第75話 カマーマ
カマーマさんの登場によって、現場は硬直状態に陥った。
彼女は喋り方こそフレンドリーだけど、勝手に動けば殴ると言わんばかりの闘気を全身から立ち昇らせている。
ルークスがみんなを代表して、事情を説明しようとしたけど、黒マントが先に口を開いた。
「わ、我々はこの餓鬼どもに襲撃されたんだ!! 助けてくれ!!」
被害者を装う黒マントに、トールとフィオナちゃんが怒り出す。
「ざけンじゃねェぞテメェ!! 先に仕掛けてきやがったのは、テメェらだろォがッ!!」
「そうよそうよ!! スラ丸を狙ったんでしょ!? 見なさいよこれっ、スラ丸がプルプル震えて、こんなに怯えているんだからっ!!」
フィオナちゃんに持ち上げられたスラ丸は、自分が被害者だとアピールするべく、全力でプルプル震えていた。
カマーマさんは黒マントとスラ丸を見比べて、大きく首を捻る。
「あはぁん……? どっちが本当のことを言っているのか、分からないわねん……。困ったわぁ……」
「街には審問官がいる。ワタシたちとそこの黒マントを連れて行けば、事件の真相が分かるだろう」
「あらぁ、賢い坊やは大好きよん。それじゃあ、みんな付いて来てねん」
カマーマさんはニュート様の提案を受け入れて、みんなを先導するために歩き出した。その後ろ姿は、隙だらけに見えるけど……どうなんだろう?
ちなみに、審問官は結構珍しい職業で、嘘が分かるスキルを取得出来ることで有名だよ。
「せめて、貴様だけでも──」
地上に出たら悪事が露見してしまう黒マントは、カマーマさんを無視してフィオナちゃんに襲い掛かった。
ルークスたちは警戒していたから、すぐに迎え撃とうとしたけど、両者が激突する前に場面が切り替わる。
いつの間にか、カマーマさんが黒マントを抱き締めて、とんでもない吸引力の接吻をキメていた。
黒マントのフードが落ちて、それなりに精悍な男性の顔が見えると、カマーマさんの吸引力は更に勢いを増す。
肉も骨も内臓も魂も、全部吸い出してしまいそうな、そんな強烈な接吻だよ。
……もうね、意味が分からない。みんな、気持ちは同じだと思う。
私たちが死んだ魚のような目で、その光景を眺めること──三分。
たっぷりねっとりと黒マントの唇を堪能したカマーマさんは、ようやく顔を離してから怒鳴り声を上げる。
「勝手してんじゃねぇぞゴラァッ!! あちきにチューされてぇのかテメェ!?」
「いや、もうしたでしょ」
フィオナちゃんが冷静に突っ込み、ルークスたちはウンウンと頷いて同意した。
黒マントはカマーマさんの接吻に参ってしまったのか、白目を剥きながら泡を吹いている。
「ふぅ……。あちきとしたことが、ちょっと取り乱しちゃったわねん。でも、今のでこのハンサムが悪人だって、よぉく分かったわよん」
「なら、さっさと殺させろや。俺様たちにとって、そいつは生かしておくのが危ねェンだよ」
「番犬の言う通りだ。狙いがフィオナとスラ丸である以上、生かしてはおけない」
トールとニュート様は武器を持って、じわりと殺意を滲ませた。無慈悲だけど、当然の判断だよね。
フィオナちゃんは高火力で低耐久だから、パーティーの強みであり弱みでもある。狙われると一番嫌なところなんだ。
スラ丸も弱っちいから、狙われたら当然困るよ。
「待って待ってぇ! あちき、思うんだけど、裏を確かめておいた方がよくないかしらん? このハンサム、雇われの刺客だと思うわよん」
カマーマさんの指摘に、みんながざわつく。
黒マントたちは結構な手練れだったし、用意周到でもあった。お金に困った浮浪者を雇うのとは訳が違う。
こんな本格的な刺客、一体誰が送り込んでくるの……?
「フィオナ、誰かに狙われる心当たりは?」
「ないないないっ! これっぽっちもないわよ!!」
ルークスに問われて、フィオナちゃんは首を何度も左右に振った。
うーん……。本当かなぁ? 彼女の言葉はナイフみたいに鋭くなることがあるし、ヒートアップすると怒濤の勢いで口撃してくるからね……。
私たちの知らないところで、誰かに喧嘩を売っている可能性は、否定し切れない。
「スラ丸を引き連れているから、フィオナも狙われたように見えたが……。それだと、余計に意味が分からないな……」
「うん、スラ丸が悪さをするとは思えないし……」
ニュート様とルークスがスラ丸を指で突っつきながら、あーでもない、こーでもないと議論していると、業を煮やしたトールが口を開く。
「このままじゃ埒が明かねェ!! オッサンっ、そいつを叩き起こして事情を聞かせやがれッ!!」
「お、オッサン!? このあちきが、オッサン……!? う、嘘でしょ……。オバサンって言われるのも許し難いのに、言うに事欠いて、オッサン……。あちき、こんなに乙女なのに……」
カマーマさんが膝から崩れ落ちて、ポロポロと涙を零し、盛大に落ち込んでしまった。
ルークスはトールに非難の目を向けて注意する。
「トール、アクアヘイム王国は多様性の国だよ。マイノリティには配慮しないと」
「はァ? マイ……なンだって? 意味分かンねェぞ」
「確か、少数派っていう意味だったかな。アーシャが言ってたんだ」
この国では実際に、多様性やマイノリティが認められている。
同性のカップルとか、街中で普通に見掛けることがあるし、同性婚も性自認も自由だよ。ただし、あくまでもこの国に限った話みたいで、世界的にそういう風潮がある訳ではなさそう。
ルークスはカマーマさんに偏見を抱かず接して、彼女を優しく励ました。
「お姉さん、トールが言ったことは気にしないで。乙女って、オレにはよく分からないけど、お姉さんの筋肉はとっても魅力的だよ!」
筋肉を褒められて喜ぶ乙女って、あんまりいないんじゃないかなぁ……?
私はそう思ったけど、カマーマさんは瞳を輝かせてルークスを抱き締めた。
「あぁんっ!! な、なんてイイ子なのかしらん!! あちきっ、男の子にこんな風に優しくして貰ったの、初めてだわぁぁぁん!!」
「大袈裟だよ、お姉さん。オレは本当のことを言っただけだから」
「ああああああああぁぁぁぁぁんっ!! お名前っ!! あちきの小さな王子様っ!! あなたのお名前を教えてええええぇぇぇぇん!!」
「オレは王子様じゃないよ。ルークスだよ」
尊いという気持ちが限界に達した様子のカマーマさん。彼女はルークスを抱き締めたまま、ぐるぐると回転したよ。
ルークスはアトラクションでも楽しんでいるかのように、キャッキャと笑う。
ここで、ニュート様が溜息を吐いて、話を戻そうとする。
「はぁ……。このままでは日が暮れてしまう。一度、その男を叩き起こせ。審問官に引き渡す前に、直接話を聞いておきたい」
審問官だって人間だから、必ずしも真実を話すとは限らない。賄賂を握らされたり、弱みを握られたりしたら、証言を覆すことがある。
そんな訳で、自分たちで情報を引き出せるなら、そっちの方が良い。
「あらやだっ、あちきったら、ついお熱になっちゃったわぁ!! カワイイ眼鏡の坊やの言う通りねん!! ちょっと待ってて」
ニュート様に促されて、カマーマさんは頬が腫れるほどの往復ビンタで、黒マントを叩き起こす。
「──ッ、な、なんだ……!?」
「おはよう、ハンサムちゃん。お目覚めのチューは必要かしらん?」
「うっ、うわああああああああああああああああっ!?」
黒マントはカマーマさんの顔を見るなり、悲鳴を上げて飛び起きた。それから、全速力で逃げようとしたけど、即座に捕まってしまう。
カマーマさんの動きが速すぎて、ルークスですら目を白黒させているよ。
「ハンサムちゃん、あちきの質問に正直に答えるか、もう一度チューされるか、好きな方を選ばせてあげ──」
「答えるッ!! どんな質問にでも答えるからッ、チューだけは勘弁してくれぇッ!!」
カマーマさんが二択を提示すると、黒マントは食い気味に前者を選択した。
どんなに口が堅い人でも、こんなの前者を選ぶに決まっているよね……。
──こうして、黒マントの口から、衝撃の事実が語られた。
まず、彼らの正体は、闇ギルドに所属している暗殺者だったよ。殺人の依頼を受けるような、危険極まりない人たちだ。
現在の雇い主は、商業ギルドに所属している一部の商人たち。
標的は、コレクタースライムを従魔にしている全ての魔物使い。
フィオナちゃんは魔物使いじゃないけど、スラ丸を抱きかかえていたから、勘違いされたらしい。
この話を盗み聞きして、私はゾッとした。
一部の商人って、コレクタースライムに仕事を奪われた人たち、かも……。
コレクタースライムが使えるスキル【収納】──これは、商人が取得出来る大当たりのスキルだった。
少し前まで、コレクタースライムはこの国に存在しなかったから、商人はそのスキルを持っているだけで、ぼろ儲け出来ていたんだ。
でも、コレクタースライムへの進化条件が知れ渡ってからは、【収納】というスキルの価値が大きく下がってしまった。
当然、利便性が変わった訳じゃない。供給が増えたことによる価値の低下だよ。
魔物使いであれば、レベル1でもコレクタースライムを従魔に出来るから、【収納】持ちの商人の収入は激減している。
これは、魔物使いが恨まれるに足る理由だと思う。
これの何がゾッとしたかって……私は魔物使いだから、今この瞬間にも、命を狙われているかもしれない。
それと、コレクタースライムへの進化条件を発見して、その情報を売ったのは、私なんだよね……。自分が全部悪いとは思っていないけど、騒動の始まりにいる自覚はある。
ど、どうしよう……。罪悪感がふつふつと湧いてきたよ……。
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