第132話 反撃

 

 ──アクアゼリーが見つからないまま、十分ほどが経過した。

 こんなに見つからないなんて、予想外だよ。

 身体が殆ど水だから、湿地帯に隠れるのが上手すぎるのかも……。


「後輩ちゃんさ、その上等な服って、やっぱ値打ちものなん?」


「靴も可愛いの履いてんじゃん!! それ、幾らしたん!?」


 A子とB子が左右から、ずっと話し掛けてくる。真面目に仕事をして欲しい。

 さっきから、周囲を警戒しているのはスピューだけだよ。


「幾らしたかは内緒ですが、マジックアイテムなので結構お高いです。それより、お二人とも、周囲を警戒しなくて大丈夫なんですか?」


「大丈夫っしょ! ウチら、めちゃ強いし? スピューの姉貴は銀級冒険者だし?」


「そーそー!! それよりさ、お金貸してくんね!? ウチらの服と装備、見窄らしくて可哀そうだと思うっしょ!? 先輩が苦しい思いしてんだからっ、後輩なら助けるべきじゃん!?」


「いや、それはちょっと……」


 A子とB子からの、『ポーションが欲しい』『装備が欲しい』『お金が欲しい』という要求。

 それらをけんもほろろに突き放していると、場の雰囲気が悪くなってきた。

 この二人に私の左右を固められて、スピューが先頭、後ろにはエンヴィがいる。


 護衛されているはずなのに、獲物を逃がさないための包囲だと思えるのは、私の気のせいかな?

 今すぐ踵を返して、逃げるべきか……。ただ、それが引き金になって、彼女たちが襲ってくるかもしれない。


 ティラの背中に乗れば、まず追い付けないと思うけど、この人たちのスキルは未知数なんだ。

 悪い可能性を色々と考えて、私は身動きが取れなくなっている。


 現状、この人たちはブロ丸を警戒しているから、このまま恙なく依頼を終わらせるか、それとも私を襲って金品を奪うか、悩んでいる気がしてならない。

 なんだかんだで、何事もなく十分が経過しているので、前者を選ぶ可能性が高そうだけどね……。


 コレクタースライムを使役していることは伝えたし、ブロ丸は表に出ている。

 アクアゼリーをテイムするという依頼内容と合わせて、スピューたちの視点だと、私は三匹の魔物を使役出来るということになるんだ。

 それはつまり、一般的に見て、私はレベル20以上の魔物使いということになる。


 マジックアイテムを装備していることも伝えたし、子供だからって流石に侮れないはず……。

 きっと大丈夫、対人戦は避けられる。私がそう思っていると、エンヴィが後ろから、ぼそっと声を掛けてきた。


「アーシャ、言うこと聞いた方がいいよ……。じゃないと、どうなっても知らないから……」


 その声色がドス黒く感じて、思わず振り向いてしまった。

 私とエンヴィの視線が交差する。彼女の瞳は酷く淀んでいて、恨み辛みでもあるかのように、私を睨んでいたよ。……多分、これは嫉妬だ。


 嫉妬される謂われなら、十二分にあるので、私が何を言っても火に油を注ぐだけかもしれない。

 私は悪くないのに、胃が痛くなってきた。溜息を飲み込んで、視線を前方に戻すと──スピューが足を止めて、懐から小さな袋を取り出したよ。


「街が遠ざかって来たから、ヘイトパウダーを使っておくねー」


「遠い……? そんなに離れていないと思いますけど……」


 スピューの気遣いに、私は首を傾げてしまう。

 倒した魔物を解体しながら進んでいるから、まだまだ外壁の近くなんだ。

 流石に、人影までは視認出来ないけど、これだけ街が近いのであれば、強い魔物は出てこない。


「まぁまぁ、アーシャちゃんも安全に越したこと、ないでしょー?」


 スピューの問い掛けに、私はこくりと頷いた。使ってくれるって言うなら、別に止めたりしないよ。

 ただ、後で法外な費用を請求されても、絶対に支払わないからね。

 ヘイトパウダーは魔物が苛立つ香りの粉で、普通の道具屋に売っている代物なんだ。


「アーシャっ!! こっち見てッ!!」


 突然、エンヴィに大声で呼び掛けられて、私はビクッとしながら再び振り向いた。

 何故か、彼女は嗤っていて、バックステップで私から距離を取る。


 左右のA子とB子も、同様の動きをして──次の瞬間、ブロ丸が私とスピューの間に割り込んだ。

 そして、ブロ丸に何かがぶつかり、パッと灰色の粉が弾ける。


「な──ッ!?」


 恐らく、さっきの小さな袋だ! これはヘイトパウダーじゃない!!

 私は慌てて口を覆い、スキル【微風】を使って粉を散らす。精神を安定させる追加効果があるから、平静を取り戻すことも出来た。


 ……けど、少しだけ粉を吸い込んじゃったかな。喉がイガイガして、物凄く痛い。


「アハハハハハハッ!! 吸い込んだ!? ねぇねぇっ、吸い込んじゃった!?」


 スピューが高笑いしながら、剣先を私の方へ向けてくる。


「──ッ、──ッ!?」


 一体どういうつもりなのか、私は問いただそうとした。けど、全く声が出ない。

 驚愕して目を見開いていると、A子とB子が凶悪な表情で嗤いながら、勝利宣言でもするようにネタを披露してくれる。


「アンタが吸い込んだのは、サイレンスパウダー!! 少しでも吸い込むと、数時間くらい声が出なくなる粉だし!!」


「ギャハハハハハッ!! オマエさあ、その従魔にウチらを攻撃するなって、命令しちゃったじゃん!! バアアアアアアアカ!!」


「喋れないと、命令を変えられないっしょ!! つまりさぁ、後は嬲り殺しってことぉ!!」


「殺さずに手足を切り落として、闇市で売った方がいいんじゃね!? めちゃ金になるよコイツ!!」


 A子とB子がペラペラ喋っている間に、喉の痛みが治った。

 私には例の如く、再生状態のバフ効果が掛かっているからね。

 多分、もう喋れるけど、言葉を出す必要はないかもしれない。


 ブロ丸には最初から、防御に専念して貰うつもりだったし……そもそも、この子はそんなに馬鹿じゃないよ。

 スピューたちに攻撃する必要があるなら、私が命令変更しなくても、普通に攻撃すると思う。



 ──さて、ティラが私の影から出てくる前に、一つ確認しておきたい。

 エンヴィはスピューたちに脅されて、嫌々付き合わされているとか、そういう事情があったりする?

 そうだったらいいなぁ……と思いつつ、私は然も『裏切られてショックです!』と言いたげな表情を作って、エンヴィを見つめた。


 これで、少しでも罪悪感を見せてくれたら、情状酌量の余地がある。


 しかし、彼女は凶悪で、醜悪で、狂気に満ちた表情を浮かべながら、怨嗟の言葉を吐き出す。


「アンタが悪いんだよッ!! 昔からウチより可愛くてっ、トールに色目を使ってっ、ルークスを誑かして……ッ!! 今じゃその上、お金持ちだって!? ふッッッざけんじゃねぇッ!! 死ねッ、死ねッ、死ねッ!! ぶっ殺してやるッ!! アンタのものは全部奪ってやるッ!!」


 いやあの、まだ子供なのに、拗らせすぎじゃない……?

 私はトールに色目を使った憶えも、ルークスを誑かした憶えもないけど、事実なんてどうでもいいんだろうね。

 エンヴィはまだ子供だから、自分の目で見て感じたものが、世界の全てなんだ。


「アハハハハハハハハハッ!! めっちゃウケるーーーっ!! エンヴィぶち切れじゃーん!!」


「ヤバっ、エンヴィの顔!! ブサイクすぎ!! マジウケる!!」


「ギャハハハハハハッ!! 殺したら売り物になんねーっしょ!! 我慢しろし!!」


 スピュー、A子、B子。この三人が大盛り上がりで、私に斬り掛かってきた。

 三方向からの同時攻撃に、ブロ丸が【変形】を使って盾の身体を湾曲させ、なんとか対処しようとする。

 敵は全員、何かしらのスキルを使って、剣に微かな光輝を纏わせているよ。

 世の中には、防御力を無視するスキルが存在しているから、少しだけ怖い。


 でも、ブロ丸が斬られる前に──私の影を押し広げて、ティラが飛び出した。


 ティラは【加速】を使いながら、スピューたちを爪で薙ぎ払う。

 完璧なタイミングでの奇襲を食らい、まずはA子の身体が千切れた。

 そのまま爪はスピューへと向かい、彼女はこれを剣と盾で防御──したけど、両腕がへし折れて吹き飛ばされる。

 最後に、B子へと向かった爪は、彼女の頭部を捉えて粉砕した。


「…………は?」


 エンヴィが茫然としながら、私の背後に現れたティラを見上げている。

 今のティラは凛々しくも獰猛な顔付きをしていて、更には身体の大きさが四メートルもあるから、迫力満点なんだ。


「グルルルルル……ッ!!」


「あああああああああああっ!! い、痛いっ、痛い痛い痛いっ!! な、なんでッ!? なんだよそれッ!? なんなんだよそれぇッ!?」


 倒れ込んでいるスピューが、ティラに恐怖の目を向けながら泣き喚いた。

 これは、私たちを油断させるための演技かもしれない。

 曲がりなりにも、ティラの奇襲を防いだ訳だし、バフ効果なしの真っ向勝負だと、ティラも無傷では済まない気がする。


 スピューがどんなスキルを持っているのか、未だに分からないので、私は警戒を解かない。ティラだって、警戒心を剥き出しにしたままだ。

 銀級冒険者という肩書は、伊達じゃないと考えよう。


「……ティラ、その人を殺して」


 私は僅かに躊躇った後、自分の意思、自分の殺意で、ティラに命令を下した。


「やめ──ッ」


 【風纏脚】と【加速】によって、ティラは一瞬でスピューとの距離を詰めて、彼女が意味のある言葉を吐く前に、その身体を物言わぬ肉塊に変えた。

 

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