世話になってきたスキル【土壁】には、この壁を使った修行の効率がアップするという、特殊効果が追加されているんだ。

 そんな訳で、敬意と感謝を込めて、この壁は『壁師匠』と呼んでいるよ。


 スキル【土塊兵】は、単調作業しか出来ない土の人形を作る魔法なんだけど、そこに壁師匠を混ぜ合わせることで、修行効率アップの特殊効果を手に入れた土の人形が爆誕する。

 人型だから、もう『壁』じゃないんだけど……壁師匠は壁師匠なので、この複合技は『人型壁師匠』と命名した。


「おおーーーっ!! アーシャの人形が出てきたのだ!!」


 リヒト王子は私が用意した人型壁師匠を見て、興奮気味に感心している。

 人型壁師匠は着色されていないし、あんまり精巧でもないけど、『これはアーシャだ!』と分かる程度の造形になっているんだ。


「リヒト王子、この人形は壁師匠と呼んでください。これから好きなように、壁師匠に打ち込んでいいですよ」


 私は壁師匠に木刀を持たせて、見学するべく距離を取った。

 お付きの人たちが、ハラハラしながら見守っているけど、本当に大丈夫だよ。

 私たちの壁師匠は、安心安全がモットーだからね。


「では、魔剣士リヒトが推して参るのだッ!! くらえっ、必殺の魔人暗黒滅多斬り!!」


 リヒト王子が左手だけで木刀を握り締め、子供らしい足取りで走りながら、壁師匠に斬り掛かった。

 壁師匠は羽根のように柔らかい剣捌きで、リヒト王子の攻撃を受け止める。

 それから、彼の剣筋や身体の動きを矯正するべく、その身体のあちこちに、トン、トン、トンと木刀を押し当てた。


「ぬぅ……っ!? や、やるではないか!! しかしっ、次は一味違うのだ!! とりゃああああああああっ!!」


 剣術と呼ぶのも烏滸がましい、リヒト王子の雑な攻撃。

 それを壁師匠は幾度となく往なして、トン、トン、トンと指導を行う。


 『そこに隙がある』『そこに力が入り過ぎている』『そこに力が入っていない』


 壁師匠は言葉を発せないけど、リヒト王子は何かを感じ取っているのか、段々と目に見えて動きが改善されてきた。

 まだ五歳で、職業選択すら行っていない男の子に、辛うじて『剣術』と呼べる技が宿り始める。


「ば、馬鹿な……ッ!? なんという指導力だ……ッ!!」


 モーブさんが目の前の光景を見て、驚愕しながら目を見開いている。


 私は剣術に詳しくないので、目の前の光景がどれだけ凄いことなのか、あんまり分かっていない。

 でも、人型壁師匠の特性なら、きちんと把握しているよ。

 その特性とは、壁師匠を利用した全ての弟子たちの技術をコピーして、それを他者に伝授出来るというもの。


 まぁ、技術とは言っても、職業レベルやスキルの力が介在しない技術だからね。

 基礎の技や身体の動かし方を効率的に学べる。という程度の認識で、大体合っているかな。


 ちなみに、壁師匠は大勢の冒険者たちの技術をコピーしているよ。

 私がルークスたちのために、冒険者ギルドの練習場に用意する壁師匠。これって、三日間はその場に残り続けるから、他の冒険者たちも平然と使うんだよね。


「……姉さま、姉さま。……壁師匠、モーブより、つよい?」


「いや、それは絶対にあり得ないです」


 モーブさんが壁師匠の指導力を目の当たりにして、畏敬の念を抱きながら身体を震わせているので、スイミィ様が妙な勘違いをしてしまった。

 残念だけど、そもそも勝負の土俵に立てないよ。


 スキル【他力本願】には、『攻撃系スキルの取得不可』、『他者への攻撃不可』という、二つのデメリットがある。

 壁師匠は私のスキルだから、このデメリットの影響下にあって、他者に攻撃出来ないんだ。

 

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