第109話 褒賞
私が納品したポーションの数と質。
そこに注目したツヴァイス殿下が、今度は質について詳しく尋ねてくる。
「纏まった数を確保出来た理由、それは分かりました。それでは、品質に関してのコツ……愛情とは?」
「愛情は愛情です。他に、なんと言えば……?」
事細かに説明すると、色々面倒なことになりそうだから、私は『愛情』という回答で押し切るよ。
別に嘘じゃないからね。私は愛情を籠めて、ローズに【耕起】を使った土をプレゼントしているんだ。
「具体的に教えていただきたい。ワタシは、愛情というものを理解してみたいのです」
「ぐ、具体的に……? えっと、日常生活の中でアルラウネと接する際、その全てに愛情を籠めるんです。親が子に接するように、妻が夫に接するように、友が友に接するように──どんな形でもいいので、愛情を籠めるんですよ」
私の煙に巻くような説明を聞いて、ツヴァイス殿下の頭の中に、疑問符が渦巻いているのが分かる。
『愛情』という言葉が、ゲシュタルト崩壊しているかも。
「参りましたね……。ワタシは親にも妻にも、愛された記憶がないもので……どうにも理解し難い……。バリィ、貴方はワタシを愛していますか?」
「い、いや、そこで俺に振られてもな……。友情はあるが、愛情とまでは……」
バリィさんは頬を引き攣らせて、気まずそうに視線を逸らした。
男性同士の愛情、良いじゃないですか。私は良いと思いますよ。
ツヴァイス殿下はバリィさんの返事に気落ちすることもなく、ただ悩ましげに溜息を吐く。
「はぁ……。難しい……。愛情、愛情か……」
「殿下が息子に向ける感情はどうだ? そこに愛情はないのか?」
「次代を育てなければ、という義務感はありますが……それ以外の感情は、特に芽生えたことがありません」
バリィさんの問い掛けに、ツヴァイス殿下は虚しい答えを返した。
人から愛された記憶がないから、誰かを愛することが出来ない。そんな彼は、悲しい生物なのかもしれないね。
上流階級では、政略結婚なんて珍しくないだろうし、愛情とは無縁の環境で育つ人が多そうだ。
「あのぉ、一つ質問しても宜しいでしょうか……?」
「ええ、どうぞ。なんでも聞いてください」
私はここで、ツヴァイス殿下に気になったことを尋ねる。
「不躾な質問かもしれませんが……私から色々と聞き出して、ツヴァイス殿下はどうしたいのでしょうか……?」
「無論、国内のポーション生産量と、その品質を向上させたいのです。これは誰もが幸せになれる、ポジティブなことですから」
「な、なるほど……。確かに、仰る通りです」
ツヴァイス殿下の至極真っ当な理由に納得して、私は力になれないことを残念に思った。
私がやったことって、他人が真似出来ることじゃないんだ。
──今日の本題とは関係ない話が終わって、いよいよ待ちに待った論功行賞が始まる。
私は一日毎に、高品質の下級ポーションを千本近くも納品していたから、手放しで称賛して貰えたよ。
でも、言葉なんていらない。明確な利益になるご褒美が欲しい。
「アーシャさんの貢献に、ワタシは可能な限り報いたい。そこで、褒賞に関しては、幾つかの選択肢をご用意しました」
「選択肢、ですか……?」
「ええ、ワタシにとって価値のあるものが、貴方にとって価値のあるものか、分からなかったもので」
普通にお金が貰えるだけだと思っていたけど、ツヴァイス殿下は色々と考えてくれたみたい。
こうして、彼に提示された選択肢は三つ。
一つ目、爵位。実益は殆どなくて、名誉だけがある騎士爵を貰えるらしい。
バリィさんみたいに、一代限りの家名を名乗ることが許されるんだ。
市民に一目置かれて、交渉や揉め事を丸く収めるのが簡単になるから、名誉も捨てたものじゃない。
けど、私の貢献に釣り合うかと聞かれると……微妙じゃない?
二つ目、スキルオーブ。これはツヴァイス殿下が、自分の一人息子にプレゼントしようとした代物らしい。
息子には『そんなのいらない』って言われて、使い道に困っているのだとか。
スキルオーブの中身は【騎乗】で、色々なものに上手く乗れるようになるみたい。
馬に乗ることは貴族の嗜みだから、殿下の息子は『スキルに頼らないと乗馬も満足に出来ない』という、不名誉なレッテルが貼られるのを嫌がったんだって。
三つ目、第三夫人の座。ツヴァイス殿下の三番目の奥さんにして貰えるらしい。
これは絶対に嫌だ。殿下は優しくてお金持ちでイケメンだけど、それでも断固お断りだよ。
庶民の第三夫人なんて、第一、第二夫人に虐められる未来しか見えない。
ツヴァイス殿下は私に懸想している様子もなければ、欲情している様子もない。
だから、本気でこれが、ご褒美になると思っているんだろうね。
……まぁ、孤児から王族の第三夫人って、とんでもない大出世だし、ご褒美扱いでも変じゃないのかな。
これらの選択肢を聞いて、私は思わず首を傾げてしまう。
「あれ……? 選択肢に、お金はないんですか?」
「ええ、ありません。ここ最近、王侯貴族は戦費集めに、躍起になっています。お恥ずかしい話ですが、ワタシも金欠でして……」
戦費って、裏ボスと戦うためのお金なのか、それとも他所の国と戦争をするためのお金なのか……。後者だったら、耳を塞ぎたくなる話だよ。
「あの、それならスキルオーブは売れますよね? 褒賞にして良いんですか?」
「息子のためにと、譲っていただいた代物なので、売りに出すのは憚られるのです」
ツヴァイス殿下の話を聞いて、私は事情を理解した。
誰かに譲って貰ったものを褒賞にするのは……それはそれで、どうなんだと思わなくもない。けど、直接売りに出すよりは、大分マシかもね。
スキル【騎乗】があれば、運動音痴な私でも、ティラに乗るのが上手くなる。
それって、逃げ足が速くなる訳だから、いざというときに命拾いするかもしれない。
私は保身を大事にしているので、とっても欲しいスキルだよ。大量のポーションを納品した甲斐があった。
「それじゃあ、スキルオーブを貰ってもいいですか?」
「ええ、分かりました。──では、改めまして、アーシャさん。此度の献身に感謝して、褒賞を与えます」
ツヴァイス殿下は懐から小さな布袋を取り出して、それを私に差し出してきた。
私は恭しく受け取り、この場で中身を確認させて貰う。
中に入っていたのは、淡い輝きと鈍色の象形文字を内包している宝玉だった。
聖女の墓標で手に入れたスキルオーブは、もっと神々しい感じだったけど、等級が違うのかな。
なんにしても、嬉しいから思わず笑みが零れる。
「確かに頂戴しました。ツヴァイス殿下、ありがとうございます」
「喜んでいただけて、何よりです。アーシャさんとは、今後もご縁がありそうな気がするので、またの機会にお会いしましょう」
第二王子とのご縁なんて、喜ぶべきか否か、ちょっと微妙なところだね。
後ろ盾になってくれたら心強いけど、面倒事に巻き込まれそうな予感が……。
何はともあれ、褒賞の受け取りが終わったところで、私はこの部屋から退室させて貰った。
廊下で早速、宝玉を額に押し当てて、スキルを取得しておく。
アーシャ 魔物使い(21) 土の魔法使い(12)
スキル 【他力本願】【感覚共有】【土壁】【再生の祈り】
【魔力共有】【光球】【微風】【風纏脚】
【従魔召喚】【耕起】【騎乗】
従魔 スラ丸×3 ティラノサウルス ローズ ブロ丸
タクミ ゴマちゃん グレープ テツ丸
ステホで確かめると、きちんと取得出来ていることが分かった。
それと、魔物使いのレベルが1だけ上がっている。30の大台は遠いけど、この調子で頑張ろう。
ちなみに、新しく取得したスキル【騎乗】にも、【他力本願】の影響で特殊効果が追加されていた。
それは、何かに乗っている最中、移動の際に生じる私への空気抵抗が、大きく軽減されるというもの。
ティラが全速力で走っても、これなら振り落とされる心配はなさそうだし、思った以上に強力なスキルかもしれない。
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