第105話 無機物遺跡

 

 ──ブロ丸を進化させた次の日。私は早朝から、ルークスたちと合流していた。

 暗殺者のルークス、戦士のトール、騎士のシュヴァインくん、火の魔法使いのフィオナちゃん、氷の魔法使いのニュート様。

 みんな私と同い年だけど、一人前の銀級冒険者だよ。


 私たちのパーティー名は『黎明の牙』──私だけは滅多に冒険しないけど、みんな優しいから、私をパーティーに入れてくれたんだ。

 無機物遺跡へと向かう道すがら、私はシュヴァインくんに声を掛ける。


「シュヴァインくん。早速で悪いんだけど、一つお願いがあるの」


「し、師匠のお願いなら、なんでも聞くよ……!!」


 全体的に丸っこい太っちょ男子、シュヴァインくん。

 彼は無類の女好きで、可愛い女の子のためなら、自分の命すら惜しくはないと思っている。最近は二股を掛けて、恋人だったフィオナちゃんと破局したんだけど、友達関係は維持出来ているみたい。


「ブロ丸を盾として、使って貰えないかな? この子に盾の動きを覚えさせたいから」


「ま、任せて……!! お安い御用だよ……!!」


 連れてきたブロ丸を盾形態にして渡すと、シュヴァインくんは瞳を輝かせた。

 見た目が格好いいから、気に入ったらしい。


「シュヴァイン……っ!! その盾っ、似合っているわね!!」


「えへへ……。ぼ、ボク、この盾で、フィオナちゃんを守るから……!!」


 赤い髪をツインテールにしている勝気な女の子、フィオナちゃん。

 彼女はブロ丸を手にしたシュヴァインくんの姿を見て、惚れ直してしまったみたい。


 彼の浮気が原因で破局したけど、お互いに恋心はまだまだ残っているんだ。

 もう恋人同士じゃないのに、イチャイチャし始めた二人。その光景からそっと目を反らして、私はニュート様を気に掛ける。


「ニュート様、大丈夫ですか……? その、色々と……」


「ああ、大丈夫だ。急いても嘆いても、意味がないのでな。今は着実に、己を鍛えていくと決めた」


 アイスブルーの髪と灰色の瞳を持つ眼鏡男子、ニュート様。

 つい最近、彼は母親の遺体がお墓から盗まれたことを知って、怒り狂っていた。


 でも、その怒りを抑え込んで、来るべき日に備えると決心したみたい。

 母親の遺体を所持している人物が、死霊術師のノワールという強敵だから、奪い返すためには強くなるしかないんだ。


「私も出来る限り協力するので、なんでも言ってください」


「ああ、感謝する。……ところで、アーシャはいつまで、ワタシに様付けをするつもりだ?」


「えっ、いつまでって……? ニュート様は、ニュート様なので……」


「ワタシはもう、貴族ではない。敬称も敬語も不要だ。……その、今はただの、仲間だろう?」


 ニュート様は元々、サウスモニカ侯爵家の嫡男だった。けど、大事件を引き起こしてしまったので、勘当されている。

 だから、今の身分は一介の市民だよ。


 それでも、まだまだ貴族然とした風格は残っているし、教養の高さが窺える所作も健在なんだ。

 いつ貴族に返り咲いてもおかしくないので、小心者の私には、彼と馴れ馴れしく接するのはハードルが高い。


「ええっと……敬称も敬語も、なくすのは難しいかも……です……」


「……そうか。まだ心の底から、ワタシを仲間だとは認められないか……」


「えぇっ!? い、いやいやっ、そういうことじゃないですよ!?」


 ニュート様が顔にスッと影を落としたので、私は慌てて否定した。


「それなら、敬称も敬語もなくせ。疎外感を抱いてしまうからな」


「うぅ……っ、じゃ、じゃあ、ニュート……」


「フッ、やれば出来るではないか」


 いつも無愛想でクールなニュート様──いや、ニュートが、口元に優しげな笑みを浮かべた。

 レアな横顔に思わず見惚れていると、私の腕が急に引っ張られる。


「オイっ!! これからダンジョンだってのに、腑抜けたやり取りしてンじゃねェぞッ!!」


 私の腕を引っ張ったのは、くすんだ銀髪と鳶色の瞳を持つ荒くれ者、トールだ。

 彼の言う通り、ちょっと気が緩んでいたかも……。

 今回の目的は、私がブロンズボールをテイムすること。全然難しくないと思うけど、ダンジョンでは何が起こるか分からない。


 気を抜くと、呆気なく命を散らしてしまう可能性がある。もっと緊張感を持たないと、駄目だよね。

 私が自分を戒めている横で、フィオナちゃんがビシッとトールを指差した。


「出たわねっ、トールのダッサい嫉妬が!! あんた、ダンジョンを理由にするんじゃなくて、『俺様以外の男に見惚れるんじゃねー!!』って、素直に言いなさいよっ!!」


「──ッ!? て、テメェ……ッ、馬鹿女ァ!! どうしても今すぐッ、ブッ殺されてェらしいなァ!? いいぜェ、お望み通りミンチにしてやらァ!!」


 フィオナちゃんに駄目出しされて、トールの堪忍袋の緒が切れた。

 彼はデコピンをするべくフィオナちゃんに迫り、フィオナちゃんは透かさずシュヴァインくんを盾にする。


「シュヴァイン!! 出番よ!!」


「と、トールくん……!! ボクが相手だ……!!」


 シュヴァインくんがスキル【挑発】を使って、トールの敵視を強制的に自分へ向けさせた。

 トールはシュヴァインくんが相手になった途端、獰猛な笑みを浮かべて、デコピンではなく拳を振るう。


「ブゥゥゥタアアアアアアァァァァァァッ!!」


「ぼ、ボクは負けない……ッ!! フィオナちゃんを守るんだ……ッ!!」


 シュヴァインくんはブロ丸の盾を軽く斜めにして、トールの拳を器用に受け流し、更には盾ごと体当たりして彼を弾き飛ばす。

 トールは笑みを深くしながらブチ切れて、背中に携えていた鉄の鈍器を構えた。


 ……まぁ、なんだかんだで殺気は出ていないから、いつも通りの模擬戦だね。

 シュヴァインくんは見事な盾捌きでトールの猛攻を往なし、ブロ丸の身体に盾の動かし方を教えてくれているよ。


「おおー……。シュヴァインくん、強くなったねぇ……」


「最近のシュヴァインは、狩りにも修行にも、物凄く気合いが入っているんだ」


 感慨に耽っている私に、そう教えてくれたのは、柔らかい金髪と澄んだ碧色の瞳を持つ少年、ルークス。

 普段はのほほんとしていて、影が薄くなることも多々あるけど、彼は黎明の牙の立派なリーダーだよ。


「そっか……。原因はやっぱり、ハーレムのためなのかな……」


 シュヴァインくんはハーレムを作るために、男を磨いている真っ最中だ。

 狩りも修行も、その一環だと思う。

 頑張っている男の子は応援したくなるけど、最終目標がハーレムの形成となると、なんだかなぁ……って感じ。


 この後、トールとシュヴァインくんの勝負を少しだけ観戦してから、ルークスが二人を止めた。

 そして、いよいよ私たちは、無機物遺跡へと足を踏み入れる。



 ──無機物遺跡は地下に広がる廃墟の街で、第一階層はサウスモニカの街と似ていた。

 この階層に出現する魔物は、ブロンズゴーレムとブロンズボール、それから稀にブロンズミミック。

 私がテイムしていないブロンズゴーレムとは、動く銅の人形だよ。


 普段は冒険者が沢山いるダンジョンなんだけど、今は伽藍としていた。

 街のポーション不足が深刻化しているから、仕方ないね。

 狩場が空いていることは、私たちにとっては悪いことじゃない。


「ねぇ、アーシャ。ブロンズボールをテイムして進化させるより、アイアンボールを直接テイムした方が、良いんじゃないかな?」


「うーん……。その方が安上がりだけど、私にテイム出来るかどうか……」


「試すだけ試してみようよ。第二階層でも、オレたちは戦えるから」


 ルークスの提案に対して、私は首を縦に振った。

 駄目なら第一階層に戻って、ブロンズボールをテイムすればいい。

 第二階層に出現する魔物は、アイアンゴーレムとアイアンボール。それから、極稀にシルバーゴーレムとシルバーボールだって。

 銀塊の魔物は宝箱よりも、出現率が低いみたい。


 ……野生のシルバーボールが現れたら、私は泣いちゃうかも。大金を使って、ブロ丸を進化させたばっかりだからね。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る