第76話 小さな刺客

 

「うーん……。なんとかしたいけど……困ったなぁ……」


 【収納】持ちの商人たちが暴走した責任を感じて、私が頭を抱えながらカウンター席に突っ伏していると、隣に座っているローズが肩を叩いてきた。


「アーシャよ、妙なお客様が来たのじゃ。どう対応すればよいかの?」


「う、うん? 妙って……」


 顔を上げると、襤褸のマントで全身を覆い隠している何者かが、一人で私のお店に来ていたよ。

 背丈は私と同じくらいのチビっ子だね。マントで全身を覆い隠しているから、刺客じゃないかと思って、一瞬だけドキっとしたけど……子供なら違うかな。


「浮浪者に見えるが、追い出しておくかのぅ……?」


「待って。ええっと、いらっしゃいませ。何をお求めですか?」


「た、べも、の……」


 私が問い掛けると、子供は弱々しくて掠れた声で、食べ物を所望した。

 お金は持ってなさそうだけど、見捨てるのは寝覚めが悪い。

 そんな訳で、スラ丸の中から適当に何か出そうとしたら──突然、子供が弓矢を構えた。


「く、曲者じゃあああああああああああああ!!」


 ローズが叫びながら、子供に向かって蔦を伸ばす。私の影の中からはティラが飛び出して、店内の隅っこにいたブロ丸とタクミも動き出したよ。

 こうして、矢が放たれる前に子供は拘束されて、私は難を逃れることが出来た。


「び、びっくりしたぁ……。みんな、ありがとう……」 


「うむ! というか、何故アーシャは【土壁】を出さなかったのじゃ? 妾たちが常に守れるとは限らんのじゃぞ。そんな風に腑抜けて貰っては、困るのぅ……」


「うん、ごめんね……。咄嗟の出来事だったから、頭の中が真っ白になっちゃった……」


 ローズからお叱りを受けて、私はしょんぼりと項垂れる。

 相手が子供だからって、警戒を緩めたのは良くなかった。反省しよう。


「それで、此奴はどうするのじゃ? 衛兵に突き出せばよいかの?」


「そうするのが無難だけど……」


 ティラたちに押し倒された衝撃で、子供が身に纏っていたマントは床に落ちている。

 この子はマントの下に何も着ていなくて、痩せ細った身体は痣だらけだよ。

 首には無骨な鉄の枷が嵌められていて、胸元には奴隷であることを示す焼き印が見えた。その印の意匠は獣の肉球で、『私は家畜と同じです』という意味があるって、聞いたことがある。


 髪は雑に肩まで伸びていて、毛先が外側に向かって跳ねている。その色は黒、白、オレンジに近い茶色という、驚きの三色カラーだった。

 基調が黒で、インナーカラーが白、前髪が一房だけ茶色。なんだか、物凄く三毛猫っぽい配色だね。


 顔立ちも猫っぽくて、八重歯が少し尖っている。今は痩せこけて弱っているけど、元気な笑顔が似合いそうな可愛い系だと思う。

 きちんと服を着ていたら、女の子だと勘違いしたかもしれない。


 ……まぁ、ついているから、男の子かな。カマーマさんみたいな人もいるし、断言は出来ないけど。


 この子の容姿に関して、何よりも特筆すべき点は、猫の耳と尻尾が生えているところ。今まで見たことはなかったけど、間違いなく獣人だよ。

 アクアヘイム王国では、かなり珍しい人種なんだ。


「た、たすけて、にゃ……。はらぺこで、もう、死んじゃう……にゃあ……」


 彼は虚ろな目を私に向けながら、萎れた声で助けを求めてきた。

 これに対して、ローズが不機嫌そうに鼻を鳴らす。


「フン! 此奴、曲者の分際で図々しいのじゃ! アーシャよ、何を悩んでいるのか知らんが、早う処遇を決めてたも!」


「うーん……。とりあえず、縄で縛ってから何か食べさせてあげよう。事情聴取もしておきたいし」


「甘いっ、甘すぎるのじゃ!! 全く、平和ボケしよってからに……!!」


 私の決定にローズは酷く不服そうだけど、頬をパンパンに膨らませながらも、自前の蔦で獣人少年をグルグル巻きにしてくれた。

 私はスラ丸の中から取り出したパンを水に浸して、柔らかくしてから彼の口元に運ぶ。


「はい、口を開けて。あーん」


「にゃーん……。もぐもぐ……もぐもぐ……」


 食欲は旺盛で安心したよ。余りにも弱っていると、空腹なのに食欲がなくなったりするからね。

 この間に、ローズが彼の持ち物を漁ったけど、マントと弓矢以外には何も見つからなかった。


 奴隷だから、ステホすら持っていない。弓矢もかなり粗末な代物だし、この子を私に嗾けた人は、随分と私を侮っていたらしい。

 まぁ、ティラは私の影の中に潜んでいるし、ブロ丸とタクミは置物に見えるし、私とローズは全然強くなさそうだし、侮られるのも無理はないのかな……。


 獣人少年はパンを三つ、果物を一つ完食したところで、ハッキリと意識を取り戻した。


「はい、おしまい。お腹いっぱいになった?」 


「にゃった!! ありがとにゃあ!!」


 溌剌とした笑顔を向けられて、なんだかばつが悪くなる。一応、私たちって敵対関係だからね。


「それじゃあ、どうして私を殺そうとしたのか、教えて貰える?」


「みゃーはご主人に、命令されたのにゃ……。言うこと聞かにゃいと、パンもお水も貰えにゃくて、鞭でいっぱい叩かれるのにゃあ……」


 耳をぺたんとさせて、しゅんと項垂れる獣人少年。

 彼の身体を見れば、酷い扱いを受けているのは一目で分かったから、嘘は吐いていないと思う。


「貴方のご主人の名前とか、容姿とか、職業とか、分かる範囲で教えて欲しいんだけど……あ、無理にとは言わないよ。答えなくても、別に叩いたりとかしないからね」


「にゃーん……。名前は忘れちゃったのにゃ。身体は太っちょで、唇が分厚くて、年齢は四十歳くらいのオスだにゃあ。それから、お仕事は商人にゃんだよ」


 獣人少年はペラペラと喋ってくれたから、ご主人とやらに対する忠誠心は皆無みたい。


「そっか、やっぱり商人なんだね……。どうしたものかなぁ……」


 私が従魔たちを引き連れて、その商人を成敗しに行く? ……いや、あり得ない。私は荒事が得意じゃないんだ。

 そもそも、コレクタースライムを従魔にしている全ての魔物使いが、その命を狙われている以上、衛兵とか侯爵様が対応するはず……。


 魔物使いを憎らしく思っている人たち以上に、魔物使いを重宝している人たちの方が、圧倒的に多いからね。国家政策によって、魔物使いの数を増やそうとしているくらいだし。


「アーシャよ、また来客なのじゃ」


「えっ、また刺客じゃないよね……!?」


 ローズに肩を叩かれて、私は来店した人物に目を向ける。


 そこに立っていたのは、二人の衛兵を従えているお役人さんだった。

 かっちりした服装と七三分けの髪型を見るに、ドが付くほど真面目そうな男性だよ。


「失礼、店主はご在宅か?」


「あっ、はい……。私が店主です……けど、何か……?」


「……小さいな。すまないが、ステホを提示してくれ」


 私のステホには、商業ギルドに所属している証と、この建物の所有権を持っていることが記載されている。これを見せたら、お役人さんは私が店主だと信じてくれた。

 こっちには疚しいところなんてない。だから、変に気負わず、凛とした態度で話を聴こう。


「──それで、どのようなご用件でしょうか?」


「ああ、実はつい先ほど、一部の商人たちが一斉に摘発されてな。奴らは何十人もの刺客を雇い、魔物使いの命を狙ったことが発覚している」


「あっ、その件ですか!! それじゃあ、私を守りに来てくれたんですね!?」


「は? いや、違う。ここの店主も事件に関与していないか、調べに来た次第だ」


 お役人さんの話を聞いて、私は思わずガクッと肩を落とした。

 被害者を守りに来たのかと思ったら、容疑者の取り調べだったよ。


「なんで私が……疑われるようなことなんて、した覚えがないんですけど……」


「この街の全ての商人に行っている取り調べだ。私の質問に答えて貰う。『犯罪を行ったこと、あるいはそれに協力したことはあるか?』」


 この質問のときだけ、頭の中が揺さぶられるような感覚があった。

 そして、私の口が自分の意思とは関係なく、勝手に真実を伝える。


「いいえ、ありません」


「そうか、もういい。ご協力に感謝する」


 たったこれだけで、お役人さんは踵を返してしまう。十中八九、彼の職業は審問官だ。

 真偽を確かめるスキルがあるとは聞いていたけど……まさか、強制的に証言を引き出すスキルまであるなんて……恐ろしい限りだよ。


 私は茫然としながら、彼を見送り──ハッとなって声を掛ける。


「ま、待ってください!! 少しご相談したいことが!!」


「私の生き甲斐は、定時に帰宅して妻子を喜ばせることだ。一分一秒が惜しいので、簡潔に三行で相談事を述べよ」


「素晴らしいパパさんですね!! あの、えっと、このお店に奴隷の襲撃者がやって来ました。彼を嗾けたのは商人です。私はこの奴隷を憐れんで、助けたいと思っています。どうしたらいいですか!?」


 お役人さんは三秒ほど目を瞑って、脳裏で私の相談事の内容を反芻している様子を見せた。

 それから、私の近くにいるスラ丸、ティラ、ローズを見遣って、一つ頷く。


「店主は魔物使いか。であれば、その商人は先ほど摘発された人物の中の誰かか、これから摘発される人物だろう。その確認が取れたら、相手の商人に損害賠償を請求し、奴隷の身柄を賠償金の代わりに請求せよ。上手くことが運ぶよう、こちらで調整しておこう」


「おおー……!! あっ、でも、すぐに取り押さえたので、損害はないのですが……」


 私が正直に話すと、お役人さんは懐からナイフを取り出して、お店の壁に小さな掠り傷を付けた。それから、ジッと私の目を見て、


「これは、奴隷の襲撃によって付けられた傷だ。そうだな?」


「そうです!! 仰る通りです!!」


 この人、清濁を併せ呑むタイプだ。絶対に敵に回したくないよ。

 【収納】持ちの商人たちの暴走。この事件は、お役人さんに丸投げで問題なさそう。


 でも、犠牲になった魔物使いが何十人もいるみたいだから、私の心には罪悪感が残ってしまった。

 既に殺されている人たちに、私から出来ることは何もない。けど、怪我人に対してなら、出来ることがある。


 この罪悪感を薄れさせるために、辻ヒールでもしようかな……。

 

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