第95話 デート
──私とフィオナちゃんのデートは、頗る順調だった。
現在進行形で、私は自分がリードすることを心掛けて、さり気ないスキンシップを頻繁に仕掛けている。
頭を撫でたり、肩や腰を抱き寄せたり、手を繋いだり……何をやっても好評だから、私も調子に乗っちゃったよ。
そこから更に、フィオナちゃんが如何に可愛いか、褒め殺しにする勢いで何度も言葉に出した。
それとね、『愛してる』の一言は惜しまない。素敵な言葉って、何度使っても素敵なんだ。
後はもう、身体の隅々まで砂糖になるんじゃないかってくらい、甘やかして甘やかして甘やかしまくった。
……これ全部、優しくて素敵なイケメンお金持ち彼氏が出来たときに、私がやって欲しかったことなんだけど。
ふと我に返ると虚しくなるから、私はフィオナちゃんのご機嫌取りに注力する。
装飾品店では、黄色のリボンを二つプレゼントして、彼女のツインテールの見栄えを良くしたよ。
その後、ちょっとお洒落なカフェテラスで軽食をとって、劇場で最近人気らしいラブロマンスを見る。
演劇って初めて見たけど、一人の女性を三人の男性が奪い合う内容に、私たちは興味津々だ。
最後は逆ハーレムのハッピーエンドで幕を閉じて、観客の女性陣からは拍手喝采だった。男性陣は総じて、微妙そうな顔をしている。
「とっても面白かったわ! イケメンを侍らせるのって、夢があるわよね!」
フィオナちゃんの感想を聞いて、ウンウンと頷きそうになったけど、今の私はアーシャじゃなくてアシャオット。ここは好感度を稼いでおこう。
「悲しいな……。フィオナには、私だけを見ていて欲しいのに……」
私はフィオナちゃんの顎をクイっと持ち上げて、物憂げな表情で目を合わせた。
一段低い声と、男の子っぽい口調を維持して、羞恥心を押し殺しながら頑張っている。
「きゅん……。そ、そうよね……!! あたしには、アシャオットだけで十分だわ……!!」
フィオナちゃんは目を瞑って、キスを強請るように唇をツンと尖らせた。
……いや、しないよ? 流石にそこまでは出来ない。私はマイノリティに寛容だけど、自分が同性愛者って訳じゃないんだ。
まぁ、このまま何もしないと、折角ご機嫌になった彼女がへそを曲げちゃうから、唇じゃなくて頬にキスしておく。
「人目が多いから、これで許してね」
「んもぉ! アシャオットったら、照れ屋さんなんだからぁ!! それじゃ、早く宿屋に行きましょ! 今夜は寝かせないで、ね?」
すっかりその気になっているフィオナちゃんを前にして、私は思わず頬を引き攣らせた。
当たり前だけど、ご遠慮したい……。でも、穏便に済ませられるような、上手い言い訳が思い付かない。
そうして悩んでいる内に、私の片腕が彼女に絡めとられて、引き摺られながら連行される。
こ、このままだと、宿屋でしっぽりしちゃう……!?
私が慌てていると、不意に後ろから声を掛けられた。
「ふぃ、フィオナちゃん……? そ、その人は、一体……?」
「──ッ!? しゅ、シュヴァイン!? あんた、こんなところで何して……」
まさかのシュヴァインくんが登場だよ。
私は振り向こうとしたけど、フィオナちゃんが目で制してきた。
どうやら、男の子の振りを続けて欲しいみたい。後ろ姿だけなら、私がアーシャだって気付かれないかな。
「ぼ、ボクはフィオナちゃんを捜しに……っ、そ、それより! 隣の男の子は、誰……?」
「フンっ、誰でもいいでしょ! もうシュヴァインには関係ないんだからっ!!」
「か、関係ない……!? そ、そんなっ、でも、あの……っ、ボ、ボク、フィオナちゃんの、恋人で……」
「あんたはスイミィを選んだじゃない!! だからあたしはこの人っ、アシャオットを選んだのよ!! もう放っておいて!!」
ブワッと、背後でシュヴァインくんが泣き崩れる気配がした。
可哀そうだけど、これも薬なのかなぁ……。自分は浮気するのに、彼女の浮気は許せないなんて、そんな道理は通用しないからね。
フィオナちゃんは彼をその場に残して、私の腕を引っ張りながら立ち去る。
そうして、しばらく歩いた後──
「ねぇ、アーシャ……。またそっちの家で、寝泊まりしてもいい……?」
「いいけど、今回の問題の落とし所って、もう決めているの?」
シュヴァインくんと気まずい関係になってしまったから、同じ宿屋では暮らせない。
そんなフィオナちゃんの気持ちが理解出来るので、私は彼女を自分の家に連れ帰ることにした。
でも、このままだとパーティーの活動にだって、支障を来すよね。なんらかの落とし所は必要だよ。
「焼きもちを焼かせることしか、考えてなかったわ……。アーシャ、どうしたらいいと思う……?」
「シュヴァインくんと縁を切りたいのか、友達に戻りたいのか、恋人のままでいたいのか、まずはこの三択と向き合ったら?」
「三択……。シュヴァインが二度と浮気しないって、誓えるなら……恋人のままでも、いいけど……」
シュヴァインくんのハーレム願望は、留まる所を知らないから、無理だと思う。
可愛い女の子に迫られて、彼が気丈に突っ撥ねている姿なんて、全く考えられないんだ。
「なんか、口先だけの誓いになりそう……」
私が思ったことを正直に言うと、フィオナちゃんも同じことを思っていたみたいで、すぐに深々と頷いた。
「そうなのよねぇ……。アーシャがハーレムに加わるって言うなら、あたしも全然許せたのに……」
「それ、前にも言っていたよね。どうして私なら許せるのに、スイミィ様は許せないの?」
「スイミィは絶対に抜け駆けするわ! 上手くやっていける気がしないの!! それにっ、あっちは侯爵令嬢よ!? どう考えたって、正妻の座が奪われちゃうでしょ!?」
確かに、と私は同意する。抜け駆けに関しては、実際にもうやられたからね。
でも、スイミィ様だって必死だと思うから、私は悪く言えないよ。
身分の差が邪魔をして、会える機会が物凄く少ない。そんな数少ない機会を最大限に活用するべく、逢引というシチュエーションでキスを迫った。
そんなスイミィ様の努力に、恋愛弱者の私は拍手を送りたい。
「じゃあ、シュヴァインくんとは、恋人関係に戻らないとして……友達に戻るのは、どうなの?」
「それは別に、嫌じゃないわ……。でも、寂しい……」
「え? なんて?」
最後にボソっと付け足された言葉が聞き取れなくて、私はフィオナちゃんに耳を近付けた。
すると、彼女は私にガバっと抱き着いて、盛大に喚き散らす。
「独り身は寂しいのよっ!! アシャオット!! あたしを慰めてっ!!」
「ちょっ、それはもう終わり! アシャオットは夢の国に帰ったから!!」
私は急いで自分の帽子を取り、折り畳んでいた髪を元に戻した。
アシャオットが帰ってくることは、多分だけど二度とない。
──こうして、再び私の家に、フィオナちゃんが居候することになったよ。
ミケが大興奮で、『メスが増えるにゃんてサイコーっ!!』って言い出したから、私は少しだけ危機感を抱いた。
一応、フィオナちゃんにはミケが男の子であることを伝えて、万が一のときは容赦せずに、【火炎弾】で撃ち抜くよう許可を出しておく。
「にゃあっ!? みゃ、みゃーのどこを撃ち抜くつもりにゃ!?」
「どこって、言わなくても分かるでしょ?」
ミケが内股になって萎縮しているから、私はチラっと彼の下半身を一瞥して、恐怖を煽った。
これだけビビらせておけば、滅多なことはしないよね。……しないよね?
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