第126話 今後の予定

 

 ──裏ボス攻略が終わった次の日。

 私は早朝から、自宅の裏庭でポーション作りに勤しんでいた。

 ミスリルの大釜に素材を投入して、ぐるぐると掻き混ぜ、淡々と小瓶に詰めていく。退屈な単調作業だけど、これぞ日常って感じだよ。


「アーシャ、おはよー。あんたってば、こんなに朝早くから働き者ね」


 寝間着姿のフィオナちゃんが、ポーションを作っている私に話し掛けた。

 彼女は起きたばっかりで、ぽやぽやしながら寝惚け眼を擦っている。


「…………」


 私は無言で、黙々と大釜を掻き混ぜているよ。声を掛けられたというのに、全く反応を見せていない。


「ちょ、ちょっと、アーシャ! なんで無視するのよ!? おはようの一言くらい返しなさいよ!」


「…………」


「ちょっとってば!! 聞こえないの!?」


「…………」


 尚もだんまりを決め込む私に、フィオナちゃんが肩を怒らせながら近付いて、脇腹をくすぐり始めた。

 ここでようやく、彼女は気が付いたみたい。


「な──ッ!? なにこれっ!? 硬い!? えっ、どういうこと!?」


 本物の私は、グレープの後ろから顔を覗かせて、驚いているフィオナちゃんを嘲笑う。


「うぷぷ……。フィオナちゃん、騙されたね。それは偽者の私だよ」


「アーシャ!? どういうこと!? なんで二人いるの!?」


「いやだから、そっちは偽者だって」


 私はスキル【土塊兵】を使って、自分の身代わり人形にポーション作りをさせていたんだ。そのことを説明すると、フィオナちゃんは私と人形を見比べて、あんぐりと口を開く。


「こ、これが、土の人形……? 触らないと全然分からないわよ……」


「人形は瞬きも呼吸もしてないし、髪も揺れないから、その辺に注目すればすぐに分かるよ」


 他にも欠点を挙げるなら、この人形は衣服を着ていない状態で、生成されることかな。

 身代わりの特殊効果をオンにして使うなら、人前でポンと出す訳にはいかない。

 公然わいせつ罪で、逮捕されちゃうからね。

 ちなみに、今は身代わり人形に、魔女っ娘の衣装を着させているよ。


「精巧な形にも驚きだけど……こうして、勝手にポーションを作ってくれることにも、大いに驚きだわ……。素材はローズが用意してくれるし、不労所得もここに極まれりって感じね」


「まぁね! 私、こういう生活に憧れていたんだ」


 私は胸を張って、この状況をフィオナちゃんに自慢した。

 すると、呆れたように苦笑されてしまう。流石に怠け者が過ぎるってさ。

 この後、彼女は『そういえば──』と前置きして、私をお出掛けに誘ったよ。


「今日はみんなで、マジックアイテムを買いに行くんだけど、怠け者のアーシャも来てくれる?」


「うん、いいよ。フィオナちゃんかトールの装備を買うんだっけ?」


「ええ、その通りよ! あたしとトールの装備、両方同時に見つけたら、きちんとあたしに忖度しなさいよね!」


「裏工作……!? それはちょっと、約束出来ないかも……」


 ルークスたちのパーティー『黎明の牙』は、結構な額のお金を貯めたから、装備を更新しようとしている。

 けど、高価なマジックアイテムを二つ同時に買うのは、まだ難しいみたい。


 フィオナちゃんとトールを天秤に掛けたら、当然のように前者の味方をしたくなるけど……一番重要なのって、パーティーの総合力を引き上げることだからね。

 トールの装備を優先することで、パーティーの総合力がより高くなるなら、私はそっちに清き一票を入れちゃうよ。


「むぅ……。朝っぱらから、騒がしいのぅ……」


 私とフィオナちゃんがお喋りしていると、庭の片隅で寝ていたローズが目を覚ました。彼女は下半身の薔薇を蕾の状態にして、その中に上半身を隠し、頭だけを覗かせている。


「おはよう、ローズ。煩くしてごめんね」


「うむぅ……。ま、よいのじゃ。魔力を空っぽにして、二度寝するかの」


「おっけー。それじゃ、私もスキルを使うね」


 私が【耕起】を使って地味を肥やすと、ローズがその上で【草花生成】を使ってくれた。

 素材はスラ丸の中に入れて、お留守番をすることが多い二号の【収納】から、身代わり人形に適宜渡して貰う。


 ここで、私たちの共同作業を見ていたフィオナちゃんが、ジトっとした目を向けてきたよ。


「目の前で、そんな簡単にお金を作られると、なんだか釈然としないわね……」


「いやいやっ、お金を直接作っている訳じゃないからね!? 貨幣の偽造は犯罪だから、滅多なこと言わないで……」


 人聞きが悪いなぁ……と思いつつも、フィオナちゃんの気持ちを察することは出来る。

 真面目に働いている人たちから見れば、この光景は確かに釈然としないよね。


「まあ、アーシャも色々と苦労して、こういう状況を整えたのよね! あたしが羨むのは、お門違いだったわ!」


 フィオナちゃんはスパッと気持ちを切り替えて、快活な笑顔を浮かべた。

 収入に格差が生まれても、全然気まずい関係にならないから、彼女の明るい性格は助かるよ。



 話は変わるけど、【水の炉心】によって生み出した水属性の魔力は、ローズたちの生産の助けにはならなかった。

 ローズとグレープに必要なのは、無属性か土属性の魔力。タクミに必要なのは、無属性の魔力だからね。


 そんな訳で、【水の炉心】は現状だと、やっぱり活躍の機会が少ない。

 水の魔石を冒険者ギルドに売れば、大きな稼ぎになるけど……出所を探られて、私が無限に生み出せるって露見したら、面倒事になりそう。

 私のレベル的に、まだ従魔を進化させる予定もないし……特殊効果は、しばらく使わないかな。


 ここまでの説明だと、活躍の機会が『少ない』ではなく、『皆無』と言うのが正しい。

 でも、一つだけあるんだ。現状で、【水の炉心】を活躍させる機会が……。


 聖水を生成するマジックアイテム、聖なる杯。これに注ぐ魔力って、純度百パーセントの水属性でも、大丈夫だったみたい。

 つまり、今の私は、聖水を無限に補充出来る。汚物を消毒する日は近いよ。



 ──さて、軽く今後の予定を纏めよう。

 まず、土の魔法使いから、別の職業に転職する。

 その職業のレベルを上げている間に、ペンギンのレアドロップであるマジックアイテム、脆い水の杖を買い集めて、水の魔法使いを目指すんだ。


 土の魔法使いのレベルを30まで上げて、新スキルをもう一つ取得したい気持ちもある。けど、安全マージンを取りながら、レベル26→30って、かなり遠い道程なんだよね。

 レベル上げが楽になる支援スキルは、残念ながら取得出来なかったし、ここで切り上げるべきだと判断した。

 ちなみに、転職したらレベルはリセットされるけど、転職先から再び土の魔法使いに戻したら、レベル26から始められる。いつの日か、この職業のレベル上げを再開したい。


 職業に関しては、こんな感じで……後は、新しい従魔だね。

 水属性の魔法を使える魔物をテイムしよう。【水の炉心】と【魔力共有】で、無限に水属性の魔力を供給出来るから、絶対に強い。


 ……あ、そうだ。従魔と言えば、チェイスウルフに進化したティラの話。

 身体が四メートルという大きさになったけど、私の小さな影の中に、きちんと潜れている。出入りするときは、影を押し広げるんだ。

 そんなティラが新しく取得したスキルは、予想通りの【加速】だったよ。


 このスキルをルークスが連発すると、あっという間に体力がなくなる。

 でも、ティラの場合は、全然そんなことがなかった。チェイスウルフって、体力お化けだったみたい。

 一度狙った獲物は、捕まえるまで延々と追跡するらしいから、そのための体力だろうね。


 今のティラは、流水海域のスノウベアーと同格の魔物だと思う。

 タイプが全然違うので、一概にどちらが上とは言えないけど……ベテラン冒険者であっても、警戒する存在であることは、間違いない。


 私の魔物使いのレベルに見合っていないのが、ティラの存在感からヒシヒシと伝わってくる。

 それでも、反抗期の気配は皆無だよ。やっぱり、懐き度って重要なんだろうね。

 今後もいっぱいモフモフして、可愛がってあげよう。

 

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