第110話 見習いメイド兼料理長

 

 ツヴァイス殿下から褒賞を貰って、すっかり気分をよくした私は、帰る前にスイミィ様の様子を見に行くことにした。

 彼女はブロ丸のことを『丸ちゃん』と呼んで、可愛がっていたから、進化した姿を見せてあげたい。


 そんな訳で、若いメイドさんに案内して貰っている最中──私は、年配のメイドさんに攫われた。


「…………え、なんで?」


 廊下で起こった突然の出来事に、若いメイドさんはぽかんと口を開けて、連れ去られる私を見送ってしまう。

 そして、年配のメイドさんが私を小脇に抱えながら、にこやかな表情で話し掛けてきた。


「貴方っ、しばらく見ないと思ったら、元気そうで安心したわよ! 仕事が辛くて逃げたんだろうけど、こうして戻って来たのなら、文句は言わないわ! さぁっ、テキパキ着替えて仕事の時間よ!!」


「あっ、思い出した……!! あのときのメイドさん……!!」


 私が初めて侯爵家のお屋敷を訪れたとき、道に迷っていた私のことを見習いメイドだと勘違いして、散々こき使ってくれたメイドさん。それが、この人だよ。

 あのときは事情を説明せずに、仕事の途中で抜け出したんだけど……どうやら、まだ勘違いは継続しているらしい。


 今回もまた、事情を説明する間もなく、メイド服に着替えさせられて、怒濤の勢いで仕事を押し付けられた。

 メイドさん曰く、第二王子様御一行が来てから、猫の手も借りたい状況なんだって。


「はぁ……。仕方ないから、少し手伝おうかな……」


 新しいスキルが手に入ったし、明日からはお店の商品を補充出来る。前途洋々なので、今の私は頗る機嫌がいいんだ。

 掃除とか洗濯とか、スラ丸を駆使すれば早く終わるし、少しくらい手伝ってあげようという気にもなる。【浄化】と【収納】が大活躍するよ。


 ──テキパキ、テキパキ。しばらくの間、私とスラ丸が獅子奮迅の働きをしていると、新しい仕事が舞い込んできた。


「貴方っ、厨房へ行って給仕をして頂戴! そろそろおやつの時間だから、味見が出来るかもしれないわよ!」


「わ、分かりました! 行ってきます!」


 年配のメイドさんは、頑張っている私へのご褒美として、美味しい仕事を割り振ってくれたのかもしれない。

 私はメイドらしく、慎ましい歩調を意識しながら、可能な限り足早に移動した。


 そして、広々とした厨房に到着すると──そこでは、縦に長いコック帽を被った料理人が、極度の緊張状態の中で、お菓子を作っていたよ。

 料理人はアラサーの男性で、やたらと線が細い。目元の隈を見れば、疲弊していることが一目で分かる。


「こ、これでは駄目かもしれん……っ!! しかし、どうすれば……!? これ以上の失敗は、首が……わたしと家族の首が、物理的に飛んでしまう……っ!!」


 アラサーの料理人はとっても集中しながら、ブツブツと恐ろしい独り言を漏らしている。こんなの、声を掛け難いよ。

 でも、厨房には彼一人しかいないから、声を掛けない訳にはいかない。


 とりあえず、そっと背後から様子を窺うと、彼は砂糖を固めたお城を作っているところだった。大きさは五十センチもある。

 芸術点は百点満点だけど、ただの砂糖の塊だから、私が食べたいかと聞かれると……まぁ、言葉を濁しちゃうね。

 こんなに大きな砂糖の塊、一体誰が食べるんだろう?


 何気なく厨房の中を見回すと、『退職届』と書かれた紙が、あちこちに置いてあった。これがどういう状況なのか、私には理解出来ない。

 程なくして、料理人が砂糖のお城を完成させたから、慎重に話し掛けてみる。


「あのぉ……」


「うわぁっ!? な、なんだ、メイドか……!! 驚かせやがって……!!」


「すみません、私は給仕を担当する者です。何をどこへ持って行けば、宜しいのでしょうか?」


「そ、それは……っ、これを……リヒト王子に……も、持って、行く……?」


 何故か自信なさげに、自分が作ったお城を指差す料理人。


「リヒト王子って、どちら様ですか?」


「我儘なクソガキ──もとい、ツヴァイス殿下のご子息だ。甘いものが食べたいと言い出したが、何を持って行っても駄目出しを続けて……挙句の果てには、『次に持って来たものがゴミなら、死刑なのだ!』と、仰られた……」


 食べ物一つで死刑をチラ付かせるなんて、とんでもないクソガキだね。

 年齢を聞いてみると、五歳だって。将来有望で涙が出そうだよ。


「参考までに、お聞きしたいのですが……今まで、どんなものを持って行ったんですか?」


「馬の砂糖菓子、剣の砂糖菓子、ドラゴンの砂糖菓子、その他諸々の、男の子が喜びそうな砂糖菓子だ」


「……ま、まさか、全部形が違うだけで、そのお城みたいな砂糖の塊だったり?」


「菓子を作っているんだ。当たり前だろう」


 料理人の言葉を聞いて、私は思わず頭を抱えた。

 リヒト王子がご不満な点って、どう考えても形じゃなくて味でしょ。


「あの、どんな形のものを持って行っても、それが砂糖の塊なら、駄目出しされると思いますよ」


「そ、そんなことを言われても、これ以外の菓子なんぞ知らん……。侯爵閣下であれば、大喜びでバクバク食べてくれるのに……」


 サウスモニカの街を治めているお貴族様、ライトン侯爵。

 彼はオークと見紛うような、不摂生を体現した姿をしているんだ。

 もしかしたら、砂糖の塊を食べまくったことが原因で、あんな御姿に……。


「他の料理人の方は、どうしたんですか? 一人くらい、違うお菓子を知っていますよね?」


「いや、誰も知らなかったな……。料理長になった奴が菓子を作って、駄目出しされる度に辞職してしまった。そうして、今じゃ最後に残ったわたしが、料理長って訳だ……」


 ははは、と料理長は乾いた笑みを浮かべた。

 その痛ましい姿を見て、私は口元を引き攣らせながらも、おずおずと尋ねる。


「ご、ご愁傷様です……。一応、駄目元で持って行きますか……? そのお城……」


「うっ……うぅぅ……っ!! うわああああああああああぁぁぁぁぁぁッ!!」


 料理長はストレスに耐え切れなくなったのか、折角作ったお城を自分の手で叩き潰してしまった。


「ご乱心!? だ、誰か──」


「もう嫌だぁっ!! もう辞めるぅ!! わたしは死にたくないんだッ!! キミっ、キミが今から新しい料理長だ!! 後は任せたからなああああああああああああああッ!!」


 料理長は私の頭にコック帽を乗せて、退職届を床に叩き付けると、厨房から全速力で逃げ出した。

 こうして、後に残された見習いメイド兼料理長の私は、呆然としながら立ち尽くす。


「う、嘘でしょ……? 私が、料理長……?」


 スラ丸とブロ丸が、心配そうに身体を擦り付けてきたよ。

 ティラも私の影の中から、気遣うような眼差しを向けてくる。


「うーん……。まぁ、やれるだけやってみよっか……」


 私はアクアヘイム王国に、大きな貢献をした功労者なんだ。

 リヒト王子が気に入るようなお菓子を作れなくても、本当に処刑されることはないと思う。ツヴァイス殿下は悪い人には見えなかったし、彼に助けを求めれば大丈夫だよね。


 ──厨房を見回して、何が作れるのか考える。

 お砂糖は沢山あって、マジックアイテムと思しき冷蔵庫みたいな鉄の箱には、冷たい牛乳が入っていた。

 卵や小麦粉なんかもあるから、色々と作れそうだけど……時間が掛かるものは、やめておこう。おやつの時間が過ぎちゃうからね。


「スラ丸、【収納】を使って牛乳を仕舞った後に、固形分だけを取り出せる?」


「!!」


 私が問い掛けると、スラ丸は身体を縦に伸縮させた。これは『出来る!』っていう意思表示だね。偉いよ、スラ丸。


「それじゃあ、牛乳の固形分と茶葉、それから雪と塩を出して」


 スラ丸に出して貰った茶葉は、ローズの葉っぱを乾燥させたもので、香り高い紅茶になるんだ。雪は流水海域で集めたものを活用する。

 雪に塩を混ぜたボウルの上に、空っぽのボウルを重ねて、私は材料をどんどん投入していく。


 紅茶、卵黄、乳固形分、砂糖。これらを掻き混ぜれば、紅茶のアイスクリームの出来上がり。

 私は自分だけじゃなくて、スラ丸とティラにも味見させて、ブロ丸には【感覚共有】で幸せのお裾分けをした。


 冷たくて美味しい。みんな満足そうにしているから、これでリヒト王子と勝負しよう。

 

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