第131話 失敗
──失敗した。護衛依頼なんて、出すんじゃなかった。
私が出した依頼。これを引き受けてくれる冒険者は、すぐに見つかったよ。
街の南門で待ち合わせして、その日のうちに合流。四人組みのパーティーで、全員が女の人だった。
二十代半ばが一人、十代後半が二人、八歳くらいの少女が一人という編制。
「ウチの名前はスピュー。このパーティーのリーダーで、唯一の銀級冒険者だから、よろしくー」
二十代半ばの女性は、スピューさん。なんの変哲もない鉄の剣と盾、それから革の防具を装備している。
外見はギャルって感じで、ナチュラルメイクに見せ掛けた厚化粧と、鼻が曲がりそうな香水のにおいが印象的だよ。
銀級冒険者って自己紹介されたけど、全然強そうには見えない。
能ある鷹は爪を隠すタイプか、それとも……。
「あーあ、依頼人が女のガキでガッカリだし! 男なら色仕掛けで、めっちゃ搾り取れたのに、ざーんねん!」
「ギャハハハハッ!! それな!! つーかさ、こいつって……ぼったくりポーション売ってる店の奴じゃね?」
大変失礼なことを言う十代後半の二人は、自己紹介すらしてくれない。
とりあえず、心の中では『A子』と『B子』って呼ぼう。
この二人もギャルって感じで、スピューさんと同じように、鉄の剣を装備している。ただ、盾は持っていないし、防具も革の胸当てだけの軽装だよ。
剣士の職業を選んで、剣以外の装備にお金を掛けられなくなったら、こんな格好になると思う。
きちんと斬れる剣は高いし、メンテナンスも頻繁にしないといけないから、剣士は沢山お金が掛かるんだ。
ちなみに、私のお店のポーションは、全然ぼったくりじゃない。品質を考慮すれば、適正価格だよ。
「なぁなぁ、お前んところのポーションさ、高くね? こんな良い服着てるんだし、金持ちっしょ? もっと値引きしろよ」
「そーそー!! ウチらさ、金がねーんだわ!! ギャハハハッ!!」
A子とB子が左右から、私を威圧してきた。
こっちは正真正銘の依頼主なのに、ちょっと信じられない態度だ。
もうね、この時点で確信したよ。この人たち、碌なパーティーじゃないでしょ。
私が表情をなくしていると、A子とB子が肩をぶつけようとしてきた。
ここで透かさず、ブロ丸が身体を割り込ませる。
「は? な、なにこれ……? マジックアイテム……?」
「や、ヤバくね……!? デカくね……!? つーか、めっちゃ高そうじゃね!?」
宙に浮かぶ大きな銀の盾──ブロ丸を前にして、二人が慄きながら後退りした。
「この子は私の従魔で、ブロ丸です。人に触られるのは嫌がるので、お触り厳禁でお願いします」
私の要求に、A子とB子がおずおずと頷く。
ブロ丸は別に、誰かに触られるのを嫌がるような子じゃないけど、この人たちにベタベタして欲しくない。
「…………アンタ、もしかして、アーシャ?」
今まで黙っていた八歳くらいの少女が、ぼそっとした声で問い掛けてきた。
彼女には見覚えがある。私が職業選択の儀式を受ける前に、マリアさんの孤児院から卒業した子だよ。
名前はエンヴィ。傷んで縮れている金髪と、鼻の辺りにあるそばかすが特徴的な女の子だ。
孤児院で暮らしていた頃に比べると、マシな服を着ているけど……お世辞にも、いいものとは言えない。
防具は装備していなくて、大きめのリュックを背負っている。武器は腰にぶら下げている短剣が一本だけ。
「えっと、エンヴィだよね……? 久しぶり……」
「うん……。久しぶり……」
どうしよう、物凄く気まずい。
どれだけ記憶を遡っても、エンヴィとは殆ど喋ったことがないんだ。
おはようとか、おやすみとか、朝か夜にすれ違ったときだけ、そんなやり取りをする程度の関係。
仲が良かった訳でもないし、悪かった訳でもない。ただ、苦手ではあったよ。
エンヴィは人にバレないように、こっそりと他者を貶めて、相対的に自分の評価を上げようとする子だったから……。
例えば、『フィオナちゃんがおねしょをした』とか、『アーシャが臭かった』とか、他人の汚点になるところを見つけると、口が軽い孤児仲間の誰かに、必ずぼそっと伝えるの。
そうすると、その一人から爆発的に、情報が拡散されてしまう。
フィオナちゃんがおねしょをしたのは、まだ孤児院に来て間もない頃の話で、色々な不安があったはずだから、仕方ないと思う。
シュヴァインくんが夜中に気が付いて、マリアさんに協力を仰ぎ、他の人にはバレないように片付けたんだけど、エンヴィに見られていたんだ。
私が臭かったのは、トールに突き飛ばされて、ゴミ箱に突っ込んだことが原因だった。生ゴミを食べていたクリアスライムに、顔面から突っ込んだからね。嫌な思い出だよ。
きちんと水浴びしたのに、エンヴィから発信された情報を子供たちは面白がり、数日間は態々私の傍に来て、『アーシャ臭い!』と言い捨てる遊びが流行った。
まだ前世の記憶が戻っていない頃だったから、純真無垢な幼女アーシャは、ギャン泣きしていたよ。
──そんな感じで、エンヴィは決して、人に褒められるような子じゃない。
でも、精神年齢がアラサーになった今の私からすれば、別に目くじらを立てるようなことではないと思える。
世の中には、もっと悪い人なんて、幾らでもいるからね。
「エンヴィ、アンタの知り合い?」
「そ、そう……。ウチと同じ、孤児院の奴……」
スピューさんの問い掛けに、エンヴィは現実を呑み込めていないような表情で、自信なさげに答えた。
私の現在の姿が孤児らしくなくて、信じ切れていないんだと思う。
「孤児院って、嘘だろオマエ!? オマエも孤児なのかよ!?」
「ウチらも全員孤児だから、仲間じゃーん!! ……えっ、つか待って。孤児から一発逆転して、今は自分の店持ち? ヤバくね!?」
「ヤバいヤバい!! つーか、同じ孤児なんだからっ、ポーション寄こせし!!」
A子とB子が、勝手に盛り上がっている。
いやもう、本当に勘弁して貰いたい。この街に孤児って、沢山いるからね……。
同じ孤児であることを理由に、ポーションを無償で提供していたら、商売上がったりだよ。
ただ、十歳以下の孤児に限定して、一日一本まで無償提供する程度なら──と思ったけど、安易な人助けはやめておこう。
善意って、必ずしも良い結果に結び付くとは、限らないんだ。
提供したポーションが誰かに奪われたりとか、諍いの原因になることは十分あり得る。
「アンタらー、アーシャちゃんが困ってるから、やめておきなー。大切な大切な、依頼主様だからねー」
「「ういーっす」」
スピューさんが注意した途端、A子とB子はすぐに大人しくなった。
こうして、私は彼女たちに護衛されながら、街の外に広がっている湿地帯へと赴く。……キャンセルしたいって、言い出せなかったよ。
NOと言えない日本人の性が、ここで出てしまった。こうなったら、さっさとアクアゼリーをテイムして帰ろう。
水位が低いところや、石が敷かれている道を歩いて、探索を開始する。
早々に、二匹のアクアスワンが襲ってきたけど、スピューさんが盾を使って【冷水弾】を防ぎ、流れるように一匹を斬り捨ててくれた。
銀級というだけあって、普通に強い。レベル20くらいはありそう。
もう一匹はA子とB子が協力して、片方が回避に徹している間に、もう片方が攻撃して仕留めたよ。
一発だけ、流れ弾がこっちに飛んで来たけど、ブロ丸が守ってくれたから問題ない。……流れ弾がこっちに飛んで来た時点で、彼女たちの護衛としての実力は微妙かも。
「エンヴィ、ちんたらしてないで、早く解体しろし」
「そーそー!! 拾ってやった恩を返せな!!」
エンヴィの役目は、スピューさんたちが倒した魔物の解体と、荷物持ちだったみたい。
彼女はA子とB子に急かされて、慣れた手付きでアクアスワンを捌いていく。
その作業が終わるのを待っている間に、スピューさんが私に話し掛けてきた。
「──で、実際のところ、どうなのー?」
「どう、とは? 質問の意図が……」
「だからさー、どうやって金持ちになったのかって話」
「ああ、それは幸運に恵まれたとしか……」
私が言葉を濁すと、スピューさんは怖い顔を作って、声を一段低くする。
「大方、金持ちのロリコン変態親父に取り入ったんでしょ? だったらさ、紹介してよー。ウチら、斡旋するの得意なんだよねー」
スピューは人を脅し慣れているんだろうなって、私は冷静に見抜いた。
正直、この人は全然怖くないよ。ローズクイーン、ソウルイーター、ドラゴン、シャチ。そんな魔物たちと比べたら、怖さに雲泥の差があるから──あっ、駄目だ。この考え方、よくない。
これは、私の心が強くなった訳じゃなくて、恐怖に慣れて鈍感になっただけだと思う。
私は弱い。だから、恐怖を感じ取るための心は、あって然るべきなんだ。
恐怖は警戒心を鋭くするための感情だから、決して不要なものじゃないよ。
「ちょっとー、無視しないでくれる? もしかして、ウチが怖がらせちゃった? ごめんごめん、別に怒ってないよー」
私が黙り込んでいたら、スピューが表情と声色を元に戻して、ニコニコしながら謝ってきた。……謝意なんて、欠片も感じられないよ。
私は彼女から一歩距離を置いて、靴の爪先で地面を二回叩く。これはティラに、要警戒を促す合図だ。
こんなことしなくても、ティラはずっと警戒しているはずだけど、一応ね。
「大丈夫です。えっと、スピューさんが思っているようなことは、一切していませんよ。私は魔物使いなので、コレクタースライムが上手くやってくれました」
「ふーん……。そっかそっか! それは凄いねー。そっちの銀の盾も、従魔なんでしょー?」
「ええ、そうです。ブロ丸です」
「ウチさー、従魔ってよく分かんないし、結局は魔物じゃん? ちょっち怖いから、ウチらに攻撃すんなって、命令しといてくんない?」
スピューの要求に、私は渋々ながらも頷いた。
ブロ丸は悪さをしたりしないけど、彼女たちからすれば、なんの確証もないからね。
「ブロ丸、この人たちに攻撃したら、駄目だよ」
ブロ丸が同意して身体を縦に揺らすと、スピューは満足げに頷いた。
彼女の表情に黒いものが見えた気がして、少し嫌な予感がしたけど、私たちの探索はまだ続く。
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