第116話 運命の日
──裏ボス攻略の決行日。
今日は朝から快晴で、なんだが幸運が味方しているように思えた。
私は家を出る前に、タクミの【宝物生成】で今日の運勢を占う。
すると、タクミの口から、一本の硝子のペンが出てきたよ。手に取ると、じんわりと私の魔力がペン先に流れていく。
「もしかして、マジックアイテム……?」
ワクワクしながらステホで撮影してみると、『魔女のお絵描き道具』という名前のマジックアイテムだと判明した。
これは、何もない宙に魔法陣を描ける代物で、描いたものは数分で消えるらしい。
インクを用意しなくても、私の魔力を注ぎ込めば機能するみたい。
しかも、速筆+拡大という効果のオマケ付きだよ。
前者は素早く魔法陣を描けるようになって、後者は描いた魔法陣を十倍まで拡大出来るようになる。
どちらの効果も、使うのにそこそこ魔力を消耗しちゃうけど、物凄く便利だね。
「ありがとうっ、タクミ! 今日の運勢は最高潮だよ!」
マジックアイテムが生成されるだけでも珍しいのに、それが私向きの装備となると、とんでもない幸運なんだ。
これで、【従魔召喚】をいつでもどこでも、使えるようになった。硝子のペンは見るからに脆いから、大切に扱おう。
私が上機嫌になっていると、後ろからミケが心配そうに声を掛けてくる。
「はにゃぁ……。ご主人、今日は大変にゃんでしょ……? ここで運を使って、大丈夫かにゃあ……?」
「ミケよ、余計なことを言うのは止すのじゃ。アーシャが見るからに、落ち込んでしもうたぞ」
ローズが言った通り、ミケの言葉は本当に余計だった。
私の今日の運は、硝子のペンを入手した段階で、使い切ってしまったのかもしれない……。一度そう思い込むと、テンションが急降下していく。
そんな私の様子を見兼ねて、タクミが申し訳なさそうに口をパカパカさせた。
「だ、大丈夫っ、タクミは全然悪くないよ! これは運試しで、運を使った訳じゃないから! それじゃあ、行ってきます!!」
私はミケの足を軽く踏ん付けてから、侯爵家のお屋敷へ向かって駆け出した。
あっちでバリィさんたちと合流して、そのまま軍団に守られながら、流水海域の最下層を目指すんだ。
私の決戦装備は、白色のブラウスと濃紺色のスカート、それから編み上げのロングブーツ。
上下の衣服には防刃+自動修復の効果が備わっていて、ロングブーツには落下速度低下+自動修復の効果が備わっている。
決戦装備という格好いい肩書を付けたけど、いつも通りの装備だよ。
マジックアイテムは五つまでしか装備出来ないから、残り二つ。
極寒の地である流水海域に挑むので、ルークスたちから貰ったスノウベアーのマントは外せない。
これには、寒冷耐性の効果が備わっているからね。
もう一つは……どうしようかな?
普段の私は、【光球】の持続時間を伸ばす装飾品を付けているんだけど、これがなくても三日間は持続するから、今回は必要ないと思う。
そうなると、タクミが生成してくれたペンを装備するとか?
まぁ、使う機会があるか分からないし、そのときがくるまでスラ丸の中に仕舞っておこう。
「スラ丸、ティラ、頑張ろうね!」
私が連れて行く従魔は、スラ丸とティラだけにした。
ブロ丸も同行させるべきか悩んだけど、流石に今回は実力不足だと判断したよ。
ティラみたいに影の中に潜める訳でもないし、スラ丸みたいに身体を小さく出来る訳でもない。そんなブロ丸は、ただの的になって無駄死にしそうなんだ……。
今現在、スラ丸は私のリュックの中に入っていて、ティラは私の影の中に潜んでいる。
そんな訳で、私は一人で街を出歩いているように見えるから、良からぬことを企んでいそうな人たちが、コソコソと忍び寄ってきた。
「グルルルル……ッ!!」
「「ひぃ……っ!?」」
ティラが影の中から顔を覗かせて威嚇すると、彼らは慌てて去って行ったよ。
私にはスラ丸の【転移門】だってあるし、もう街中の一人歩きは全然怖くない。
ふんす、と鼻を鳴らして、私は肩で風を切りながら大通りを歩き──しばらくして、侯爵家のお屋敷に到着した。
広々とした自然公園みたいな敷地内に、四千人という規模の軍団が整列している。
「あのぉ、ツヴァイス殿下と、待ち合わせをしているのですが……」
「子供……? すまないが、そういう悪戯に付き合っている暇はない。あっちへ行きなさい」
近くにいた兵士に声を掛けると、彼は呆れたような顔で、シッシッと私を追い払おうとした。
仕方ないから、ステホでバリィさんに連絡して、到着したことを伝えよう。そう考えて、私が自分の懐に手を伸ばしたところで、
「あらぁん!? そこにいるのはメスガキちゃんじゃないの! こんなところで、何をしているのかしらん?」
突然、後方から野太い声を掛けられた。
振り向くと、こちらに駆け寄ってくるオカマの姿を発見。ピンク色の長髪を垂直に逆立てたオカマだよ。
彼女は身長が三メートルもあって、濃ゆい厚化粧のギャルメイクかつ筋骨隆々という、余りにも鮮烈な個性を持っている。
防具はドぎついピンク色で、しかもラメ入りの鎧。武器は拳よりも二回り大きい黒鉄の籠手で、精一杯可愛く見えるように、デコレーションされている。
一目見たら、絶対に忘れない。忘れられない。そんなオカマの名前は──
「オカーマさん! 丁度良いところに!」
「あちきはカマーマよん!! それで、丁度良いって、なんのことかしらん?」
そう、カマーマさんだ。オカマのカマーマさん。つい省略してしまった。
「私、裏ボス攻略に同行するって、ツヴァイス殿下と約束しているのですが……」
「中に入れて貰えない、と? なるほどねぇ。そこの坊や、この子はあちきが連れて行くわ。いいわよねん?」
私が皆まで言わずとも、事情を察してくれたカマーマさん。彼女は私と話していた兵士の頬を撫でながら、耳元で囁いて許可を求めた。
「ひぃぃぃっ!? か、カマーマ様のお連れの方であればっ、なんの問題もありません……ッ!!」
兵士はすぐに許可を出して、道を開けてくれたよ。
カマーマさんが歩き出すと、屯していた他の兵士たちも一斉に退いたから、隣を歩く私まで悪目立ちしている。
直立不動の兵士たちに挟まれた道。そこを真っ直ぐ辿っていくと、ツヴァイス殿下とバリィさん、それからライトン侯爵の姿が見えた。
今日のツヴァイス殿下は、見るからに強そうなマジックアイテムで武装している。
青紫の魔石が嵌っているミスリルの長杖と、同様の魔石が嵌っている銀色の腕輪。落雷を圧縮して結晶化したような耳飾り。
極彩色の瞳孔を持つ、目玉みたいな代物があしらわれた首飾り。
微かに発光する紫色の糸で、稲妻の模様が縫い付けられた鉛色のローブ。
どれもこれも、具体的な効果は分からないけど、上級魔法を強化するためのマジックアイテムなんだろうね。
ライトン侯爵は相も変わらず、豪奢な服で着飾ったオークみたいな見た目をしている。
これでも、ニュートとスイミィ様の実の父親なんだから、遺伝子って不思議だなって思うよ。
彼は一振りの剣を佩いており、それは鞘に収まった状態でも、勇気を可視化したような光が溢れ出している。
それと、四本の指には見覚えのある指輪が嵌っていた。それらは私が持っているマジックアイテム、光る延長の指輪と同じ見た目だよ。
──先に集まっていたお三方は、位が高そうな騎士たちに守られている。その輪に私が加わるのは、場違い感が物凄い。
「アーシャさん、よくぞ来てくれました。貴方のご助力に、心から感謝します。ありがとう」
「い、いえっ! とんでもありません! 精一杯頑張る所存でしゅ──ッ、です!!」
ツヴァイス殿下に労いの言葉を掛けられて、私は鯱張った返事をした。少し噛んだけど、誰も笑ったりしない。
ライトン侯爵は私に関して、何も聞かされていないみたいで、訝しげな視線を向けてくる。
「ブヒヒッ、随分と可愛らしい子猫が紛れ込みましたなぁ! 殿下、吾輩もこの子猫の素性は、知らない訳ではないのですが……一応、何者なのかお聞きしても?」
「善意の協力者です。彼女のことに関しては、追及無用。ワタシを信じてください」
「ブヒヒヒヒッ、畏まりましたぞ! 仰せのままに!」
ツヴァイス殿下は下手に誤魔化すのではなく、堂々と隠し事だと伝えて、その上で自分を信じるようにと言い放った。
これに対して、ライトン侯爵は不満げな様子を一切見せず、あっさりと引き下がったよ。
この二人を見た感じ、それなりに強い信頼関係で結ばれているみたい。
……それにしても、ライトン侯爵は独特な笑い方をするよね。何に似ているとは言わないし、言葉に出して触れようとも思わないけど。
「それでぇ、役者は揃ったのかしらん?」
カマーマさんの問い掛けに、ツヴァイス殿下は大きく頷いて立ち上がる。
「ええ、揃いました。それでは、出発するとしましょうか」
「おいおい、殿下。兵士たちの士気を高めるような、歴史に残る演説の一つや二つ、あってもいいんじゃないか?」
バリィさんがニヤリと笑って、ハードルの高い要求をした。
ツヴァイス殿下は苦笑しながらも、肩を竦めてそれに応じる。
「仕方ないですね。バリィ、お立ち台を用意してください」
「あいよ、任せてくれ」
バリィさんは透かさず、ツヴァイス殿下を結界で持ち上げた。
殿下は自分を仰ぎ見る兵士たちを見渡しながら、威風堂々と長杖を掲げて、声を張り上げる。
「歴戦の勇士たちよ!! 眠たくなる演説は不要だな!? さぁっ、ワタシと共に、伝説を作りに行くぞッ!!」
「「「──ッ、うおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!」」」
一瞬の空白の後、大歓声が爆発して、みんなが武器や拳を空に向かって突き上げた。
バリィさん、カマーマさん、ライトン侯爵も突き上げているから、僭越ながら私も真似させて貰う。
なんだろう、この一体感……。心地よくて、身体が熱くなってきた。
この場にいる全員の存在が心強い。裏ボスだろうがなんだろうが、みんなで力を合わせれば、全く負ける気がしないよ。
──軍団の士気が高まったところで、いよいよ出発! と思ったけど、私にはやらないといけないことがあるんだ。
「バリィさん、【迷彩結界】をお願いします」
「おう、これで──よしっと。外からは見えなくなったぞ」
私がバリィさんに使って貰ったのは、周囲の風景に溶け込む結界で、外から内の様子が見えなくなる。
この結界の中に入ったのは、私、バリィさん、カマーマさん、ツヴァイス殿下、ライトン侯爵の五人だよ。
「ライトン侯爵、目隠しと耳栓をしてください」
「ブヒッ、御意!」
ツヴァイス殿下が気を利かせて、ライトン侯爵の目と耳を塞いでくれた。
申し訳なく思うけど、準備は万端。私は予定通り、このメンバーに【再生の祈り】を使う。
すると、宙に現れた女神アーシャが、一人一人に優しい光を浴びせて──不意に、殿下の前で動きを止めた。
それから、彼の右半分の顔を覆っている仮面を見つめて、悩むような仕草を見せる。
「アーシャさん。ワタシに何か、問題でもあるのでしょうか……?」
「い、いえっ、そんなことは……!!」
スキル演出の際に、女神アーシャが私の意志に従わない。これは、カマーマさんのときにもあったことだね……。
ツヴァイス殿下の機嫌を損ねたくないから、きちんと仕事して!
そう訴え掛けると、女神アーシャは一つ頷いてから──えっ、はあっ!? ちょっ、待って!! なんで!?
私の意思に反して、【再生の祈り】の特殊効果がオンになった。
慌ててオフにしようとしたけど、女神アーシャはその前に、殿下に再生+若返りのバフ効果を与えてしまう。
それも全身ではなく、殿下の顔の右半分。仮面で隠れているところに、重点的に光を浴びせたよ。
「──ッ!? こ、これは、まさか……!?」
バフ効果を付与された途端、ツヴァイス殿下の様子が一変した。
驚愕して慄く彼に、私は恐々と声を掛ける。
「ど、どうしたんですか……? 何か、問題でも……?」
「問題……? どう、でしょう……? 悪いことでは、ないと思いますが……」
ツヴァイス殿下はそう言って、震える手で仮面を取り外した。
その下には、特筆すべき点がない普通の顔があったよ。
イケメンと言えばイケメンだけど、それは露出していた左半分の顔を見て知っていたから、別に驚くようなことじゃない。
彼の仮面の下は、友達のバリィさんでも見たことがなかったみたいで、首を傾げながら口を開く。
「そんなに余裕がない殿下は、初めて見たな……。一体どうしちまったんだ?」
「バリィ……。私の顔の右半分は、どうなっていますか……?」
「どうって、左側と大差ないぞ。もしかして、傷でも治ったのか?」
「い、いえ……。傷というより、呪いが治りました……」
王族の末代まで続く状態異常、呪い。その詳細をツヴァイス殿下が教えてくれた。
曰く、それは『老化の呪い』と言われているそうだ。
これによって、王族は生まれながらに、身体の一部が急速に老化してしまう。
ツヴァイス殿下の場合は顔の右半分で、今までは皺くちゃな老人のようになっていたらしい。
──それが、たった今、治った。
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