第92話 ポーション作り

 

 ──光陰矢の如し。私がポーション作りを始めてから、早くも一か月が経過した。

 私は自分のお店の裏庭に、ミスリルの大釜を設置して、ポーションを大量生産することに成功したよ。

 とは言っても、全部が成功した訳じゃない。一先ず、成功したものだけを白紙の本に書いておく。


『ローズの花弁+聖水=赤色の下級ポーション』


 これは軽度の傷を治すポーションで、しばらくは国に納品するものだね。

 最初は普通の水を使っていたけど、試しに聖水を使ってみたら品質が向上したので、このレシピを使うことにしたんだ。


 ローズの【草花生成】と、私の【耕起】を組み合わせた花弁。それを素材にしているから、更に品質が向上している。

 このポーションをヤク爺に調べて貰ったところ、中級ポーションに限りなく近いと言われた。この街どころか、この国で一番素晴らしい下級ポーションだって。


 大釜を使えば、一度で小瓶百本分も生産出来るから、強制依頼の貢献度が面白いように増えていったよ。

 ……まぁ、納品しても現段階では何も貰えないから、褒賞が貰えるまでは素直に喜べないけど。


 ポーションを入れるための小瓶に関しては、硝子工房が国に納品していて、私たちポーション職人に横流しされている。だから、そこで出費が嵩むことはない。

 私の場合、魔力と労力を延々と徴収されているようなものかな。


 当たり前だけど、今後はポーションの素材を商品棚に並べたりしないよ。ポーションにして売った方が、お金になるからね。

 少し前まで、街全体でアルラウネの花弁が品薄だったんだけど、最近になって一気に解消された。だから、私が素材を売らないといけない理由はないんだ。


 どうして一気に品薄が解消されたのかと言うと、商業ギルドが気付いたからだよ。分裂したコレクタースライム同士の【収納】が、繋がっているということに。

 そこからの動きは早かった。今までの物流の概念が壊されて、アクアヘイム王国の南部でアルラウネの花弁が足りなくなっても、東、西、北から余った分がすぐに流れてくる。


 この国の東部は穀倉地帯で、西部は果物が沢山取れる土地、南部は鉱石の産地。

 これらの特産品が一瞬で、安全に、しかも費用を大幅に削減した状態で東西南北へと流れるので、アクアヘイム王国全体が日に日に活性化している。


 サウスモニカの街でも、色々なものがどんどん安くなって、高級品だった果物が手頃な価格で食べられるようになった。

 穀物だって、穀倉地帯の東部で買うのと殆ど変わらない値段になったから、市民たちは大喜びしているよ。


 ……あ、そうそう。コレクタースライムと言えば、ゲートスライムに進化させるための条件。その情報を誰に伝えようか悩んでいたけど、私はバリィさんに託したんだ。

 ほら、第二王子の護衛中だって言っていたし、彼の口から王族の方に話してくれたら、それが一番確実かなって。


「──っと、いけない。思考が脱線しちゃった」


 私は改めて、大量生産に成功したものを書き留める。


『イエローリリー+水=麻酔薬』


『ピンクリリー+水=睡眠薬』


『パープルリリー+水=毒薬』


 これら三つは聖水を使うと、品質が下がってしまったから、普通の水を使った。

 多分だけど、聖水を使って品質が上がるのは、身体に良い薬効のものだけだね。

 全ての薬は、花弁をそのまま食べたときより、二倍くらい効き目が良くなっている。


 麻酔薬は痛み止め、睡眠薬は不眠用に、ぼちぼち売れ始めた。商品棚に新しいものを並べると、店主として誇らしい気分になるよ。

 毒薬は危ないから、商品棚には並べていない。けど、ルークスにはプレゼントしておいた。毒薬があれば、暗殺者としての強さに磨きが掛かるからね。


『グリーンリリー+聖水=緑色の下級ポーション』


 緑色は状態異常を回復させるポーション。品質は並みだけど、私が作った毒薬の効果を打ち消してくれるから、これもルークスに持たせてある。事故がないとも限らないからね。

 ポーションは何色であっても、強制依頼の納品物になる。でも、赤色の方が貢献度を稼げるから、緑色は仲間内で使う分しか用意していない。


「ここまでが、成功したものなんだけど……一番期待していたコレが、上手くいかないんだよね……」


 私はそうぼやいて、ドラゴンローズの花弁を手に取った。

 この素材を使ってポーションを作ろうとしても、悉く失敗するんだ。

 千切ったり乾燥させたり磨り潰したり、どんな状態で水に入れても、水が急速に熱くなって蒸発してしまう。


 普通のポーション作りは薪を燃やして、大釜の底から熱を入れるんだけど、ドラゴンローズの花弁を素材にするときは、雪を使って冷やしてみた。

 それでも熱くなる方が早くて、やっぱり蒸発するから、もうお手上げだよ。


「にゃあ……? ご主人、元気がにゃいね。どしたの?」


「うーん……。良い案が思い浮かばなくて……」


 庭に作った小さな菜園。そこの水遣りをしていたミケが、私を心配して隣にやって来た。

 街で買える野菜とか果物が安くなったから、家庭菜園の必要性は薄れたけど……【耕起】を活用したくて、用意したんだ。


「みゃーも一緒に考えるから、元気を出すのにゃ」


「そう? それじゃあ、お言葉に甘えて──」


 私はドラゴンローズの花弁のことで、完全に行き詰っている現状を説明して、ミケに解決案を出して貰う。


「にゃるほどー。それって、減った傍から水を足すのは、駄目にゃの?」


「それをやったら、最終的に残るのがただの水なんだよね。多分、大事な成分が水蒸気と一緒に飛んじゃうんだと思う」


「にゃあ……。氷水を使うとか……?」


「熱を吸収しきれなくて、すぐに溶けて蒸発しちゃったよ」


 氷に塩を掛けて溶かすと、周りの熱が奪われるようになるんだけど、それも駄目だった。

 ここまでくると、ドラゴンローズの花弁を水と組み合わせるのは、無理があるんじゃないかと思えてくる。

 もう諦めようかな……と思っていると、


「氷の魔石を入れてみるのは、どうかにゃあ……? あれはひんやりしているけど、溶けたりしにゃいよ?」


 ミケの口から光る意見が出てきた。魔石を使うって発想、私にはなかったよ。

 砕いて粉末にするか、そのまま投入するか、どうしようか……。

 とりあえず、ルークスたちがスノウベアー狩りに勤しんでいるから、氷の魔石を幾つか売って貰おう。


 早速、ステホでルークスに連絡を取ってみる。


『──もしもし、アーシャ? どうかした?』


「実は、スノウベアーの魔石を売って欲しいの。大丈夫かな?」


『全然いいよ。スラ丸の中に入っているから、好きなだけ持っていって』


「ありがとう! みんなにもお礼、言っておいて!」


 私は早速、スラ丸の中からスノウベアーの魔石を取り出した。

 黎明の牙に派遣中のスラ丸三号には、代金を吐き出すよう伝えておく。


 ──さて、まずは魔石をそのまま、ミスリルの大釜に投入。

 次に聖水を入れて、最後に乾燥させた粉末状のドラゴンローズの花弁を入れていくよ。慎重に、ゆっくり、ゆーーーっくりとね。


 そうして掻き混ぜていると、急速に沸騰し始めた。でも、今回はいつもと違う。

 魔石が冷気を放ち、水が加熱されるのを抑制したんだ。

 普通の冷気じゃなくて、魔力そのものみたいな冷気だから、効果があるのかもしれない。


 細かい作用なんて分からないけど、上手くいくならそれでいいよね。

 スノウベアーの魔石、一個だと足りなさそうだから、もう一個追加しよう。


 ──しばらくして、魔石は力尽きたのか、色と輝きを失ってしまった。

 しかし、役目はきちんと果たしたみたいで、液体が気化することなく残っている。


「にゃにゃっ!? 遂に上手くいったのかにゃあ!?」


「どんな薬効があるのか、分からないけど……液体は残ったね」


 ドラゴンローズの花弁、一枚分の粉末を全て混ぜ込んだ液体。それが大釜の中に溜まっているよ。 

 その液体は、燃える炎のような橙色の輝きを放っていた。

 下級ポーションではあり得ない輝きだけど、赤でも青でも緑でもなく、橙色というのが謎だ。


 ステホで撮影してみると、これまた名称『未登録』の代物だった。

 一応、アルラウネの花弁から派生した素材で作った訳だし、赤色のポーションに近いものだとは思うんだけど……。


「にゃんだか、飲んだらお腹が焼けちゃいそうにゃ……。これ、誰が試飲するのかにゃあ……?」


「私は嫌だよ。ミケ、ここは男気を見せる場面じゃない?」


「にゃあっ!? い、嫌にゃ!! みゃーが死んじゃったらどうするのぉ!?」


 死ぬなんてそんな、大袈裟な……って、笑い飛ばせればよかったんだけど、ドラゴンが絡んでいる代物だし、ちょっと笑えない。

 あの魔物、肉体がなくなって魔石だけになっても、生きていたからね。常識では測れない存在なんだ。


「仕方ないから、またヤク爺に依頼して、薬効を調べて貰おうかな」


「ヤク爺のお墓、立てておくのにゃ」


 この後、私はヤク爺のところに橙色のポーションを持ち込んで、『ダンジョン産の未知のポーションです』と嘘を吐き、薬効を調べて欲しいという依頼を出した。


 結果が分かるのは、数日後になる。

  

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