第127話 お買い物

 

 私とフィオナちゃんは朝食をとってから、ルークスたちと合流した。

 私、ルークス、トール、シュヴァインくん、フィオナちゃん、ニュート。こうして全員が集まると、日常に帰って来たんだと、改めて実感出来たよ。


 おはようの挨拶を軽く済ませて、私たちはマジックアイテムが売っているお店へと向かう。

 高級店だけど、今の私たちなら、門前払いはされないはず……。


 みんな、孤児院で生活していた頃とは比べ物にならないくらい、身綺麗になっているからね。服装もバッチリ決まっているんだ。

 道中、トールが私の横に並んで、小声で話し掛けてくる。


「アーシャ、厄介事は終わったンかよ」


「うん、終わったよ。心配してくれて、ありがとね」


「チッ、心配してるだけじゃ、なンの意味もねェだろ……。言っておくが、俺様はもっと強くなるからな」


 私はトールの決意表明を聞いて、きょとんとしちゃった。

 なんの脈絡もないよねって、一瞬だけそう思った。

 でも、すぐに察する。多分だけど、『もっと強くなるから今度は頼れ』って、言いたいのかも……。


「あーーーっ!! トールが一丁前に、アーシャを口説いているわ!! トールってば、恋愛弱者の癖に……!! いつの間にそんな度胸が!?」


 耳聡いフィオナちゃんが、とっても良い表情でトールを揶揄い始めた。勿論、シュヴァインくんの背中に隠れながらね。

 トールは額に青筋を浮かべて、目尻を吊り上げながらフィオナちゃんを怒鳴り付ける。


「うるっせェぞッ!! この馬鹿女がァッ!! ほっとけやカスッ!! なんでテメェはそう、いつもいつもよォ……ッ!!」


「馬鹿とかカスとか、そんなにお口が悪いと、アーシャに嫌われちゃうわよー? ねっ、アーシャは粗暴な男って、嫌いよね?」


「え、ま、まぁ、うん……」


 私が控え目に、かつ素直に肯定すると、トールは若干怯んだ。

 それからすぐに、怯んだ自分を恥じて、拳を握り締め──シュヴァインくんが透かさず、盾形のテツ丸を構えてスキル【挑発】を使う。


「だ、駄目だよトールくん……!! ぼ、暴力反対……!!」


「あァ、そうだよなァ……!! ブタ野郎ッ!! テメェも毎回っ、このタイミングで割って入るンだよなァ!! 俺様をイライラさせやがってよォ!!」


 こうして、いつもの喧嘩というか、模擬戦が勃発したよ。

 表通りでやったら危ないけど、ここは冒険者ギルドの近くだから、注意する人なんていない。冒険者同士の喧嘩なんて、日常茶飯事だからね。


 みんな、随分と慣れたもので、特に驚くこともなく足を止めて、トールとシュヴァインくんの戦いを見守る。

 周囲にいた冒険者たちが囃し立てて、あっという間に賭け事が始まり、胴元のフィオナちゃんがテキパキとお金を捌いていく。


「お前ら、まーた喧嘩してんのか!? いいぞっ、もっとやれ!!」


「銀髪のクソガキっ、今日こそ一発入れろよ!! 今日もてめぇに賭けてやらぁ!!」


「太っちょの小僧、生意気に良い盾を使ってやがるぜ……」


「さぁっ、賭け金はあたしが預かるわ!! シュヴァインに賭けるなら右手の籠!! トールに賭けるなら左手の籠よ!! 一口、銀貨一枚からね!!」


 私は粗暴な男性が苦手だけど、こういう雰囲気にはすっかり慣れて、楽しめるようになっちゃった。

 住めば都とは、よく言ったものだよ。


「「二人とも、頑張れー!!」」


 私がルークスと一緒に、トールとシュヴァインくんを応援していると──不意に、名前も知らない冒険者から、声を掛けられた。


「おっ、雑貨屋の店主ちゃん! アンタんところのポーションのおかげで、昨日は命拾いしたぜ! ありがとな!」


「どう致しまして! 自慢のポーションなので、是非また買ってください!」


 冒険者が利用する雑貨屋の店主として、私もこの界隈だと顔が売れてきたよ。

 表通りにいると、こうして気軽に声を掛けてくれる人が、結構増えたんだ。



 ──しばらくして、ようやく模擬戦が終わり、私たちは当初の予定通りに移動する。マジックアイテム、買いに行かないとね。


 トールとシュヴァインくんの模擬戦は、アタッカーのトールがダメージを与えられなかったから、シュヴァインくんの勝ちかもしれない。

 毎日のように行われている二人の模擬戦。これのおかげで、ブロ丸もテツ丸も、良い感じに盾の動かし方を学べているよ。


 私たちが、大通りにある目的のお店に到着すると、凡そ接客業には向いていなさそうな、強面のお兄さん店員がやってきた。

 高級感のある黒いスーツ姿で、申し訳ないけどヤ〇ザっぽい。


「いらっしゃいませ。当店では盗難防止のために、店員が一名だけ同行致しますので、ご了承ください」


 強面に似合わず、店員さんは丁寧な対応をしてくれたよ。

 高価なものが並んでいるお店だから、盗難防止が必要なのはよく分かる。


「了解です。お手数をお掛けして、心苦しい限りですが、お付き合いください」


「ハッ、畏まりました。お嬢様」


 私がすまし顔で受け答えすると、店員さんは心なしか背筋を伸ばして、キリッとしながら畏まった。

 ルークスたちが感心しながら、私を見つめている。大変気分が良い。

 私は未来の王様と、お友達になったからね。どんな高級店に入っても、『王様のお友達』という肩書を意識すれば、緊張なんてしないんだ。


「アーシャ、随分と様になっているな。貴族の令嬢を彷彿とさせる振る舞いだ」


「ありがとう、ニュート。そう言って貰えると、嬉しいよ」


 私を褒めてくれたニュートも、高級感溢れる店内で、全く物怖じしていない。

 このお店、床には赤い絨毯が敷かれているし、内装には黄金が目立つし、天井にはシャンデリアがぶら下がっている。

 商品のマジックアイテムは、分厚い硝子ケースの中にあって、直接触ることは出来ないよ。


「ね、ねぇ、アーシャ……。魔法使い用の装備、見当たらなくない……?」


 絨毯を一歩一歩、緊張した面持ちで踏んでいるフィオナちゃんが、広々とした店内を見渡してから、私に耳打ちしてきた。


「うーん……。うん、そうだね。三階建てのお店だから、上の階かな?」


 一階には、剣、盾、槍、斧、鎚、鎧など、前衛用の装備しか置いていない。

 同行している店員さんに、ちらりと視線を向けると、魔法使い用の装備は二階にあると教えて貰えた。


「それならっ、早く行くわよ! あたしの装備が売り切れちゃうわ!!」


 フィオナちゃんが即座に駆け出して、二階へ向かおうとしたけど、トールが仁王立ちで制止する。


「待てやコラ!! 俺様の装備を見るのが先だろォがッ!!」


「はぁ!? 誰がそんなこと決めたのよ!? 紳士なら淑女を優先するのが、当然ってもんでしょ!!」


「二人とも、こんな場所で喧嘩したら駄目だ。ジャンケンで決めよう」


 トールとフィオナちゃんが、言い争いを始めそうになり、今回はルークスが間に割って入った。

 高級店で揉めると、絶対に追い出されてしまう。最悪の場合、出禁になりそうだから、止めてくれて助かったよ。


 ジャンケンの結果、私たちはトールの装備から探すことになる。


「ぐぬぬ……っ、トールの装備なんて、全然興味ないのに……!!」


「まぁまぁ、そう言わずに。色々なマジックアイテムを眺めるのは、きっと楽しいよ」


 私はフィオナちゃんを宥めながら、色々な鈍器をステホで撮影していく。

 殴ったときにピコッと間抜けな効果音が発生する鈍器とか、見た目は重そうなのに実際は羽根のような軽さの鈍器とか、粗大ゴミみたいな代物も置いてあるよ。

 それから、トールが持っていないスキルを強化するような、今は必要ない代物も多い。


「アーシャ、この鈍器の効果って、どういう意味かな?」


 ルークスが棘付きの鈍器にステホを向けながら、そんな質問をしてきた。

 これには敵を殴打したときに、一定確率で相手を硬直状態にするという効果がある。


「どうって、見たまんまじゃない? 殴打すると、相手が硬直するんだよ」


「いや、えっと、態々こんな効果が付いてなくても、鈍器で殴られたら動けなくなるよね? 痛いし、大怪我するし」


「ああー……。それはほら、スキルとかマジックアイテムによる状態異常って、それ以外の現象とは別枠というか……」


 例えばだけど、トールの攻撃が全く効かない強敵が相手でも、この棘付き鈍器による『硬直状態』は、発生する可能性がある。

 普通の鈍器だったら、そんなことは起こらないよね。


 この説明で納得したルークスは、棘付き鈍器をトールに勧める。

 お値段は金貨三十枚。高いけど、悪くないかも。


「トール、これならマンモスが相手でも、通用すると思う。どうかな?」


「通用だァ? これで出来ンのは、足止め程度じゃねェのか? 俺様はな、マンモスをブッ殺せる武器が欲しいンだよ」


「そっか……。足止めしてくれるだけでも、大分助かるんだけどなぁ……」


 残念ながら、トールのお眼鏡には適わなかったみたい。

 まぁ、みんなの当面の目標は、流水海域の第四階層に挑むことだからね。

 であれば、マンモスの群れとどう戦うのか、それを考えて装備を買わないといけない。


 マンモスが一匹だけなら、トールの役割は足止めで十分だけど……群れと戦うなら、足止めじゃなくて、一匹ずつ確実に屠るための攻撃力が必要なんだ。


「あっ……!!」


 不意に、フィオナちゃんが『しまった!』と言わんばかりの、分かりやすい表情を浮かべたよ。

 彼女がステホを向けている先には、少し黒っぽい鋼の鎚がある。


「フィオナちゃん、どうかしたの?」


「えっ、い、いやっ、なんでもないのよ? 本当よ?」


 私が声を掛けてみると、彼女はそそくさと立ち位置を変えて、私の視界から鋼の鎚を隠した。

 ふぅん、と私は気のない返事をして、視線を逸らし──


「…………隙ありっ!!」


「ないわよ!!」


 フィオナちゃんが隠している鋼の鎚。それを撮影しようとしたら、透かさずボディブロックされたよ。

 そんなことされると、余計に気になっちゃう。


 退いて、退かない、退いて、退かない──私たちが押し問答を繰り広げていると、シュヴァインくんがなんの気なしに、件の鎚を撮影した。


「こ、これ凄い……!! スキル【強打】を使うと、武器の大きさと威力が二倍になって、殴打した相手を一定確率で混乱状態にするって……!!」


「あああああああっ!! シュヴァインの馬鹿っ!! 裏切り者ぉっ!!」


「えぇっ!? ふぃ、フィオナちゃん……!? ど、どうしたの……!?」


 呆気なくシュヴァインくんに暴露されて、フィオナちゃんは彼の頬をモチモチしながら罵った。

 話を聞き付けたみんなが、続々と鋼の鎚を撮影する。私も一緒に、パシャリ。


 マジックアイテムとしての効果は、シュヴァインくんが言った通りで、アイテムの名前は『強大なる鋼の鎚+1』だったよ。

 ……待って、この+1ってなに? 新要素?


「おおーっ、これは凄い武器だね! トールっ、今度こそどうかな!?」


「どうもこうも、最高じゃねェか……ッ!! 俺様はよォ、こういう武器を求めてたンだッ!!」


 私が頭の上に疑問符を浮かべている最中、ルークスとトールが購入意欲を燃やして、大盛り上がりした。

 そんな二人に、フィオナちゃんが待ったを掛けて、ワナワナしながら値札を指差す。


「ちょっとっ、待ちなさいよ!! 値段見て!! 値段っ!!」


 そのお値段、なんと白金貨五枚。これは流石に、手が届かないよね……?

 足りない分は、私が出してもいい。けど、大金をタダであげるのって、みんなの成長に悪影響を及ぼすかもしれない。


 さて、どうしたものかと悩んでいると、ニュートが口を開いた。


「ふむ……。しばらく節約しながら生活して、第三階層で稼いでいれば、手が届かないこともないな……。一年間はじっくりと、レベル上げに注力すると決めたんだ。猶予は十分にある」


 彼はそう言って、購入に前向きな姿勢を示したよ。

 確かに、お金を貯めて買う価値はあると思う。これは、マンモスの頭をカチ割れる武器だからね。

 ルークス、トール、ニュートが購入に賛成して、あっという間にこの場の半数の票を集めた。


「嫌よ!! これを買うならっ、あたしの装備は、ずーーーっと後回しになるんでしょ!? そんなの絶対に嫌ぁっ!!」


「テメェは現状のままでも、十分に火力があンだろォが!! つーか、それ以上火力が上がっちまったら、流氷が持たねェよ!! ちったァ自重しやがれ!!」


 フィオナちゃんが駄々を捏ねると、トールが叱るように彼女を怒鳴り付けた。

 当然、我らが固定砲台は譲らず、烈火の如く言い募る。


「第四階層は流氷の上じゃなくてっ、凍土の上で戦うんだから!! あたしの火力を上げても大丈夫なのよ!! あたしの魔法を強くすればっ、マンモスの群れだって一掃出来るの!! だからっ、全部あたしに投資しなさいよねっ!!」


 うーん……。フィオナちゃんのこれ、実は我儘じゃなくて、パーティーのためを思って言っているのかも……。

 マンモスの群れを一掃とまではいかずとも、魔法数発で半壊させることが出来れば、随分と楽になる。というか、そういう戦い方をしないと、マンモスの群れには勝てない気がしてきた。


 裏ボス攻略を経験して思い知ったけど、人間が手強い魔物と戦うときの要って、超高火力の固定砲台なんだよね。

 とりあえず、このお店の二階にあるマジックアイテムを見てから、改めて相談するべきかな。

 

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