第107話 ローズの進化

 

 ──夕方。無機物遺跡の探索が終わって、私は自分のお店に帰ってきた。

 開店休業状態だけど、なんとなくカウンター席に座りながら、ローズに今後の方針を伝える。


「テツ丸も仲間になったことだし、しばらくはのんびりしようね」


「えっ、待ってたも! わ、妾は……妾は進化させて、貰えないのかの……?」


「…………あっ」


「その『あっ』はまさか……っ、忘れてたの『あっ』ではなかろうな!?」


 ローズに突っ込まれて、私は思わず言葉を詰まらせてしまう。

 彼女の言う通り、すっかり忘れていたんだ。


「チ、チガウヨ……。ほらっ、ローズのために、土の魔石を用意したから!!」


「むっ、本当じゃな……。全く、紛らわしい反応をするでないわ」


 私はスラ丸の中から魔石を取り出して、カウンターの上に並べた。

 ブロ丸を進化させたときに余った魔石なんだけど、言わなければバレないよね……。

 ローズは機嫌を直して、ボリボリと魔石を食べ始めたよ。


「そういえば、アルラウネの進化条件って調べてなかったけど、魔石を取り込むだけでいいの?」


「うむ! ムクムクと力が湧いてきたから、大丈夫だと思うのじゃ! なんかこう、己の殻を破れそうな感覚があるのぅ!」


 ローズは普通のアルラウネと違う部分が多いから、図書館で調べたことが当てになるか分からない。そんな訳で、事前情報を集めずに進化させてしまおう。

 私は自室に戻り、スラ丸の【浄化】で身綺麗にして貰ってから、スヤァっと眠りに就く。



 ──意識が微睡の中に沈むと、暗闇に浮かぶ四本の道が見えてきた。

 それらの道の分岐点に下り立った私は、ステホを手にしながら看板を確認する。


 『アルラウネハープ』──花弁の一部が竪琴になっているアルラウネ。奏でる音色で他の生物を癒せる。多くの感謝を集めると現れる進化先。

 この魔物はヒーラーっぽいよ。ローズが生成した花弁は、多くの人の感謝を集めたはずだから、進化条件を満たしているのも納得だね。

 私には【再生の祈り】があるから、ヒーラーの従魔は微妙かな……?



 『アルラウネメイジ』──なんらかの魔法を使うアルラウネ。使える魔法は個体によって異なる。多くの魔力を消耗すると現れる進化先。

 ローズは【草花生成】を多用していたから、現れて当然の進化先だ。


 【竜の因子】を持っているローズなら、進化後に火属性の魔法を取得しそう。

 彼女は店番をすることが多いから、火は困るよね……。お店を燃やす訳にはいかないので、泥棒が侵入しても火は使えないんだ。

 そんな訳で、メイジは候補から外そう。



 『アルラウネウィップ』──直接的な攻撃が得意で、好戦的なアルラウネ。茨の鞭の威力が上がる。多くの生物を殺傷すると現れる進化先。

 ローズが多くの生物を殺傷したなんて、私には心当たりがない。


 ……ああいや、彼女はローズクイーンの転生体だから、転生前に満たした進化条件が反映されているのかも。

 接客業を任せているのに、攻撃的な性格になったら困る。能力だけなら理想的なんだけど、これも候補から外そう。



 『活性化』──特定の因子が活性化する。

 この看板だけは、進化先の魔物の名前が書かれていない。

 特定の因子って、【竜の因子】以外にないよね?

 それが強化されるなら、ローズはとっても強くなると思う。けど、ドラゴンは恐ろしい魔物だから、これを選ぶのは絶対にやめておくよ。


「うーん……。消去法でハープかな……? うん、そうしよう。ローズ、行っておいで」


 私が最終的に選んだのは、アルラウネハープだった。ヒーラーが増えて困ることはないし、別にいいよね。

 私の隣に現れたローズが、力強く頷いてから、その道を辿っていく。……今更だけど、あんまり大きくならないで貰いたい。カウンター席に座れなくなっちゃうから。



 ──翌朝。私が目を覚ましたとき、裏庭からポロンポロンと、下手な竪琴の音色が聞こえてきた。

 フィオナちゃんとミケはまだ寝ているけど、この音が原因で夢見が悪いみたい。二人とも顔を顰めているんだ。


 私が裏庭の様子を見に行くと、鮮やかな緑色の衣を纏ったローズが、竪琴を掻き鳴らしていた。

 その竪琴は、ローズの花弁に数本の弦が張ってあるもので、一つ一つの音色は非常に綺麗だよ。……でも、ローズの演奏が下手だから、折角の音色が台無しになっている。


 彼女の姿に関しては、花弁の一部が竪琴になったこと以外にも、下半身の薔薇が一回り大きくなって、上半身が二歳分ほど成長していた。

 まだまだ幼いけど、今の私よりは少し年上くらいに見える。


 ステホでローズを撮影してみると、きちんと進化していることが分かった。

 新しく取得したスキルは【癒しの音】であり、自分の演奏が傷や疲労を癒す効果を持つみたい。

 これは全ての回復系スキルの中で、最も効力が低いのだとか……。

 でも、影響を及ぼせるのが広範囲かつ、魔力を消耗しないというメリットがある。


「むっ、アーシャよ! おはようなのじゃ! 妾が奏でる美しき音色で目覚めた気分は、どうかの!?」


「どうって……ごめん、正直に言うね? ローズの演奏、下手っぴだよ」


「…………えっ!? ば、馬鹿な!? 妾はスキルを持っておるのじゃぞ!?」


「まさか、今の演奏って、スキルを使っていたの……?」


 私が恐る恐る問い掛けると、ローズはごくりと固唾を呑んでから、こくりと小さく頷いた。

 全く癒されなかったんだけど……もしかして、演奏の技量によって効力が変化するとか?

 だとしたら、今のローズには全く使えないスキルということになる。


「ど、どうすればよいかの……? 妾、自分の演奏の良し悪しすら、把握出来ないのじゃが……」


「講師を雇うとか……いや、当てがないなぁ……。ちょっと図書館に行って、竪琴を練習するための本を写してくるから、それを読みながら頑張って貰うしか……」


「妾、一人でやれる自信がないのじゃよ……? アーシャも練習に、付き合ってたも……」


 ローズはそう言って、自分の竪琴になっている花弁を引っこ抜き、私に差し出してきた。

 受け取ると、意外に頑丈だと判明。ステホで撮影してみると、『アルラウネの竪琴』という立派なマジックアイテムだったよ。

 これを使って演奏すれば、スキル【癒しの音】を使ったときと同じ効果が発生するみたい。

 ちなみに、この竪琴は僅か七日で枯れてしまう。


「これ、引っこ抜いても大丈夫だったの?」


「うむ、問題ないのじゃ。【草花生成】を使えば──ほれ、元通りになった」


 ローズがスキルを使うと、下半身から竪琴の花弁が生えてきた。

 マジックアイテムを生成出来るなんて凄いけど、七日で枯れてしまうから、売り物にするのは難しそう。


「その竪琴さ、【草花生成】+【竜の因子】の複合技で、生やせないかな? それから、私の【耕起】も合わせたら、品質が向上するかも」


「おおっ! その発想はなかったのじゃ! 試してみようぞ!!」


 私たちは早速、力を合わせて新しい竪琴の花弁を生成してみた。

 その竪琴には、燃える炎のような模様が入っていて、色艶も非常に素晴らしい。

 肝心の音色には、たった一音で心臓が掴まれるような、美しくも恐ろしい迫力が宿っている。


 ステホで撮影すると、名前は『未登録』で効果も不明だったよ。

 とりあえず、名前は『ドラゴンローズの竪琴』にしよう。


 ポロンポロンと適当に鳴らすと、少しだけ身体がポカポカするようになった。

 アルラウネの竪琴に備わっている従来の効果に加えて、身体を温めてくれる効果もあるみたい。

 これも演奏の技量次第で、効力が変わるんだろうね。


 もうすぐ冬だし、これなら売れてもおかしくない。竪琴を演奏出来る人なんて、そんなにいないと思うから、売れ行きは悪そうだけど。

 楽器の演奏は上流階級の嗜みってイメージがあるから、高値を付けて様子を見よう。


 ──これは後日判明したことで、ドラゴンローズの竪琴は七日経っても、全く枯れる様子がなかった。

 ドラゴンという、途轍もない生命力を持つ魔物の力が宿っているから、数年は使えるかもしれない。

 

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