第91話 詰める

 

 私は椅子に座らせたシュヴァインくんと向かい合って、真面目なお話を始める。


「シュヴァインくん、フィオナちゃんのことはどうするの? もしかして、捨てるつもり?」


「ちがっ、違うよ……!! そんなこと、絶対にしない……っ!!」


 私が詰問すると、シュヴァインくんは首を大きく横に振った。

 そうだよね、今更フィオナちゃんを捨てるなんて、あり得ないよね。


「それなら、スイミィ様の恋心を突っ撥ねるの?」


「そ、それも嫌だよぅ……。どうしよう、師匠……っ」


「どうしよう、じゃないでしょ? 男の子なんだから、そこはビシっと決めてよ」


 シュヴァインくんが泣き付いてきたから、私は呆れながら彼の頬をペチペチした。他者に危害を加えられない私の、精一杯の激励だよ。

 すると、シュヴァインくんは急に真顔になって、道理を説き始める。


「師匠、それは違うよ。『男の子だから』とか、『女の子だから』とか、性別を理由にして特定の行動を押し付けるのは、よくないと思う。そういうのは性差別と言って──」


「いきなり饒舌になるの、やめてね。誤魔化さないで、ハッキリさせて。……まさかとは思うけど、本気でハーレムを狙ってたり、しないよね?」


「…………」


 私の質問に対して、シュヴァインくんは気まずそうに口を噤み、サッと視線を逸らした。


「無言になるのも、やめてね。あのさ、無理だよ? スイミィ様が侯爵令嬢だって、忘れてないよね? お貴族様の中のお貴族様で、しかも一人娘。将来は侯爵家を存続させるために、婿養子を取ると思う。身分差を理由に恋愛を諦めろなんて、そんな悲しいことは言いたくないけど、現実問題として難しいよね? シュヴァインくんに、スイミィ様が背負っているものを全て背負う覚悟があるの?」


「…………」


 シュヴァインくんは再び沈黙した。まだ子供だし、そこまで深く考えるのは難しいだろうけど、避けては通れない問題なんだ。

 中途半端に手を出したら、侯爵家から何を言われるか分からない。


「そもそも、スイミィ様と関係を持つなら、フィオナちゃんは正妻になれないよね。絶対に泣かせることになるけど、その辺りはどう思っているの? ……あ、そうだ。前にもしたことがあるけど、また二者一択の質問をしようか。フィオナちゃんとスイミィ様、二人が窮地に陥ったとして、どう足掻いても片一方しか助けられないとき、シュヴァインくんはどっちを助けるの?」


 私が怖い顔をしながら詰めまくると、シュヴァインくんはポロポロと涙を零し始めた。


「うっ、うぅぅぅ……っ、ぼ、ボク……っ、フィオナちゃんも、スイミィちゃんも、師匠も好きなだけで……っ」


「私をハーレム要員に入れるの、やめてね。泣いても今回は追及を続けるよ。答えて、シュヴァインくん。二者一択、どっちを選ぶの?」


 このままじゃ、誰も幸せにはなれない。みんなを平等に愛するなんて、どう考えても不可能なんだ。

 実際、シュヴァインくんが嘘を吐いて、スイミィ様と逢引していた一件、これをフィオナちゃんが知ったら悲しむよね。

 この時点で、『平等な愛』は破綻しているんだから、シュヴァインくんはハーレム主人公になれないよ。


 痴情の縺れで刃傷沙汰になるのが、最悪のパターンだ。そこに行き着くことだけは阻止したいから、なあなあの関係を続けてほしくない。

 そんな思いを籠めながら、私はジッとシュヴァインくんを見つめて──十分が経過した頃、ようやく彼が口を開く。


「師匠……。ボク、きちんと考えてみる……」


「そっか……。とりあえず、私は今日のこと、見なかったことにするよ。フィオナちゃんに伝えるかどうか、それはシュヴァインくんが決めて」


 答えを出すことから逃げないなら、これ以上私から言うことは何もない。

 私は受付カウンターでスラ丸を返して貰い、シュヴァインくんを残して図書館を後にする。

 帰り道で、ポーション作りの道具を購入しないとね。



 ──表通りにあるポーション専門店。そこに立ち寄ると、腰が曲がっている店主のお爺さんが、カウンター席から声を掛けてきた。


「おやおや、雑貨屋のお嬢さん。今日はどうしたんだい?」


 彼は私のお店の常連さんであり、この街で最高齢の薬師だよ。本名は知らないけど、色々な人たちから『ヤク爺』って呼ばれているんだ。


「その、実は私も、ポーション作りを始めようと思って……必要な道具、売って貰えませんか……?」


 不味い。用件を伝えている途中で思い至ったけど、これって商売敵になるという宣言だよね。

 お互いのお店が冒険者ギルドの近くにあるから、商売道具なんて売ってくれないかも……。そんな私の危惧を他所に、ヤク爺はニコニコしながら、普通の接客をしてくれた。


「薬師が増えてくれるのは嬉しいねぇ。大釜は何を使うんだい? 青銅の大釜からミスリルの大釜まで、なんでも揃っているよ」


 ヤク爺曰く、大釜の質はポーションの質に、それなりの影響を与えるらしい。

 しかも、マジックアイテムの大釜を使えば、ポーションに追加効果が付くのだとか。


「うーん……。とりあえず、ミスリルの大釜の値段を教えてください」


「本当は白金貨五枚だけど、倉庫の肥やしになっているから、白金貨二枚で構わないよ」


 た、高い……!! でも、私の商売は順調だったから、買えないこともない。

 大釜はポーションを大量生産するために必要で、この先ずっとお世話になると思う。それなら、出来るだけ良いものを用意しておきたいよね。


「買うか分かりませんが、見せて貰うことは出来ますか?」


「勿論いいとも。少し待っていなさい」


 ヤク爺がお店の奥から、台車に乗せて持ってきた代物は、曇りも錆も傷も皆無な白銀の大釜だった。

 大きさは一メートルくらいで、釜というよりも壺に見える。底が深いから、投入した素材を掻き混ぜるために、足場を高くしないといけない。


 ステホで撮影してみると、確かに『ミスリルの大釜』という名前で、マジックアイテムだと判明した。

 この中で掻き混ぜた液体に、軽量化の追加効果を付与するみたい。液体そのものの重さを軽減させるだけで、液体を飲んだ人の身体が軽くなる訳じゃないよ。

 私は腕を組みながら、大きく首を傾げる。


「よく分からないのですが、ポーションの重さを軽減させる効果って、有用なんですか?」


「行商人が大量のポーションを持ち運ぶときに、有用だったんだよ。でもねぇ、最近はコレクタースライムが増えたから……」


「あぁ、なるほど……。そうですよね……」


 スキル【収納】を使えば、重さなんて関係ないんだ。

 コレクタースライムの影響が、波紋のように広がっているのを実感したよ。


 ミスリルの大釜は非常に希少で高価だけど、追加効果が微妙だから白金貨二枚ということらしい。

 もっと良い追加効果だったら、値段が跳ね上がるんだって。


「お嬢さん、腐ってもミスリルの大釜だよ。今を逃したら、もう手に入らないかもしれない」


「うっ、そう言われると弱いです……。いやでも、白金貨二枚は大金だから……」


「なら一枚でいいっ!! 頼むっ!! 人助けだと思って買っておくれ!! もうクスリの素材が切れそうなんだ!!」


 ヤク爺がいきなりクワッと目を見開いて、私に掴み掛ってきた。

 透かさずティラが私の影から飛び出して、彼を取り押さえる。


「び、びっくりしたぁ……。そんなに必死になるなんて、なんのお薬が切れそうなんですか?」


「気持ち良くなれるクスリにっ、キマってるうううううううぅぅぅぅッ!!」


 ヤク爺はビクビクと全身を痙攣させて、白目を剥きながらそう叫んだ。

 このとき、私は確信したよ。この人、碌でもない人だって。


 ……まぁ、白金貨一枚なら悪くないのかな?


 ローズの花弁の品質を考えれば、十分に元は取れそうだし、私はミスリルの大釜を購入することにした。

 それから、大きな掻き混ぜ棒、温度計、砂時計、魔女の正装みたいな怪しいローブとトンガリ帽子も購入。

 

 新しい衣装に関しては、別に必要なものじゃない。形から入って、気合いを入れようと思ったんだ。

 魔女っ娘の姿で大釜を掻き混ぜたら、なんだか凄いポーションが作れそうな気がするよ。

 

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