第133話 断罪

 

 ──人を殺してしまった。最低最悪の気分だ。

 私は自分自身に、何度も【微風】を浴びせて、鎮静効果の恩恵を受ける。

 それでも、苦い気持ちが際限なく湧いてきて、涙が溢れてしまう。


「ティラ、ごめんね……。こんなことに、力を貸して貰って……」


「ワンワン!! ワンワン!!」


 私が思いっきり気落ちしているのに、ティラは尻尾をブンブン振って、褒めろ褒めろと言わんばかりに、鼻先を押し付けてきた。……なんか、涙が引っ込んだよ。

 というか、泣いている場合じゃない。まだ、問題が残っているからね。


 ちらりとエンヴィを見遣ると、彼女は握り締めていた短剣を落として、へなへなと座り込んだ。

 失禁しているのは、見なかったことにしよう。大丈夫、私は誰にも言わないよ。


「た、たす、助けて……っ!! 殺さないで……っ!!」


 エンヴィが涙を流しながら、命乞いしてきた。

 この場面だけ見たら、私が悪者みたいじゃない?

 加害者はエンヴィなんだけど……子供を殺すのは、流石に無理……。考えただけで、吐きそう……。

 

 とりあえず、私は殺したスピューたちのステホを回収した。

 これは冒険者ギルドに提出して、今回の一件をきちんと報告しよう。

 そう決めた後、怯えているエンヴィを見据えて、一つ要求する。


「ええっと、ステホを見せて貰える?」


「ひぃぃっ、わ、分かりましたぁ……っ!!」


 私は彼女からステホを受け取って、危ないスキルを持っていないか確認した。


 エンヴィ 盗賊(10)

 スキル 【脱兎】【解錠】


 逃げ足が速くなるスキルと、施錠されているものを解くスキル。どっちも戦闘向けじゃないから、一安心だね。

 エンヴィにステホを返してから、私は本来の目的に戻る。


「それじゃあ、行こうか」


「は……? え……? ど、どこに……?」


「アクアゼリーのテイムだよ。その予定だったでしょ? ほら、早く立って」


 私はエンヴィを引き連れて、アクアゼリーを再び探し始めた。

 エンヴィは困惑しているけど、一先ず殺されないと分かって、安堵もしている。

 ティラが持っているスキル【気配感知】を活用して探すと、アクアゼリーはすぐに見つかったよ。


 この魔物は五十センチくらいの大きさで、本当に水で出来たクラゲだった。

 そんな身体で水中に潜んでいるから、私の目で見つけるのは困難だったね。

 好戦的な魔物でもないみたいで、先制攻撃だって仕掛けてこない。


 私が目に見えない繋がりを伸ばすと、アクアゼリーはモコっと水面から顔を覗かせた。

 水面が盛り上がっているようにしか見えないけど、よく見ると小さな水の魔石が入っている。


「こんにちは、私の家族になってくれない?」


 そう声を掛けてみると、アクアゼリーが驚愕しているように感じた。

 私は【水の炉心】によって、水属性の魔力を沢山溢れさせているから、それを感じ取ったのかもしれない。


 魔力だけで見たら、私って強そうでしょ? 軍門に降るべきだと思うよ?

 そう念じてみると、呆気なくテイムに成功した。この子は温厚な性格で、私とは相性が良いみたい。


「よしっ、今日からよろしくね! キミの名前は、ユラちゃんだよ!」


 水中でユラユラと揺れ動いていたから、ユラちゃん。

 その名前を気に入ってくれたらしく、触腕を私に絡み付けてきた。

 少しはプニプニしているのかと思ったけど、全然そんなことない。本当に水そのものだね。

 私の方から掴もうとすると、普通に水を触ったときと同様、擦り抜けてしまう。


「あれ……? こうなると、どうやって連れて帰ればいいんだろう……?」


 ユラちゃんは水中でしか活動出来ないし、これは困った。

 私が頭を悩ませていると、エンヴィがおずおずと提案してくる。


「あ、あの……盾の魔物、さっきみたいに曲げて……バケツにしたら……?」


「おおっ、賢いね。採用」


 私はブロ丸を入れ物にすることで、ユラちゃんを街まで輸送した。

 街へ戻ってきた直後、エンヴィが即座に逃げようとしたので──


「ユラちゃん、足を撃って。ブロ丸は拘束」


 私の命令に従って、ユラちゃんがエンヴィの足に【冷水弾】をぶつけた。

 軽く痣が出来る程度の打撲を与えたことで、彼女は転倒する。


「ぎゃっ、や、やだっ!! やめてっ!!」


 ブロ丸は【変形】を活用して、自分の身体の一部を拘束具に変えると、問答無用でエンヴィを逮捕した。

 そのまま彼女を連行して、私は冒険者ギルドへと向かう。

 ティラは私の影の中に戻って貰ったよ。街中で出すと、市井の人たちを怖がらせちゃうからね。


「い、嫌だっ!! やめてっ、許してっ!!」


 エンヴィが暴れ始めて、何事かと人目が集まったけど、私はすまし顔で堂々と歩く。私とエンヴィの姿を見比べた人たちは、途端に興味を失った。

 お金持ちが魔物使いを雇って、その従魔が私の護衛をしていると、そんな風に思われたんだろうね。

 エンヴィは私に手を出した犯罪者だって、服装を見て判断されたはず……。


 やっぱり、身形って物凄く大事だ。今回は正しく、私が被害者でエンヴィが加害者だった。

 でも、仮にこれが逆だったとしても、今の私たちを見比べた場合、誰も私を加害者だなんて思わなかったと思う。


「──お、おいおい、こりゃ何事だ?」


 冒険者ギルドに到着したところで、クマさんが駆け寄ってきた。

 私はギャン泣きしているエンヴィを指差して、簡潔に事情を伝える。


「クマさん、依頼を引き受けた人たちが、裏切りました。彼女はその一人です」 


「ま、マジか……」


「マジです。何があったのか、詳しく話しますね」


 努めて冷静に、一から十まで、私はクマさんに説明した。

 それから、スピューたちのステホと一緒に、エンヴィを突き出す。

 彼女はまだ子供だし、更生の機会があって然るべきだと思うけど、だからって見逃してあげることは出来ない。これが、私の出した結論だよ。


 未遂に終わったとは言え、依頼主に危害を加えようとした訳だし、どう言い繕っても犯罪者だからね。

 仮に私がエンヴィを見逃したとして、彼女が逃げた先で再び罪を犯したら、私にも責任が生じてしまう。そんなのは勘弁して貰いたい。


 クマさんは一通り事態を把握してから、エンヴィの処遇を私に委ねてきた。


「そういうことなら、こいつは死刑か犯罪奴隷だな。依頼主に決める権利があるんだが、どっちにする?」


「じゃあ、犯罪奴隷でお願いします」


「奴隷落ちさせた後に、自分で引き取ることも出来るが……」


「いえ、引き取りません」


 私が引き取って更生させるとか、そこまでする義理はない。

 私は子供とか小動物に弱いタイプの偽善者だけど、それが犯罪者となると話は別だからね。

 エンヴィがスピューたちに脅されて、嫌々犯罪に加担しているだけだったら、同じ孤児院の出身者という誼で、私が引き取ってもよかったかも……。



 ──こうして、エンヴィは奴隷商人に引き取られることになった。

 犯罪奴隷がどんな扱いを受けるのか、そんなことは知らないし、聞くつもりもない。

 もしかしたら、死ぬよりも遥かに辛い現実が、待っている可能性だってある。


 でも、生きている限り、真っ当な人間になれる可能性は、ゼロじゃないよね。

 過ちを犯したエンヴィにも、まだ幸せになれるチャンスがあるんだ。と、そんなお為ごかしを心の中に並べながら、私はドナドナされるエンヴィを見送った。


 ……結局、自分の手で子供の死を確定させるのが、嫌だっただけ。それが、私の嘘偽りない本音だよ。


「前金で預かっていた依頼料は、当たり前だが返しておくぞ。それと改めて、冒険者ギルドを代表して、謝罪させて貰う。今回の一件、本当に済まなかった」


「謝罪を受け入れます。……まぁ、大事に至ることなく学びを得られたので、そう悪くない結果だったと思うことにします」


「た、逞しいな……。まるで、強かなアラサー女みたいだ……」


 クマさん、最後の一言は余計だよ。

 何はともあれ、今回の一件は無事に終わった。


 ──学び、というか反省点。

 私のお店にくる冒険者って、基本的には稼ぎが安定している人たちばっかりなんだ。そういう人たちは、心にゆとりがあって、気の良い性格なことが多い。

 そんな彼らとばっかり接していたから、私は冒険者全体が善良であるものだと、錯覚してしまった。


 どう考えても、迂闊だったね。

 人種、所属、仕事、肩書。人間社会には色々な枠組みがあるけど、枠組みそのものに善悪を当て嵌めるなんて、馬鹿げたことだったよ。

 善悪とは、常に個々人に当て嵌めるものだって、きちんと戒めておこう。

 

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