第93話 家庭菜園
──強制依頼の貢献度を順調に稼ぎながら、数日が経過した。
昨日は役所に行って、ポーションを納品したんだけど、その際に七三分けのお役人さんが褒めてくれたよ。個人の貢献度は、私が街で一番高いらしい。
そんな訳で、『何か困ったことがあれば、便宜を図る』とまで言って貰えた。
それと、納品したポーションが税金という扱いになったから、ステホがバージョンアップされたよ。
税金を沢山支払うと、フレンド登録出来る人数が増えたりするんだ。
政府からの広報を受け取れる機能も追加されたから、多少は情報通になったけど……正直、あんまり恩恵を感じられない。
最近の目立つニュースは三つ。
『第二王子、新種のスライムへの進化条件を発見!』
『流水海域の裏ボスに挑戦するのは、第二王子が率いる王国軍第二師団!』
『空前絶後の好景気! 魔物使いになろうキャンペーン実施中!』
バリィさんは私から聞いた情報を第二王子に渡して、第二王子はそれを自分の手柄にしている。
こうしても構わないか、事前にバリィさんから連絡を貰っていて、私は快諾したんだ。
ちなみに、バリィさんは第二王子から金一封を貰い、その全てを私に渡そうとしてきた。けど、折半ということで押し切ったよ。
金額が大き過ぎて、全部貰うのは怖かったからね……。
金一封は白金貨二十枚で、私の取り分は白金貨十枚。これには口止め料も入っているらしい。
バリィさん曰く、この一件は二つ目のニュースに繋がっているとか……。
ゲートスライムへの進化条件。それを発見したという手柄を使って、第二王子は国王陛下から、王国軍第二師団の指揮権と、裏ボスへの挑戦権をもぎ取ったみたい。
これで裏ボスの討伐が成功すれば、更に大きな手柄となる。その手柄が、王位継承争いで役に立つんだって。
私にとっては雲の上の出来事だから、興味が湧かない話だよ。
でも、バリィさんは第二王子を気に入ったとかで、結構肩入れしているっぽい。
三つ目のニュースに関しては、前々から知っていた。
コレクタースライムがとっても有用だから、魔物使いが増えて欲しいという、為政者たちの思惑だね。
──早朝。自室にて、私が寝惚け眼を擦りながら、ステホでニュースを確認していると、
「にゃああああああああああっ!? ま、魔物だにゃあああああああああ!!」
小鳥の囀りと共に、ミケの悲鳴が聞こえてきた。
悲鳴の出所は、我が家の裏庭だよ。こんな朝早くから、ご近所迷惑も甚だしい。
街中が騒々しい訳じゃないから、ソウルイーターみたいな超大型の魔物は、現れていないはず……。
「アーシャよ、ちょっと大変なのじゃ。起きてたも」
「あれ? ローズがそう言うってことは、ミケが寝惚けている訳じゃないんだね」
部屋にやって来たローズに急かされて、私は駆け足で裏庭へと向かう。
ローズのテンションから察するに、そこまで大事じゃないと思うけど、一体何事なんだろう?
──疑問符を浮かべながら裏庭に到着して、私が目撃したもの。それは、どう見ても異常なトマトだった。
家庭菜園を行っている場所に、大きさが六十センチほどもあるトマトが、ドン!と実っているんだ。
瑞々しくて美味しそうなトマトだから、巨大なだけなら問題はない。
しかし、このトマトは有ろうことか、鋭い牙が生えた大きな口を持っている。
ステホで撮影してみると、『ファングトマト』という名前の魔物だと判明したよ。
持っているスキルは【奪命牙】──生物に噛み付くことで、生命力をじわじわと奪えるらしい。
ファングトマトはガチガチと歯を噛み合わせて、腰を抜かしたミケに噛み付こうとしている。
ただ、手足が生えていないので、ミケから近付かなければ大丈夫そう。
「ご主人っ、見てこれ!! みゃーがお世話してたトマトっ、魔物になっちゃったのにゃあ!!」
「うん、見れば分かるけど……私たち、普通のトマトの種を植えたよね……?」
「そ、そのはずにゃんだよ! 市場の八百屋さんで買ったやつにゃ!」
ミケの言う通り、トマトの種を買った場所は、いつも利用している八百屋さんだ。常連客の私に対して、魔物の種を売る意味が分からないし、この異常の原因はこっちにあるかもしれない。
ローズもそう考えたのか、私とファングトマトを交互に見遣って、難しい顔をしながら口を開く。
「うーむ……。思い当たる節なんぞ、アーシャのスキルしかないのじゃよ」
「まぁ、そうだよねぇ……」
スキル【耕起】を使えば、作物の成長を促進させて、品質も良くなると思っていた。けど……まさか、魔物化の原因はこれ?
改めて、ステホでスキルの詳細を確認しよう。
【耕起】に追加されている特殊効果は、『地味を肥やす』というもの。呆れるほどシンプルに、この一文しか説明がない……。
地味が肥え過ぎて、作物が魔物化するとか、そんなことはあり得ない──って言い切れないのが、ファンタジー世界なんだよね。
「それで、どうするのじゃ? 折角だし、テイムしておくかの?」
「いや、テイムしても役に立たないでしょ……。何か活用方法、思い付く?」
「妾にはサッパリじゃな。此奴が動ければ、話は違うのじゃが……」
私はローズと話し合って、ファングトマトを殺処分することに決めた。
ここは一つ、ミケの弓矢で倒して貰おう。
「ミケ、スキルで倒してみて。近付く必要はないから、簡単でしょ?」
「にゃ、にゃあ……。折角育てたのに、悲しいかも……」
ミケは渋々とスキル【強弓】を使って、グッと引き絞った矢を放つ。
それは見事にファングトマトを射抜き、貫通して壁にぶつかった。
庭を囲っている壁師匠に傷は付けられなかったけど、十分な威力があるね。
「むっ、これは食べられるのじゃ! かなり美味な上に、極小ではあるが魔石まで手に入る。そう悪くはないのぅ」
ローズは死んだファングトマトを摘まみ食いしながら、その体内にあった魔石を取り出して観察した。
茶色い土の魔石で、野生のクリアスライムの魔石と同じくらい小さい。
「みゃーも食べる! しっかり供養してやるのにゃ!!」
「人間の私が食べても、大丈夫そう……? お腹、壊したりしない?」
「きっと大丈夫なのじゃ。仮に駄目でも、緑色のポーションを飲めば問題あるまい」
ミケまでファングトマトを美味しそうに食べ始めたから、私の食欲も刺激された。大きな口があるトマトを食べたくなるなんて、私も随分とファンタジーに染まったよ。
ローズの言う通り、お腹を壊したらポーションに頼るという手もあるし、一口だけ……。
そう思って齧り付いたら、濃厚な甘みと僅かな酸味が口の中いっぱいに広がって、そこからは無我夢中でお腹を満たしてしまった。
私、ローズ、ミケの三人で、ファングトマトの死体を貪っている光景。これって傍から見ると、猟奇的かもしれない。
今後はきちんと切り分けて、お皿に乗せよう。
「──ご馳走様でした。ファングトマトは簡単に倒せるし、今後も育てよっか」
「大賛成にゃっ!! みゃーがまた、育ててあげるのにゃあ!!」
「妾も賛成じゃよ。ただし、ユニーク個体には気を付けねばならんの」
ローズの注意を念頭に置いて、水遣りと収穫は必ず複数人で行うことに決めた。
家庭菜園、魔法陣、ミスリルの大釜と、裏庭に重要なものが増えてきたね。
なんかこう、裏庭の守護者になってくれるような魔物が欲しい。
気になる魔物と言えば、樹木の魔物であるトレントが真っ先に思い浮かんだ。
生産系のスキルを持つ個体もいるみたいだし、これを第一候補にしようかな。
近場には生息していない魔物だけど、私の【耕起】を使った土で普通の苗木を育てたら、魔物化してトレントになるかもしれない。
ただ、この街で苗木屋さんなんて、見たことないんだよね。商業ギルドに行けば、外注を依頼出来るかも……。
うん、思い立ったが吉日だ。すぐに行ってみよう!
こうして、私が出掛ける準備をしていたら、ヤク爺がお店にやって来た。
「雑貨屋のお嬢さんや、あのポーションの薬効が判明したよ」
「おおっ、遂に! それで、どんな感じでしたか?」
「中級と上級、どちらに分類するか、悩ましいほどのポーションだった。一応、中級ということになったが──」
ヤク爺曰く、輝く橙色のポーションには、欠損部位の再生、肉体の活性化、一時的な身体能力の向上という、破格の薬効があったらしい。
副作用もないから、限りなく上級に近い中級ポーションというのが、彼の最終評価だよ。
欠損部位の再生は上級ポーションの領分だけど、あっちには若返りの効果もあるから、それの有無を考慮して中級止まりだとか。
でも、普通の中級ポーションは重傷を治すだけで、欠損部位は再生しない。
これは別の名前を付けるべきだということで、第一発見者の私が名付け親になる。
「うーん……。それじゃあ、『ドラゴンポーション』にします」
「あい分かった。再びダンジョンで入手出来ることを祈っているよ」
ヤク爺とのやり取りを終えて、私は脳内で一人緊急会議を開く。
どうしよう、そんなに凄いポーションだとは思わなかった。
ヤク爺にはダンジョン産って言っちゃったけど、あれって量産出来るんだよね……。
上級ポーションは人の手では作れないから、欠損部位を再生させるポーションには大きな価値がある。
だからこそ、それを量産出来ると知られたら、私とローズの身柄が危ない。
折角凄いポーションを作れるようになったのに、売り出すことも国に納品することも躊躇われる。
…………一度、冷静になろう。
幸いにもお金には困っていないし、目先の利益に飛びつく必要はない。私は足るを知る人間だからね。
「──よしっ、決めた。ドラゴンポーションは、仲間にだけ供給しよう」
私の従魔がもっと増えて、もっと進化して、身の安全が保障されたら、そのときは商品棚に並べてもいいかな。
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