第130話 ミストゼリー
──無事に転職を済ませた私は、ミケと一緒に楽器屋さんへと向かった。
彼はすぐに、自分好みの音色が出る笛を発見。購入してから、ずっとピロピロ吹いているよ。
木製の笛で、私の魔笛と同じく、横向きで吹くタイプ。お値段は銀貨三十枚。
当然、草笛と木製の笛は別物だけど、初めて触ったとは思えないくらい、ミケの演奏は素晴らしい。
大通りで歩きながらピロピロしているのに、誰にも咎められないんだ。
それどころか、もっと聞きたいと言わんばかりに、人が後ろから付いてくる。
「ミケ、その笛を吹くの、本当に初めてなの……? もうベテランって感じだけど……」
「音が出る道具の使い方にゃんて、どれも似たり寄ったりにゃんだよ」
「いやいやいや、その笛と草笛は全然違うでしょ。本当に凄いね……」
私が本気で感心していると、ミケはにんまり笑って、身体を摺り寄せてきた。
「にゃふふ……!! みゃーがご主人に、手取り足取り腰取り、しっぽり教えてあげるのにゃ……!! 今夜は寝かせにゃいよ、子猫ちゃん……!!」
「変なことしたら、去勢するからね」
私がチョキチョキと指で威嚇すると、ミケは内股になって後退りした。
この後、私は商業ギルドに赴いて、脆い水の杖を買い求め──案の定、在庫は殆どなかったよ。
一本だけあったから、金貨一枚で購入したけど、これじゃあ全然足りない。
水の魔法使いに転職するだけでも、十本くらいは必要なんだ。
それから、レベル上げのために、百本くらい追加で欲しいかも……。
白金貨が羽ばたいていくけど、それは別にいい。それよりも、在庫不足が深刻だね。
商業ギルドの職員さん曰く、今ではコレクタースライムを使った物流網があるから、遠方でしか需要がない代物でも、あっという間に売れるようになったとか。
予約や取り置きみたいな制度は、廃止されたって。すぐに仕入れて、すぐに売れるんだから、面倒な仕組みは必要ないらしい。
私はガクっと肩を落として、ミケの笛の音色を聴きながら帰路に就く。
「ただいまー。ローズ、きちんと転職してきたよ」
「うむっ、転職出来て偉いのじゃ! どれ、頭を撫でてやるかの」
帰宅した私は、ローズによしよしと頭を撫でられて、ほっこりしながら一息吐いた。
そして、ローズと一緒にカウンター席に座り、ゴマちゃんを愛でながら次の予定を考える。
水属性の魔物をテイムするつもりだけど、どんな魔物がいいかな?
近場で見繕うのであれば、流水海域のペンギンかセイウチ。それと、街の外にいるアクアスワンも水属性だね。
少し遠出するなら、魚とか蟹とか貝とか、選択肢が一気に増える。
我が家の空きスペースには限りがあるから、あれもこれもとテイムする訳にはいかないし……実に悩ましい。
「うーん……。水属性の魔物……。水属性の魔物……」
「ペンギン! 水属性の魔物と言えばっ、絶対にペンギンよ!!」
いきなり真横から声を掛けられて、思わずビクッとしちゃった。
私が顔を向けると、そこにはフィオナちゃんの姿があったよ。
今日は夕方まで、修行をする日だったと思うけど……。
「フィオナちゃん、もう帰ってきたの?」
「もうって、外を見なさい。もう夕方よ?」
フィオナちゃんに促されて外を見ると、確かに夕方だった。
目的を持って行動していると、時間が過ぎるのはあっという間だね。
私はお店の外に、『閉店中』の看板を出してから、フィオナちゃんに相談してみる。
「水属性の魔物をテイムしようかと──」
「ペンギンよ!! 絶対の絶対にっ、ペンギンがいいわ!!」
やはりと言うべきか、食い気味にペンギンを推されてしまった。
フィオナちゃんって、大のペンギン愛好家だからね。
私もペンギンは好きだけど、子供アザラシほどじゃない。それに、
「今回は強さを重要視しているから、ペンギンはちょっと微妙かも……」
「大丈夫っ、進化させれば強くなるわよ!」
「まぁ、それはそう……。でもなぁ……」
流水海域の第五階層にいた魔物、エンペラーペンギンは強そうだった。けど、あそこまで進化した個体でも、カマーマさんに瞬殺されていたんだ。
正直、ペンギンっていう種族が弱いと思う。
私が渋っていると、フィオナちゃんは更にペンギン推しを続けたよ。
「アーシャはいっぱい魔物をテイム出来るでしょ? ペンギンの一匹や二匹っ、増やしても問題ないわよ!」
「いや、使役数に問題はなくても、家のスペースに問題が……」
「くっ、家のスペースを持ち出されると、居候のあたしは強く言えないわね……!!」
フィオナちゃんが引き下がってくれたから、私はペンギンよりも強い魔物をテイム出来ることになった。
そしてまた、何をテイムしようかと、堂々巡りになってしまう。
この日は就寝する直前まで、考え抜いて──ふと、名案を思い付く。
冒険者ギルドで聞けばいいんだ。お勧めの水属性の魔物。
餅は餅屋。魔物のことに詳しいのは、冒険者ギルドだよね。
──翌日の早朝。私はスラ丸とティラ、それからブロ丸を引き連れて、冒険者ギルドまでやって来た。
ルークスたちはダンジョン探索の日で、レベル上げとお金稼ぎを頑張っているから、邪魔をしたくない。
そんな訳で、今日は私と従魔たちだけだよ。
私のお店を利用している冒険者が多いから、このギルドはホームグラウンドと言っても過言じゃない。
顔見知りの冒険者たちと軽く挨拶を交わして、私は空いているカウンターへと向かう。
美男美女の職員さんのところには、行列が出来ているのに、一ヵ所だけガラ空きのところがあった。
そこで受付をしているのは、熊みたいに毛むくじゃらで大きい男性、ギルドマスターのクマさんだよ。
本名は知らないけど、みんなは『ギルマス』『クマの旦那』『クマちゃん』とか、色々な愛称で呼んでいる。
「こんにちは、クマさん。閑古鳥が鳴いていますね」
「ああ、雑貨屋の店主か……。今は手隙だから、受付を手伝っているんだが……ここに俺が座ると、毎回こうでな……」
クマさんは間違いなく、冒険者たちに慕われているよ。
でも、受付に美男美女が並んでいたら、そっちに人が流れてしまう。悲しいかな、その程度の慕われ方なんだ。
彼も私のお店で、ポーションを買ってくれるから、顔見知りになっている。
ギルドマスターというだけあって、魔物に関する知識は豊富だろうから、相談相手としては丁度いいね。私は早速、用件を切り出すことにした。
「実はですね、私が使役するのにピッタリな魔物がいないか、聞きに来たんです。条件は水属性の魔法が使えて、身体は出来るだけ小さく、ペンギンよりも強い魔物。ただし、セイウチより強いと私の実力的に、テイム出来ないかもです」
「それなら、アシッドフロッグがお勧めだな。酸を吐き出す蛙の魔物で──」
「蛙は苦手なのでっ、勘弁してください!」
私が食い気味に拒絶すると、クマさんはばつが悪そうに頭を掻いた。
「そ、そうか……。それなら、ミストゼリーはどうだ?」
ゼリーというのは、クラゲの魔物の名前に付くことが多い。
この街の周辺に生息しているゼリーと言えば、アクアゼリーだよ。
ペンギンやアクアスワンよりも魔力が多くて、やや威力が高い【冷水弾】を使える。
でも、アクアゼリーは身体の殆どが水で構成されていて、核である魔石を全然守れていないから、クリアスライムよりも防御力が低い。
しかも、動きが非常に緩慢で、水中でしか活動出来ないという欠点がある。
多分、ミストゼリーっていうのは、そんなアクアゼリーの進化個体か、あるいは亜種だろうね。
「ミストゼリーなんて、聞いたことがないんですけど、近場に生息しているんですか?」
「いや、していないな。そもそも、野生で現れることなんて、滅多にないぞ」
「へぇー……。ちょっと興味が湧いてきました。詳しく教えて貰えますか?」
「ああ、構わんとも。ミストゼリーって魔物は──」
クマさん曰く、それはアクアゼリーが進化した魔物で、身体が霧状になっているクラゲだとか。
空中を漂って移動出来るから、進化前と比べると、活動範囲がとても広い。
進化して得られるスキルは、【霧雨】という水属性の魔法だよ。
霧を発生させるだけだから、人間の魔法使いにとっては外れスキルになる。けど、ミストゼリーは霧の中で高速移動出来るから、非常に有用なんだって。
肝心の進化条件は、アクアゼリーに火の魔石を沢山食べさせること。
水中でしか活動出来ないアクアゼリーが、火の魔石を沢山食べる機会なんて、野生だと滅多にないよね。
私はクマさんから得た情報に満足して、にんまりと笑顔を浮かべる。
「決めました! ミストゼリーにします! まずはアクアゼリーをテイムして、火の魔石を買い集めないと……!!」
「ああ、頑張れよ。最近になって、火の魔石だけ高騰しちまったから、財布に厳しいとは思うが……」
火の魔石を持っている魔物は、王国南部だと滅多に現れない。
そんな訳で、遠方から取り寄せる必要があるんだけど……例の如く、コレクタースライムのおかげで、手間は掛からないんだ。
高騰に関しても、よっぽど法外な値段じゃなければ、問題ないよ。
さて、街の外へ出るに当たって、ルークスたちに護衛依頼を出して──と思ったけど、すぐに躊躇する。
アクアゼリーなら、街の近くに生息しているので、依頼料は多くても銀貨五十枚程度。
今のルークスたちは、一日で金貨数枚を稼ぐから、こんな依頼は迷惑だよね。
……いや、迷惑だなんて思わず、快く引き受けてくれるかな。だとしても、それがまた申し訳ない。
みんなには、もっと多くの依頼料を出してもいいんだけど、受け取って貰えないと思う。水臭いってやつだよ。
「うーん……。クマさん、護衛依頼を出してもいいですか? 指名は特にありません」
「勿論、大歓迎だ。どういう内容で、報酬はどうする?」
「アクアゼリーのテイムに行くので、その護衛をお願いしたいです。報酬は銀貨五十枚で」
「街の外に少し出るだけだが、五十枚も出すのか……? しかも、そのシルバーボールまで、連れて行くんだろう……?」
私が表に出しているブロ丸だけでも、街の近くなら問題ないらしい。
リュックの中のスラ丸と、影の中のティラも合わせれば、冒険者の護衛は必要ないかもね。
ただ、銀貨五十枚をケチって、街の外で不測の事態に陥ったら……泣いちゃう。
「身の安全は、出来るだけ確保しておきたいので、お願いします」
「まあ、依頼人がそれでいいなら、ギルドとしては構わないが……」
クマさんは呆れ半分、感心半分で、私の依頼書を作成。それを掲示板の目立つところに、ペタっと貼ってくれたよ。
慎重って、重ねれば重ねるだけいいものだから、これでよし!
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