第97話 合同依頼

 

 ──私がグレープをテイムしてから、数日が経過した。

 この日の早朝、ルークスたちが私とフィオナちゃんを呼びに来て、開店前に話がしたいと持ち掛けてきたよ。


「二人とも、おはよう! 今後のパーティーの活動方針で、軽く話し合いがしたいから、朝食でも一緒にどうかな?」


「勿論、あたしは参加するわ。アーシャも行くわよね?」


 ルークスに誘われて、フィオナちゃんが即答した。

 私は一旦、お店の商品棚を見回してから、話し合いに参加することを決める。


「うん、行くよ。開店させても、閑古鳥が鳴くような状況だから、暇なんだよね」


 棚にはもう、以前にスラ丸二号が聖女の墓標で手に入れたお宝と、タクミが作ってくれたもの、それからローズの葉っぱが数枚、売れ残っているだけだよ。

 ポーションの納品は物凄く順調だけど、お店は商品の補充をしていないから、寂れていく一方なんだ。

 この献身に見合った褒賞が貰えないと、私は暴れるかもしれない。


「かんこどり……? アーシャは時々、ワタシでも知らない言葉を使うな。本当に孤児院で育ったのか?」


「う、うん。院長のマリアさんが博識で、私は勉強熱心だったから……」


 酒場へ向かう道中、ニュート様が私の出自を疑ったけど、孤児院で育ったことは嘘じゃない。

 ただ、前世の記憶があるから、みんなが聞き慣れない言葉がたまに出るんだ。


 前世の記憶に関しては、誰にも言わないよ。

 私がアラサーで親の脛を齧って生きていたなんて、恥ずかしいから知られたくない……。この秘密は、墓場まで持っていこう。


「──それじゃあ、今後のパーティーの活動方針だけど、どうしよっか?」


 酒場に到着して、みんなが適当にメニューを注文した後、ルークスが意見を求めてきた。これに、トールが真っ先に反応する。


「第四階層に挑むっきゃねェだろ!! 歯応えがなくなっちまった第三階層で、これ以上グダグダしたくねェ!!」


「ぼ、ボクは、マンモスの群れなんて、無理だと思う……」


「テメェ……ッ、ブタ野郎!! 弱気になってンじゃねェぞッ!!」


「ひぃっ、で、でもぉ……!!」


 トールは先へ進みたがっているけど、シュヴァインくんは腰が引けている。

 私としては、シュヴァインくんの意見が正しいと思うよ。ニュート様も同意見で、トールを宥めるのと同時に建設的な意見を出した。


「落ち着け、番犬。実際問題、まだマンモスの群れは無理だ。ワタシはこのまま第三階層で、全員のレベルを30まで上げるべきだと、提案させて貰おう」


「ざけンじゃねェぞ!! スノウベアーなンざ、もう欠伸混じりで倒せちまうだろォがッ!! レベル30なンざ、この調子だと一年は掛かっちまう!!」


 スノウベアーと戦うのに適性とされているレベルは、20~30らしい。

 レベル20から徐々に伸びが鈍化して、30から先はスノウベアーを狩っても、レベルが上がらなくなるとか。


「みんなって、今はレベル幾つなの?」


「全員一緒で、22よ。スラ丸の【転移門】のおかげで、帰り道を省略出来るようになったから、狩りに費やせる時間は増えたんだけど……」


 私の質問にフィオナちゃんが答えて、やれやれと頭を振った。今のペースだと、レベル30は遠いよね。

 ルークス、トール、フィオナちゃんの三人は、もっとレベルをサクサク上げたがっている。

 ここで、ニュート様がみんなを冷静にさせる話を持ち出した。


「ワタシたちの年齢を考えれば、一年後にレベル30というのは驚異的なことだ。現状でも随分とアーシャの支援に頼っているが、これ以上先を急ぐとなると、大幅に依存度が上がるだろう。……そうやってレベルを上げたとして、本当に強くなったと言えるのか?」


 【再生の祈り】があるから、怪我が怖くなくなり、結構な無茶が出来る。

 【光球】があるから、体力と魔力が自動回復して、容易に連戦に臨める。

 【風纏脚】があるから、移動速度が上がって、攻撃を回避するのも命中させるのも楽になっている。

 

 これらの支援スキルがなくても、みんなはスノウベアーを倒せると思うけど、安全性は著しく落ちるよね。

 狩るペースだって遅くなるし、そういう状態が普通だと考えれば、現状は随分と恵まれているんだ。


「そっか……。一年後にレベル30でも、全然早い方なんだ……。オレたち、急ぎ過ぎていたのかな?」


「そうね、あたしもハッとしたわ。ニュートの言う通り、一年掛けてレベル30を目指しましょ」


 ルークスとフィオナちゃんが、ニュート様の話に納得したよ。

 これで、意見を変えていないのはトールだけだね。


「チッ、一年もぬるま湯に浸かってたら、テメェら腑抜けちまうンじゃねェのか?」


「ふむ、それは一理ある。適度な緊張感を保つために、活動の範囲を広げるというのはどうだ?」


 ニュート様はトールの疑念に理解を示して、冒険者らしく未知に挑もうと提案した。

 冒険者ギルドの依頼を受けて、街の周辺に生息している魔物を間引きしたり、盗賊退治をしたり、無機物遺跡に挑んだりと、みんなにとっての未知は多い。


「まァ、それなら悪かねェか……。いいぜ、俺様もテメェらの意見に乗ってやるよ」


「よしっ、じゃあ決まり! オレたちは一年掛けて、レベル30を目指しながら、活動の範囲を広げよう!」


 トールが納得したところで、ルークスがそう締め括った。

 私は笑顔でみんなを応援しながら、こっそりと重たい溜息を吐く。

 活動の範囲を広げるのはいいけど、盗賊退治の依頼は受けないでほしい。前世の記憶が邪魔をして、殺人に対する忌避感が強いんだ。


 ……でも、この意見は口に出さない。感情論を無視するのであれば、盗賊退治は推奨出来てしまうからね。

 生死を賭けた対人戦って、否が応でも勃発することがある。そのときに備えて、盗賊退治で対人戦の経験を積むのは、かなり合理的なんだよ。


 冒険者ギルドとしては、むざむざと冒険者を失いたくないから、万全を期して盗賊退治に挑ませる。具体的に言えば、盗賊団に数と質の両方で勝るよう、複数のパーティーに合同依頼を出すらしい。

 そんな訳で、有利な状況で対人戦の経験を積むのに、盗賊退治は打って付けだ。


「そうと決まれば、早速だけど依頼を見に行く? あたし、もう食べ終わったわよ」


 フィオナちゃんは朝食が軽めだったから、誰よりも早く食べ終わって立ち上がった。

 重めの肉料理を沢山注文していたトールは、それらを急いで口に掻き込み、ジョッキに入っているミルクで流し込む。


「──ったりめェだ!! テメェらッ、急げ!! 歯応えのある依頼がなくなっちまう!!」


 トールに急かされて、みんなもすぐに食べ終わり、冒険者ギルドへと向かうことになった。 

 この話し合いに、私って必要なかったね。注文した軽食をモグモグしているだけで、終わっちゃったよ。

 酒場を出たところで、シュヴァインくんがおずおずと、私に話し掛けてくる。


「し、師匠はどうするの……? 依頼、ボクたちと一緒に、行く……?」


「ううん、やめておくよ。私は未知に飢えてないし」


 お店は暇だけど、未知に挑むのは怖い。だから、私はここで別れる。

 みんな、頑張ってね! スラ丸三号の視界を覗き見して、応援するから!



 ──帰宅して、いつものように従魔たちと戯れてから、私はカウンター席で【感覚共有】を使った。

 フィオナちゃんのリュックの中から、スラ丸三号が身体の一部を覗かせる。

 そうして、視界を確保してみると、ルークスたちは冒険者ギルドの建物内にいたよ。


 まだ受ける依頼を決めていないのかな? と思ったけど、様子がおかしい。

 周囲には他の冒険者が五十人以上集まっていて、誰もが神妙な面持ちで、一人の男性の言葉に耳を傾けている。

 その男性は、熊みたいに毛むくじゃらで大柄な人だよ。


「──さて、今回の合同依頼は、大規模な盗賊団の討伐だ。依頼人はライトン侯爵で、報酬は銅級冒険者なら、一人当たり金貨一枚。銀級冒険者なら、一人当たり金貨十枚になる」


 熊みたいな男性の言葉に、冒険者たちは沸き立って、次々と『依頼を受ける!!』と言い出した。トールの声もその中に混じっているよ。

 侯爵様からの依頼というだけあって、破格の報酬みたいだね。

 そんな中、ベテランと思しき冒険者が冷静に質問する。


「ギルドマスター、具体的な敵の戦力を教えてくれ」


「敵は数百人、あるいは千を超える規模だ。近隣の大小全ての盗賊団が集まっている」


 熊みたいな男性は、サウスモニカの街にある冒険者ギルドの纏め役、ギルドマスターと呼ばれる人らしい。

 彼が齎した情報を聞いて、賑やかだった建物内が一気に静まり返る。


 そして、誰かがポツリと、


「な、なんでそんなことに……?」


「原因は、行商人が殆どいなくなったことにある。盗賊にとっての小さな獲物がいなくなっちまったから、力を合わせて大きな獲物でも狩ろうって魂胆だろう」


 コレクタースライムの【収納】を使った物流網。それが、行商人を駆逐してしまったんだ。

 ……まさか、そこから大規模な盗賊団の出現に繋がるなんて、私は思ってもみなかったよ。


「大きな獲物って? まさかとは思うが、この街を狙ったりしないよな?」


「連中もそこまで馬鹿じゃない。狙いはもっと小さな街や村だ」


 大規模な盗賊団とは言え、構成員の大半が有象無象だとか。

 サウスモニカの街には、侯爵家の騎士団が存在しているから、荒らされる心配はなさそうだね。


「大規模な集団戦なら、冒険者じゃなくて騎士団が対応する仕事じゃないのか?」


「今の騎士団には、少しでも人員を温存したい事情がある。近々、裏ボス攻略があるからな」


「冒険者ギルドが動員する予定の人数は? それと、想定されている依頼の拘束期間も教えてくれ」


「銅級が二百人、銀級が五十人、金級が一人だ。六日で全て終わるはずだが、前後しても報酬の増減はない」


 続々と出てくる質問に、ギルドマスターは淀みなく答えていった。

 金級冒険者が参加すると聞かされて、多くの人たちが再び沸き立つ。

 盗賊退治の定石である数の有利は取れていないけど、金級冒険者が参加するなら楽勝かもしれない。

 

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