第121話 相棒

 

 普通のシャチは群れる生物だけど、五百メートル級のシャチが群れるのは、どう考えても許されないと思う。

 この戦場にいる全員が、自分たちの命は風前の灯火なのだと、心の底から理解してしまった。


 絶体絶命の状況で、これから一体どうするのか、私がみんなの様子を窺っていると、


「殿下っ、申し訳ございません!! 先の弾幕で、ゲートスライムを失いました……っ!! これでは、逃げ道が……」


 魔物使いと思しき兵士の一人が、そんな報告をしてきた。

 ツヴァイス殿下は、ゲートスライムへの進化条件を知っているから、きちんと連れて来ていたみたい。

 でも、死んでしまったとか……。大丈夫、まだ退路は断たれていないよ。

 私はリュックからスラ丸を出して、みんなに見えるように掲げる。


「皆さんっ、逃げましょう!! 私のスラ丸はゲートスライムだからっ、逃げられますよ!!」


 これで、みんなが安堵すると思ったんだけど……なんだか、反応が芳しくない。

 その理由は、すぐに察することが出来た。

 ツヴァイス殿下や兵士たちが、表情を曇らせながら周辺を見渡しているんだ。

 彼らの視線の先には、散り散りになっている人たちが、大勢浮かんでいた。怪我は治っているけど、大半の人は距離が遠すぎる。


「全員を逃がすには、時間が足りませんね……。逃げられる者たちだけで、逃げてください。ワタシはここに残ります」


 ツヴァイス殿下の言葉を聞いて、私たちはギョッとした。

 バリィさんが彼に詰め寄って、今にも掴み掛りそうな気勢で声を荒げる。


「待て待てっ、どうしてそうなるんだ!? 自分の命の重さを忘れちまったのか!?」


「裏ボス攻略が失敗して、この軍団を失うとなると、ワタシに帰る場所はありませんよ。せめて、死地に付き合わせてしまった兵士たちと、最期を共にさせて貰います」


 ツヴァイス殿下は今回の失敗で、王位継承争いに負けてしまう。

 そうなれば、王様になったアインス殿下に、必ず殺されるんだって。


 そんな話を聞かされて、バリィさんは苦虫を噛み潰したような顔になった。

 でも、すぐにフッと力を抜いて、小さく苦笑する。


「まあ、しゃーないな。護衛対象だけを死なせるなんて、結界師の名折れだ。俺も残らせて貰うぞ」


「バリィさん!? 残るって、絶対に死んじゃいますよ!?」


「なぁに、やってみないと分からないさ。嬢ちゃんは逃げてくれ、ここでお別れだ」


 今までずっと『相棒』呼びだったのに、今更『嬢ちゃん』呼びに戻すなんて……そんなの、泣いちゃうから、やめてよ……。


「あはぁん! バリィちゃんが残るんなら、あちきも残らせて貰うわねん! まだまだ、拳を振るい足りなかったところなのよん!!」


 シャチの腹部の上から戻ってきたカマーマさんまで、この場に残ると言い出してしまった。

 ……無理だ。みんな凄い人たちだけど、これは勝てる戦いじゃない。

 どうしよう、どうしようって、私が焦っている間にも、シャチの艦隊はどんどん包囲網を狭めていく。


「ツヴァイス殿下は……その、生き残っている人たちが、全員帰還出来たら、一緒に帰還してくれますか……?」


「え、ええ、勿論そうしますよ。一人で死ぬ意味はないので」


 私が確認を取ると、ツヴァイス殿下は素直に肯定してくれた。


「それなら──」


 一つ、思い付いたことがある。

 成功する確証なんて、どこにもないけど……やらないといけない。

 私はバリィさんの身体によじ登って、彼と目線を合わせた。


「ど、どうした? 嬢ちゃんはさっさと、逃げてくれって」


「嬢ちゃんじゃなくてっ、相棒です!! バリィさんっ、複合技を使いましょう!!」


 私が自分の思い付きの一端を伝えると、バリィさんは訝しげに眉を寄せながら、小さく頭を振る。


「いや、それは練習しているが、全然使えなくてな……? そもそも、俺が持っているスキルのどんな組み合わせでも、この状況を打開するのは厳しいぞ」


「バリィさんが一人で複合技を使うんじゃありません!! 私とバリィさんのスキルを複合させるんですよ!! この窮地を脱するには、それしかありません!!」


 【再生の祈り】+【土壁】で、ドラゴンの攻撃を防げるほどの壁を作ることが出来たんだ。

 それなら、【土壁】のところをバリィさんの【対魔結界】に入れ替えれば、シャチの弾幕から周辺一帯を守れる結界が、作れるかもしれない。

 この試みが成功すれば、後は散り散りになっている兵士たちを回収して、悠々とスラ丸の【転移門】で帰還出来る。


「いやいやいやっ、他人のスキルとの複合技なんて、聞いたことないぞ!? 俺一人でも出来ないのに、そんなこと出来る訳ないだろ!?」


「出来る、出来ないの話はしていません!! やるんですッ!! 今っ、ここでっ、やるんですよッ!!」


「んな滅茶苦茶なッ!?」


 女神アーシャはバリィさんに対して、投げキッスを飛ばしたことがある。

 他の誰にもしたことがないのに、彼にだけ特別な演出を見せてくれたんだ。

 だから、きっと女神アーシャは、バリィさんのことを気に入っているはず……。


 そんな訳で、【再生の祈り】であれば、出来るかもしれない。バリィさんのスキルとの、複合技がね。


「私たちは一心同体っ、それこそ──夫婦のように!!」


「ふ、夫婦ぅ……!? 相棒はまだ子供だし、守備範囲外なんだが……」


「十五年後くらいの私と、家庭を持つことを想像してください!!」


「マジかよ……。まあ、それなら……全然ありだな……」


 合意が得られたところで、私たちはお互いの心音に意識を向け合った。


 ……魔物使いは従魔との間に、目に見えない繋がりを持っている。だから、絆という形のないものを感じ取れるんだ。

 バリィさんは従魔じゃないし、魔物でもないけど、きっと大丈夫……。


 目を瞑り、意識を研ぎ澄ませれば、心と心の間にあるものが、必ず感じ取れる……!!


 そう信じ込んで、探せ、感じろ、繋げ!


「バリィさんっ!! もっと私に心を寄せてください!!」


「そ、そんなこと言われても、どうすればいいんだ……?」


「思い浮かべればいいんですよ! 私たちは一緒に暮らして、一緒に子育てをして、一緒に歳を取って、一緒に孫の顔を見て、一緒に死ぬんです! それならっ、一緒にスキルを使って合わせるくらい、出来て当然ですよね!?」


 バリィさんは困惑しながらも、私の言う通りに想像してくれた。

 その間にも、シャチの艦隊は十二匹が連なって、私たちを囲いながら旋回し始める。

 既に死んだ一匹目のように、不用意に近づいてくる様子はない。

 一切の油断も隙も排して、四方八方からの長射程で、弾幕を浴びせる準備を整えているんだ。

 

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