第122話 バリィ=ウォーカー
バリィさんと複合技を使うべく、なんとか心を通わせようとしていると──不意に、此処ではない何処かの風景が、目の前に広がった。
そこは、古びた石造りの室内で、必要最低限のボロっちい家具が置いてある一人部屋だよ。
うーん……。うん、見覚えがある。この建物は私が育った孤児院で、この部屋はマリアさんの自室だね。
一人称視点。私は泣きべそを掻きながら、ぼやける視界で誰かを見上げていた。
『こらっ、そんなに泣くんじゃないよ。あんたも男なら、歯を食いしばって、しゃんとしな』
目の前に立っているのは、マリアさんだ。けど、私が知っている彼女よりも、その姿は二十歳くらい若く見える。
『マリアさん……。おれ、怖いんだ……。誰かを傷付けたり、誰かに傷付けられたり、そんなの嫌だよ……。おれに冒険者なんて、やっぱり無理だと思う……』
私の口が勝手に動いて、幼い少年の泣き言が零れ落ちた。
……なんとなく、理解出来たよ。これは私の身体じゃないし、私の記憶でもないんだ。
マリアさんはやれやれと頭を振って、小さく苦笑する。
『まったく、バリィはいつまで経っても、鼻たれ小僧のままだねぇ……』
どうやら、私はバリィさんの視点で、彼の過去を覗き見しているらしい。
マリアさんはバリィさんの涙と鼻水を拭って、彼の頭をギュッと抱き締めた。
これは、バリィさんが孤児院を卒業する直前の記憶だよ。
──風景が切り替わり、歳月が進む。
バリィさんは十歳くらいの子供たちと、酒場のテーブルを囲んで話し合っていた。男女合わせて合計六人で、みんな冒険者っぽい恰好をしている。
彼らと目線の高さが同じくらいだから、バリィさんも十歳前後かな。
『バリィっ、お前をパーティーから追放する!!』
バリィさんの仲間と思しき少年が、いきなり酷いことを言い出した。
当然、バリィさんは面を食らって、少し泣きそうになりながら声を荒げる。
『なっ、ど、どうしてだよ!? 俺がなんか、悪いことでもしたか!?』
『お前の存在そのものが悪いんだよ!! 結界師なんて守るばっかりで、攻撃出来ないゴミ職業じゃねーか!!』
他の仲間たちも、口々にバリィさんへの不満をぶつけて、満場一致で彼の追放が決まった。
まぁ、若い人はイケイケだからね……。
平均年齢が低めの冒険者パーティーって、攻めて攻めて攻めまくるスタイルが基本なんだ。
バリィさんは泣きべそを掻いて、鼻水を垂らしながら酒場を後にした。
パーティーの中には、彼が思いを寄せる女の子もいたのに、きちんと他の少年に奪われている。泣きっ面に蜂だね。
……憐れだ。とてもじゃないけど、未来の金級冒険者だとは思えない。
バリィさんは新しいパーティーを探したけど、子供の結界師は人気がなくて、どこにも入れて貰えなかった。
結局、彼は自暴自棄になって、ソロで流水海域に挑み始めたよ。
この頃の彼に、転職するためのお金なんて、ある訳がない。だから、職業は結界師のままだ。
第一階層にて、ペンギンと子供アザラシの襲撃を受けたけど、結界のおかげで無傷だった。
しかし、敵を倒すための手段がないから、硬直状態に陥り──そこに別の襲撃が重なって、大量のペンギンと子供アザラシに囲まれてしまう。
『クソっ、不味い……!! このままじゃ……!!』
『可愛い坊やのピンチにいいいいぃぃぃぃ──ッ!! あちきっ、参上ッ!!』
バリィさんの窮地を救ってくれたのは、若かりし頃のカマーマさんだった。
二十年くらい前のカマーマさんだけど、この頃から身長が三メートル近くもあったみたい。
しかも、厚化粧+ピンク色の逆立った髪という、アバンギャルドなチャームポイントもそのままだよ。
『新手か!? こんな魔物っ、見たことないぞ……!?』
『あちきは魔物じゃないわよん!! 失礼な坊やねぇ……っ!! 後でお尻ペンペンしちゃうんだからっ!!』
カマーマさんは瞬く間に、ペンギンと子供アザラシを殴殺して、バリィさんを助け出した。
この後、二人はなんだかんだで意気投合して、師弟関係を結ぶことになる。
……あ、ちなみに、お尻ペンペンは本当に実行されたよ。
──次々と風景が切り替わり、バリィさんの半生が垣間見えた。
カマーマさんから様々な戦い方を学び、危険極まりない修羅場に連れ回されて、彼はぐんぐん成長していく。
そうして、数年も経つと、鼻たれ小僧のバリィさんは完全に鳴りを潜めて、戦闘狂のバリィさんが爆誕していた。
死線の先に成長があって、成長した力を試すために死線へ飛び込み、そこで更なる成長を遂げると、再び死線へ飛び込む。
好循環と言うべきか、悪循環と言うべきか、ちょっと微妙なところだけど……なんにしても、彼は強くなった。
『カマ兄、俺はそろそろ、一人で行動させて貰う。世話になったな』
『あらぁん……。寂しくなるわねぇ……』
カマーマさんと一緒にいると、死線の数が減ってしまう。
そう感じたとき、バリィさんは独り立ちすることを決めた。
その後、彼はソロの冒険者として、様々な未知に挑んでいく。
攻撃力の不足は道具で補い、基本的には毒を使うことが多かったみたい。
──更に数年が経過すると、バリィさんは国内でも有数の結界師になっていた。
この頃には、お金持ちの商人や貴族から、依頼が舞い込む立場になっていたよ。
『バリィ、お前は今日から、金級冒険者だ』
熊のように毛むくじゃらな大男、冒険者ギルドのマスターにそう言われて、バリィさんはなんの気負いもせずに頷く。
『あいよ、精々頑張らせて貰うさ』
金級冒険者という高みに至ったのに、バリィさんは全然喜んでいなかった。
そこを目指していた訳ではなく、勝手に辿り着いた……と、そんな感じだよ。
丁度そのとき、年若い冒険者パーティーが、銀級に昇格したことで大はしゃぎしていた。
その光景を眺めて、バリィさんは漠然と理解する。
喜びや達成感を分かち合う仲間の有無が、自分と彼らの違いなのかもしれない。
『なぁ、ギルマス。俺が十歳くらいのときに、パーティーを組んでいた奴ら、今は何やってんのか分かるか?』
バリィさんはなんの気なしに、昔の仲間たちの顔が見たくなった。
パーティーを追放されたけど、恨み辛みなんて一切残っていない。
この時点で、もう十年以上も昔の出来事になっているから、色々な感情が風化してしまった。今なら全部、笑い話にして、一緒に酒でも飲める気がする。
──金級冒険者になったから、一杯奢ってやるよって、少し得意げに言ってやるんだ。
そうしたらさ、それは凄いなって、言って貰えるかもしれない。
その一言だけで、きっと俺は喜べる。
『──あいつらなら、とっくの昔に死んじまったぞ。言ってなかったか?』
ギルドマスターの言葉を聞いても、大きなショックは受けなかった。
まあ、そういうこともあるかと、すんなり納得出来た。
……でも、少しだけ、寂しいなって、そう思ったんだ。
──風景が切り替わり、バリィさんは冒険者ギルドの掲示板の前に立っていた。
そこには、色々な依頼書が貼り出されている。ざっと見渡したときに、彼の目が惹き付けられたのは、マリアさんからの依頼書だったよ。
闇市へ連れて行って貰いたい。報酬は銀貨二十枚。
『マリアさん、俺のこと覚えてっかな……? いや、流石に忘れちまったか……』
別に、忘れていても構わない。恩返しになるから、この依頼を引き受けよう。
……ああ、そっか。こうして、私とバリィさんは出会ったんだ。
か細い縁が、確かに繋がった。そこから、私は彼の大冒険の一端に触れて、少しだけ絆が強くなった。──でも、まだまだ足りていない。
バリィ=ウォーカーという人物を主人公にした物語の中で、ほんの一幕を飾った程度のヒロイン。それが、私ことアーシャだよ。
この程度の絆で、お互いのスキルを合わせることなんて、どう足掻いても出来そうにない。
私はまだ、彼にとってのメインヒロインに、なれていないんだ。
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