第135話 王城

 

 ──私がスラ丸四号の視点で、周囲の様子を窺おうとすると、頭の中にノイズが走った。

 【感覚共有】を使った私とスラ丸の繋がりが、妨害されているっぽい。

 こんな経験は初めてだから、かなり戸惑ったけど……スラ丸との目に見えない繋がりを意識して、それだけに集中すると、すぐにノイズが消えたよ。


 スラ丸四号の現在地は、多分だけど宮殿の中。

 侯爵家のお屋敷の中は見たことがあるけど、あれよりも豪華絢爛な内装で、通路の道幅や天井の高さが並じゃない。

 スラ丸の現在地が王都なら、ここは王城かもしれないね。


 その場所では、大勢のメイドさんが忙しなく働いており──どういう訳か、スラ丸がそれを手伝っている。……いやあの、本当にどういうこと?


「スライムちゃん、次はこっちの洗濯物をお願い」


 メイドさんの一人が、洗濯物の山をスラ丸の前に持ってくると、スラ丸は得意げに【浄化】を使って、それらを綺麗にした。


「スライムちゃーん! こっちも手伝ってー!」


 また別のメイドさんに呼ばれて、スラ丸はスキル【収納】を使うことで、大きな花瓶や絵画の運搬を手伝ったよ。

 他にも食事を運んだり、食器を綺麗にしたりと、スキルを使って獅子奮迅の活躍をしている。


 私がサウスモニカ侯爵家のお屋敷で、見習いメイドとして活躍していたときに、スラ丸を有効活用していたから……恐らく、そこでノウハウを身につけたんだ。

 あれは四号じゃなくて一号だったけど、経験を共有しているのかもしれない。


「誰が派遣してくれた従魔か知らないけど、スライムちゃんがいてくれて、本当に助かるわー」


 どうやら、スラ丸はお城で働く誰かの、従魔だと思われているらしい。

 的確な仕事をしてくれるから、野生の魔物だとは思われないよね。

 うんうん、と私は納得しそうになったけど……いやいやいやっ、流石に警備がザルすぎるでしょ。


 スラ丸が余りにも堂々としているから、逆に誰も疑わないのかな?

 あるいは、スラ丸が天才的な方法で潜入した可能性もある。

 なんにしても、私が下手に命令すると、スラ丸の行動が怪しまれるかもしれない。しばらくは、そっとしておこう。


 そう考えながら、なんの気なしに覗き見を続ける。

 王城と言えば、王族が住んでいる場所だよね。

 今頃、ツヴァイス殿下は何をしているのか、ちょっとだけ気になった。

 流水海域の裏ボス攻略が終わった後、彼は王都に帰ったから、このお城の中にいると思う。


「スライムちゃん、会議室に軽食を持って行くから、手伝ってね」


「!!」


 スラ丸は身体を縦に伸縮させて、メイドさんの要請を快諾した。

 【収納】を使えば料理は冷めないし、毒が入っていたとしても、毒だけを異空間に残したまま、料理を取り出すということが出来る。

 そんな理由から、給仕はコレクタースライムを使うのが、当たり前になっているらしい。

 スラ丸以外にも、お城で働いているスライムが、あちこちで見つかったよ。


「──失礼いたします。軽食をお持ちしました」


 スラ丸を抱きかかえたメイドさんが、会議室とやらに到着した。

 そこでは大きな円卓を囲んで、王侯貴族と思しき人たちが、喧々囂々と議論を交わしている。

 その中には、ツヴァイス殿下とライトン侯爵の姿もあるよ。それから、殿下の後ろにバリィさんの姿も発見。


「こちらから侵攻するべきではないッ!! 地の利を生かせる防衛戦で、帝国軍を削るべきだ!!」


「王国北部を血で染めるつもりか!? 戦争なら帝国の領土でやってくれッ!!」


 そこで交わされている議論は、戦争に関することみたい。

 私が暮らしているのは『アクアヘイム王国』で、この国の北部に隣接しているのが『ダークガルド帝国』。


 そんなに詳しくは知らないけど、図書館で軽く調べたことがある。

 帝国は野心を剥き出しにしている大きな国で、この大陸に覇を唱えているんだ。

 どれくらい大きいのかというと、その国土は王国の十倍以上。ただし、大陸の中央に位置しているから、四方八方に敵を抱えているとか……。


 当たり前のように、王国と帝国は仲が悪い。

 バチバチの敵対関係で、大小の戦争を何百年も前から、幾度となく繰り返しているらしい。


「コレクタースライムのおかげで、経済が活性化し、鉱石の蓄えも随分と増えました。それと、ポーションの徴発も非常に上手くいった。このアドバンテージを生かして、こちらから侵攻するべきでは?」


「ブヒヒッ、吾輩も同意見ですなぁ!! 更に付け加えるのであれば!! ツヴァイス殿下には、ゲートスライムと極大魔法の鍵という、二つの切り札があります故っ!! 大きな戦果が期待出来ますぞ!!」


 第二王子派の貴族と思しき人の発言に、ライトン侯爵が声を大にして乗っかった。

 これに、第一王子派と思しき面々は、かなり渋い顔をしている。彼らの中心人物である第一王子、アインス殿下も頗る不機嫌そう……。

 ツヴァイス殿下が大活躍してしまうと、次期国王の座が取られちゃうからね。


 今現在、ツヴァイス殿下とアインス殿下は、王位継承争いの真っ最中なんだ。

 ちなみに、アインス殿下は四十代前半くらいで、高身長、超肥満、丸坊主、そして隻腕の男性だよ。

 物凄く太っていて、自力で歩けるのか疑問に思えるほど、だらしない身体をしている。

 ライトン侯爵も太っちょだけど、こっちはまだ人型を維持しているのに対して、アインス殿下は脂肪のスライムみたいな状態だ。


 メイドさんがスラ丸と一緒に持ってきた軽食は、その全てがアインス殿下のためのもの……。十人前くらいある肉料理なのに、彼は淀みなく食べ始めた。

 これが軽食となると、普通の食事は一体どれだけの量を食べているのか、ちょっと気になるね。


「ツヴァイス、貴様は先の裏ボス攻略で、多くの兵士を失ったな? それも雑兵ではなく、精鋭を失っただろう」


 くちゃくちゃと耳障りな咀嚼音を響かせながら、アインス殿下はツヴァイス殿下に、そう指摘した。

 ツヴァイス殿下は涼しい顔で、これを受け流す。


「ええ、兄上。それが何か?」


「何か、ではなーい。兵力が足りなくなっているのに、どうやって帝国に勝つつもりだ? 吾の第一師団からは、一兵たりとも貸してやらんぞ」


「帝国そのものに勝つというよりは、帝国軍を削ることが重要でしょう。占領を目的としている訳ではないので、現状の兵力でも十分ですよ」


 この問答の後、ツヴァイス殿下は作戦を立案した。

 それは、ゲートスライムを使って、王国北部と隣接している帝国南部の街々に、強襲を仕掛けるというもの。

 【転移門】で王国軍を移動させれば、兵士を殆ど疲弊させることなく、帝国軍を振り回せる。


 仮に、帝国軍に捕捉されたとしても、極大魔法の鍵という保険があるんだ。

 鍵は一度しか使えない切り札だから、使わずに勝てるなら、それに越したことはないけどね。

 この作戦は上手くいくと判断したのか、北部と東部の貴族たちが、挙ってツヴァイス殿下を支持し始めた。


「北部の貴族は、ツヴァイス殿下を支持いたします! 我らの兵力を存分に使ってくだされ!!」


 王国北部は帝国南部と、年中小競り合いを繰り返しているので、対人戦に慣れている精強な兵士が多い。


「東部の貴族も、ツヴァイス殿下を支持いたします。王国の食糧庫としての役割、必ずや全うすると誓いましょう」


 王国東部は穀倉地帯なので、ここが味方になれば兵糧には困らない。

 王国北部と東部の貴族は、ずっと日和見していたみたいだけど、ツヴァイス殿下の船に乗る覚悟を決めたんだろうね。そういう目をしているよ。


「ブヒヒッ!! 無論っ、王国南部もツヴァイス殿下と共に在りますぞ!! 吾輩たちは裏ボス攻略を行った戦友同士!! 今更、離れられませんなあ!!」


 王国南部は最初から、第二王子派だった。ライトン侯爵はツヴァイス殿下を信頼して、王国の未来を担うに足る人物だと、太鼓判を押しているんだ。

 王国西部だけは、第一王子派だけど……結構な数の貴族たちが、第二王子派を羨ましそうに見ている。みんな、勝ち馬に乗りたいんだろうね。


「皆の献身に、心から感謝します。此度の戦に勝利して、百年の安寧を手に入れましょう」


 ツヴァイス殿下は一同を見回して、自信満々にそう言い放った。

 第二王子派の貴族たちが活気付き、『ツヴァイス殿下万歳!!』『アクアヘイム王国万歳!!』と、口々に称賛の声を上げる。

 その光景は、次の王様が決まった瞬間に見えたよ。


 ──アインス殿下は人知れず、猛毒を含んでいるような目で、その光景をジッと見つめていた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る