第123話 メインヒロイン

 

 ──バリィさんの過去の記憶から、私自身の現在に、意識が戻ってきた。

 長々とした回想に思えたけど、実際に過ぎていた時間は一瞬だったよ。

 バリィさんの記憶を覗き見ることが出来たのは、私が彼との間にある絆を感じ取ったから……だと思う。記憶が逆流してきた、的なやつね。


 なんにしても、この絆を育めば、二人で複合技を使うことが出来る。その確信があるのに、時間の猶予がない。

 シャチの艦隊は無数の砲身を動かして、もう私たちに狙いを定めているんだ。


 可及的速やかに、バリィさんとの絆を育みたい。でも、そんな方法は──あっ、一つだけ思い付いた!!


「バリィさんっ!! いきますよ!!」


「こ、今度はなん──ッ!? んんんッ!?」


 私は【再生の祈り】を使いながら、バリィさんの唇に、自分の唇を重ね合わせた。もうね、これ以上ないほどの、絆の育み方でしょ。

 私もバリィさんも、これがファーストキスだよ。彼の脳髄には、『アーシャが俺のメインヒロインなんだ!』って、刷り込まれたに違いない。


 女神アーシャは私たちの様子を見て、腕組みしながら頻りに頷いている。

 その表情はまるで、『ようやっとる』と上から目線で感心しているみたいだ。


 それから、彼女は私の身体に重なり、自分もバリィさんと唇を重ね合わせて──


「今ですっ!! 結界を張ってください!!」


「──ッ、ハハッ、ハハハハハッ!! これがっ、複合技を使う感覚かッ!!」


 初めてのチューを終わらせたバリィさんは、歓喜に打ち震えながら片手を掲げて、とても大きな結界を張った。

 この海域に散っている全ての兵士たち。彼らを余すことなく守るための、特別な【対魔結界】だよ。


 結界が大きすぎるから、枚数は一枚だけ。これでもう、バリィさんの魔力は底が尽きそうになっている。

 二枚目はないけど、この一枚で十分かな。結界は【再生の祈り】と複合して、神々しい光を纏っているんだ。こんなの、勝利の確定演出でしょ。


「ふぅ……。間に合ってよかった……」


 私が安堵したタイミングで、シャチの艦隊の総攻撃が始まる。

 四方八方から押し寄せてくる水と氷の弾幕が、怒濤の勢いで結界に直撃したよ。

 すぐにあちこちで結界が軋み、どんどん罅が入っていく。でも、罅が入った部分は、即座に自動で修復される。延々とその繰り返しだね。


 【再生の祈り】+【対魔結界】の複合技だから、『女神の結界』とでも名付けようかな。

 これは、再生効果が付与されている【対魔結界】で、多分だけど一点突破の途轍もない攻撃は防げない。例えば、ドラゴンが吐き出す業火とか。

 でも、シャチの弾幕なら、無限に押し寄せてきても大丈夫そう。


 シャチが使っている魔法は、下級、中級とは思えないほど、一つ一つの威力が高い。それでも、マジックアイテム込みの上級魔法に、匹敵するほどではないよ。

 無論、弾幕全体で見れば、上級魔法を軽々と超えている。

 しかし、その威力を一点に集中させられない以上、女神の結界の再生力を上回ることは出来ない。

 この光景を見て、ツヴァイス殿下が呆然としながら呟く。


「これは……奇跡か……?」


「ブヒィ!! 殿下っ、ぼうっとしている場合ではありませんぞ!! 早急に兵士たちを集めねば!!」


「そ、そうでした!! 皆の者っ、散っている兵士たちの回収を急ぎなさい!! 装備は捨てて、迅速に行動するのです!!」


 ライトン侯爵に叱咤されて、ツヴァイス殿下はみんなに指示を出した。

 私の【土壁】を小舟にしている兵士たちが、息を切らせながら回収作業へと向かう。思った以上に、体力を使い果たした人が多いから、ちょっと時間が掛かりそうだよ。


「あらぁん!? 殿下っ、あそこを見てよん!! あれって、シャチのドロップアイテムじゃないのかしらん!?」


 突然、カマーマさんが大声を上げて、先ほどまでシャチの死体が浮かんでいた場所を指差した。

 いつの間にか、死体が消えていて、そこには紅色混じりの黄金の宝箱が浮かんでいる。


「──ッ!? か、回収してください!!」


「合点承知よんッ!!」


 ツヴァイス殿下は目を見開いて、慌てながらカマーマさんに回収を命じた。

 私はその様子を横目に、スキル【感覚共有】を使って、お留守番中のスラ丸二号に指示を出す。


「スラ丸二号っ、表通りに出て!! 人を沢山移動させるから!!」



 ──しばらくして、兵士と宝箱の回収が終わった。女神の結界は、きちんとシャチの弾幕を防ぎ続けているよ。

 スラ丸一号と二号に、【転移門】を使って貰って、私たちは退路を確保する。


 流水海域の第六階層と、私のお店の前にある表通りが、直接繋がったんだ。

 門の向こう側に広がっている日常の風景。それを眺めていると、安心して涙が零れそうだよ……。私、無事に帰れるんだね……。


「慌てずに通れよ!! 結界はまだまだ持つからな!!」


 バリィさんが軽快な声を掛けながら、兵士たちを誘導している。

 こうして、全ての兵士たちの撤退を見届けた後、私たちも【転移門】を潜って生還した。

 最後に、硝子のペンを使って魔法陣を描き、スラ丸一号を私のもとに召喚する。


「──よしっ、これで終わり!!」


 表通りに突然、這う這うの体の軍団が現れたものだから、周囲は騒然としている。

 でも、そんなことはお構いなしに、みんなが生還の喜びを爆発させた。


「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」


 ツヴァイス殿下は王族としての体面を気にする余裕もなく、へたり込んで宝箱に寄り掛かる。


「ははは……。まさか、あの状況から生き残るとは……」


「ブヒィ……。吾輩、もう冒険はこりごりですぞ……。でもまあ、リリアへの良い土産話が、出来ましたなぁ……」


 ライトン侯爵は疲れ果てて、一回り痩せてしまった。

 もっと痩せれば、渋い感じのイケメンおじさんになると思う。


「あちきのバリィちゃんの唇が、メスガキちゃんに奪われて……っ、憤死しそうになったけど!! 今回ばかりは、許してあげるわねん!! ついでに、ご褒美のハグもしてあげちゃう!!」


 カマーマさんは私を抱き締めて、竜巻でも起こすんじゃないかという勢いで、ぐるんぐるんと回転し始めた。

 むさ苦しいし、汗臭いし、酔いそうだし、背骨が折れそうだし、これは紛れもなく罰ゲームだよね……。

 私がゲンナリしていると、バリィさんが救出してくれたよ。


「カマーマのおっさん、やめてやってくれ。相棒は今回の、最大の功労者だぞ。もっと労わってやらないと」


 バリィさんはそう言いながら、どこか熱が籠っている様子で、私を抱き寄せた。……なんか、彼氏面されている気がしてならない。

 夫婦だなんだと言いましたけど、本気じゃありませんからね?

 あれは、窮地を乗り越えるための方便ですよ?


 あんな状況のキスは、人工呼吸みたいなものだから、ハッキリ言ってノーカンなんだ。きちんと忘れてください。

 言外にそう伝えるべく、バリィさんの手を引っぺがして、私はそそくさと彼から距離を取った。


「…………」


 物凄く悲しそうな顔をされたけど、諦めて貰いたい。

 だって、私がバリィさんの守備範囲に入るのは、十五年後でしょ?

 その頃には、バリィさんって……アラフォーだよね。


 夫婦生活を三十年くらい続けたら、もう私がバリィさんを介護しないといけなくなるかも……。うん、そんなの嫌だよ。

 彼を若返らせるという手もあるけど、それは明かすつもりがない秘密だから、考慮しないことにする。


 それにね、私は十代の甘酸っぱい青春にも、大きな憧れがあるの。

 私の前世の学生時代って、かなり地味だったから……。あんまり目立たない真面目ちゃんグループの一員で、恋愛とは無縁の生活を送っていたんだ。

 バリィさんとお付き合いするとなると、彼の守備範囲に私が入るまで、恋愛はお預けということになる。やだやだ。そんなの絶対に嫌だ。


 ──閑話休題。

 一休みしてから、みんなが落ち着きを取り戻したところで、私たちは侯爵家のお屋敷へと向かう。

 その道中、バリィさんがツヴァイス殿下に、ふとした疑問を投げ掛けた。


「なぁ、殿下。今回の遠征は失敗なのか? それとも成功なのか?」


「それは、宝箱の中身次第ですね……。願わくば、例のものが入っていれば良いのですが……」


 現在、バリィさんが【移動結界】を使って、厳重に護送している宝箱。これの大きさは、なんとニメートルもある。

 さぞや素晴らしいものが、入っているんだろうね……。

 これのために、大勢の兵士が命を失ったんだ。その事実が胸の痞えになって、ワクワク感が微塵も湧いてこないよ。


「例のものって、鍵のことよねん?」


 カマーマさんの問い掛けに、ツヴァイス殿下は神妙な顔付きで頷く。


「ええ、極大魔法の鍵です。ワタシの先祖が、それを使って大戦で勝利したことで、力の象徴として知られるようになりました」


 その鍵は、求心力であり、抑止力であり、殲滅力だとか。

 昔の王族が使った鍵も、流水海域の裏ボスを倒して入手したものだよ。

 私はこの話を聞いて、『そういえば……』と呟き、小首を傾げながら疑問を口にする。


「もしかして、シャチが合計で十三匹も出現することって、記録に残っていたんですか?」


「いいえ、当時の記録によると、出現したシャチの数は、一匹だけだったそうです」


 ツヴァイス殿下の話を聞いて、それはそうかと納得した。十三匹も出現するって、事前に分かっていたら、流石に挑まないよね。

 もしかしたら、裏ボスは一度攻略すると、次回から難易度が跳ね上がるのかもしれない。

 みんながそう推測して、この情報は後世に残すことになった。


 とは言え、私が何かをする訳じゃないよ。ツヴァイス殿下とかライトン侯爵が、資料を書き残してくれると思う。

 そんな会話をしている間に、私たちは侯爵家のお屋敷へと到着した。

 宝箱はお屋敷の中に運び込まれて、厳戒態勢で中身の確認を行うみたい。


「それじゃあ、私はここで──」


 お暇しようかな。と思ったけど、バリィさんに呼び止められる。


「相棒、どこに行くんだ? ここからが、一番美味しいところだぞ」


 いや、美味しいところって言われても、私が貰えるものじゃないし……。

 まぁ、ダンジョン産の最高峰のお宝だろうから、見てみたい気はするけどね。


「ええっと、私も立ち会っていいんですか?」


 私はバリィさんではなく、最上位者のツヴァイス殿下にお伺いを立てた。

 すると、彼は深々と頷いて、とんでもないことを言い出す。


「勿論です。アーシャさんの活躍を鑑みれば、恩賞を渡さなければなりません。冒険者風に言うのであれば、分け前ですね。宝箱の中身次第ですが、鍵以外に何か入っていれば、その中から一つ、お譲りしましょう」



 …………えっ? シャチのドロップアイテム、私も貰えるの?


 

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