第120話 おかわり
──ハッと目が覚めると、私は現実世界でも、ティラの背中の上に乗っていた。
進化したティラは体長が四メートルくらいになっていて、モフモフで黒い体毛の所々に、濃いめの青い筋が入っているよ。
どんなスキルを取得したのか、とっても気になるけど、ステホで調べている余裕はない。
どうやら、私が意識を失っていたのは、ほんの一瞬の出来事だったみたい。
【再生の祈り】のおかげで、左腕は既に完治している。問題があるとすれば、未だに弾幕に曝されていることだけど、
「ティラっ、やるよ!!」
「ワンっ!!」
氷の舞台の残骸が、無数に宙を舞っている。ティラはそれを足場にしながら移動して、弾幕を器用に避け始めた。
進化したことで身体は大きくなったけど、明らかに敏捷性が増している。
それと、一瞬で風景が切り替わることがあるから、スキル【加速】を取得しているっぽい。
私のスキル【風纏脚】もあるし、足場がなくならない限りは、弾幕を回避し続けることが出来そうだよ。
問題は、足場も弾幕に曝されているから、次々と粉々になっていくことだね。
ティラはまだ、宙を踏みしめて移動するのが得意じゃないので、このままだと不味い。
「スラ丸っ、ペンを出して!!」
私はリュックの中に手を突っ込んで、スラ丸から硝子のペンを受け取った。
これを使って、空中のあちこちに魔法陣を描き殴っていく。これは、ティラを召喚するためのものだ。
速筆+拡大の効果があるから、ティラが弾幕の隙間を見つけて速度を緩めたときに、辛うじて描くことが出来たよ。
──合計で十二の魔法陣を描き終えた頃には、いよいよ足場がなくなっていた。
私は全身の力を抜いて、ティラに身を委ねる。ここから先は、全て任せるしかない。
ティラは弾幕を見切りながら、器用に私の身体を口先で咥えて、ぽーんと投げ飛ばした。生きた心地がしないけど、もうどうにでもなれ。
私の身体が向かう先には魔法陣があって、ティラはそこから召喚されることで先回りする。
そして、見事に私をキャッチしてくれたよ。
私が使うスキル【従魔召喚】には、召喚直後の従魔の能力を短時間だけ上げてくれるという、特殊効果が追加されているんだ。これによって、ティラが更に素早くなった。
自由落下が始まると、ティラは私を別の魔法陣がある場所まで投げ飛ばして、再び召喚されることで先回りし、きちんと私をキャッチする。
この繰り返しによって、私たちは弾幕を避けながら空中に留まるという、曲芸染みた荒業を披露した。
これはティラが凄いだけで、私はされるがままだね。お手玉に使われる玉の気分を味わっているよ。
こんな状況だからこそ、努めて冷静に戦況を観察してみる。
軍団は半壊状態で、生存者は弾幕の範囲外に逃れ、海を泳いでいた。
カマーマさんとツヴァイス殿下も、逃げ延びることが出来たみたい。私もそっち側に逃げたいけど、足場がないから難しい。
バリィさんの姿を探してみると、彼はライトン侯爵と一緒に、弾幕の中で身動きが取れなくなっていた。
七重の【対魔結界】で、なんとか持ち堪えているけど、【移動結界】に切り替える余裕は全くなさそう。
まぁ、ライトン侯爵を助けられたのなら、一先ずはよかった。
「「「…………」」」
みんな、私とティラがやっていることを凝視して、あんぐりと口を開けている。
自分でも信じ難いことをやっている自覚はあるけど、今は驚いている場合じゃないよ。早いところ、現状を打開するための手段を考えて貰いたい。
切実にそう願っていると、シャチが海底から浮上してきた。多分、息継ぎのタイミングだと思う。魔物でも、シャチだから肺呼吸なんだ。
シャチは頭部を三割ほど失っていて、巨大な脳味噌の一部が剥き出しになっている。夥しい量の血を流しているから、死ぬのは時間の問題かもしれない。
「──ハッ!? ライトン侯爵!! もう一発ぶっ放せるか!?」
「ブヒィッ!? ま、魔力に余裕はあるが……っ、再び動きを止めて貰わねば、厳しいと言わざるを得ん……!!」
我に返ったバリィさんの問い掛けに、ライトン侯爵はブルブルと頬の肉を揺らして、大きく頭を振った。
シャチは明らかに、ライトン侯爵を最大の脅威として見定めているから、弾幕が常に彼へと向けられているんだ。
そんな訳で、ツヴァイス殿下の上級魔法で麻痺させるところから、やり直して──と思ったけど、カマーマさんが動き出した。
「隙を見せたわねぇッ!! 満を持してっ、あちきの出番よん!!」
彼女は宙を駆けて、弾幕の範囲外からシャチに肉薄し、ぐちゃぐちゃになっている頭部へと突っ込んだ。
それから、剥き出しの脳味噌に対して、【強打】+【十連打】の複合技を連続で叩き込む。
シャチは超音波みたいな悲鳴を上げながら、背中の砲身を滅茶苦茶に動かした。
これで、狙いが付けられない状態となり、弾幕が薄くなったよ。
バリィさんは透かさず、【移動結界】に切り替えて、私とティラを回収してからツヴァイス殿下と合流する。
「相棒っ、すまん!! 助けが遅れちまった!!」
バリィさんに謝られたけど、こればっかりは仕方ないよ。
助けるべき人の優先順位は、私よりもツヴァイス殿下とライトン侯爵の方が、遥かに上だからね。戦力的にも、立場的にも。
「いえっ、気にしないでください! それよりもっ、シャチの魔法を封じられないんですか!? そんな感じのことが出来る結界っ、ありましたよね!?」
「ああ、【消音結界】か……!! あれは魔力の消耗が激しいから、シャチを閉じ込められるような大きさには出来ないぞ!」
起死回生の一手に、なるかと思ったんだけど……残念。強力な結界だから、相応に消耗するらしい。
ここで一つ、殿下から私に要請があった。
「アーシャさん! 魔力に余裕があれば、【土壁】をお願いします! 海に浮かべて、足場を用意してください!」
「あっ、了解です! 任せてください!」
地面がない場所で【土壁】を出すと、魔力の消耗が激しくなる。
それでも、私は【魔力共有】を使って、店番をしている従魔たちから魔力を貰い、結構な数の【土壁】を浮かべることが出来た。
生き残っている兵士たちが、そこに乗って体勢を立て直していく。
とは言え、大半の兵士が散り散りになって、周辺を漂っているから、立て直せたのは全体の二割程度だよ。
重軽傷者が多くて、死屍累々の惨状が広がっている。今こそ、女神球を使ってあげたいけど……それをすると、シャチまで回復しちゃうよね……。
「カマーマのおっさんが、このまま倒してくれると助かるが……」
「ええ、同意します。しかし、希望的観測に縋るのは愚策でしょう。ライトン侯爵、もう一働きしてください」
バリィさんの期待をツヴァイス殿下が一蹴して、すぐに次の一手を打とうとする。
「ブヒヒッ、今すぐ逃げ出したいところですが、吾輩も腹を括りますぞ……!!」
ライトン侯爵は小鹿みたいに足を震わせながらも、【破壊光線】を撃てる体勢を整えた。
この間にも、カマーマさんが野太い雄叫びを上げながら、シャチの脳味噌を殴りまくっている。
「ゴオオオオオォォォラアアアアアアアアアアァァァァ──ッ!!」
脳味噌に負ったダメージがシャチの正気を失わせて、激しく身体を捩ったり、奇怪な悲鳴を上げたり、滅茶苦茶な方向に弾幕を飛ばしたりと、異常な行動を取らせているよ。
シャチが海の中に潜っても、カマーマさんは必死に食らいついて、脳味噌に拳を叩き込み続けた。
隙を見て、ツヴァイス殿下やライトン侯爵、それに兵士たちも、シャチに対して総攻撃を行い、頭部以外の場所にもダメージを蓄積させていく。
「出し惜しみするなッ!! ここで全てを使い切れッ!!」
ツヴァイス殿下の号令に従って、みんなが全力の攻撃を繰り出し──その甲斐があって、シャチは遂に、生命活動を停止した。
「これがあああああああああッ!! オカマの拳よおおおおおおおおおん!!」
仰向けに引っ繰り返って、海に沈んでいくシャチ。その腹部の上で、カマーマさんが勝利のマッスルポーズを取った。
「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
生き残っている兵士たちの大歓声が、青空を突き抜けるように響き渡ったよ。
折角だから、私もこれに便乗させて貰う。うおー!
バリィさん、ツヴァイス殿下、ライトン侯爵も、ホッと胸を撫で下ろして、お互いの健闘を称え合った。
それから、ツヴァイス殿下が自分のローブの中に私を隠して、こっそりと耳打ちしてくる。
「アーシャさん、女神球をお願いします。可能な限り、広範囲を照らしてください」
「わ、分かりました……!!」
私はツヴァイス殿下のローブの中に、幾つかの女神球を残して、一足先に外へ出た。
そして、殿下は周囲の注目を浴びていないことを確かめた後、ローブの内側から女神球を解き放つ。
「これは、ワタシが持っていた秘蔵のマジックアイテムだ!! 案ずるな!! 害を及ぼすことはない!!」
ツヴァイス殿下の言葉を聞いて、兵士たちはぽかんとしながら、上空へ昇っていく女神球を見つめた。
彼らが女神球の神々しい光に照らし出されると、ありとあらゆる怪我が瞬く間に治り、欠損部位まで再生したよ。これだけで、千人以上の兵士の命を救ったかもしれない。
『ツヴァイス殿下っ、万歳!!』と、あちこちから歓声が上がり、私たちは再び大歓声に包まれた。
事前に話し合っていた通り、私の功績じゃなくて殿下の功績になったけど、惜しむ気持ちは全然湧いてこない。
「ふぃー……。疲れたなぁ……」
私は自前の【土壁】の上で寝転び、全身を弛緩させた。
目を瞑り、みんなの歓声に耳を傾けながら、心地よい微睡に浸っていると──
一つ、また一つと、歓声の数が減っていく。
そうして、どういう訳か、あっという間に静寂が訪れた。
「クゥン……。クゥン……」
ティラが酷く怯えながら、喉を鳴らしている。
生きることを諦めず、あの弾幕にも勇敢に立ち向かったティラが、身体を震わせているんだ。
嫌な予感に駆り立てられて、私の頭の中で警鐘が鳴り始めた。
心臓の鼓動が激しくなって、冷や汗が止まらなくなる。
状況を確認するのが、物凄く怖い……。それでも、確認しない訳にはいかないから、私は目を開けて、自分の足で立ち上がった。
バリィさんが、東を向いている。
カマーマさんが、西を向いている。
ライトン侯爵が、南を向いている。
ツヴァイス殿下が、北を向いている。
「は、はは……。そんな……嘘、だよね……?」
私が周辺を見渡して、目撃してしまった光景は、この場にいる全員の死を確信させるのに、十分すぎるものだった。
東の海域から、三匹。
西の海域から、三匹。
南の海域から、三匹。
北の海域から、三匹。
『海上航行決戦兵器・シャチ』──合計十二匹が、こちらへと向かってくる。
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