第106話 アイアンボール

 

 第一階層で遭遇する魔物は、鎧袖一触だった。

 前衛はシュヴァインくんが【挑発】を使うくらいで、ルークスとトールは体力を温存するために、スキルを使っていない。

 後衛のフィオナちゃんとニュートは、それぞれ燃費が良い【火炎弾】と【氷塊弾】を使っているよ。


 ニュートは細剣を使って前衛も務められるけど、無機物遺跡では後衛で頑張るみたい。魔法攻撃が効きやすい敵ばっかりだから、魔法使いとしての仕事に専念した方がいいという判断だ。

 何度目かの戦闘の後、フィオナちゃんが羨ましそうにニュートの杖を見つめる。


「いいなぁ……。あたしもニュートみたいに、強力な杖が欲しいわ……」


 ニュートが使っている杖は、『倍音の氷杖』というマジックアイテムだよ。

 三回連続で同じ氷属性の魔法を使うと、一回オマケで同じ魔法が発動するんだ。


「パーティーの活動資金が、それなりに貯まっているだろう? フィオナが装備出来る杖を買い求めるか?」


「フィオナにはマントをくれてやったじゃねェか。俺様はその前に剣を貰ったし、次はルークスかシュヴァインの装備だろ」


 ニュートの問い掛けに対して、トールが真っ当な意見を返した。

 黎明の牙は今までの冒険で、四つのマジックアイテムを入手している。


 気儘なペンギンの耳飾り、セイウチソード、スノウベアーのマント、倍音の氷杖。これらの分配は一つ目から順番に、フィオナちゃん、トール、フィオナちゃん、ニュート。

 ルークスとシュヴァインくんが何も貰っていないから、不満に思うかもしれない。


「オレのことは気にしなくていいよ。この短剣があれば十分だし」


「ぼ、ボクより……っ、フィオナちゃんの装備、買ってあげて……!!」


 うん、不満なんてないみたい。この二人は優しいからね。

 一応、ルークスには私が渇きの短剣をプレゼントしているし、シュヴァインくんにはブロ丸を貸し出しているから、他のみんなと比べて装備が劣っている訳じゃないよ。


「それじゃ、あたしの装備を買うことで決まりね!!」


「待てやテメェ……っ!! だったら、俺様の装備を新調させろや!!」


「なにバカなこと言ってんのよ!? こういうときは女の子に譲るのが、紳士ってもんでしょ!? トールってば、本当にダメダメなんだからっ!!」


「そンな理屈は知らねェよ!! テメェはもうっ、二つもマジックアイテムを持ってンだろォがッ!! ちっとは自重しやがれ!!」


 フィオナちゃんとトールの言い争いが始まった。他の面々は、『またか……』と呆れた顔をしているよ。

 それでも歩みを止めず、敵と遭遇したら全員が息ピッタリで戦うから、なんの問題もない。


「スノウベアーのマントは、寒い場所じゃないと装備したくないし……。気儘なペンギンの耳飾りは、あってないようなものだし……。あたしのマジックアイテムは、実質ゼロよ!!」


 前者には寒冷耐性の効果があって、後者には戦闘中、極稀に仲間ペンギンが召喚されるという効果がある。

 マントは暖かい防寒具だから、冬場か流水海域じゃないと装備したくないのは、私も同意するよ。今回だって、装備していないからね。


 耳飾りは……まぁ、かなり微妙な装備だ。召喚される仲間ペンギンが弱い上に、滅多に発動しない。


 ──噂をすれば影が差す。そんな滅多にない機会が、次の戦闘で訪れた。

 ブロンズゴーレムと遭遇した直後、白と青のツートンカラーのペンギンが、私たちの仲間として召喚されたよ。


 しかし、トールの打撃とニュートの魔法によって、実に呆気なく戦闘が終わってしまう。

 手助けする余地がなかった仲間ペンギンは、フィオナちゃんに一頻り愛でられてから、釈然としない表情で立ち去った。


 そんな邂逅の後、トールが自分の背中に携えているセイウチソードを見遣って、軽く舌打ちする。


「チッ、俺様もコイツがスキルと噛み合わねェから、マジックアイテムは実質ゼロなンだが?」


 トールが取得しているスキル【強打】は、剣との相性が悪い打撃だった。だから、最近は何の変哲もない鉄の鈍器を使うことが多い。

 セイウチソードには、氷を砕くのが楽になるという効果が付いているけど、それも使い所が限定されている。


「うーん……。とりあえず、お店を見てから決めたら? 二人のお眼鏡に適う装備が、同時に見つかるとは限らないし」


「アーシャの言う通りだよ。それと、ここから先は第二階層だから、少し慎重に進もう」


 私の提案をルークスが支持したところで、私たちは第二階層へと突入する。

 第一階層の広場に、ぽっかりと開いている縦穴。そこから下へ下へと、石造りの螺旋階段が伸びていた。

 一歩一歩、慎重に……足を踏み外さないように下りていく。


 出口は第二階層の天井で、螺旋階段は地面まで続いていた。天井から地面までの高さは、三百メートルくらいかな。

 天井付近から見渡せる景色は、背の高い廃墟が建ち並ぶゴーストタウンだった。

 私の前世の記憶にある大都会と、少しだけ様子が似ているよ。


 舗装されたアスファルトの道は、あちこちに亀裂が走っていて、そこから植物が好き勝手に伸びている。

 建物は苔だらけだったり、植物の蔦や蔓に覆われていたり、瓦礫の山になっていたりと、人間に放置されて久しい廃墟の雰囲気だね。


 辛うじて残っている道路標識とか、建物の看板とか、それらを見る限りだと、私の前世とは関係なさそう……。使われている文字が違うんだ。

 螺旋階段を下り切ると、フィオナちゃんが一息吐いてから、私に指示を出す。


「ふぅ、無事に到着ね! アーシャ、敵の居場所をティラに探らせて!」


「うん、分かった。ティラ、お願いね」


 私の影の中から出てきたティラは、早くも近くの路地をジッと見据えた。

 どうやら、あっちに敵がいるらしい。私たちは頷き合って、移動を始める。


 そうして、数分と経たずに、二匹のアイアンゴーレムと遭遇した。

 その見た目は、全身が鉄で作られたマネキンだ。体長は三メートルほどで、片方が大きな鉄の剣、もう片方が大きな鉄の槍を装備している。

 鉄の剣は刃渡りが二メートルほどで、鉄の槍は長さが五メートルほど……。凄く強そうだね。


「アイアンボールを一匹だけ残して、他は始末しよう」


 ルークスの指示に、私だけが首を傾げた。

 目の前には、アイアンゴーレムしかいないよ?


「一番槍は、あたしが貰うわ!! 【火炎槍】──ッ!!」


 フィオナちゃんが炎で形成された槍を飛ばし、鉄の槍を持つアイアンゴーレムの胸を穿った。

 この一撃でそいつは倒せたけど、手に持っていた鉄の槍が球体に【変形】して、更に【浮遊】を使い、私たちの頭上に向かってくる。

 あの武器、アイアンボールだったんだ……。


「オォォォラァ──ッ!! 砕けろォッ!!」


 トールが建物の壁を蹴って、三角跳びで頭上のアイアンボールに肉迫した。

 そして、【強打】を使った一撃で吹き飛ばし、生き残っているアイアンゴーレムにぶつける。


 重たい激突音が響いた──けど、敵は双方共に軽傷だったよ。

 トールには、筋力を上げるスキル【剛力】まであるのに、この程度のダメージしか入らないなんて、物理防御力が思った以上に高い。


 敵は怒ったのか、全ての視線がトールに向けられる。


「ぼ、ボクが相手だ……ッ!! 掛かってこい……!!」


 透かさずシュヴァインくんが【挑発】を使って、敵視を自分に向けさせた。

 ここで、気配を消して敵の背後に回っていたルークスが、防御力を無視するスキル【鎧通し】を使って、アイアンゴーレムの背中に短剣を突き刺した。


 急所の核を壊したみたいで、アイアンゴーレムが倒れる。それと同時に、奴が持っていた鉄の剣が球体になって、ふわりと宙に浮かんだよ。

 二匹のアイアンボールは、劣勢になってもまだ戦うみたいで、性懲りもなく私たちの頭上に移動しようとした。


 ニュートが【氷塊弾】を連発してぶつけると、二匹は途端に動きが鈍って墜落する。その衝撃で、トールが軽傷を与えていた方のアイアンボールは、あっさりと砕けた。

 これで、生き残りは一匹だけだね。みんなの手際の良さを目の当たりにして、私が小さな拍手を送っていると、ニュートがこちらを見遣って口を開く。


「アーシャ、これでテイム出来るか? ダメージを与えない方が良かったのなら、仕切り直すが……」


「えっと、どうだろう……? ちょっと試してみるね」


 弱っているアイアンボールに、目に見えない繋がりを伸ばすと──この子はしばらく逡巡してから、おずおずと受け入れてくれたよ。

 第二階層の魔物をテイム出来るなんて、私も随分と成長したなぁ……。

 じんわりした喜びを噛み締めていると、ルークスが駆け寄ってきた。


「どう? 成功した?」


「うんっ、したよ! この子の名前は、今日からテツ丸! よろしくね!」


 鉄の丸い魔物だから、テツ丸。安直だけど、従魔が順調に増えているから、憶えやすい名前が良い。


 私は弱っているテツ丸に、【再生の祈り】を使った。

 すると、この子はあっという間に元気になって、身体を私に擦り付けてくる。

 ……甘えているんだと思うけど、ただの鉄の塊だから、あんまり可愛くはない。


 これで、本日の目的は無事に達成。

 ルークスたちは引き続き、第二階層で狩りをするみたいだから、私も付き合うことにした。とは言え、活躍の機会は全然ないけどね。

 スラ丸の【収納】に、どんどん鉄塊が詰め込まれていくから、延々と頭の中で算盤を弾いていたよ。

 

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