第136話 発病

 

 アクアヘイム王国の軍勢が、ダークガルド帝国に侵攻する。

 そのことが決定したところで、私は王城の覗き見をやめた。

 今更だけど、国家の一番重要な話し合いを盗み聞きしちゃったよ。


「バレなければ、大丈夫だよね……?」


 一応、スラ丸四号に何かあったときのために、あっちで分裂させて五号を生み出そう。

 スラ丸一号の【収納】を経由して、水の魔石を送っておく。


 ……あっ、そういえば、【感覚共有】を使ったときに、鬱陶しいノイズが走ったよね。

 あれって、防諜のためのスキルか、マジックアイテムの影響かもしれない。

 逆探知みたいなことが出来たら、どうしよう……。

 嫌な想像をして、私の額から冷や汗が流れる。


「わ、私は未来の王様のお友達だから、きっと大丈夫……!!」


 そんな希望的観測に縋りながら、私は図書館へと向かうことにした。火属性の魔物のこと、調べないとね。

 お供として連れて行くのは、スラ丸、ティラ、ブロ丸、ユラちゃん。


 スラ丸はペンギンを模した形のリュックに入れて、ティラは私の影の中に潜んでいる。だから、表に出ているのは、ブロ丸とユラちゃんだけ。

 それでも、街中での悪党に対する抑止力としては、十分だと思う。


「雑貨屋の店主ちゃん、魚の串焼きはどうだい? 美味しく焼けているよ!」


「それじゃあ、五本ください!」


「お嬢ちゃん、うちの串焼きも買っておくれ! セイウチのお肉だよ!」


「はーい! そっちも五本ください!」


 雪が少しだけ積もっている表通り。そこを歩いていると、出店を営んでいる人たちに、次々と声を掛けられた。

 この寒空の下でも、みんな一生懸命働いているんだ。


 彼らはご近所さんなので、お勧めされた商品はどんどん買うよ。

 私の雑貨屋は商売繁盛しているから、ケチだと思われると関係が悪くなってしまう。

 それに、出店の食べ物は安いし、スラ丸の【収納】があれば腐らないし、私が嫌いなものはスラ丸に食べさせればいいし、断る理由がない。


 そうこうして、私は道草を食ってから、図書館に到着した。


「──本を読みに来ました。従魔たちを預かってください」


「畏まりました。ごゆっくりどうぞ」


 図書館では従魔の持ち込みが禁止されているので、受付のお姉さんにスラ丸たちを預けておく。とは言っても、ティラだけは影の中に潜ませたまま、連れて行くんだけどね。

 世の中、どこで何が起こるか分からないから、ルールよりも身の安全が大事なんだ。


「さて、王都のダンジョンに関する本は、どこかな……っと、あった」


 ここの本棚は整理整頓されているから、目的の本を探しやすくて助かるよ。

 著者不明の本のページを捲ると、熱砂の大地のことが書いてあった。


 『熱砂の大地』──アクアヘイム王国の最難関ダンジョンで、第一階層に生息している魔物は二種類。


 『ベビーサラマンダー』──火を吐く蜥蜴の魔物で、名前にベビーなんて付いているのに、体長が五メートルもあるらしい。

 しかも、この魔物はスキル【爆炎球】を使ってくる。

 フィオナちゃんの必殺技と同じやつだね……。それを敵が使ってくるなんて、この時点で私の心は折れた。


 『ヒクイドリ』──飛べない鳥の魔物で、体長はニメートル程度。真っ赤なダチョウみたいな姿をしているらしい。

 脚に炎を纏わせながら爆速で走り、強烈な蹴りを繰り出すという、近接攻撃が得意なタイプだよ。

 ティラとの一対一であれば、こっちは楽勝だと思う。でも、常にニ十匹を超える群れで、行動しているのだとか……。


「ローズには申し訳ないけど、これはちょっと……」


 無理だね。熱砂の大地で私が魔物をテイムするのは、絶対に無理。こんなの死んじゃうよ。

 一応、第二階層に生息している魔物も、興味本位で調べてみることにした。


 『ボルケーノキャメル』──体長が三十メートルもあるラクダの魔物。

 背中のコブが火山みたいになっており、そこから大量の溶岩を噴射するらしい。


 『レーザースコーピオン』──体長が二メートル程度の蠍の魔物。

 物凄い貫通力かつ、超高速の熱線を撃ってくる。しかも、百匹近くの群れで。


 うん、よく分かった。これは、絶対の絶対に、行ったら駄目なやつだ。

 ダンジョンは厄介なところで、落とし穴とか転移の罠によって、下層にご招待されることがあるんだよ。自分の身に、そんなことが起こるかも……って想像したら、もう足が震えてきた。


「うーん……。困ったなぁ……」


 無属性の魔物に、火の魔石を沢山食べさせたら、火属性の魔物に進化するかもしれない。そう考えて、魔物の進化先に関する本を読んでみた。

 しかし、大分ガッカリする内容が書いてある。

 アクアヘイム王国に生息している魔物は、水との親和性が高くて、火属性の魔物に進化させることは難しいみたい。

 著者不明の本曰く、不可能ではない。ただし、歪な進化を遂げる可能性が高いとか……。


 困った。本当に困った。これはどうしたものかと、私が頭を悩ませていると──


「……困った? 姉さま、困ってる?」


 突然、真横から誰かに声を掛けられた。

 ビクッとして顔を向けると、超至近距離にスイミィ様の顔があったよ。


 彼女はライトン侯爵の娘で、歴とした侯爵令嬢だ。

 髪は青色で、立っている状態でも毛先が床に届きそうなほど長い。少しだけクルクルしている癖っ毛で、見るからに手入れが大変そうだけど、相も変わらず隅々まで艶々だね。

 瞳の色は右が灰色、左が金色のオッドアイ──なんだけど、今日は左目に眼帯を付けているから、金色の瞳が隠れている。


「スイミィ様、おはようございます。その目、どうしたんですか?」


「……ん、おはよ。……スイの左目、封印した」


「ふ、封印……? えっと、怪我をしたとか、そういうことではなく?」


「……怪我ちがう。スイの左目、悪魔が宿ってる。……だから、封印」


 スイミィ様の表情は虚無そのもので、目付きがジトっとしているから、その心情を推し量ることは難しい。

 でも、きっと悲しんでいると思う。だって、オッドアイを馬鹿にされたというか、怖がられたんだよね?


 左右非対称の瞳は珍しいけど、こんなのただの個性なんだから、忌み嫌われるようなものじゃない。それなのに、悪魔だなんて酷すぎるよ。

 私はスイミィ様をギュッと抱き締めて、よしよしと頭を撫でてあげた。


「悪魔が宿っているなんて、そんな酷いこと、誰に言われたんですか?」


「……姉さま、酷いちがう。……悪魔、かっこいい」


「…………う、うん?」


 スイミィ様の口から、予想していなかった言葉が出てきて、私は首を傾げてしまう。格好いいって、どういうこと?

 抱き締めていたスイミィ様の身体を放して、目と目を合わせた。それから、私は徐に、彼女の眼帯を外してみる。


 ──その左目に、異常は見当たらない。いつも通りの、綺麗な金色の瞳だよ。

 これは、心配して損をしたってやつかな。


「……姉さま、大変。……悪魔、出てくる」


「悪魔が出ると、どうなるんですか?」


「…………悪魔が出ると、かっこいい」


 スイミィ様の言葉を聞いて、私は思わず頭を抱えてしまった。


「あの、まさかとは思うんですけど、中二病が発症しましたか……?」


「……ちゅーにびょう? スイ、分からない。……でも、悪魔は、かっこいい」


「そ、そうですか……」


 分からないって、それは私の台詞だよ。

 悪魔のどこが、スイミィ様の感性に突き刺さったのか、サッパリ分からない。

 そもそも、侯爵令嬢として、中二病特有の黒歴史を生み出してしまう言動は、許されるのだろうか?


 ……まぁ、私がとやかく言うことじゃないかな。

 とりあえず、お付きの人にスイミィ様を預けよう。そう思って辺りを見回したけど、誰の姿も見当たらない。

 どうやら、スイミィ様はまた迷子になっているらしい。


「……スイ、迷子ちがう。……それより、姉さま。困ってる?」


「え、ええ、まぁ、少しだけ……」


「……悪魔が、解決する。……姉さまなら、対価いらない。とくべつ」


「優しい悪魔なんですね……。えっと、実は──」


 私はスイミィ様に、火属性の魔物をテイムしたいという事情を伝えた。

 すると、彼女は無表情のままコクコクと頷いて、一つ提案してくれる。


「……ヒクイドリの卵、孵化させる。……それで、まるっと解決」


「なるほど、魔物の卵……。うん、名案かも」


 ヒクイドリの進化前の魔物なら、多分だけど簡単にテイム出来る。

 スイミィ様曰く、ヒクイドリの卵は商業ギルドで、取り寄せて貰えるらしい。

 侯爵家では食用として、定期的に購入しているのだとか。


「──お嬢様っ!! ようやく見つけました!! また迷子になられて……!!」


 ここでようやく、スイミィ様のお付きの人たちが迎えに来た。

 護衛の騎士とメイドさんが、合計で五人。こんなにいて、大切なご令嬢を見失わないで貰いたい。


「……スイ、迷子ちがう。……モーブが、迷子」


「そんな訳ないでしょう!? ほらっ、もう帰りますよ!!」


 スイミィ様の護衛の一人は、モーブさんだった。特徴がないのが特徴という、ごく平凡な容姿の男性騎士だ。

 そんなに親しい訳じゃないけど、私とも顔見知りだよ。

 私は手を振ってお見送り──と思ったら、スイミィ様に服の裾を摘ままれた。


「……姉さま、一緒に行く」


「う、うん? 一緒にって、侯爵家のお屋敷に、ですか?」


「……そう。スイの卵、あげる」


 スイミィ様が食べる予定だったヒクイドリの卵。それを私に譲ってくれるらしい。

 お金はあるから、商業ギルドで買ってもいいんだけど……折角だし、ご厚意に甘えよう。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る