第115話 騎乗

 

 ──裏ボス攻略に参加することが決まってから、私は冒険者ギルドに赴いて、大量の魔石を購入したよ。

 既に二段階の進化を遂げているスラ丸は、分裂させるのに結構な数の魔石を必要とした。


 最近はブロ丸の進化にもお金を沢山使ったし、出費がとにかく多い。

 でも、私自身の命綱を買っているようなものだから、仕方がないって割り切らないとね。


「スラ丸四号、キミは北へ向かって。とりあえず、最初の目的地は王都だよ」


「!!」


 スラ丸一号から分裂した四号は、心得たと言わんばかりに伸縮して、サウスモニカの街を後にした。

 外は魔物が生息しているから危険だけど、湿地帯には隠れられる場所がいっぱいある。スラ丸であれば、問題なく移動出来るはずだよ。


 四号が王都に到着したら、そこで分裂させて一匹を王都に潜ませ、もう一匹には引き続き北上して貰う。

 そうして、私が逃げられる転移先を幾つか用意しておくんだ。


 仮に、ツヴァイス殿下に追われることになったら、王都は危ない気がする。けど、灯台下暗しっていう言葉があるくらいだし、案外隠れ潜むことが出来るかもしれない。


「よしっ、残りの出来ることも、やっておこうかな」


 今日はルークスたちが修行をしている日だから、私も参加しよう。

 そう決めて、冒険者ギルドの地下にある練習場へと向かった。


 ルークスは体力を鍛えるために走り込み。

 トールとシュヴァインくんは、お互いの攻防を鍛えるために模擬戦。

 フィオナちゃんとニュートは、魔法の命中精度を上げるために的当て。


 みんな努力家だから感心するよ。こういう日々の積み重ねって、地味だけど大切なことだよね。

 私がポーションの納品依頼を受けている間は、魔力をポーション作りに回していたから、壁師匠を出してあげられなかった。

 厄介な依頼が終わったことだし、今日からまた、壁師匠を出してあげられる。


「──あれっ、アーシャがくるなんて珍しいね! どうしたの?」


 早速、ルークスが私を見つけて、駆け寄ってきたよ。


「ポーションを納品する依頼が終わったから、私も久しぶりに身体を動かそうと思って」


「そっか! それなら、オレと一緒に走ろう!」


「うん、いいよ。壁師匠を敷くから、ちょっと待ってね」


 今日の練習場には私たちしかいないから、心置きなくスペースを使える。

 街中でポーションの販売が再開されたから、他の冒険者たちは久しぶりに、稼ぎに出たんだろうね。

 私が壁師匠をどんどん敷いていると、フィオナちゃんがこっちに来た。


「アーシャっ、あんたが走るなんて珍しいわね! 最近、ぽっちゃりしてきたから、それを気にしているんでしょ?」

 

「え……っ、えぇぇっ!? う、嘘ぉっ!? 太った!? 私っ、太っちゃったの!?」


「うぷぷ……。冗談っ、冗談よ! 太ってないから安心しなさい!」


 フィオナちゃんのえげつない冗談で、私の正気度が大幅に下がってしまった。


「あーあ、そんな冗談を言うフィオナちゃんには、この葡萄のアイスクリームはあげられません」


 リヒト王子に紅茶のアイスクリームを作った後、これなら家でも作れると思って、色々な味のものを作り置きしたんだ。

 スラ丸の【収納】の中は時間が停止しているから、溶けないように保存出来る。

 グレープの葡萄を使ったアイスクリームが力作で、みんなに食べて貰おうと思ったんだけど……。


「ちょっ、わ、悪かったわよ! あたしが悪かったからっ、そんな意地悪しないで!! あいすくりーむがなんなのか知らないけどっ、葡萄なら是非とも食べたいわ!!」


「みんなー! おやつ休憩にしよー!」


 私はみんなを呼び寄せて、アイスクリームを配っていく。その間、フィオナちゃんは私の腰にしがみ付いて、頻りに謝っていた。……仕方ないから、今回は許してあげよう。

 みんな、アイスクリームを美味しい美味しいと言いながら、パクパク食べて──案の定、シュヴァインくんがおかわりを要求してきた。


「し、師匠……!! おかわり……っ!!」


「駄目。食べ過ぎると、お腹を壊しちゃうからね」


 そうくると思ったよ。彼のお腹は頑丈だから、沢山食べてもへっちゃらかもしれない。けど、お砂糖は高級品だから、私のお金で贅沢を覚えさせるのは、どうかと思う。


 おやつ休憩が終わったところで、私は自分の影の中からティラを呼び出して、その背中に颯爽と乗った。

 そんな私に対して、ニュートが訝しげな眼差しを向けてくる。


「アーシャ、修行はどうした? 自分で走らないのか?」


「私は今日、ティラに乗りこなす修行をしに来たんだよ」


 スキル【騎乗】の影響がどんなものか、裏ボスへ挑む前に確かめたかった。

 状況次第では、ティラに乗って逃げるかもだし。

 【騎乗】を取得する前と比べて、ティラの背中の乗り心地が、格段に上がっている。


「ワフ……? ワンワン!!」

 

 ティラも今までとは何かが違うと感じて、嬉しそうに吠えながら尻尾を振った。


「それじゃあ、走ってみて! あ、最初は軽めにね!」


 私が指示を出すと、ティラが壁師匠の上を走り出す。


 ──軽めにとは言っても、私が自力で走るよりは速い。それでも、全然落ちる気がしないよ。

 追加されている特殊効果のおかげで、私への空気抵抗も大幅に軽減されているから、とっても快適だ。


 ティラは私が命令していないのに、気分をよくして加速し始めた。

 ぐんぐん速くなるけど、やっぱり落ちる気がしない。自分の足で走るよりも安定感がある。


 今はティラの背中に跨っている状態なんだけど、試しに膝を揃えて、横向きで乗ってみた。

 負担が少ない代わりに、あんまり安定しないこの乗り方でも、全く問題ない。

 なんかもう、走っているティラの背中の上で、安眠まで出来そう。


 やっぱり、スキルって偉大だね……。でも、このスキルに頼り切っていたら、絶対に太る。気を付けよう。


「アーシャって、そんなに上手く、ティラに乗りこなせてたっけ?」


 ルークスがティラと並走して、少し驚きながら私に問い掛けてきた。

 私は上機嫌になって、ちょっと調子に乗り始める。


「フフン、秘めていた才能が開花したの。いつまでも、運動音痴な私じゃないよ?」


 壁師匠を乱雑に立てて、ティラにはその上を飛び跳ねるように走って貰う。

 更に【風纏脚】まで使って、ティラの移動速度を上げてみた。

 ここまでやっても、私はまだまだ平気な顔で乗りこなしているから、流石におかしいとルークスも気が付いたみたい。


「──あっ、分かった! 新しいマジックアイテムのおかげだ!」


「残念、正解は新しいスキルだよ。ポーションを沢山納品したから、そのご褒美で貰えたの」


「おおーっ、なるほど! よかったね!」


 うん、よかった。本当によかった。改めて、ポーションを大量に納品した甲斐があったと思えたよ。

 逃げ足の速さって、私の中では物凄く重要なんだ。


 私は一頻りティラに乗って、満足しながら今日の修行を終わりにする。

 みんなは夜まで修行を続けるみたいだから、一足先にお暇させて貰おう。


「──待てよ、アーシャ」


 私が練習場から出ようとすると、後を追ってきたトールに呼び止められた。

 いつになく真剣な表情をしているから、思わず身構えてしまう。


「ど、どうしたの……? 大事な話?」


「……テメェ、俺様たちに隠し事があンだろ?」


「隠し事……。ええっと、どうしてそう思ったのか、聞いてもいい……?」


「目を見りゃァ分かっちまう。ルークスも気付いてンぞ」


 トールにそう指摘されて、私は目を瞬かせた。

 私の隠し事は、裏ボス攻略のことと、街から逃げるかもしれないことだね。

 前者に関しては、付いてくるなんて言い出されたら困るから、黙っておくつもりだよ。

 後者はツヴァイス殿下の今後の対応次第で、みんなには一声掛けると思う。ただ、私の逃走劇が始まったとしても、みんなを巻き込むつもりはない。お別れの言葉を伝えるだけかな。


「んー……。まぁ、大したことじゃないから、気にしないで!」 


「…………チッ、そうかよ」


 トールは面白くなさそうに舌打ちして、地面を睨みながら踵を返した。

 遠ざかっていく彼の歩幅が、いつもより狭い。だから、後ろ髪を引かれているのが、手に取るように分かってしまう。


 心配を掛けて、ごめんね。


「……気付いてくれて、ありがとう」


 私はトールの背中に、小さな声で感謝を伝えた。

 きっと大丈夫。また、何気ない日常の中に、戻ってくることが出来る。

 そう信じながら、私は日常に背を向けて歩き出す。


 そして、瞬く間に時が過ぎ──

 

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