第129話 二度目の転職
──ルークスたちとのお買い物が終わってから、数日が経過した。
私は魔笛を吹く練習をしながら、のんびりした日々を過ごしているよ。
食事は基本的に、外で買うことが多い。掃除、洗濯はスラ丸のお仕事。店番はローズとミケがやってくれるし、ポーション作りは【土塊兵】を使っている。
そんな訳で、私には暇な時間が多いんだ。素晴らしきかな、スローライフ。
「にゃーん……。ご主人、ピロピロが下手っぴだにゃあ……」
「まだ始めたばっかりなんだから、仕方ないでしょ」
私が裏庭で魔笛をピロピロしていると、隣にやって来たミケに酷評されてしまった。
「息を強く吹きすぎにゃんだよ。もっと静かに、細く細く、少しずつ、吹いてみるのにゃ」
どうやら、ミケは笛吹きに一家言あるみたい。
言われた通りにしてみると、確かに綺麗な音が出るようになった。
「ミケ、どこかで習ったことがあるの?」
「ううん、独学にゃ。ちゃんとした笛は、お高いから吹いたことにゃいけどね。昔はよく、草笛で遊んでたのにゃあ」
ミケは私の質問に答えてから、庭に生えている草を千切り、自分の唇に押し当てた。
そうして、彼が息を吹くと、美しい草笛の音色が響き渡る。
ゆったりした演奏の中に、地平線の彼方まで続く草原の風景と、どこまでも吹き抜けていく自由な風を感じたよ。
金貨五十枚の魔笛を使っている私よりも、ただの草笛を使っているミケの方が、素晴らしい演奏をしている。
一頻りミケの演奏を堪能したところで、私はパチパチと拍手を送った。
「凄いね! ミケに感心させられる日がくるなんて、思ってもみなかったよ!」
「みゃ、みゃーは心の赴くまま、適当に吹いているだけにゃ……!! そんにゃ褒められると、照れちゃうにゃあ……!!」
ミケは赤面しながら、モジモジしている。人に褒められるの、慣れていないんだろうね。
ふと、ここで一つ、私は心配になった。
ミケが心の赴くままに、聴かせてくれた音色。それは、私に自由を感じさせるものだったんだ。これって、彼が自由を求めているから、とか……?
「もしかして、ミケは自由になりたいの?」
「にゃあ……? みゃーはもう、自由にゃんだよ? ご主人のおかげで、とーーーっても! 伸び伸び出来ているのにゃあ!」
草笛の音色から私が感じ取ったものは、ミケが求めているものじゃなくて、今の彼の在り方だったらしい。
不自由を感じさせていたら、申し訳ないから、一安心だよ。
……というか、自分の気持ちを音にして他人に伝えられるって、物凄い才能なのでは?
「ミケにも笛、買ってあげようか? ちゃんとしたやつ」
「にゃにゃっ!? いいのぉ!?」
「うん、いいよ。流石に魔笛じゃないけど……」
「にゃっほーい!! 普通のやつで十分にゃんだよ!!」
ミケは私の提案に、大喜びで跳び付いた。笛の吹き方、私に教えてね。
そういえば、ミケにはお小遣いもあげるべきかな……?
いやでも、この子はスケベだから、お金があったらエッチなお店に通いそうなんだよね。
まだ子供なのに、そんな遊びは覚えて欲しくない。
たまに美味しいものを食べさせたり、笛みたいな娯楽用品を買うくらいで、済ませた方がいいかも……。
とりあえず、これから楽器屋さんへ行こう。
そう決めた私とミケは、手早く外出の準備を整え──
「アーシャよ、待ってたも。笛もよいが、転職やテイムはどうしたのじゃ? 最近、のんびりし過ぎではないかの?」
ローズに引き留められて、至極尤もなご指摘をいただいた。
「ま、まぁ、うん……。ちょっとその、気が緩んで、怠け癖が……」
ここ数日、私は英気を養うという名目で、従魔たちと戯れながら、魔笛をピロピロしているだけだった。
ローズはやれやれと頭を振って、蔦で私のお尻をぺしぺし叩き始める。
「まったく、仕方ないのぅ……!! どれっ、妾がお尻を叩いてやるのじゃ! 今日からキリキリと動くのじゃよ! 転職、レベル上げ、テイム、水の魔法使いを目指す! その予定であろう!?」
「わ、分かった! うんっ、頑張る!」
怠け癖をローズに矯正された私は、スラ丸とティラ、それからミケを引き連れて、街へと繰り出した。
楽器屋さんは後回し。最初の目的地は、教会の大聖堂にする。
獣人が教会関係者に、どういう目で見られるのか分からないので、ミケにはニット帽を被って貰ったよ。
──街中を軽く歩いて、すぐに到着したけど、ここからは問題がある。
私は職業を二つも選べたり、厄ネタっぽい『聖女』と『異世界人』という職業を選べたり、他人には見られたくない秘密が幾つかあるんだ。
普通なら、転職は金貨十枚のお布施をして、教会関係者に監視されながら、大聖堂にある神聖結晶に触らないといけない。
これだと、私の秘密が露見してしまうから、なんとか監視の目を外したいんだけど……以前にも使った方法、通用するかな……?
「教会へようこそ。お嬢様、本日は如何なるご用件でしょうか?」
「お祈りに来ました。通っても構いませんか?」
「ええ、勿論です。主は貴方の来訪を歓迎して下さるでしょう」
大聖堂の門番を務めている聖騎士と、事務的なやり取りを交わしてから、私たちは大聖堂に足を踏み入れた。
相も変わらず、外観も内観も、湯水の如くお金を使っているのが分かる。
神聖っぽい雰囲気は、お金があれば作ることが出来るんだ。
大聖堂の中では、偉そうに説法を垂れ流している神父と、それを拝聴している市民たちが集まっていた。
「嗚呼、迷える子羊たちよ……!! 家族を愛しましょう! 友人を大切にしましょう! 教会にお布施をしましょう! 隣人に優しくしましょう! 日々の食事に感謝をしましょう! 教会にお布施をしましょう! 主はいつでも、正しき信者を見守っておられます!」
丁度、説法が終わったみたい。
私は何食わぬ顔で、最後尾の長椅子に座り、懐から一枚の金貨を取り出した。
この金貨を態と床に落として、チャリーンと音を響かせる。すると、神父が一瞬でこちらを向いたよ。
彼の目には、実に欲深そうな色が見える。……よしっ、合格!
説法を聞き終えた市民たちが、お布施をして帰っていく。
私は最後まで、この場に残ってから、コソコソと神父に話し掛けた。
「神父様……。折り入って、内密にしていただきたいご相談が……」
そう言って、私がスッと一枚の金貨を差し出すと、彼は素早く回収して自分の懐に仕舞う。
「いいでしょう。主に誓って、ご内密にすると、お約束致しましょう」
「ありがとうございます。……実は、私は転職したいと考えておりまして」
私は続けて、懐から十枚の金貨を取り出した。
神父はこれをゆったりと回収して、公用のものと思しき絹の袋に仕舞う。
「お布施は確かに受け取りました。では、神聖結晶にお触りください」
「いえ、ここからが本題です。私の職業の選択肢には、人目に付くと品位が下がるような、口に出すのも憚られる職業が、現れてしまうのです……」
「ほほぉ……。まさか、エッチなやつですかな……?」
「そうです、エッチなやつです」
ブフッ、とミケが私の背後で吹き出した。
言っておくけど、これは真面目なやり取りだからね。笑い事じゃないんだよ。
神父は深々と頷いて、私に同情的な眼差しを向けてくる。
「まだお若いのに、それは大変ですな……」
「はい……。そこで、神父様には私の職業選択の儀式から、目を逸らしていただきたく……」
私が懐から、追加で三枚の金貨を取り出すと、神父は素早く回収して頷いた。
「いいでしょう。主もきっと、エッチな子羊から、目を逸らしてくださいます」
「はい、主と神父様に感謝します」
神父は私と神聖結晶に背を向けて、『娼婦よりもエッチな職業か……?』と疑問を呟く。
金貨四枚を余計に出して、更には乙女の尊厳も傷付いたけど、厄介な監視の目が私から外れた。
ミケには神父を監視して貰って、私はいそいそと神聖結晶に触れる。
それは、縦横が五メートルほどもある板状の結晶だよ。透明だけど、光の当たり方次第で極彩色に見えるんだ。
『聖女』『異世界人』『商人』『庭師』『音楽家』『観測者』
『結界師』『魔法使い』『光の魔法使い』『風の魔法使い』
神聖結晶の中に浮かび上がったのは、十の選択肢。
殆どが以前と同じだけど、一つだけ新しく、音楽家という職業が追加されていた。
竪琴と魔笛を嗜むようになったから、興味はある。でも、魔法使い系より優先する職業ではないかな。
「次に転職するなら、絶対にこれって、決めていたんだよね……」
アーシャ 魔物使い(22) 光の魔法使い(1)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
【従魔召喚】【耕起】【騎乗】【土塊兵】
【水の炉心】
従魔 スラ丸×4 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸
私が選んだ転職先は、光の魔法使い。
土属性の魔力が一気に身体から抜けて、それと同時に、微かな光属性の魔力が湧いてくる。なんだか、魔力と一緒に肩の力まで抜けたよ。
職業レベルを上げるには、その職業に適した経験を積む必要がある。
それが、魔物との戦闘で活躍するような経験であれば、レベルアップはグッと早くなるんだ。
私の場合、特殊効果が追加されている【光球】があるから、これを他の冒険者たちに活用して貰えば、光の魔法使いのレベルはサクサク上がると思う。
脆い水の杖を買い集めるのは、かなり時間が掛かりそうだから、レベル20、あるいは30を目指せるかもしれない。
ちなみに、私が脆い水の杖を使って、水の魔法使いに転職出来たとしても、レベル1→10まで上げるのは大変だよ。
私は水属性の魔法、持っていないからね。
では、どうやってレベルを上げるのか……。これもまた、脆い水の杖を使う。
どれだけの本数が必要なのか、具体的には分からないけど、とにかく沢山買い集めないといけない。
……十中八九、杖集めは難航する。つい最近まで、多くの冒険者が休業していたから、ダンジョン産のレアドロップは品薄だもの。
しかも、脆い水の杖には需要があるので、購入者の競争相手が多い。
あの杖って、水が不足している他所の国で、高く売れるらしいんだよね。
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