第128話 合成と魔笛

 

 お店の二階に、ずらりと並べてある魔法使い用のマジックアイテム。

 それらをみんなが、ステホで撮影している間、私は店員さんに気になったことを尋ねてみる。


「──あの、店員さん。さっきの武器の名前に、『+1』という表記があったんですけど、あれは一体なんですか?」


「ああ、それは、二つのマジックアイテムを合成した際に付く、強化値となっております」


 店員さん曰く、二つのマジックアイテムを合成すると、それぞれの効果が備わった一つのマジックアイテムになるらしい。

 私は先ほどの鋼の鎚に付いていた、二つの効果を思い出す。


 『スキル【強打】を使ったときに、武器の大きさと威力を二倍にする』


 『相手を殴打したときに、一定確率で混乱状態にする』


 これらは元々、別々の武器に付いていた効果ってことだね。

 その二つの合成に成功したから、『+1』という表記が付いたんだ。


「まさか、+2とか、+3とか……合成で幾らでも、装備を強化出来たりしますか……?」


「理論上は可能ですが……強化値が大きくなるほど、合成の成功率は減っていきます。そもそも、+1ですら成功率は五割程度でして……」


 合成に失敗すると、二つのマジックアイテムは消滅してしまう。

 そして、仮に成功したとしても、一つ厄介な要素があるらしい。

 例えば、マジックアイテムの『木の棒』と『鉄の剣』、この二つの合成に成功したとしても、どちらがベースとして残るか、運次第なんだって。

 強力な効果が二つ付いても、それが木の棒だったら、ガッカリだよね。


 ちなみに、鋼の鎚は合成に成功したけど、ある意味では失敗作。ベースに残したかったのは、ミスリルの鎚だと教えて貰った。

 もしも、ミスリルの鎚がベースになっていたら、お値段は十倍以上だったとか……。


「なるほど……。ところで、合成ってどうやるんですか?」


「専用のマジックアイテムを使うか、カオスミミックという魔物のスキルを使うのが、一般的となっております」


「ほぇー……。その、カオスミミックへの進化条件とか、教えて貰えたり……」


「別に構いませんよ。進化条件は、ブロンズミミックに百種類のマジックアイテムを食べさせること、です」


 店員さんは呆気なく教えてくれたけど、思った以上に大変な条件だね。

 百個じゃなくて、百種類。このお店で、安価なマジックアイテムを買い集めたとしても、百種類は集まらないみたい。

 つまり、高価なものを買う必要が出てくる。


 うーん……。今すぐではないけど、タクミの進化先として、目指してみようかな。

 合成は底なし沼のギャンブル要素だと思うから、ちょっと怖い。

 でも、職業レベルってどこかで頭打ちになるので、装備の伸びしろを用意するのは大事だよ。


 ちなみに、シルバーミミックという進化先もあるみたいだけど、こっちの進化条件は不明。

 カオスミミックへの進化条件を鑑みるに、お宝を食べさせる感じだよね……?

 銀色の宝箱から出たマジックアイテムを百種類とか、そんな条件かも。


「アーシャ! お喋りしてないで、一緒に探しなさいよ! あたしの装備!!」


「あ、うん。そうだね、ごめんね」


 このままだと、トールの装備が優先されるから、フィオナちゃんが荒ぶっている。

 あの鋼の鎚よりも強くて、みんなを納得させられるマジックアイテム……。中々に難しい注文だよ。


 魔法使いの装備は、杖が一番多い。魔導書とか、水晶玉なんて代物も、ちらほらと発見。

 魔導書と言えば、シャチの戦術指南書が思い浮かんだ。あれに比肩するようなマジックアイテムは、流石に見当たらない。


「──へぇ、こんなものもあるんだ」


 ルークスの感心した声に釣られて、私もそっちを確認してみる。

 そこには、一冊の赤い魔導書が置いてあった。これを装備すると、【火炎弾】が標的を追尾するようになるらしい。


 この魔導書の横には、【火炎弾】の魔力の消耗が半減する指輪、威力を二倍にする指輪、弾数を二倍にする指輪が置いてある。

 【火炎弾】を強化する装備を五つ揃えたら、下級魔法とは思えない性能になりそう。これらは値段も比較的安価だし、在庫も幾つかあるので、揃えるのは難しくない。


 ……でも、この装備でマンモスの群れは倒せないよ。

 日々の生活費を稼ぐだけの、冒険しない冒険者になるなら、費用対効果が素晴らしい装備かもね。


「ふぃ、フィオナちゃん……!! この水晶玉、どうかなぁ……?」


 シュヴァインくんが見つけたのは、火属性の魔法の威力を五割増しにする水晶玉だった。倍率が微妙だけど、特定のスキルしか強化出来ない代物よりは、使い勝手が良い。


「へぇ……!! シンプルに強くなれて、いいわね!! お値段は──白金貨十七枚ぃ!? 嘘でしょ!?」


 フィオナちゃんが叫んだ通り、この水晶玉は白金貨十七枚という、超高額商品だった。

 一階にあった鋼の鎚が、あの性能で白金貨五枚なのに、こっちは白金貨十七枚……。


「なんで、こんなに高いんだろう……?」


 ルークスがぽつりと漏らした疑問に、ニュートが答えてくれる。


「汎用性が高いことと、火属性の魔法の人気が高いこと。そして、何よりも上級魔法を強化出来ること。それらが、高額になっている原因だ」


 火属性の魔法は殺傷力が高いから、兵士や冒険者には好む人が多い。

 将来的に、フィオナちゃんは火の魔導士になるだろうし、水晶玉を買えば長く使っていける。

 でも、このお値段は流石に厳しいよね。


「うぅ……っ、あたしの装備……こんなんじゃ、買えないわよ……。ぐすん……」


「フィオナちゃん、【爆炎球】だけを強化してくれる装備、探してみよう? それなら、もう少し安いはずだから」


「わ、分かったわ……。探してみる……」


 私のアドバイスに従って、フィオナちゃんはステホで撮影を続けていく。

 水晶玉の値段にショックを受けて、彼女は泣きべそを掻いているから、シュヴァインくんが静かに寄り添った。機を見るに敏だね。


「──チッ、悪くねェ装備を見つけちまったぜ」


 ふと、トールが舌打ちして、不満そうな独り言を漏らした。

 耳聡いフィオナちゃんは、一瞬でトールに詰め寄り、彼の肩をガクガクと揺さぶる。


「ど、どこ!? どこよ!? あたしの装備はどこなのっ!? 教えなさいよっ!! 隠すなんて許さないんだからっ!!」


「許さないだァ!? テメェっ、どの口が言ってやがる!? ああクソっ、揺らすンじゃねェ!! ほらッ、アレだ!! あの隅にあるやつ!!」


 トールが指差した先にあったのは、一メートルくらいの長杖だった。

 赤みを帯びた暗い色の木材で作られており、持ち手の部分には、太っちょのガマガエルが鎮座している。生物じゃなくて、作り物のガマガエルだよ。


 ステホで撮影してみると、かなり危険な代物だと判明した。

 アイテムの名前は『ガマ油の杖』で、これを装備すると、【爆炎球】の中に油が生成されるらしい。しかも、粘度が高いドロっとしたやつ。


 つまり、あの魔法が焼夷弾になるってことだね。

 魔力の消耗が二倍になるという、大きなデメリットも付いているけど、それを加味しても非常に強力な装備だ。

 お値段は白金貨十枚。これまた高価だけど、こんなに凶悪な効果だし、お買い得かも……。


 フィオナちゃんも、これには目の色を変えるに違いない。そう思って様子を窺うと、何故かゲンナリしていた。


「えぇー……。これ、可愛くなーい……」


「はァ!? 眠てェこと言ってンじゃねェぞ!! 強力な武器ならッ、それでいいだろォがッ!!」


「駄目よ!! モチベーションが下がるでしょ!? ねっ、アーシャもそう思うわよね!?」


 フィオナちゃんはトールの言葉を突っ撥ねて、私に同意を求めてきた。


「ま、まぁ、私も可愛い方がいいけど……でもほら、よく見て。このカエルさん、シュヴァインくんに似てない?」


「し、師匠……!?」


 ちょっと酷い私の言葉に、シュヴァインくんが愕然としている。

 ごめんね……。でも、他に上手い文句が思い付かなかったの。

 マンモスの群れを倒すために、この杖はフィオナちゃんが装備するべきだって、そう思うんだ。


「むむむっ、そう言われると……そんな気もするわね……。太っちょなところが、シュヴァインにそっくりだわ……」


「ふ、太っちょなら、全部ボクに見えるの……!? 目を覚ましてっ、フィオナちゃん……!!」


「うんっ、決めたわ!! あたしっ、この杖を装備する!!」


 シュヴァインくんの訴えを聞き流して、フィオナちゃんはすっかりと、その気になってくれた。


「トールとフィオナの装備、合わせて白金貨十五枚! みんなっ、頑張って貯めよう!」


 ルークスが意気揚々と目標を掲げて、みんなを励ましたよ。

 どうやら、どちらか片方だけじゃなくて、両方とも買うつもりみたい。

 彼の楽しそうな笑顔を見て、私はなんとなく察した。

 仲間たちと一緒に、コツコツお金を貯めるのも、ルークスにとっては楽しみの一つなんだ。


「貯めるのに異論はない。だが、一年で貯まるか、怪しくなったな……。生活費や装備のメンテナンスを考えると──」


 計算を始めたニュートは、台詞こそ不安げだけど、口元に微かな笑みを浮かべている。

 ルークスの『楽しい!』という気持ちが、伝播したんだろうね。



 一先ず、今日のところは下見だけになって、ルークスたちの買い物は終わった。

 でも、お店から出るのは、少し待って欲しい。私は店員さんに、一つ気になったことを尋ねる。


「あの、魔物使い用のマジックアイテムって、売っていますか?」


「数は少ないですが、三階に幾つか並べております」


 とっても気になる! ちらりとルークスたちを見遣ると、快諾するように頷いてくれた。

 早速、私たちは三階へ移動したよ。この階層には、雑多なマジックアイテムが沢山並べられている。


 身体能力が上昇する装飾品とか、障壁を張れるようになる指輪とか、見るからに有用そうな代物が多くて、目移りしてしまう。

 私がきょろきょろしている間に、フィオナちゃんが魔物使い用の装備を発見してくれた。


「アーシャ、あったわよ。遊び道具にしか見えないけど、これがお目当てのものね」


 彼女が目を向けている先には、幾つもの笛が並べてある。

 これらは『魔笛』という装備で、演奏すると従魔を強化させられるみたい。

 縦向きじゃなくて、横向きにして息を吹き込むタイプしか、見当たらないよ。

 ステホで撮影していくと、筋力アップとか、炎熱耐性アップとか、色々なバフ効果を確認出来た。


「魔笛は演奏の技量によって、効力が大きく上下する。アーシャ、お前は笛を吹けるのか?」


「うっ、無理かも……」


 ニュートに教えて貰った事実が、私を怯ませる。つい最近、竪琴を軽く弾けるようになったばっかりなんだ。それなのに、今度は笛……?

 楽器の練習は、もうお腹いっぱいだよ。

 怠け者の精神が刺激されて、私は魔笛から目を逸らしてしまう。でも、


「これで演奏してあげたら、スラ丸たちが喜んでくれそうだね!」

 

 ルークスが無邪気な笑顔を浮かべて、余計なことを言った。

 このタイミングを好機と見たのか、店員さんがキラリと目端を光らせて、これまた余計なことを言い出す。


「魔物使いの方が、真心を籠めた魔笛の音色は、従魔を喜ばせる作用があります。是非とも、ご購入を検討してくださいませ」


「そ、そうですか……。そう言われると、弱いかもです……」


 懐き度は重要だから、従魔を喜ばせるとあっては無視出来ない。

 魔笛のお値段を確かめると、身体能力を上昇させるものは、比較的高価だと判明した。大体、白金貨数枚だよ。

 きちんと演奏出来るようになるか、分からないし……今は安物でいいかな。


 そう考えながら、ステホで撮影していると、『福招きの魔笛』という名前の代物が目に留まった。

 これを使って演奏を聴かせてあげると、従魔の運が少しだけ良くなるんだって。


 運という不確定な要素に作用する代物で、バフ効果を実感出来た人がいないから、お値段は金貨五十枚。

 これなら、お手頃価格──ではないね。金貨五十枚は高いよ。他の魔笛と比べれば安いけど、冷静に考えたら高い。


「演奏が上達するか分からないし、やっぱりやめても……」


 私は腰が引けて、買うのをやめようとした。けど、フィオナちゃんの方を見て言い淀む。

 彼女はいつの間にか、両腕にスラ丸一号と三号を抱きかかえて、こちらをジッと見つめていたんだ。


 ……スラ丸たちが、私に期待の眼差しを向けている。目はないけど、そんな気がするよ。


「うーん……。まぁ、頑張ってみようかなぁ……。これ、買います」


 こうして、私は福招きの魔笛を購入した。

 店員さんに金貨を支払って、心なしか軽くなったスラ丸をリュックに入れ直す。

 高い買い物だったけど、散財して街の経済を回すことも、市民の立派な務めだよね……。

 

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