第77話 ミケ

 

 ──後日、獣人少年のご主人である商人が、あっさりと逮捕された。

 私はお役人さんに言われた通り、損害賠償を請求したよ。

 その結果、簡単に獣人少年を引き取ることが出来たので、一先ず【再生の祈り】を使って、彼の傷を全て治した。奴隷の焼き印も含めてね。

 あんなの、見ていて気持ちのいいものじゃないから。


「私はアーシャ。それで、キミの名前は?」


「ミケだにゃ。これからよろしくにゃあ、ご主人」


「私のこと、ご主人様扱いなんてしなくていいよ。その首輪も外すから、ミケはもう自由に生きて」


 役場で諸々の手続きに奔走していた私は、自分のお店に帰って来てから、獣人少年──もとい、ミケを奴隷の身分から解放しようとしていた。

 喜んでくれると思ったんだけど……肝心のミケは耳をぺたんとさせて、萎れたアサガオみたいな顔になってしまう。


「そんにゃこと言われても、みゃーは行く当てがにゃいから、困るのにゃあ……」


「あー、そっか……。それなら、うちで──」


 働く? と聞く前に、ローズが苦言を呈してきた。


「アーシャよ、こういう輩に一々入れ込むと、あっという間に抱えきれなくなるのじゃぞ」


 ミケの境遇は不幸だけど、大して珍しいものじゃない。

 可哀そうだからって、同じ境遇の人たち全員を助けられる訳じゃないから、線引きは必要なんだろうね……。

 私が腕を組んで悩み始めると、ミケがアーモンドみたいに円らな瞳をウルウルさせた。黄緑色の綺麗な瞳だよ。


「ご主人……。みゃーのこと、捨てちゃうの……?」


「そ、そんな目で見られると……捨てられない、かも……」


「じゃあよろしくにゃ!! ちゃんと面倒見てにゃあ!!」


 ミケが大喜びで私に抱き着いて、頬を摺り寄せてくる。

 ローズが呆れた目で私を見てきたけど、こんなの仕方ないでしょ……?

 私の生活が困窮していたらまだしも、今は随分と余裕があるからね。こんな状況で、こんな可愛い生物、見捨てられないよ。


「はぁ……。そうじゃな、仕方ないと割り切ろう……。ただし! 此奴をアーシャの傍に置くのであれば、奴隷の身分から解放するのは待てなのじゃ! 裏切りの心配があるからのぅ!」


「うーん……。でも、奴隷なんてミケは嫌だよね?」


「ううん、みゃーはにゃんでもいいよ。あっ、ご主人のにおい嗅いでたら、にゃんだかムラムラしてきたのにゃ……!!」


「そっか。去勢はしなきゃだね」


 私が人差し指と中指で、チョキチョキと鋏を使うジェスチャーをすると、ミケは自分の陰部を押さえて飛び退いた。


「ゆ、許してご主人っ!! みゃーにチョキチョキしにゃいで!!」


 しないよ、今のは冗談だよ。でも、本気で貞操の危機を感じたときは、容赦しないからね……。私がそんな意志を込めて微笑み掛けると、ミケはプルプルと震えながら、怯え切ってしまった。


 ローズは溜息を吐いてミケの頭を軽く叩き、彼を奴隷のままにしておいた方が良い理由を話す。


「前の主人に命令されていたとは言え、一度はアーシャの命を狙った身。それに、此奴はどうやら変態みたいなのじゃ。主従関係をハッキリさせて、きちんと手綱を握っておくべきであろう?」


「そうだね、一理あるよ。ミケも嫌じゃないみたいだし、そうしよっか」


 ミケの身長は私と同じくらいだけど、年齢は私より二つ年上で八歳だった。

 性の目覚めが早い気もするけど、獣人なら普通なのかもしれない。発情期とかありそうだし、気を付けないとね。


 ちなみに、奴隷の情報は主人のステホで管理されるから、奴隷はステホを持つことが出来ない。

 つまり、奴隷は一人だと身分の証明が出来ないから、主人がいないと街で生きていけないんだ。


 それと、奴隷商人のスキルによって、今のミケには制約が設けられているよ。

 その内容とは、『主人の生命及び財産を意図的に脅かしたとき、強制的に気絶する』というもの。この制約さえあれば、裏切られる心配はない。

 私は自分のステホを懐から取り出して、ミケの情報を表示させた。


 ミケ 狩人(10)

 スキル 【強弓】【滑る床】


 狩人は弓や罠、索敵に関係するスキルを取得出来る職業らしい。

 レベルが上がることで伸びる能力は、器用さと敏捷性。

 ミケが持っているスキル【強弓】は、通常の二倍くらいの威力で矢を放てる。

 【滑る床】は、自分の近くにある床、あるいは地面の摩擦が、一定時間生じなくなるというもの。

 前者はシンプルな攻撃系のスキルで、後者は罠を設置するスキルだね。


「ご、ご主人……!! みゃー、頑張って働くのにゃ……!! にゃんでも言って欲しいにゃあ……!!」


「それなら、ローズの指示に従って、雑用とかして貰おうかな」


 ミケは自分の陰部を手で守りながら、私のご機嫌取りをするように擦り寄ってきた。働く意欲を見せてくれるのは、有難いことだよ。

 一応、いざというときは、お店の警備員としても頑張って貰いたいから、装備はそれなりのものを買い与えておこう。


 早速、表通りの武器屋へ赴いて、私とミケが一緒に選んだものは、鉄板や魔物の骨、腱などを材料にして作られた複合弓だった。より細かい武器種は、短弓と呼ばれるものだ。

 これは普通の大きさの弓と比べて、威力が大分落ちるけど、狭い場所でも使えるし、持ち歩くのも簡単という長所がある。

 店内での戦闘を想定するなら、これが最適解かな。


 防具は革のジャケットとショートパンツ。チョコレート色で女物に見えるけど、本人はこれが気に入ったみたい。

 どれもマジックアイテムじゃない上に、子供用だったから、出費は大したことがなかったよ。

 出費と言えば、奴隷には年間で金貨一枚の人頭税が掛けられている。これを支払うのは、主人の役目だね。


 最後に、ミケの首輪を買い替えた。無骨な鉄の枷なんて、私の良心がズキズキと痛むから、鈴が付いているお洒落な銀の首輪にしたよ。

 本当は首輪なんてない方がいいんだけど、奴隷には嵌めておくことが義務付けられている。




「──アーシャ、悪い商人と刺客たちの処刑、無事に終わったよ」


 午後になると、ルークスが一人で私のお店にやって来た。

 今日は捕まった商人と刺客たちの公開処刑が執り行われて、ルークスはそれを見届けに行ったみたい。


「そっか……。ところで、どうして見に行ったの? 公開処刑なんて、見ても楽しいものじゃないでしょ?」


「うん、そうだね……。でも、オレたちを襲った刺客が、一緒に処刑されるって話だったから、見届けたかったんだ」


 ルークスは少しだけ物憂げな表情で、そう教えてくれたよ。

 ダンジョンで刺客に襲われた日、ルークスたちはカマーマさんと一緒に、無事に帰還していた。

 被害らしい被害と言えば、シュヴァインくんが眠らされたことだけど、怪我をした訳じゃないから問題ない。


 生き残っていた黒マントの一人は、カマーマさんに拘束されて、そのまま詰め所に連行されていた。

 黒マントは刺客を派遣する闇ギルドの一員であったため、情状酌量の余地はなく、あっさりと有罪判決が下ったよ。

 そして、今日の公開処刑に繋がるのが、大まかな流れだね。


 私にはルークスが考えていることが分からなくて、首を傾げながら彼に問い掛ける。


「もしかして、敵に同情しているの? それとも、後悔……?」


「いや、それはないよ。ただ、報復の可能性があるかどうか、確かめておくべきだと思って……。商人は死刑だったけど、刺客はそうじゃなかったから……」


 処刑とは言っても、全員が死刑だった訳じゃないらしい。

 刺客たちは両腕を切り落とされて、とりあえず生かされたんだって。

 闇ギルドは犯罪組織だから、そこの情報を出来るだけ多く引き出すために、生かしておく必要があったんだ。


 両腕がなくなって、獄中で激しい尋問──誤魔化さずに言うのであれば、拷問を受けているであろう刺客たち。

 彼らが報復にくる可能性なんて、限りなくゼロに近い。……でも、生きている以上、可能性は残り続ける。

 ルークスはその辺を心配しているんだ。他のみんなは考え過ぎだって、楽観視しているらしいけど……私もルークスと同じで、こういうのは心配になる質だよ。


 ちなみに、みんなはカマーマさんとすっかり打ち解けて、稽古を付けて貰ったりしている。

 バリィさんにも稽古を付けて貰うことがあるのに、二人目の金級冒険者の先生って、ちょっと贅沢かも。


 ──あ、そうそう。これは余談だけど、カマーマさんはあの日、なんと王族からの依頼で、流水海域の第五階層へ赴いていたみたい。

 目的はそこにいるボス、エンペラーペンギンの魔物メダルを入手すること。

 そのペンギンは体長が五十メートルもあって、下僕ペンギンの軍勢を召喚するヤバい奴なのだとか……。まぁ、ローズクイーンとかソウルイーターよりは、全然弱いっぽいけどね。


 魔物メダルとは、集めると裏ボスに挑めるようになるアイテムだよ。

 カマーマさんはエンペラーペンギンを撲殺しまくって、なんとか一枚だけ入手することが出来たみたい。これで王族は、流水海域の裏ボスに挑めるんだって。

 私には関係ない話だから、あんまり関心はないけど、世間的にはビッグニュースらしい。



 何はともあれ、ルークスたちは無事で、新しい家族としてミケが加わり、危険な商人たちは処刑された。

 そんな訳で、後は見て見ぬ振りが出来ないことに、対処するだけだ。


「ローズ、ブロ丸、タクミ、ミケはお留守番ね。私はしばらく、教会で住み込みの奉仕活動をするから」


「むっ、分かったのじゃ。あんまり抱え込み過ぎるでないぞ?」


「ご主人、早く帰ってきてにゃあ」


 ローズとミケに見送られて、私は教会へと向かう。

 お供に選んだのは、スラ丸とティラだけだよ。ちょっと不安だけど、変に目立ちたくないからね。

 

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